第8話エピソード8

◇◇◇◇◇


呆気なく認めたマサトに

「でしょ? マサトは嘘を吐いたり、誤魔化したりできない人なんだから」

ヒナは笑ながら言う。

ヒナが言った言葉は、さっき樹に言われたことと一緒だったので、マサトは驚いた。


「……それ……」

「うん?」

「今日、違うヤツにも言われた」

「違うヤツ?」

「そう、樹っていってB-BRANDの創設メンバーなんだけど」

「そうなんだ。B-BRANDの創設メンバーってことは、マサトと仲良くなってそんなに経ってないよね」

「そうだな」

「それなのにその人――樹くんはマサトのことよく分かってるじゃん。きっとマサトのことが好きなんだね」

「……はっ? なんでそんなこと断言できるんだ?」

「なんでって、もしマサトに興味がないとかだったら、マサトのことそんなに観察しないでしょ? 人って気になる人のことは興味を持って見ちゃうものなんだよ」

「そうか。でも、それだと嫌いなヤツにも目が行くってことだよな?」

「そうだね」

「それなら好きとは限らないんじゃねぇか?」

「まぁ、そうかもしれないけど」

「……?」

「嫌いは好きの延長線上にあるらしいんだよね」

「延長線上?」

「そう。えっと、上手く説明できないかもしれないんだけど、好きや嫌いと、興味がないっていうのは完全に別物だと思うの」

「うん」

「だから興味がないっていうのは、もうどうしようもないんだけど、嫌いや好きはちょっとしたきっかけでいくらでも変化するものなんだよね」

「……ってことは、嫌いなヤツがいたとして……何かきっかけがあれば好きに変わることもあるってことか?」

「そうそう、もちろん逆もあるけどね」

「……なるほど」

「要は興味を持ってもらうのは結構難しいけど、嫌いを好きに変えるのは意外に簡単ってことを言いたかったんだけど、伝わったかな?」

「あぁ」

「良かった」

ホッとしたように笑うヒナ。

今日ばかりはヒナの笑顔に救われるような気がしたマサトだった。


「ねぇ、マサト」

「ん?」

「もしなにかあったんなら私のことは気にしなくていいからね」

「……はっ?」

「あ、ごめん。ちょっと端折り過ぎちゃったかも。あのね、私が言いたかったのはマサトには友達付き合いもあるんだから、毎日迎えに来てくれなくても大丈夫ってことなんだけど……」

ヒナの言葉にはまだ続きがある。

マサトは分かっていたけど

「ヒナ」

口を開かずにはいられなかった。

マサトはヒナがどんなくだらない話をしても、いつもちゃんと最後まで聞いてくれる。

だから、突然言葉を遮るように口を開いたマサトに

「な……なに?」

ヒナは驚いてしまった。

その驚きは表情や態度にも表れていたが、マサトは真剣な表情でヒナを見つめ、その視線を逸らそうとはしなかった。


そして――

「俺が毎日迎えに来るのって迷惑か?」

マサトはとても静かな落ち着いた口調でそう問いかけた。

ここでようやくヒナは気が付いた。

マサトは真剣に自分の行動が間違っていないかをks九人しようとしていることを……。


マサトは年齢以上の気遣いができる人だ。

それはヒナもよく知っている。

気遣いができる分、自分が良かれと思ってやっていることを相手が本当に受け入れてくれているのかが気になり

不安になるという一面をマサトは持っている。

おそらく今もそんな状態なんだ。

そう気付いたヒナは、小さく笑みを零すと、まっすぐにマサトの瞳を見つめて言葉を紡ぎ始めた。


「そんなことないよ。マサトが迎えに来てくれるのはすごく嬉しいし、とても助かってる。でも……」

「なんだ?」

「今のマサトにとって友達のことやチームのことに関わる時間ってものすごく大事だと私は思うんだよね。だってさ、そういう時間って学生である今しか持てない時間じゃん」

「……」

「だけど私との時間は、この先いくらでも確保することができる。そうだよね?」

ヒナは「だって私と別れるつもりはないでしょ?」そう付け加える。

するとマサトは無言のまま力強く頷いた。

それを見たヒナの表情が嬉しそうに綻ぶ。


「だから今は、私との時間よりも友達のために時間を使って欲しいなって思ってるんだけど……どうですか?」

ヒナが尋ねると、マサトはそれまで真剣だった表情をふっと緩めた。


そして

……ヒナには敵わねぇな。

そう痛感していた。

ヒナはマサトにとって守ってやりたいという庇護欲を刺激する女だ。

身体も小さいし、天然な一面もあるから常に目の届くところにおいて、危険なことやものから守ってやりたいと強く思う。

でもそれはヒナの一面に過ぎない。

普段はおっちょこちょいですっ呆けた言動をすることもある。

でも時にはこうして、俺にアドバイスをくれたりする頼もしい存在でもある。

守りたい。

助けたい。

ヒナの傍にいて、俺がしてやりたいという理想はある。

だけど実際は俺の方が助けられることもあれば守られていることも結構多い。


特に今のヒナの言葉に俺は救われた気がした。


「……ありがとう、ヒナ」

マサトが照れたように礼を言うと

「ううん、全然」

ヒナはにっこりと笑顔を浮かべる。


ヒナの笑顔はマサトにとって元気の源。

そう言っても決して過言ではない。

マサトはそれを痛感した。


「あっ、それと……」

ヒナは思い出したように口を開く。

「……?」

「なにか困ったことがあったら私にも話してね。私なんかじゃ全然頼りないかもしれないし、もしマサトが話してくれたとしてもなにもできないかもしれないし、役にも立たないかもしれない。でもね、なにも知らないっていうのもちょっと悲しいっていうか……寂しいっていうか……なにを言いたいかっていうと、マサトのことはいろいろ知りたいっていう話なんだけど……」

しどろもどろになりながらも必死に伝えようと頑張るヒナ。

伝え方の拙さは別として、言っている内容はマサトのこれまでの考えを覆すには十分だった。

ヒナの言葉を聞いたマサトは

「分かった」

静かに、だけどしっかりと頷いた。

どうやらヒナにとってマサトのこの反応は意外なものだったらしく

「マサト?」

戸惑い気味にマサトを見つめ返した。


「これからはなんかあったらヒナにちゃんと話す」

「うん。でも、無理はしなくていいよ」

「無理?」

「そう」

「例えば?」

「ほら、話しにくいこともあるじゃん」

「話しにくいことって?」

「それは……」

「それは?」

マサトが聞いたにもかかわらず

「……なんだろう?」

ヒナは不思議そうに首を傾げた。


「俺が聞いてるんだけど」

「うん、そうだよね。ごめん、ちょっと思いつかないかな」

「分かった。それなら、無理のない程度に話すようにする」

「はい。お願いします」

ヒナはマサトに向かってペコリと頭を下げた。

その仕草がかわいらしくて、マサトは思わず吹き出してしまった。


マサトは今まで心配させたくないという気持ちから、ヒナが不安になるようなことは言わないようにしてきた。

だが、その気遣いが逆にヒナの不安を煽っていたことに気付くことができた。


……もしこれが逆の立場でヒナがなにも話してくれなかったら。

そう考えたらマサトはヒナが言うことにも納得ができた。

不安にさせたくないという気持ちから不必要と判断したことは伝えてこなかった。

でもそれでヒナが不安になってしまうのならば、本末転倒以外のなにものでもない。

だから、マサトは

……これからは変に隠すようなことは止めよう。

そう決めたのだった。


「それで今日はなにがあったの? 私的には、2回目のラーメンに若干ウンザリしてるんじゃないかって思ってるんだけど」

ヒナがなぜか得意げな表情で聞いてくる。

どうやらヒナは自分の予想が的中していると自信があるらしい。

そんなヒナには申し訳ないが

「ラーメンにウンザリはしてない」

マサトはきっぱりと断言した。


「そうなの?」

ヒナは若干残念そうだった。

余程自信があったらしい。

「あぁ。てか、ラーメンはいくら食べてもウンザリはしない」

「本当に?」

「本当だって。なんなら一日三食、一週間ラーメンだけの生活でも全然イケる」

「……はっ? それって冗談だよね?」

ヒナはギョッとした表情で聞いてくる。


「いや、普通に本気だけど」

「いくら好きでもそんなにラーメンばかり食べてたら絶対に飽きるって」

「飽きねぇよ」

「なんで断言できるの?」

「俺は一度好きだと思ったらなにがあっても嫌いにならないから」

「なにがあっても?」

「あぁ、そうだ」

「そうなんだ」

マサトの言葉にヒナはまだ少し戸惑っているものの、納得したように呟いた。

「残念だったな、ヒナ」

「なにが残念なの?」

「今、言ったのはラーメンに限った話じゃねぇ」

「えっ?」

「友達も彼女も当てはまる」

「それって、私も当てはまるの?」

「もちろん。だからヒナのことはなにがあっても嫌いにならない自信がある」

「それってなにが残念なの? 私からしたら普通に嬉しいんだけど」

「今はそれでいいかもしれないけど、俺と別れたいと思った時はものすごく苦労すると思うぞ」

マサトは笑ながら軽い口調で言った。

その様子を見ていると、冗談を言っているようにしか見えない。

だけどこれは冗談でもなんでもない。

マサトは本気だった。


元々、自分は執着心が強いという自覚はマサトにはなかった。

交友関係も浅く広くという付き合いはできないが、決して多くはない友人と、それなりに仲良く楽しい付き合いができているという自負はあった。

食べ物や服などこだわりの強い好き嫌いは特にない。

そんな自分をマサトはどちらかと言えば、物事に対して執着心がないと思って、これまで生きてきた。

でもその自覚が誤ったものであると認識したのは、ヒナと出逢ってからだった。


Precious Memories エピソード8【完結】

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