第16話エピソード16

◇◇◇◇◇


「この方が話しやすいだろ?」

蓮はなんでもないことのように言うが

「悪いな」

マサトは申し訳なさが拭えなかった。


「気にするな、俺が勝手にやったことだ。それより、座れ」

蓮に促されて

「あぁ」

マサトは蓮の定位置であるバックス席に向かう。

そして蓮の正面の席に腰を降ろした。

蓮の隣にはケン。

すぐ傍のボックス席には樹とソウタと琥珀が座っている。

創設メンバーが全員揃っていることはマサトにとっても都合が良かった。

「それで話っていうのは?」

蓮の言葉に緊迫感のようなものが走った気がした。

だけどそれは心境的にマサトがそう感じただけなのかもしれない。

マサトは意を決して口を開いた。


「俺の身近な人間がshadowの被害に遭った」

「……そうか。詳しく話を聞かせてくれるか?」

蓮の言葉にマサトは頷くと、事件があった時のことを詳しく話した。

マサト自身も四季から聞いた話なのだが、伝え漏らすことがないように慎重に、そして丁寧に順を追って話した。


「それでshadowはその時のデータをまだ持ってる可能性がある」

マサトがその事実を伝えた瞬間、蓮の表情は険しさを増した。

その表情の中には、分かりやすく不快感と嫌悪感が含まれている。

それを見逃さなかったマサトは、いちばん伝えたかったことを口にした。

「俺の友達はshadowを潰そうとしている。俺もshadowがやっていることは許せない」

「あぁ」

「だから友達と一緒に俺もshadowを潰したいと思ってる」

「……そうか」

蓮の表情から、その感情を窺うことは難しい。

「ただ、俺が動けば間違いなくお前らやチームに迷惑がかかることになる」

「迷惑?」

「あぁ」

「それはお前がウチのチームの幹部だからか?」

「それもあるけど……。shadowのバックには、Z区のCouleurがいる」

「Couleur……鳴宮のチームだな」

「そうだ。shadowのトップは、Couleurの鳴宮の弟らしい」

「鳴宮の弟。なるほどなShodowの母体がCouleurってことか」

「あぁ。俺がShodowに出した時点で、向こうには俺がB-BRANDの人間だってことがバレると思う」

「そうだな。この街でお前は、十分に名前が売れている。お前の情報を調べることは、簡単なことだろうな」

「俺が単独でチームに関係なく動いたとしても、B-BRANDが動いたと勘違いをしてCouleurが出張ってくる可能性が高い」

「確かにshadowは、まともに話が通じる相手じゃねぇ。てか、shadowが相手ならいちいちそこを説明する必要もねぇだろ」

「……そうだな」

蓮の言う通りだった。

話が通じない相手に、なにを言っても無駄だ。

いくらマサトが、単独で動いたと主張したとしてもおそらくそれは聞き入れてもらえない。

それなら説明するだけ無駄だ。


……となれば、マサトに事前にできることはひとつだけだ。

マサトはすでに考えていた言葉を蓮に伝えようとした。

でもマサトが言葉を紡ぐよりも少し早く蓮が口を開いた。

「だから『必要なら俺を除名【クビ】にしてくれ』」

「……」

「お前が言いたいことはこれか?」

蓮の静かな声音がやけにその場に響いた。


蓮以外の人間が息を呑んだのがマサトにも分かった。

その場に広がる重苦しい空気。

マサトはその空気を払拭するように

「……蓮」

わざと明るい声を紡ぐ。

「うん?」

「お前ってなんでもお見通しなんだな」

「いや、そうでもねぇけどな」

「普通に毎回驚かされるよ。それにすげぇって関心もさせられる」

「……惚れんなよ」

「もし、ヒナと付き合ってなかったら、ヤバかったかもな」

「じゃあ、俺はヒナに感謝しねぇといけねぇな。マサトには悪いけど、俺は男には興味ねぇからな」

「そりゃ、残念だ。てか、お前は人のセリフを取るんじゃねぇよ」

「あ?」

「蓮がさっき言った台詞。あれは俺がかっこよく言う台詞だろうが」

「そうか。それは悪いことをしたな。でも残念だけどお前がそれを言う機会はないぞ」

「……はっ?」

「てか、俺がお前に除名【クビ】にしろって言われて、素直に『はい、そうですか』って言うと思ってんのか?」

「それは……」

マサトはそう聞かれて困惑した。


なぜならば、マサトは普通に了承されると思っていたからだ。

……Couleurと抗争するぐらいなら自分を除名【クビ】にした方が、絶対にいいだろう。

だってCouleurと抗争になれば、少なからずB-BRANDにも被害は出る。

B-BRANDがCouleurに負ける気はしないが、それはマサトがB-BRANDの人間だからそう思うのであって、結果は実際にその場になってみないと分からない。


もしB-BRANDがCouleurに負けるようなことになれば、そのきっかけを作ったマサトが責任を負わなければいけない。

でもマサトにはどうやって責任を取ればいいのか、B-BRANDのメンバーにどう償えばいいのかも分からない。

それだったらやはり除名【クビ】にしてもらった方が……

マサトがそんなことを考えていると

「マサト、俺を見くびるなよ」

蓮は不敵な笑みを浮かべ言い放った。

「蓮?」

「マサト、お前が今、チームを抜けることは許さない」

「……はっ?」

「それって真剣に言ってるのか?」

「あぁ、俺は真剣だ」

「いや……ちょっと待て」

「なんだ?」

「俺がここに残れば迷惑を掛けることになるんだぞ」

「別に構わない」

「いや、ダメだろ。相手はCouleurだぞ」

「相手がどこだろうと関係ない」

「はっ? 俺は真剣に言ってるんだぞ」

「奇遇だな。俺も真剣だ」

「……はぁ?」

「どこのチームと揉めることになっても俺はお前を除名【クビ】にするつもりはない。そう言っている」

「……」

「それから、先に言っておくけど」

「なんだ?」

「これは俺ひとりの意見じゃねぇから」

「どういうことだ?」

「お前を除名【クビ】にしないっていうのは、ここにいる全員の総意だ」

「……全員の……総意?」

「そうだ」


ポカンと呆気にとられるマサト。

マサトは蓮が言っていることが、理解できずにいた。


「マサト、キツネにつままれたみたいな顔になってるぞ」

ソウタが茶化したように言う。

「いや、この展開だったら普通にそうなるよな」

琥珀は立ち上がるとおもむろにマサトに歩み寄り同情したように肩を叩く。

「なんでもっと早くに言ってくれねぇんだよ?」

ケンは身を乗り出すようにしてマサトの顔を覗き込む。


みんなに声を掛けられているのに、マサトはなにも答えることができない。

状況が全く飲み込めないのだ。


「マサト。俺がなにも気付いていないと思っていたのか?」

「……はっ?」

当惑するマサトに

「蓮は全部知ってたんだよ」

樹が教えてくれた。

「どういうことだ?」

「マサトが蓮に話す前から、蓮は全部知ってたんだ」

「はぁ⁉」

マサトは樹から齎された、この情報に今日いちばんの驚愕の声を発することになってしまった。


「四季くん達が遭遇した事件のことも、それが原因で四季くんがshadowを潰そうとしていることも」

「……」

「それだけじゃなくて、俺がこっそり四季くんの手伝いをしていることも四季くんは全部気付いていたんだ」

「そうなのか?」

マサトは蓮に視線を向けたけど、蓮は涼しい顔をしているだけでなにも言わなかった。

でもその表情を見る限りでは、どうやら樹の言っていることは間違ってはいないらしい。


「それって樹が蓮に言ったわけじゃないんだよな?」

「あぁ、俺はまだなにも言ってないよ。さっき、マサトから連絡を貰った後に確認はされたけどね。でもそれも黙秘権を行使してるからなにも言ってない」

「そうか」

頷いたマサトは、蓮に視線を向けると「なんで気付いたんだ?」率直に抱いた疑問をぶつけた。

すると、蓮は慣れた手つきで煙草を咥えると、すかさずケンが火を差し出した。

2人の一連の動きを見ていたマサトは、今日は自棄にケンが大人しいことに気が付いた。

いつもはうるさいぐらいに賑やかな男が今日は別人かと思うぐらいに大人しい。

ここでもマサトは小さな違和感を覚えた。


ゆっくりと紫煙を吐き出した蓮が、燻っている煙からすっとマサトに視線を向けた。


「最初に違和感を覚えたのは、マサトと樹が一緒にいるのをよく見るようになった頃だ」

「……」

「お前たちは、別に仲が悪いわけじゃねぇけど、そんなに積極的にツルむこともなかっただろ」

「そうだな」

「しかも一緒にいるようになったのはshadowの話をここで聞いた日からだ」

「はっ? でも……」

「なんだ?」

「あの日は、ここじゃなくてこの近くの喫茶店に行ってたんだぞ」

「あぁ、知ってるよ」

「知ってる?」


「なぁ、マサト。忘れてない?」

口を挟んできたのは琥珀だった。

「なにを?」

「蓮はみんなの居場所を常に把握することができるんだ」

「……はっ? 居場所を把握できる⁉」

「うん」

「なんでそんなことができるんだ⁉」


「アプリだ」

そう答えたのは蓮だった。

「アプリ?」

でもマサトは蓮がなにを言っているのか、即座に理解することができなかった。

そんなマサトに琥珀がヒントをくれる。

「ほら、メンバーの身の安全を把握できるようにって、B-BRANDに加入してすぐ、スマホにアプリをインストールしてもらったじゃん」

「……そう言われてみれば、そんなことをしたような気がしないでもないな」

「自分のスマホを確認してみれば良くね?」

ソウタに言われて、自分のスマホを確認したマサトは、

「確かにあるわ」

ポツリと呟いた。

インストールしたことさえ忘れていたのだから、そのアプリの存在など頭の中にあるはずがなかった。


Precious Memories エピソード16 【完結】

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