第6話エピソード6

◇◇◇◇◇


それはマサトだけではなく

「しかも女をターゲットにするなんてマジで最低だな」

他のメンバーも同じ意見だった。

しかし、この時点ではマサト達がShadowに対して何かを仕掛けることはできない。

確かにShadowがやっていることは非道であり、見過ごせるものではない。

でもB-BRANDの関係者に被害が及んだわけではないので、チームとしてShadowに手を出すことは現時点ではできないのだ。

万が一、B-BRAND側から手を出したとなれば、正統な理由がない以上、ちょっかいを出したとみなされて立場的に不利益が生じてしまう。


何かしら適当な理由を付けてShadowを潰してしまうことは簡単にできる。

チームの規模や結束力を考えてもShadowよりもB-BRANDの方が有利なのは一目瞭然だ。

でもShadowを潰したとして、そこで終わりではない。

潰した後には後処理が待っている。

Shadowのトップや幹部はこの街から追放してしまうことも可能だ。

でも、残されたメンバーを放っておくことはできない。

Shadowのメンバーが希望すれば、B-BRANDへの加入を認めなければいけない。しかしそれ自体にもリスクは生じる。

Shadowのように非道なことを平気でやってのけるチームに所属している人間は、自分の利益を優先させるためチームの和を乱す存在になりかねないのだ。

B-BRANDは新興勢力でチームの規模を拡大している真っ只中。

現在勢いに乗って勢力を拡大できているのは、メンバー同士の結束力が強いからに他ならない。

そこに和を乱すものが現れたら、チームの最大の目標でもあるチームの拡大に歯止めがかかってしまう可能性だってあるし、それ以前に内部抗争に発展する可能性だってある。

それにB-BRANDの加入を拒否したメンバーがB-BRANDに対して恨みを抱くこともあるかもしれない。

それが火種となって新たな抗争が発生しないとも限らない。

今の時点でShadowに手を出すことはリスクが大きかった。


「……まぁ、とりあえずの間は様子見だな。念の為、チーム内でもShadowの情報を共有するぞ。その上で注意喚起して、関係者に被害が出た場合は迅速に報告するように伝えろ」

「分かった」


蓮の指示によって樹とソウタと琥珀が立ち上がりそれぞれ動き出す。


「面倒なことにならなきゃいいがな」

珍しく真剣な表情のケンに

「そうだな」

蓮が答える。


マサトは四季と星莉のことが気に掛かって仕方がなかった。


◇◇◇◇◇


それから30分後。

マサトは溜まり場を出て、地下から地上に繋がる階段にいた。

階段の真ん中辺りに腰を降ろしているマサトは、さっきから何度もスマホを耳に充てては、なにも話さず耳から離すという行動を繰り返している。


……やっぱり留守電になるな。なんかあったのか?


マサトは四季と連絡を取ろうとしていた。

でも何度電話をかけていても、四季本人に繋がらない。

メッセージも送ってみたが既読すらつかない。

そんな状況に、マサトの不安は増すばかりだった。


……こんなことになるならあの時、無理やりにでも四季から話しを聞くべきだった。

ラーメン屋で四季の異変にマサトは気付いていた。

でも四季がなにも言わなかったので、そのまま行かせてしまった。

もしあの時、ちゃんと四季に聞いていればこんな事態にはならなかったのかもしれない。

マサトは強く後悔していた。


まだなにかあったと決まった訳じゃない。

もしかしたら四季のスマホは充電が切れているのかもしれない。

だから直留守になるし、メッセージにも既読が付かないのかもしれない。


星莉の門限は19時。

その時間を過ぎれば四季は家に帰るはずだ。

そしたら連絡があるかもしれない。

マサトはもうしばらく待ってみることにした。



……もし19時を過ぎても、四季と連絡が取れなかったら探しに行ってみるか。

マサトがそう考えていると

「マサト」

溜まり場から出てきた樹が正面に立っていた。


マサトは樹が溜まり場から出てきたことにも気付いていなかった。

「おう、樹。どうかしたのか?」

マサトは平常心を装って樹に尋ねる。

しかし樹は溜息交じりで

「どうかしたのはマサト、お前の方だろ」

そう答える。

樹の言葉にマサトはキョトンとした表情を浮かべた。

「俺?」

「そう」

「俺は別に……」

「マサトって嘘吐くのが下手だよね」

「……はっ?」

「下手なんだから嘘を吐いてもすぐにバレるよ」

樹に言われて

「……」

マサトは黙り込んでしまった。


そんなマサトを見て、樹はふっと笑みを零した。。

「友達とその彼女のことが心配なんでしょ?」

「……」

ズバリ言い当てられたマサトは瞠目した。


「マサトが心配するってことはそのきっかけがあったってことでしょ?」

「……お前、すげぇな」

「なにが?」

「俺、なんも言ってねぇよな?」

「うん、マサトからなにかあったとは聞いてない」

「だよな。それなのになんで俺の考えていることが分かるんだ?」

「なんでだと思う?」

「……なんか特殊な能力とか持ってんのか?」

「特殊な能力は持ってないけど、友達を観察するのは得意かな」

「観察?」

「うん。だから、友達の異変を察するのは得意かもしれない」

「へぇ~、それはすごいな」

「ありがとう。でも、そんなにすごいことじゃないよ。だってマサトは結構分かりやすいし」

「そうなのか?」

「うん。蓮と違ってケンとマサトは喜怒哀楽がはっきりしてるから」

「蓮と比べたら誰だって喜怒哀楽がはっきりしてるように見えるだろ」

「確かにそれはそうかもしれないね」

マサトが笑うと、樹も表情を緩めた。


それから樹は軽い足取りで階段を上ってくると、マサトが座っている階段の数段下にしゃがみ込んだ。

「それでマサトは友達のことが気になってるんだよね」

「……まぁ……」

「さっきも言ったけど、マサトは嘘を吐いたりなにかを誤魔化したりするのが下手なんだから、それはしない方がいいと思うよ」

「……樹……」

「うん?」

「例えそれが真実でもそんなにはっきり言うんじゃねぇよ」

「えっ? なんで?」

「なんかよく分かんねぇけど、落ち込むわ」

「いいじゃん。嘘や誤魔化しは上手いより下手な方が周りからは信用してもらえるし」

「そうかもしれねぇけど……」

「なに?」

「単純って言われてるみたいな気がする」

「単純って言われるのが嫌なの?」

「なんか単純とバカってイコールって感じがしねぇ?」

「そんなことないよ」

「そうか?」

「うん。少なくとも俺はマサトを褒めてるんだよ」

「マジで?」

「マジで」

「……それなら別にいいか」


マサトが樹とこんなに会話をするのは珍しいことだった。

樹も創設メンバーなのでマサトを勧誘する蓮やケンの傍に樹もいた。

でも樹はあまり口数が多い方じゃない。

創設メンバー5人の中では、樹がいちばん大人しいという印象をマサトは抱いていた。

それにマサト自身も積極的に人と話す方ではない。

何か話しかけられれば、ちゃんと答えるが自分からというのは滅多になかった。

そのせいか、これまでマサトと樹が2人で話をする機会はほとんどなかった。


……こうして話してみると樹って結構話しやすいヤツだったんだな。

マサトは新たな発見をしていた。


「てか、もう少し頼ってくれてもいいと思うけど」

突然不満そうに言われて

「はっ?」

マサトは意味が分からず怪訝そうに眉を潜めた。

一方、樹はいつもと変わらないポーカーフェイスなのでその表情から感情を読み取ることは難しかった。


「俺とマサトってもう友達だよね?」

「なんか“もう”のところがかなり強調されていたような気がするんだけど」

「うん、そこを意図的に強調したからね」

「なんでそこを強調するんだ?」

「俺とマサトってそんなに仲良くないだろ?」

「そうか?」

「うん、俺はそんな気がしてる。ケンや蓮とは仲いいけどね」

「それってあんまり話したことがないからそう感じるんじゃないのか?」

「そうだよ」

「樹?」

「マサトって全然喋らない訳じゃないけど、口が軽やかな訳でもないじゃん」

「あぁ」

「俺も自分から積極的に会話を持ちかける方じゃない」

「そうだな」

「だから、俺達はあんまり話す機会がないと思うんだよね」

「確かにお互いに口下手だから、あんまり話す機会はない。でも、だからって仲が悪いわけじゃないじゃん」

「本当にマサトはそう思ってる?」

「あ……あぁ、思ってる」

「だったら……」

「……?」

「こういう時は俺に頼ってよ」

「……はっ?」

「さっきも言ったよね? 俺は人を観察することが得意だって」

「……」

「しかもマサトは分かりやすいって」

「……あぁ、言ったな」

「だよね。マサトが心配してんのは、友達の彼女がShadowのターゲットになってるんじゃないかって思ってるからじゃないの?」

「……なんで……」

「ん?」

「なんでそれが分かったんだ?」

「マサトが言ったんじゃん。友達の彼女が花ヶ森に通ってるって」

「それだけでそこまで分かったのか?」

「あと、マサトは今日何回も誰かに電話してるじゃん。毎回耳にあててるからメッセージのやり取りじゃないのはすぐに分かる。でも、マサトはなにも喋らないで通話を終えてるから、電源が入っていないか留守電かのどっちかだろ? 友達と連絡が取れないから不安は膨らむばかり……違う?」

「……お前、すげぇな」

「そうでもないよ。蓮の方が俺よりも観察眼はすごいし」

「……お前ら、ガキのくせにやべぇな」

「やめてよ。褒めないで」

「……」

「冗談はこのくらいにして……」

……これって冗談だったのか。

樹ってけっこう不思議な奴だな。

マサトは新たに発見した樹の一面に困惑が隠せなかった。


Precious Memories エピソード6【完結】

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