第10話エピソード10

◇◇◇◇◇


きっぱりと断言したヒナに

「ヒナ?」

マサトは訝し気な眼差しを向けた。


そんなマサトに

「今は私のことより四季くんのことを心配してあげなきゃ。私はひとりでも帰れるよ」

ヒナはにっこりと微笑む。


「じゃあ、タクシーで帰ってくれ」

「大丈夫だって。歩いて帰れるよ。ここからだったら家まで近いし」

ヒナはそう言ったが

「ダメだ。これだけは絶対に譲れない。ヒナがタクシーで帰らないって言うなら、ヒナを送ってから四季のところに行く」

マサトはヒナがひとりで歩いて帰るということは絶対に許さなかった。

これはなんと言っても無駄な気がする。

けれどこれは理不尽な要求なんかじゃない。

マサトはヒナのことを心配して言っているのだ。


そう察したヒナは

「……分かった。じゃあ、タクシーで帰ります」

苦笑しながらもマサトに従うことにした。


ラーメンの会計を済ませたマサトは、店を出てすぐにタクシーを1台捕まえた。

そのタクシーにヒナを乗せると、運転手にヒナのアパートの住所を伝え、お金まで支払ってくれた。

『タクシー代ぐらい自分で出すよ』

ヒナは喉まで出かかった言葉を、少し考えてから飲み込んだ。

ここでもしその言葉を言ったとしても、マサトは一度出したお金を引っ込めることは絶対にしないという確信があった。

これが普段なら、ヒナはマサトが一度出したお金を引っ込めないと分かっていても、言わずにはいられない。

だけど今は急を要する状況だ。

はっきり言って、そんな押し問答なんかをしている暇はない。

そう考えたヒナは、あとからお金を返そうと考え、この場では口を閉ざすことを決めた。


◇◇◇◇◇


ヒナをタクシーに乗せてそのタクシーが見えなくなるまで見送ってから、マサトは四季に連絡するためスマホを取り出した。

四季の番号に発信するため、スマホを操作しながらも、マサトの足はすでに四季の家に向かっている。

……寝てたりしねぇよな?

不良小僧を引退してから健全な生活を送っている四季は、もしかしたらすでに寝ているかもしれない。

マサトは少し心配になったが、それは杞憂に過ぎず、四季は2コールで電話を取った。

『……――もしもし』

「起きてたのか?」

『うん、起きてた』

「なぁ、四季」

『なに?』

「今からちょっと出て来られないか?」

『今から?』

「あぁ、ちょっと話があるんだ」

『……そっか。マサトは今どこにいるの?』

「もうすぐお前の家の前に着く」

『はっ? ウチに来てんの?』

「あぁ、あと5分ぐらいで着く」

『すげぇ近くまで来てるじゃん。てか、それならウチで話そうぜ』

すぐ近所まで来ているというマサトに、四季は苦笑したがすぐにそう提案してくれた。

「いや、それは迷惑だろ。時間も遅いし」

『大丈夫。今日は誰もいねぇし』

「そうなのか?」

『親父は出張中で、お袋は親戚の家に行ってる。だから気にしなくていいぞ』

「そっか。じゃあ、ちょっと邪魔するわ」

『あぁ、部屋にいるから2階に上がって来いよ』

「分かった」


通話を終えたマサトは、スマホをポケットにしまうと反対側のポケットから煙草の箱を取り出した。

バタバタとしていて食後の一服するのも忘れていた。

てか、ラーメンも完食してねぇし。

マサトはそんなことを考えながら

……やっぱ元気ねぇな。

電話越しに聞いた四季の声に、いつものような元気がなかったことを感じていた。


◇◇◇◇◇


深夜の住宅街。

時間が時間なので通りに人の姿はない。

マサトは一軒の一戸建ての家の前で足を止めると、まるで自分の家に帰ってきたような感じで玄関のドアに手を掛けた。

鍵のかかっていないドアを開け、中に入ると

「お邪魔します」

一応そう言ってから、靴を脱ぐ。

何度も訪れたことのある四季の家は、自分の家と同じぐらい把握済みだ。

階段を上り、ひとつのドアを開くと

「おう、いらっしゃい」

四季が笑顔で迎えてくれた。


「起きてたんだな。もう寝てるかと思った」

「今日はちょっと眠れそうにねぇ。だからお前が来てくれて良かったよ」

四季の顔を見て、すぐにマサトは気付いた。

なにかあったことは確定。

しかも、それはあまり良いことではないらしい。

確信を得たマサトは

「なんかあったんだよな?」

早速本題を切り出した。

すると四季はそう聞かれることを見通していたかのように

「とりあえず座れよ」

立ったままのマサトに座るよう促した。

「あぁ」

「炭酸でいいか?」

四季はベッドの脇にある、ミニ冷蔵庫から炭酸飲料のペットボトルを取り出しマサトに差し出した。

「ありがとう」

それを受け取り、マサトは封を開けると口を付けた。

全く自覚はなかったが、マサトはかなり喉が渇いていたらしく、三分の一程を一気に飲み干した。

喉が潤ったことで、気分も落ち着いたマサトは、何気なく部屋を見渡した。

以前はよく訪れていた四季の部屋。

だけどここ最近はほとんど来る機会がなく、マサトがここに来るのは、かなり久しぶりのことだった。


マサトが知っている頃と変わらない部屋だったが、部屋の一角にあるコルクボードには星莉が映っている写真が増えていた。

その中の一枚に、四季と星莉がくっ付いて映っている写真がある。

2人とも幸せそうな表情を浮かべていて、見ている方も幸せな気分になる写真だった。


その写真を眺めていたマサトが思い切ったように口を開いた。

「それで? なにがあったんだ?」

「……」

「星莉になんかあったんだろ?」

「……」

四季は黙り込んだまま話そうとはしない。

しかし、それは頑なに話すことを拒んでいる感じではなく、話すべきかどうか迷っている感じだった。

それを察したマサトが

「四季、お前shadowっていうチームを知ってるか?」

おもむろに尋ねた。

マサトが“shadow”というチーム名を言った瞬間、四季の表情が分かりやすく変化した。

驚き。

困惑。

戸惑い。

それらの感情が複雑に入り混じった顔で四季はマサトを見つめる。

「……なんで、お前がそのチームを知ってるんだ?」

「前から知ってたわけじゃねぇ。昨日初めてそういうチームがあるって知ったんだ」

「昨日?」

「あぁ。昨日、チーム内で話題になった。shadowっていうチームは学生相手に荒稼ぎをしているらしいな」

「……なんだ。知ってたのか」

四季は力が抜け脱力したように、背後にあったベッドに身体を預けた。


「星莉がshadowになんかされたんじゃないのか?」

マサトはそう尋ねながらも、すでに確信を得ていた。

それでも尋ねたのは、四季の口からなにがあったのかを聞きたかったからだ。

四季はマサトの気持ちを察したのか、諦めたように口を開いた。


「昨日、友達とカラオケに行ってるって言っただろ?」

「あぁ」

「事前の話では、同じクラスの友達3人で行くことになっていたらしい。でも、途中カラオケボックスの前で友達の友達ってヤツと偶然会ったみたいで」

「そいつも一緒にってことになったんじゃないのか?」

「……なんで知ってるんだ?」

四季は怪訝そうに眉を寄せた。


「それがshadowの手口のひとつらしい。で、その偶然会ったヤツが自分の知り合いを呼んで、大人数になったところでどさくさに紛れて飲み物に薬を混ぜられる。その薬は大抵、睡眠薬で眠っている間に他人に見せたくないような動画や写真を撮られるって聞いた。そして、あとからその写真や動画のデータをネタに脅しを掛けられる。『このデータを世間にバラまかれたくなかったら金を持ってこい』ってな」

「……そのまんまだよ」

「星莉が被害にあったのか?」

「被害にあったと言えばあったのかもしれない」

曖昧な返事をする四季に

「どういうことだ?」

マサトは首を傾げた。


この時マサトは、

……もしかしたら星莉はshadowの被害にあっていないんじゃねぇか?

そう思っていた。

もし星莉が、shadowの被害に遭い、世間に出したくない写真や動画を撮られていたとしたら、四季はこんなに落ち着いていないはずだと思ったからだ。


その考えはマサトの希望でもあった。

星莉は無事でいて欲しい。

マサトは、わずかな希望の光を信じていた。


「星莉から連絡があっただろ?」

「ラーメン屋にいた時だろ?」

「そう。あの時、星莉がいたカラオケボックスの部屋に友達の友達の知り合いっていう男が入って来てすぐだったんだ」

「そのタイミングで星莉は連絡してきたのか?」

「うん。ほら、星莉って初対面の男が苦手じゃん」

「……そういえば、そうだったな」

四季の言葉に、マサトは初めて星莉と会った時のことを思い出していた。

ずっと女子高で男に対して免疫がないらしい星莉は、マサトと初めて会った時、それはそれは怯えていた。

マサトの厳つい顔と高校生にしては大きな身体に怯えていたのだ。

その日、星莉はマサトと喋ることはできなかった。

それから何度か会い、ようやく星莉はマサトと普通に話せるようになった。

そんな星莉だから、初対面の男がカラオケボックスに乱入してきた時の様子は容易に想像ができた。

「知らない男が来た時点で、星莉は帰りたくなったらしくて、それで連絡をしてきたらしい」

「そうだったのか。じゃあ、薬を飲まされたりはしてねぇんだな?」

「あぁ、俺が行くまでトイレから出ないように言ってたから、星莉はなにもされていない」

「そっか」

マサトは安堵の息を吐いた。

だけど星莉は、無事だったはずなのに四季の表情は暗い。

それに気付いたマサトは嫌な予感がしていた。


「星莉をトイレまで迎えに行って、部屋の残していた友達が大丈夫かを確認しに行ったんだ。そしたら……」

「そしたら?」

マサトはごくりと唾を吞み込んだ。


Precious Memories エピソード10 【完結】


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