第15話エピソード15

◇◇◇◇◇


「あのさ、ヒナ」

「うん?」

「正直に言うと、俺も四季と一緒にshadowを潰したいと思ってるんだ」

「うん」

「俺が動くと蓮達――B-BRANDに迷惑が掛かるっていうのは分かってる。でも、だからって四季を放っておくことはできない」

「それでいいと思うよ。いろいろ難しく考えたりせずに、マサトがやりたいって思うことを自分に正直にやればいいじゃん」

「ヒナ?」

「マサトはね、いつも周りに気を遣いすぎなんだよ。周囲に目が行き届く分それは仕方がなことなのかもしれないし、マサトのいいところでもある」

「……」

「でも、それが今は足枷になっちゃてるんじゃない?」

「……気遣いが足枷?」

「うん。別に、たまには自分の気持ちに正直に行動してもいいんじゃなかな。そりゃあ、いつもそうだと周りは困るけど、たまにのことだったら迷惑をかけた相手だって『仕方がないな』って笑って許してくれるはずだし。てか、マサトは失敗してもまだまだ許してもらえる歳なんだよ」

「……」

「失敗を許してもらえるうちにたくさん失敗を経験しておかなきゃ」

「……だな」


「それにマサトがいるB-BRANDっていうチームの人達は、マサトに迷惑を掛けられたら怒ったり嫌そうな顔をしたりする人達なの?」

「いや、あいつらはそんなことはしない」

「そうでしょ? だってマサトはB-BRANDの人達の人柄に惹かれてチームに加入したんだもん」

「……あぁ、そうだな」

「それなら別によくない? マサトはやりたいようにやりなよ。でも……」

「うん?」

「ちゃんと事前にB-BRANDの人達と話はしないとダメだよ。マサトがやりたいと思うことを正直に話してみて、それで反対されたらその時はまたどうするか考えればいいじゃん」

……あぁ、そうか。

俺は自分で自分の首を絞めていたんだな。

確かに周りに気を取られ過ぎて、それが足枷になっていたんだ。

ヒナのおかげでそれに気付くことができたマサトはふっと心が軽くなったような感覚を覚えた。


「ヒナ」

「なに?」

「俺、四季の手伝いをするわ」

「うん」

「断られても、今度は絶対に引いたりしない」

「そうそう、その意気だよ」

「もしかしたら、ヒナにも迷惑を掛けるかもしれない」

「いいよ、全然。いつもマサトに迷惑を掛けてるんだからたまには私にも迷惑かけてよ」

「ありがとう。ヒナ」

「どういたしまして」

「お礼にキスしてもいいか?」

「うん、いいよ……えっ⁉」

マサトは言葉の意味を理解した途端、顔を真っ赤に染めたヒナの唇にキスを落とした。

触れるだけのソフトなキスだったにもかかわらず、ヒナの顔は暗闇でも分かるぐらい赤く染まっていた。

「ちょっとマサト」

「うん?」

「ここ、外なんですけど」

「うん、分かってる。でも、ヒナが言ったんだろ」

「へっ? なにを?」

「『マサトはやりたいようにやればいい』って」

「……あっ……」

なにも言い返せなくなったヒナを見て、マサトは楽しそうな笑い声をあげた。


◆◆◆◆◆


ヒナを家まで送り届けたマサトはその足で溜まり場に向かう。

その途中、マサトは蓮に連絡を入れた。


数回の呼び出し音の後、

『――……はい』

蓮の声が、スマホを通して聞こえてきた。

「お疲れ、蓮」

『あぁ、お疲れ』

「今って、どこにいる?」

マサトが尋ねると

『さっき溜まり場に来たところだ。なんかあったのか?』

蓮から鋭い返答が返ってくる。


タイミング的に本題を切り出すには絶好のチャンスだったが、マサトは蓮に直接会って話すつもりでいたので

「まぁ……ちょっと」

言葉を濁した。


マサトのその判断は、

『マサト?』

鋭い蓮に不審さを抱かせてしまったようだった。

マサトはそれに気付いていたが、あえてそこには触れず

「蓮、ちょっと話があるんだけど」

そう切り出す。

『そうか。今、どこにいるんだ?』

すると、蓮は冷静に聞いてきた。

だが、蓮はいつも冷静で滅多に驚いたり、焦ったりすることはない。

少なくともマサトは、蓮のそういうところを一度も見たことがない。

だからこの蓮の反応はマサトにとって想定内のものだった。

「今、そっちに向かっているところだ。あと10分ぐらいでそっちに着くと思う」

『分かった。じゃあ、待ってる』

「あぁ、悪ぃな」

マサトはそう言って通話を終えた。


蓮との通話を終えたマサトは、すぐに樹の番号に発信をした。

『もしもし?』

樹もすぐに電話を取ってくれた。

ここ一週間ほどで、樹とはずいぶん打ち解けることができ、マサトはこうして、自分から電話することにも抵抗感が薄れてきた。

マサトがそう感じるということは、それだけ樹と親しくなったという証拠でもある。


「樹?」

『うん。マサト、どうした?』

「お前には先に言っておこうと思って」

マサトがそう切り出すと

『なにを?』

樹は不思議そうに聞き返す。


「蓮に全部話そうと思ってる」

『そっか。じゃあ、マサトは覚悟を決めたんだね?』

そう問われて

「あぁ、俺は四季と一緒にshadowを潰そうと思っている」

マサトは樹に固まった決意を告げた。


『そっか。てか、俺はマサトがそういう決断をするって思ってたよ』

樹の声音はマサトが予想していたよりも、明るいものだった。

しかも何か楽しいことが始まる前のように弾んでいるようにも聞こえる。

どうして樹がそんな様子なのか、マサトは分からなかった。

だから

「そうか」

マサトは苦笑するしかなかった。


『それで蓮にはいつ話すつもりなの?』

「これから蓮に話そうと思ってる」

『これから? てか、マサトは今どこにいるの?』

「ヒナを送って、今溜まり場に向かっているところだ」

『分かった。それなら、新たに分かったshadowのデータをマサトのタブレットに送っておくね』

……なんでこのタイミングで、shadowのデータなんだ?

マサトは不思議に感じたけど

「……あぁ、ありがとう」

マサトは深くは考えずに礼を言った。

『きっと蓮と話す時に、必要になると思うよ』

「そうなのか?」

『うん。だって、蓮に話す時、shadowの情報はあればあるほど、話は早いだろ?』

「蓮にshadowの情報って必要なのか?」

『……はっ?』

「うん?」

『……マサト、ひとつ確認なんだけど』

「なんだ?」

『蓮に全て話すってことは、蓮にも協力を得ようっと思ってるんだよな?』

「いや……俺は単独で動く許可を貰おうと思ってるだけなんだけど」

『えっ? そうなの⁉』

「あぁ」

『そっか。……あのさ、マサト』

「うん?」

『これは俺が言うことじゃないかもしれないんだけど……』

「なんだ?」

『マサトが単独でshadowを潰す許可を蓮は出さないと思うよ』

「……やっぱりそう思うか?」

『うん』

「実は俺もその可能性が高いような気がしてたんだ」

『それなら……』

「でも、大丈夫だ」

『えっ?』

「ちゃんとそんな時の作戦も考えてるから」

『作戦?』

「あぁ。てか、樹も溜まり場にいるんだろ?」

『うん。いるよ』

「他には誰がいる?」

『蓮とケンとソウタ。琥珀もいるよ』

「良かった」

『マサト?』

「どうせだから蓮だけじゃなくて、みんなにも話を聞いて欲しいから」

『あぁ、そうだね。それがいい。じゃあ、待ってるね』

「分かった」


樹と通話を終えたマサトは、歩く速度を速める。

……こうしてたまり場に行くのは、今日が最後になるかもしれない。

マサトはそんなことをしみじみと考えながら、溜まり場に向かっていた。


◇◇◇◇◇


溜まり場に着いたマサトは驚いていた。

そこに入る前から、いつもと違う違和感のようなものをマサトは感じていた。

この時間帯、B-BRANDの溜まり場であるclubは、一般客を入れて営業している。

そのため、店の周辺にはB-BRANDのメンバーだけじゃなくて、clubの客である若い男女も多くいる。

だけど、今日はほとんどと言っていいほど、人がいなかった。

clubの客だけじゃなくて、B-BRANDのメンバーの姿もない。

多くの人間が集まる場所に、誰もいないというのはとても妙な感じだった。


マサトは不審に感じながらも、地下の入り口に続く階段を降りていく。

そして階段を降りきったところでも、マサトは異変を見つけた。

clubの出入り口のドアに掲げられているプレート。

営業中は常にこのプレートが“open”となっているのに、なぜか今日は“clause”になっていた。

……今日って休業日だったっけ?

マサトはそう考えたが、誰からもそういう話を聞いた覚えはなかった。


首を傾げながら、店内に足を踏み入れたマサトは

「……はっ⁉」

そこでもまた驚く羽目になってしまった。

店内には人がいなかった。

……いや、正確にはいるはずの一般客やB-BRANDのメンバーの姿はなく、そこにいたのはB-BRANDの創設メンバー5人だけだった。


フロアーで呆然と立ち尽くすマサトに

「なんでそんなに驚いてるんだ?」

蓮が苦笑気味に声を掛ける。


「なんでこんなに人が少ないんだ?」

「お前が話があるって言うから」

「俺のため?」

マサトはギョッとした。


なぜなら、マサトも詳しいことは知らないが聞いた話によると、このclubの売り上げは一晩で数百万円にもなるらしい。

しかもそれは平日の話で、休日前やイベントが開催される時には数千万円の売り上げが出るらしい。

今日は平日。

……とはいえ、営業しなければそれだけで数百万円の赤字になってしまう。


自分のせいでそんな大赤字になってしまっているのだから、マサトが困惑してしまうのも無理はなかった。


Precious Memories エピソード15 【完結】

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