第12話 エピソード12

◇◇◇◇◇


四季の異変に気付いたマサトは

「おい、四季」

思わず四季の腕をガシッと掴んだ。


マサトに腕を掴まれた四季は

「うん?」

視線をマサトに向ける。

マサトは四季に

「落ち着け」

言い聞かせるように告げた。

マサトの顔をじっと見つめていた四季が

「そうだね。こういう時は冷静にならなきゃね」

ふと表情を緩めた。

どうやら冷静さを取り戻すことができたらしい。


今は落ち着いたといっても、四季も昔は大人が手を焼く札付きの不良だった。

普段は温厚な四季もキレてしまったら、手が付けられない。

四季はそういう男なのだ。


「それでshadowを潰すって本気なのか?」

マサトは確認するように尋ねる。

すると四季はにっこりと微笑んだ。

「もちろん。準備も進めてるよ」

予想外の四季の言葉に

「……はっ?」

マサトは唖然とした。


「こういうことはスピードが大事だからね」

「準備って……なにをしてるんだ?」

「shadowの情報と協力者を集めてる」

「協力者?」

「そう、流石にチームを潰すのに俺ひとりじゃ歯が立たないことは分かってるし」

「そうだな。いくら人数が少ない弱小チームっていってもひとりで相手にできるはずがねぇ」

「でしょ?」

「あぁ、それでその協力者っていうのはどのくらい集まってるんだ?」

「そうだな……今は30人ぐらいかな」

「今はってことは、まだ増える見込みがあるんだろ?」

「予定では50人前後は集まると思う」

「そうか。それで勝算は?」

「相手がShadowだけなら、人数的にも力的にも余裕なんだけどな」

「Shadowだけなら? それってどういう意味だ?」

「まだ調べてる途中だから確定ってわけじゃないけど、結構面倒くさいことになりそうな感じなんだよね」

四季はうんざりしたように大袈裟に溜息を吐いてみせる。

「面倒?」

「うん」

「なにが?」

「どうやらShadowは単体のチームじゃなくて、母体となるチームがあるみたいなんだ」

「母体? それってこの街にあるチームか?」

「ううん、隣の県のX区にCouleur【クルール】っていうでかいチームがあるんだ」

「……あぁ、知ってる。鳴宮って男がトップを張ってるチームだろ?」

「そう、そう。どうもCouleurがShadowの母体みたいなんだよね」

「……はっ?」

初めて耳にした情報にマサトは困惑が隠せなかった。


その時、タイミングを見計らったようにマサトのスマホが振動した。

確認してみると、樹からデータが送られてきていた。

そのデータはマサトが樹に頼んで集めてもらったものだった。


「でも、これはまだ調査中の案件だから確定ってわけじゃないんだけどね。もしかしたらガセっていう可能性もあるし。てか、俺的にはガセ出逢った方が都合いいんだけど」

四季の話に耳を傾けながら、スマホを見ていたマサト。

その表情が一瞬、鋭さを増した。


「四季」

「うん?」

「残念だけどその情報は間違ってなさそうだぞ」

「……えっ?」

「shadowの母体はCouleurで間違いなさそうだ」

「マジで⁉ てか、なんでマサトがそれを断言できるんだ?」

「B-BRANDの創設メンバーに如月 樹【きさらぎ いつき】ってヤツがいるんだけど」

「あぁ、あの眼鏡をかけてて頭が良さそうなヤツだろ?」

「そう。てか、実際に樹は頭がいいんだけどな」

「うん、そんな感じがする。で、そいつがどうかしたの?」

「樹に頼んでたんだ」

「なにを?」

「Shadowの情報を集めて欲しいって」

「そうなの?」

「あぁ、さっきお前と連絡が取れなかった時にな」

「ちょっと待って」

「うん?」

「もしかしてマサトは、俺がShadowとなんかあったってことにその時点で気付いてたってこと?」

「確信があったわけじゃねぇけど、もしかしたらとは思ってた」

「マジで?」

今度は四季が唖然とする番だった。


「まぁ、タイミング的にShadowが高校生を相手に荒稼ぎをしているって話を聞いたばかりだったっていうのもあるし、その時に花ヶ森の生徒にも何人か被害者がいるって言ってたから、もしかしたらって思ったんだ」

「その情報ってB-BRANDのヤツが調べたのか?」

「多分、そうだと思うけど」

「すげぇ……」

「なにが?」

「その情報って、花ヶ森の生徒も知らないヤツの方が多いと思うぞ」

「そうか。てか、樹はマジですげぇんだよ。情報収集に関しては特にな」

「そっか……」

「その樹が集めてくれた情報によるとShadowの母体はCouleurでほぼ間違いはないみたいだ」

樹が齎してくれた情報はありがたい。

でもその情報は、四季の決意を嘲笑うかのようなものだった。

「しかもShadowのトップとCouleurのトップは兄弟らしいぞ」

「はっ? 鳴宮って兄弟がいるのか?」

「そうらしいぞ。俺も知らなかったけど、Couleurのトップ鳴宮 玄武【なるみや げんぶ】の弟がshadowのトップの玄朱【げんしゅ】らしいぞ」

「鳴宮玄朱? ……聞いたことねぇな。マサトは知ってる?」

「いや、兄貴の方は知ってるけど、弟のことは一度も聞いたことがない」

「そっか。てっか玄武はチームの勢力拡大でも狙ってんのか?」

「さぁ? てか、Couleurは今更そんなことしなくてもX区ではいちばんの勢力を持ってるだろ」

「そうだよね。でも自分の弟をトップに立てたチームを県外に配置するなんて、こっちまで勢力を伸ばそうとしているとしか思えないだろ?」

「確かにその可能性は否定できねぇけど……なんか引っかかるんだよな」

「なにが引っかかるんだ?」

四季は不思議そうに首を傾げる。


「玄武ってさ、コソコソと裏で厭らしい手を使って金を稼ぐような男じゃないと思うんだよな」

「そうなの?」

「あぁ、俺が知ってる玄武は、どちらかというと金が欲しいならもっと別の方法で稼ぐと思うんだ」

「じゃあ、玄武はshadowがやってるようなことはしないってことか?」

「俺も玄武と面識があるわけじゃねぇ。あくまでも玄武に関する話が耳に入って来るだけだ。だからなんとも言えねぇんだけど」

「そうか。じゃあ、その辺も含めてもう少し、調べた方がいいかもしれねぇな」

「そうだな」

四季の言葉に頷いたマサトだったが、その表情は曇っていた。


しばらくの間、黙り込んでいたマサトが

「なぁ、四季」

おもむろに口を開いた。


「うん?」

「Shadowを潰すって話だけど」

「あぁ」

「それってもう少し待たないか?」

「……はっ?」

「Couleurがバックにいるって分かったんだからShadowを潰すことが簡単じゃないってことは分かるよな?」

「あぁ、それは分かってる」

「俺が知っている限りではCouleurの規模は500人越えだ」

「うん」

「四季、よく考えろ。確かにshadow単体なら、協力してくれるヤツがいれば潰すことも決して不可能じゃない。でも、ShadowのバックにCouleurがいるとなれば、話は別だ」

真剣な口調のマサトとは対照的に

「そうなんだよね。問題はそこなんだよね」

四季の口調は呑気さを感じるようなものだった。


「俺は別の方法を探した方がいいと思う」

マサトは、はっきりと断言した。

「……俺もそっちの方が賢明だと思う。でもなぁ……」

「四季?」

「『shadowのバックにCouleurがいるんで潰すのは止めておきます』ってわけにはいかないんだよね」

「お前はすでに協力者を募ってるし、事は始まっている。今更、止めるなんて言えばお前のメンツにも傷が付く。それは分かるけど……」

「違うよ、マサト」

「あ?」

「俺のメンツなんてぶっちゃけどうでもいいんだよ。俺のメンツよりも、守らないといけないものが俺にはあるんだ」

「守らないといけないもの?」

「うん。普通の女の子がさ、薬を飲ませられて、絶対に他人には見られたくない写真や動画を撮られてるんだよ。それだけでもその子にとっては耐えがたいことなのに、そのデータはまだどこかにあるかもしれなくて、なんの前触れもなくネット上にバラまかれるかもしれない。もしかしたら、そのデータは売買されてしまうかもしれない」

「……」

「そんな不安を抱えて生活してくのってものすごく辛いと思わない?」

「……そうだな」

「確かに俺は、星莉の友達が被害者になってしまったから、余計にshadowを許せないのかもしれない」

「……」

「でもさ、この先星莉が被害者になることもあるかもしれねぇじゃん。だって星莉はshadowの奴らに顔と名前を知られてるんだ。報復として、すでに狙われているかもしれない」

「……四季……」

四季の言いたいことはマサトにも理解できた。

自分の彼女が狙われているかもしれない。

しかも狙っているのは、卑劣な手を平気で使うような最低な奴らだ。

そんな状態でなにもしないなんて男としてできるはずがない。

マサトはそうも思った。

でも今は、四季に『じゃあ、shadowを潰そうぜ』とは言えない。

だって四季は友達だから。

どう考えてもShodowと四季の戦いは、四季の方が不利だ。

だってshadowのバックにはでかい規模のCouleurがいるのだから。

友達が不利なのは分かっているのに、背中を押して応援することなんてマサトにはできるはずがなかった。

そんなマサトの心境を察したのか四季は言葉を紡いだ。

「もし、これがヒナちゃんだったらマサトは冷静に判断することができる? shadowのバックにはCouleurがいるから潰す以外の方法を考えようなんて言える?」

その質問は、今のマサトには効果抜群だった。

四季を止めようとしていたのはあくまでも建前上。

マサトもShodowを許せないという気持ちは、四季と同じなのだから。

それを見透かしている四季の言葉は

「……いや、無理だな」

効果抜群で、マサトの本心を引き出すには十分だった。

「だよね。俺も一緒だよ」

マサトの本心を聞いた四季はとても満足そうに笑みを浮かべる。

「気が合うな」

「当たり前じゃん。何年友達をやってると思ってるんだよ?」

「2年と半年ぐらいか」

「はっ?」

「なんだよ?」

「思っていたよりも友達期間が短くてびっくりした」

唖然とする四季のマサトは思わず吹き出してしまった。


Precious Memories エピソード12 【完結】


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