第14話エピソード14

◇◇◇◇◇


「おい、樹」

「なに?」

「おそらく四季は、お前からの協力も断ると思う」

「断る? どうして?」

「どうしてって、お前はB-BRANDの創設メンバーなんだぞ」

「うん。それが、どうしたの?」

「B-BRANDの創設メンバーであるお前の協力は……」

「違うよ、マサト」

「あ?」

「さっき言ったよね?個人的に協力するって」

「確かにそれは聞いたけど、でもお前が動けば……」

「俺が動いたらB-BRANDが動いていることと変わらないって言いたいんでしょ?」

「そうだ」

「それなら俺が動いてるって分からなければいいだけの話じゃない?」

「……はっ?」

「だから俺が四季くんに協力してるって周囲にバレなければ問題なくない?」

「それは……そうだけど……。そんなことができるのか?」

「うん、できるよ。だって、このことを知っているのはマサトと俺だけじゃん。だから直人。誰にも言わなければバレることもないと思うんだよね」

「四季は?」

「あ、そうだった。四季くんもいるんだった。まっ、四季くんの口止めはマサトに任せるよ」

そう言いながら、樹はスマホを取り出すとチラリとそちらに視線を向ける。

樹のスマホは振動している。

どうやら誰かから着信があったらしい。

樹は、席を立つ。


この一連の動きを見ていれば、樹は電話を取るために店を出ようとしているのがわかる。

だけどマサトは、そんな樹を

「はっ? ちょっと待て」

呼び止めるしかなかった。

なぜならば話はまだ途中だったし、話の内容的にも樹を今逃がすわけにはいかないのだから。

しかし、樹は

「じゃあマサト。四季くんに伝言よろしく。明日の午後って忘れずに伝えてね」

そう言い残すと樹は、店を出て行ってしまった。

「樹!!」

マサトは樹を呼び止めようとしたが、時すでに遅し。

店内に響き渡ったドアベルの綺麗な音色だけが虚しかった。

……マジかよ。てか、これって蓮とかにバレたらどうするんだよ?

マサトは頭を抱えた。


◆◆◆◆◆


「ねぇ、ねぇ。マサト」

「うん?」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「四季くんの件ってどうなったの?」

ヒナがマサトにそう聞いてきたのは、あの事件があったからゆうに1週間以上が経ってからだった。

ヒナに聞かれて、初めてマサトは自分があの後のことを全く報告していないことに気付いた。

……俺、なんかボサっとしてんな。

マサトはいつもと同じことができない自分を密かに責めた。

「悪ぃ。そういえばあの後のこと、何も話してなかったよな」

「ううん、別にそれはいいんだけど……ちょっと気になったから」

「そうだよな、気になるよな」

ヒナの言い分はもっともだった。

前回、ヒナに話した時はまだなにも把握できていない状態だった。

あれから、状況は二転三転している。

それをなにも聞かされていないヒナは心配でたまらなかったはずだ。

最近、忙しくてじっくりそういう話をする時間がなかった。

マサトはそう言うこともできたが、結局のところそれはいい訳に過ぎない。

あの日以降も、ヒナとは毎日会っていた。

マサトも置かれている状況的に、余裕がない日々が続いているがヒナのバイト終わりの送迎だけは継続していたのだから、離そうと思えば、いつでもそれはできた。

でもそれをしなかったのは、マサトに余裕がなかったからにすぎない。

なにも聞かされていないヒナは、ひたすらマサトが話してくれるのを待っていたに違いない。

だけどいくら待っても、マサトが話そうとしないのでとうとう痺れを切らし、自分から尋ねたのだろう。

マサトはそう予想し、ヒナに申し訳なく感じた。


今日もこの後、ヒナを自宅に送り届けたあとマサトは溜まり場に戻らなければならない。

直接、四季に協力することはできないが、マサトは樹の情報収集の手伝いをしている。

これまでパソコンやタブレットなど動画を見る程度しか使ったことがなかったが、樹にそれらの端末の扱い方を教えてもらいながら手伝わせてもらっている状況だった。

今晩もそれをする予定なので、ヒナと一緒にいる時間は限られている。

マサトはその限られている時間内で、ヒナに効率よく話をするために頭の中で話す順序と内容をまとめてから口を開く。

「実は……」

マサトはあの日にあった出来事や四季と話した内容をヒナに伝えていく。

ヒナは時折、驚いた表情や困惑の表情を浮かべながらも、マサトの話に真剣に耳を傾けていた。

マサトは話そうかどうか迷ったが、結果的には樹が四季の為に協力を申し出てくれたことも伝えた。


樹が協力を申し出てくれた日。

マサトは樹と別れた後、すぐに四季に連絡をした。

そして、樹からの伝言をすべて伝えた。

その上で判断を下すのは、四季の役目だとマサトは考えていた。

樹が協力を申し出てくれていることを知った、四季はマサトの予想通りの反応を示した。

樹の厚意に感謝をしたものの、やはり樹の協力を得ることはできないと言った。

「ただ直接お礼だけは伝えたいので、明日連絡はしてみるよ」

四季の言葉を聞いたマサトは「分かった」と告げて電話を切った。

思っていたよりも元気そうな四季の声に安心したものの、不器用ともいえる四季に、マサトは少しだけ苛立ちを覚えた。

もし、四季が『ちょっとだけでいいから力を貸してくれ』一言そう言ってくれたら、マサトはすぐにでも協力するつもりでいた。

でも四季は、それらしきことは口にも出さなかった。

もちろんそれが自分の為に四季が配慮していることは分かっている。

でもこんな状況にもかかわらず、頼ってもらえないことが悲しかった。


その翌日、四季は約束通り樹に連絡を入れたらしい。

感謝の気持ちを伝えたうえで、協力してもらうことはできないと四季ははっきり伝えたらしい。

でも四季よりも樹の方が上手【うわて】だったようで……。

一体、樹と四季の間でどんな会話が交わされたのかマサトには分からない。

でも樹に計算的な会話術にタジタジになる四季は容易に想像ができた。

結果的に四季は樹の口車に乗せられる形で、樹の協力の申し出を受けざるを得なくなったらしい。


一通り、最後までマサトの話を聞いたヒナは、大きく息を吐き呟くように言った。

「そうだったんだ。そんなに大変なことになってたんだね」

「あぁ」

「でも、マサトはなっとくできていないんでしょ?」

「えっ?」

「四季くんに協力を断られたこと」

ヒナの鋭い指摘に

「……なんで分かるんだ?」

マサトは珍しく動揺した。

「そのくらい私にもわかるよ。私だってマサトの傍にずっといるんだから」

ヒナの言葉に

「……」

マサトは思わず黙り込んでしまった。

その理由は――。

「どうしたの?」

ヒナは不思議そうにマサトの顔を覗き込む。

「……いや、大したことじゃねぇんだけど」

「なに?」

「ヒナは『ずっと』って言ったけど、俺達付き合い始めてからまだ1年も経ってねぇから」

「あっ……そう言われてみれば確かにそうだね」

「だろ?」

「うん。でも、なんかもっと長く一緒にいるような気がするんだよね」

ヒナのその言葉に

……ん? なんかこれに似たやり取りも少し前にもしたような気がする。

マサトはそう思った。


そして、思い出した。

……あぁ、そうか。

この前、四季とこんな会話をしたんだっけ。


「マサト、なんか顔がニヤ

「あぁ。俺とあいつって友達になってまだ3年も経っていないんだ」

「そういえば、高校に入学してから仲良くなったって言ってたもんね」

「そうそう。でも四季とはもっと昔からつるんでたような気がするんだよな」

「それって、きっとマサトと四季くんが濃い時間を過ごしてきたからそう思うんじゃないかな?」

「濃い時間」

「うん、楽しく感じる時間はもちろん、辛かったり、悲しかったり、悔しかったり。そういうこともお互いに共有して一緒に時間を過ごしてきたからそう感じるんだと思う」

「確かにそうかもしれねぇな」

「でしょ?」

「あぁ、てかなんか改めて今ヒナが年上だって感じがした」

「え~、その言い方だったら、いつもは年上って感じがしないって言ってるように聞こえるよ」

ヒナはそう言って屈託なく笑っていたが、マサトは苦笑いしてしまった。

なぜならば、普段マサトはヒナを年上だとあまり感じない。

もちろんそれは悪い意味ではなくいい意味で……。

ヒナは純粋で素直でいつもポジティブだ。

どんなことがあっても、前向きな彼女からマサトはいつも元気をもらっている。

しっかりしているように見えて、天然なところもあり目が離せない。

童顔に小柄な体格も手伝って、マサトはヒナとの年齢の差を普段はあまり感じないのだ。


でも時としてヒナは達観した意見でマサトを驚かせる。

ヒナの考えはおそらく自分の経験に基づくものだ。

だからこそ説得力もあるし、納得もできる。

そういうヒナの一面を目の当たりに時、マサトはヒナが年上だということを改めて実感するのだった。


「それでマサトはどうしたいの?」

「ん?」

「あくまでもこれは私の予想なんだけど、樹くんが四季くんの為に動いてるんだから自分もなにかしたいと思っているんじゃない?」

「ヒナさん、鋭い推測力ですね」

「当然でしょ? マサトと濃い時間を過ごしているのは、四季くんだけじゃなくて私もなんだから」

「あぁ、そうだな」

こんな時だからこそヒナの明るさに救われる。

マサトは改めてそう実感した。


ヒナの性格ならこんな話を聞いたら、四季や星莉のことが心配でたまらないはずなのに笑顔でいてくれる。

それはもちろんマサトのため。

自分が暗い顔をすれば、マサトも落ち込んでしまう。

それが分かっているから、ヒナは意識的に明るく振舞っている。

マサトはもちろんそれに気付いている。

気付いているからこそ、ヒナへの愛おしさが増した。


Precious Memories エピソード14 【完結】

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