第11話エピソード11

◇◇◇◇◇


四季は、辛そうに目を伏せると

「……星莉の友達がひとりが制服を脱がされて……多分写真を撮られてる」

絞り出すような声を発した。

「それって間違いないのか?」

「撮られたことは間違いない」

「……」


「写真を撮られた可能性のある子が先に意識が朦朧となったらしくて、それで異変に気付いたもう一人の友達は意識が朦朧としている子を連れて逃げようとしたみたいなんだ。でも、男の人数が多くて逃げだすことは難しかったみたいで……」

「それで?」

「俺がその部屋に着いた時には、1人はスマホを向けられてて、もう1人は抵抗を封じ込められるように押さえつけられていた」

四季の話を聞いて、

「……」

マサトは思わず言葉を失った。


「俺は無我夢中で星莉の友達を押さえつけている奴を殴り飛ばして、撮影していたヤツのスマホはぶっ壊した」

「じゃあ、データは残ってないんだな?」

「いや、それが分からねぇんだ。視界に入ったスマホは全部ぶっ壊したけど……もしかしたら、あいつらは他にも撮影できる端末を持っていたかもしれない」

「そこにいた男は全員潰したのか?」

「いや、何人かは逃げられた」

「……何人ぐらい逃げたのか分かるか?」

「多分2人だな」

四季は悔しそうに表情を歪めた。

「その場にいたのは?」

「全部で8人」

「そうか」


8対1。

それなら2人ぐらい取り逃がしたとしても、上出来だ。

マサトはそう思った。

「それで意識が朦朧としていた友達の容態は?」

「お前がさっき言ったように飲み物に混ぜられていたのは、おそらく睡眠薬だろうって」

「それって誰の見立てだ?」

「松井先生」

「松井さんの所に連れて行ったのか?」

マサトは驚いたような声を上げた。

松井医院。

その病院はマサト達がいつも利用している病院だった。

「あぁ、意識が朦朧としていた時点でヤバい薬を飲まされたっていうのは判断できた。本当ならちゃんとした病院で診てもらった方が良いとは考えたんだけど、状況が状況だけにできるだけ大事にしない方が良いんじゃないかと思って」

「それもそうだな。松井さんはみんなから『ヤブ医者』って呼ばれてるけど、元は大病院に務めていた医者だから腕は間違いない。でも……」

マサトがなにを言いたいのか、この時点で察した四季は

「大丈夫。今日はまだ呑んでなかったよ」

笑顔でそう伝えると

「良かった」

マサトは安心したように呟いた。


マサト達がいつも利用している松井医院の院長は松井という50代後半の男で、過去に大病院で外科医を務めていた経歴の持ち主だ。

その松井が今はマサト達が通う神代第一高校の近所で個人病院を経営している。

院長といっても医師は松井しかいない。

あとは看護師兼事務のおばさんがひとり。

スタッフが2人しかいないこの病院の患者の大半は神代第一高校の生徒だったりする。

近所の住民たちは松井医院に行くことを強く拒んでいるから、必然的に松井医院の患者は神代第一高校の生徒しかいない。

ケンカで怪我をしたら松井医院に行け。

それが神代第一高校の生徒の間で暗黙の了解となっている。


元々大病院に勤めていた松井が不良の巣窟と呼ばれる神代第一高校の生徒ご用達の医師になったのは、酒が原因だった。

腕は確かなのに、酒好きの松井は勤務時間に酒を飲み、それがバレて大病院をクビになった。

それが嘘か本当なのかマサト達には分からない。

この話も上級生から聞いたものなのだから。

だけど診察を受ける時、松井からは酒の匂いがするので、この話も事実無根というわけではないらしい。

「松井先生は酒さえ飲んでなかったら最高の医者だ。今回の件だって、明らかに事件性があるのに警察へも通報しないでくれたし」

どうやら四季は松井が警察に通報しないでくれたことにとても感謝しているらしい。


「やっぱ被害に遭った子達も公にはしたくないって言ってんのか?」

マサトが尋ねると、四季は首を縦に振った。


「あぁ、もし警察に通報されたら学校や親にもバレる。それは絶対に嫌だって」

「そうか」

「まぁ、花ヶ森は校則も厳しいし、こういう事件が発生したら今後もっと校則が厳しくなる可能性もあるからな。頑なに拒否する気持ちも分からないではないかな」

「そうだな」

「それで松井はなんって言ってたんだ?」

「念の為、今夜一晩は注意が必要だって。なにを飲まされたのか、はっきり判断する材料がないから様子を見るしかないらしい。でも、おそらくはそんなに過剰に心配する必要はないって」

「良かったな」

「あぁ」


「それでもう一人の子は?」

「抑えられた時に、太ももと二の腕に内出血の痣ができてたけど、これは一週間ぐらいで完全に消えるだろうって。本人は痛みもないし、服で隠れる場所だから大丈夫って言ってた」

「それなら、そっちの子も心配は要らないな」

「そうだね」


「じゃあ、問題はあと2つか」

「2つ?」

「星莉の様子は?」

マサトが尋ねると、途端に四季の表情は暗くなった。

「……けっこう落ち込んでる」

「だよな」

「うん。結果的に自分だけトイレに逃げ込んでいたから被害に遭わなかった訳じゃん。それがいちばん気になってるみたいで」

「だけどそれって星莉が気を負うことじゃねぇじゃん」

「俺もそう言ったんだけど」

「まっ、星莉の性格を考えたら、気にするなって言っても気にするだろうな」

「あぁ」

「それでお前はどうするつもりなんだ?」

「えっ? 俺?」

四季は困惑した表情でマサトの顔を見つめ返した。

「現状ではshadowが星莉の友達のデータを持っているのかどうかも分からない。データが入っている端末は、お前が壊したモノだけなら問題はない。星莉の友達には気の毒だけど、運が悪かったと思ってもらうしかない。でも、万が一、shadowがまだデータを持っていたとしたら、そのデータを使って脅される可能性がある」

「……」

「もし、そうなった時のことを、お前は考えてるんじゃないのか?」

「……」

「だからそんな顔をしてるんだろ?」

「……お前には敵わないな」

四季は観念したように息を吐き、マサトはそんな四季を見て鼻で笑った。

「当たり前だ。ナメんなよ」

「はい、はい。すみませんでした」

マサトと四季は同時に吹き出した。

四季は笑っていた。

その笑顔を見て、マサトは少し安心することができた。

「それでどうするつもりだ?」

もう一度マサトが尋ねると、四季はスッとマサトから視線を逸らした。

四季の視線の先にあるのは星莉が映っている写真だった。

この写真を撮ったのは四季なのか、星莉ひとりしか映っていない。

でも、カメラに向かって笑顔を向ける星莉は幸せそうな雰囲気をまとっていた。


その写真を見つめながら

「shadowを潰そうと思っている」

四季はきっぱりと断言した。


「……shadowを潰す?」

マサトは驚いた。

滅多に感情を顔に出さないマサトが、珍しく鋭い目を見開いている。


一方、四季は意思が固まったからなのか、さっきまでとは別人のように清々しい表情を浮かべている。

2人の表情は対照的だった。


マサトは四季が何かしらの行動を起こそうと思っていることには気付いていた。

星莉の友達のデータをshadowが持っているのか。

確認し、もしデータがあるならそれを取り返しに行くと言い出すだろうと予想していた。


最近は随分大人しくなったといっても、四季が一言「力を貸してほしい」そう言えば、すぐに協力する友達は大勢いるし、四季ならそのくらいのことをやってのけるという確信がマサトにはあった。


でも四季はマサトの予想を上回る決断をしていたのだ。


「ちょっと待て」

「なに?」

「潰すって……shadowは人数こそ少ないけど一応チームなんだぞ。そこは分かってるよな?」

「もちろん分かってるよ。だからそのチームを潰そうと思ってるんだ」

「……」

マサトは思わず絶句してしまった。


「もちろんshadowを簡単に潰せるは思ってないよ」

「それなら、とりあえずデータの有無を確認して、もしデータがあればそれを取り返せるように手をまわした方が……」

「確かにマサトが言う方法の方が穏便に済ませることはできると思う」

「そうだろ? 神代第一高校の生徒にshadowのメンバーはおそらくいないと思う。でもツテを辿っていけば必ずshadowの幹部とコンタクトを取ることができる。もしshadowのメンバーがデータを持っていれば……」

「返してもらえばいいんだよね」

「あぁ、そうだ」

「でもさ、それだと根本的な解決にはならないと思うんだ」

「四季?」

「だってさ、考えてみてよ。マサトが言う方法で今回の件は無事解決するとするじゃん。でもさ、これから先花ヶ森の生徒がshadowにターゲットにされない保証はどこにもないじゃん」

「……」

「今回は幸いにも星莉は被害に遭わなかった。でもこの先、星莉がターゲットにされない保証はない。だったら星莉から目を離さなければいいって思うかもしれない。でも星莉は警戒して被害に遭わなかったとしても、星莉の友達やクラスメイトが被害に遭ったら? そんなことになったら、星莉は絶対に悲しむと思うんだ」

「……」

「それにshadowがやってることを俺は許すことができない」

「……」

「チームに入ってるなら、同類の人間としか事を起こしちゃいけない。マサトもトップを張ってた時いつもそう言ってたじゃん」

「……」

「でもshadowがターゲットにしてるのは学生で、しかも女なんだよ」

「……」

「本来なら守るべき存在である女を脅して金を稼ぐ」

「……」

「マジでゲスだよね」

四季の口調はいつもと変わらず穏やかだった。

だけど、その瞳の奥には怒りの炎が燃え盛っていた。


Precious Memories エピソード11 【完結】


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