第7話エピソード7
◇◇◇◇◇
若干、困惑気味のマサトに
「マサト」
「ん?」
「俺は、もうひとつ得意なことがあるんだよ。知ってる?」
樹は尋ねる。
その質問に対して
「だから人を観察することだろ?」
マサトはついさっき聞いたばかりの情報を口にした。
「それは趣味みたいなものだって。さて問題です。俺がB-BRAND内で任せられてるのはなんでしょうか?」
「情報に関することだろ?」
マサトが答えると
「正解」
樹は満足そうに頷いた。
樹は情報収集や集めた情報から新たな情報を組み合わせ、それを意図的に操作することに長けている。
だから樹はB-BRAND内で情報に関することを一任している。
もちろんそれはマサトも知っている。
同じチーム内のことだし、マサトも幹部の一人なのだから知っていて当然だ。
だからこそどうしてこのタイミングでわざわざ樹がそんなことを聞くのか、その意図が分からなかった。
「情報は時として武器にもなるし力にもなるんだよ」
樹がこれを言うととても説得力があった。
説得力はあるけど、樹がなにを言いたいのかがマサトは分からない。
だからマサトは樹に尋ねた。
「なにが言いたい?」
「マサトが俺に『やれ』って言ったら、その友達が今、どういう状況に置かれているのか調べることができる」
「……」
「それと同時にShadowと関りがあるかも分かるし、もし関わりがあるならShadowについてもっと詳しい情報を得ることができる」
「……それって俺に力を貸すって言ってくれてるのか?」
マサトが尋ねると
「最初から何度もそう言ってるじゃん」
樹は困ったような笑みを浮かべる。
「そうだったのか?」
「あれ? 伝わってなかった?」
樹は不可解そうに首を傾げる。
「全然分からなかった」
マサトは正直に答えた。
「そっか。やっぱり俺は口下手なんだね」
樹が納得したように呟く。
自分のことなのにまるで他人事のような口調だった。
「俺と一緒だな」
マサトが苦笑し
二人はお互いの共通点を見つけて、思わず笑ってしまった。
「そっか。俺達はお互いに伝えあうことが苦手だから、もっとスムーズに意思の疎通ができるようにならないといけないんだ。ね? マサト」
樹の言葉に
「そうだな」
マサトも頷く。
「じゃあ、これからは積極的に交流を深めていこうね」
……交流?
交流ってなにをするんだ?
マサトはそんな疑問を抱いたけど、せっかく樹が力を貸してくれるというこの状況でそれを聞くのはどうかと考え
「お……おう」
敢えて今は聞かず、また今度時間がある時に聞いてみることにした。
「……ってことで、30分だけ付き合ってくれない?」
「どこに?」
「う~ん、場所はどこでもいいんだけど。でもできればあんまり人が多くない方がいいんだよな」
「それってなんでだ?」
「時間が限られてるからできるだけ集中したいんだ」
「……集中……」
「あっ、そこの喫茶店に行こう」
「別にいいけど、喫茶店でなにをするつもりなんだ?」
「マサトに必要な情報を集めようと思って。別にここで調べてもいいんだけど、ここだとまだマサトの友達と彼女がShadowとかかわりがあるか分からないのに、ケンとかソウタが『面倒くせぇし、気に入らねぇからShadowを潰そう』とか言い出しそうだから」
「なるほど」
「みんなに話すのはある程度情報が揃ってからがいいと思うんだけど、マサトはどう思う?」
「確かにそうだな」
樹とマサトの意見はまとまり、2人は近くにある喫茶店に移動することになった。
◇◇◇◇◇
本日2度目のラーメン屋。
1度目に来た時は、あんなに2度目を楽しみにしていたのに、正直俺は今ラーメンを美味しく食べる余裕なんてなかった。
あの後、樹は喫茶店にノートパソコンを1台とタブレットを2台持ち込み、マサトの為に情報収集に勤しんでくれた。
樹は言った言葉通りにshadowに関する情報をいろいろと集めてくれた。
それに加えて、「マサトの友達とその彼女がshadowと関わってないかも調べようか?」そう言ってくれた。
マサトは迷った。
まだその時点では四季と連絡が取れていない状況だった。
だからshadowと関わっているのか。
星莉がターゲットになっているのか。
それだけでも分かれば、マサトも今後行動が取りやすくなる。
だから樹に頼もうかという気持ちと、四季の口から直接聞きたいという気持ちがせめぎ合っていた。
「マサト、どうする?」
「今日はshadowの情報だけでいいわ」
「本当に?」
「あぁ」
「遠慮したりしてない?」
「そんなんじゃなくて、もし友達の身になにかが起こってるならそいつの口から直接聞きたいと思って」
「そっか。そういうことならいいけど。もし、情報が必要なら、いつでも言ってね」
「あぁ、ありがとう」
「どういたしまして」
そしてヒナを迎えに来る30分ほど前。
四季から電話が掛かってきた。
『マサト、ごめん。何度も連絡貰ってたんだけど、充電がなくなっちゃって』
四季は連絡がつかなかった理由をそう説明した。
おそらくそこに嘘はない。
マサトは四季の口調からそう感じ取った。
それと同時に
……ただ、この口調はかなり無理をしてんな。
マサトはそうも感じた。
でもマサトは敢えて
「そうか」
そう言うに留めておいた。
聞きたいことはたくさんあるし、確かめたいこともある。
だけどそれは直接、四季に聞かなければいけないとマサトは思っていたのだ。
『てか、尋常じゃないぐらい連絡が来てたけどなにかあった?』
「ちょっと聞きたいことがあって」
『聞きたいこと?』
「あぁ」
『……なに?』
四季が尋ねるまでに僅かな間があった。
注意を払っていなければ見逃してしまいそうな数秒の間。
それをマサトは聞き逃さなかった。
「できれば直接会って話したいんだけど」
『なんだよ? 改まって……』
四季の口調にわずかに緊迫感というか警戒心のようなものが含まれる。
それを感じ取ったマサトは
「別にそんなんじゃない」
わざと軽い口調で答えた。
四季の身になにかが起きた、もしくはなにかが起こっていることはほぼ確定だ。
問題はそれをどれだけ自分に話してくれるのか。
マサトはそれを模索していた。
今、四季に警戒心を抱かれたら聞ける話も聞けなくなってしまう。
電話越しの会話だと相手の表情を窺うこともできない。
四季の表情を見ながら話すことができれば、言葉以外からも様々な情報を得ることができる。
だから今できることは、ひとつしかない。
それは四季と直接会って話す機会を確保することだけ。
マサトは四季に変に身構えさせないようにという配慮の元、あえて軽い口調で答えたのだった。
『そうか』
四季は納得したように呟いた。
「あぁ」
『どうする? 今から会うか?』
四季に尋ねられて、ぶっちゃけマサトはすぐにでも四季と会って話がしたかった。
でももうすぐヒナのバイトが終わる時間だ。
ヒナを迎えに行くのはマサトの日課だし、今日に限っては一緒にラーメンを食べに行く約束もしている。
だからマサトは逸る気持ちを隠し、こう言うしかなかった。
「悪い。これからヒナを迎えに行かないといけないんだ。明日の朝でもいいか?」
『もちろん、俺は全然構わない。明日は朝から学校に行くのか?』
「あぁ、そのつもりだ」
『じゃあ、明日の1時間目はサボりだな』
「悪いな」
『なにが?』
「ここ最近、お前は授業をサボってねぇのに」
『それはお前も一緒だろ。てか、気にすんな。授業はサボってねぇけど、1時間目は俺も大体寝てるんだから』
「一緒だな」
ようやく連絡が取れた四季と明日話をする約束をし、笑って電話を終えることができた。
でも、笑っていた四季がかなり無理をしていることは電話越しでも伝わってきた。
それを思い出していたマサトの気持ちも重く沈んでいる。
「マサト」
不意に名前を呼ばれて、マサトは現実に引き戻された。
まだ半分以上残っているラーメンから視線を上げると、ヒナが正面からマサトの顔を見つめていた。
それを見て、マサトは今、ヒナと一緒にいることを思い出した。
「うん? なんだ?」
マサトは何事もなかったかのように装い、止めていた箸を動かしだす。
チラリとヒナのどんぶりに視線を向けると、まだ結構な量が残っている。
それを見てマサトは内心、安堵の息を吐いた。
どうやら考えに耽っていた時間はそんなに長くはないらしい。
……これならいくらでも誤魔化せるし、ヒナだってそこまで不審には思っていないはずだ。
マサトはそう判断していた。
別にヒナに隠す必要はない。
でも、マサトは今回の件をヒナに話すつもりはなかった。
もし話せば、ヒナは不安になるだろうし、四季や星莉と面識もあるのだから心配もするに違いない。
それが分かっているからこそ、マサトはヒナに話そうとは思っていなかった。
もし話すにしても、今がそのタイミングじゃない。
ヒナに話すなら全部終わってからだ。
マサトはそう考えていた。
でも――
「またなにかあった?」
思いがけないヒナの言葉に
「えっ?」
マサトは思わず動きを止めてしまった。
ヒナの顔を見ると、マサトをじっと見つめている。
そして
「元気がないから」
ヒナはそう言った。
「そんなことねぇよ」
「でもずっと溜息を吐いてばかりだし」
「……」
……やべぇ。全然自覚がなかった。
マサトは表情こそ変えなかったものの、内心はヒナの指摘にかなり焦っていた。
それに加えて
「ラーメンも伸びてるよ」
ヒナの指摘は止まらないし
「……」
「それでなにもないっていう方が無理があると思うけど」
もっともな言い分で、マサトの逃げ道を塞ぎ、追い詰めてくる。
普段ほんわかとした性格のヒナだが、たまにこういう鋭い一面を垣間見せる。
そしてそういう時は、相手が言い逃れできないような確信を得ている場合が多い。
こうなるといくらマサトでも言い逃れはできない。
いつもならもっとうまくやれるマサトだが、今日は自分で思う以上に余裕がないらしい。
それだけ四季のことが心配でたまらないのだ。
今までの経験上、それが分かっているマサトは
「……そうだな。確かに無理があるな」
観念するしかなかった。
Precious Memories エピソード7【完結】
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