第5話エピソード5

◇◇◇◇◇


四季は今でこそ星莉と健全過ぎる男女交際生活を送っているが、前は乱れた生活を送っていたことをマサトは知っている。

中学生の時の四季とマサトは学校が違ったので直接知っているわけじゃないが、聞く話によると決して健全と言い難い生活を送っていたらしい。

四季には兄がひとりいるが年が離れているらしく、すでに結婚していて県外で生活をしているため一緒に暮らしてはいない。

両親は歳を取ってできた四季がかわいくて堪らないのか、彼がなにをしても決して叱らないらしい。

「ウチの親は甘いんだよ」

四季は一時期よくそう言っていた。

でも話を聞けば聞くほど、マサトは四季の親は甘いのではなく放任しているのではないかと思えて仕方がなかった。

決して叱らない両親の元で育ち、思春期を迎えた四季は荒れに荒れていた。

ケンカに恐喝に万引き。

それに不純異性交遊。

学校に行っては気に入らない教師に対し暴力を振るい、授業妨害まがいのこともよくしていた。

何度も学校から四季の素行の悪さから親は呼び出されたが、それでも親は四季に何も言わなかったらしい。

叱ることもしなければ、注意すらしない。

親がリミッターの役目を果たさないので、四季は荒ぶる一方で手が付けられず、本人が気が付いた時には周囲から距離を置かれる存在になってしまっていた。


しかし四季は、元々優しく明るい性格なので彼の周りには友達がいつも多くいた。

それに四季は女受けする甘い顔立ちをしていたので、四季の傍にはいつも彼を狙う女子が取り巻きのようにくっ付いていた。

高校に入ってからもしばらくの間はそれまでと同じような生活を送っていた四季だったが、星莉と付き合い始めた途端ピタリと女と遊ぶことを止めた。

今までだらしなかった女性関係を一掃し、付きまとう女たちと距離を置いた。

もちろんそれは星莉と真剣に付き合うため。

それ以来、女関係に関してはクリーンな状態を保っている。

イコール四季はかなりの我慢を強いられているということになる。


だからこそ星莉と泊りで卒業旅行に行くことをこんなに楽しみにしているのだ。

「そりゃ良かったな」

「うん。すげぇ楽しみなんだ」

「それなら絶対に卒業しないといけないな」

「だな。てか、マサトは勉強してんの?」

「英語?」

「そう」

「……してる」

なぜか気まずそうにマサトが答えると

「してんの⁉」

四季は驚きを隠せないといった様子で声を上げた。

その反応に

「なんでそんなに驚くんだ?」

マサトはすかさずツッコミながらもどうして四季のがこんな反応をするのか、その理由はなんとなく分かっていた。

そしてその予想は

「……いや、お前が勉強をしてるとは思わなかったから」

「……」

見事に的中した。

四季が驚くのは無理もなかった。

他の教科ならまだしもマサトが大嫌いな英語の勉強をするとは思っていなかったのだ。


「いつ、勉強してんの?」

「ヒナの家で……」

「ヒナちゃんの家?……もしかして、ヒナちゃんに教えてもらってんの?」

「あぁ」

「ヒナちゃんって勉強できる人なんだ」

「なんか英語は得意らしい」

「良かったじゃん。俺らの中に英語が得意なヤツはいなかったし」

「そうだな」

「これでどうにかなるな」

「なればいいけどな」


マサトと四季がそんな会話をしていると、四季のケイタイが音を奏で着信を知らせる。

四季は液晶を確認すると、立ち上がる。

「ちょっとごめん」

「おう」

いそいそと店を出て行く、四季をの背中を見送ったマサトは手持ち無沙汰気味に自分のスマホを取り出した。

ヒナとシフトを把握しているマサトは

……ちょうど休憩の時間だな。

そう考えメッセージを送信した。


《休憩入った?》

すぐに既読が付き、返信があった。

《うん。今、休憩中だよ。マサトは?》

《四季とラーメン食ってる》

《いいな。ラーメン》

《食いたい?》

《うん、食べたい》

《それなら、ヒナのバイト終わりに行く?》

《えっ? でもマサトは今、ラーメン食べてるんだよね?》

《うん、食ってる》

《それなのに夜もまた行くの?》

《ラーメン好きだから問題ない》

《そうなんだ(笑)》

《じゃあ、今日はラーメンってことで》

《了解です》

こんなやり取りを経て、マサトの今日の夜食は今食べたばかりのラーメンに決定した。


ヒナと一緒にラーメンを食べる予定に無意識のうちに緩むマサトの表情。

その時、四季が戻ってきた。

「マサト」

「おう、星莉からか?」

「うん。悪ぃ、俺ちょっと行ってくるわ」

「なんかあったのか?」

そう尋ねるマサトの表情に鋭さが増す。

四季の表情がいつもと違うことにマサトはすでに気付いていた。

だから聞いてみたのだが、

「いや、なんもない」

四季はそう答える。

だからマサトはそれ以上深く追及することはなかった。

もし、なにかあっていてマサトの協力を得たいのならば、四季は必ず自分から話してくれるだろう。

マサトはそう考えたのだった。

「そっか。気を付けてな」

「あぁ」

足早に店を出て行く四季にマサトはわずかに嫌な予感のようなものを感じていた。


◇◇◇◇◇


四季と別れたマサトはB-BRANDの溜まり場に向かった。

B-BRANDの溜まり場は、繁華街にあるクラブだ。

しかもよくありがちな元クラブで今は使っていない店舗ではなく、このクラブはっ夜になると一般の客をいれて営業している。

このクラブのオーナーは、B-BRANDのトップ神宮蓮の父親で、このクラブの運営と管理はB-BRANDに一任されている。


マサトが溜まり場に足を踏み入れると

「マサト、お疲れ」

先に来ていたらしいケンが笑顔で声を掛けてくる。

「おう」

今日は珍しくまだ早い時間にも関わらず、ケンだけじゃなくて蓮と琥珀も来ていた。

それによく見るとカウンターにはソウタと樹もいる。

創設メンバーが勢ぞろいしていた。

……なにかあったのか?

マサトは珍しく勢ぞろいしている創設メンバーに警戒心を強めながら蓮たちがいるボックス席のソファに腰を降ろした。


すると――

「今日も学校行ってきたんだ」

制服姿のマサトを見て、ケンは意味ありげな笑みを浮かべてくる。

おそらくこの前した、マサトが学校をサボるとヒナが本気でキレるという話を思い出したのだろう。

マサトはそれがすぐに分かったが

「あぁ、真面目だろ?」

気付かないフリをしてそう答えた。

「いや、俺も普通に行ってきたし」

そうしたらケンはなぜか強気で言い返してきた。

「……なんで張り合ってくるんだよ?」

マサトが尋ねると

「なんとなく」

ケンは答える。

……どうやら大した意味はないらしい。


ケンとどうでもいいやり取りをしていると、樹とソウタがボックス席にやってきた。


「なぁ、ちょっと聞いたんだけど」

そう切り出したのはソウタで

「なんだ?」

ケンが不思議そうに視線を向けた。

「Shadow【シャドウ】ってチーム知ってるか?」

「Shadow?」

「さぁ?」

ケンと琥珀とマサトは首を横に振った。

だけど蓮だけは、

「最近、駅前周辺によく屯っている奴らだろ?」

即座にそう返した。

どうやら蓮はそのチームの情報を把握しているらしい。


「そうそう。メンバーが20人弱の小さなチームなんだけど」

樹の補足を聞いたケンが怪訝そうに眉を潜める。

「そのチームがどうかしたのか?」

「なんか最近学生相手に荒稼ぎしてるらしいぞ」

ソウタが言うと

「学生相手に荒稼ぎって……学生はそんなに金なんか持ってねぇだろ?」

琥珀が理解できないって感じで首を傾げる。


「まぁ、大体の学生はそうだな。でも金を持ってる学生もいるだろ」

樹は意味ありげに言う。

「例えば?」

「お金持ちのお坊ちゃんやお嬢ちゃんが行くような学校に通ってる生徒とか……」

樹がそこまで言った時

「てか、お前らみたいな学生のことだろ」

マサトは我慢できず言ってしまった。


「……はっ? 俺達?」

その場にいたマサト以外の全員がキョトンとしていた。

どうやらマサトの言っている意味が分からないらしい。

「お前らだって学生のくせに、その辺の大人より金を持ってるだろ」


B-BRANDの創設メンバーは揃いも揃って金持ちの御曹司ばかりだ。

そもそも創設メンバー全員が聖鈴の生徒ってだけで、平均よりも裕福な家庭だって分かる。

それに加えて、この5人は高校生のくせに金の稼ぎ方を知っている。

だから彼らこそ樹の言った“金を持っている学生”に当てはまるのだ。

マサトは自覚のない彼らに呆れたように溜息を零した。


「そういう学生を狙ってるってことか?」

「そう。ターゲットになってるのは本宮【もとみや】や調月【つかつき】だな。あと花ヶ森【はながもり】も被害者が出てるって」

「花ヶ森?」

「どうした? マサト」

「友達【ダチ】の彼女が花ヶ森に通ってるんだよ」

「そうか。まぁ、今のところ花ヶ森は本宮や調月に比べると被害者はまだ少ない。でも友達に注意するように伝えておいた方がいいかも」

「そうだな。それでターゲットになったらどうなるんだ?」

「ターゲットは大半が女子だ。中には男子も若干いるらしいけど、ターゲットが男子の場合は単純に因縁をつけられて金を巻き上げられるらしい」

「へぇ~」

「でもターゲットが女子の場合は典型的な手段だけど、ナンパされてカラオケとかに行くじゃん。そしたらソフトドリンクに薬を混ぜられてて、意識がない間に他人に見せられないような写真や動画を撮られるらしい」

「それで強請られるってことか?」

マサトの推測に

「そうみたいだな」

樹が頷く。


その話を聞いて

「でもそんな典型的にパターンに引っかかる奴とかいんのか?」

ケンが疑問を抱いたらしい。

「それが、どうもShadowと被害者の間には手引きしてる奴がいるらしいんだ」

ソウタがそんな情報を付け加えた。


「はっ? 手引き?」

「うん。例えば、ある被害者の子は違う学校の友達とカラオケに行ったらしいんだけど、そこに友達の知り合いってやつが合流してきて、みんなで盛り上がってる時に意識を失って気が付いた時には事後だったみたいな」

「それって違う学校の友達が手引きしていたってこと?」

「そういうことらしい。他の被害者の子も遊びに誘ってきたのは友達ってパターンが多いみたいで」

「じゃあ、その友達を伝えばShadowに行きあたるんだから警察がどうにかしてくれるんじゃね?」

「それが警察に被害届を出さない被害者が多いらしいんだ」

「なんでだよ?」

マサトが尋ねると

「世間にバレたくないデータがあるからだろ?」

答えたのは蓮だった。

「正解」

ソウタと樹が頷く。


「言いたいけど言えないってことか」

「うん。撮られた写真や動画が拡散されてしまう恐れがあって泣き寝入りしちゃうんだって」

「学生相手にそんなことするなんてヘドが出るな」

マサトは嫌悪感を露わにした。


Precious Memories エピソード5【完結】

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