第4話 エピソード4
◆◆◆◆◆
気持ちよく眠っていたマサトは
「マサト」
「……」
「おい、マサト」
「……」
「起きろって」
肩を揺すられ
「……ん~」
起こされた。
閉じていた瞼を開くと四季が顔を覗き込むようにして眺めている。
「もう帰りのホームルームも終わったぞ」
「マジで?」
マサトはまだ眠いらしく、油断すると閉じそうになる瞼を擦る。
「てか、今日は一日中寝てたんじゃね?」
「いや、昼飯の時は起きた」
「……お前、何しに学校に来てんだよ? てか、疲れてんな」
四季は呆れたように笑う。
「別に疲れてはねぇけど、眠くて仕方ねぇ」
「……いや、それを疲れてるっていうんじゃねぇか」
四季に指摘されて
「……それもそうだな」
マサトは納得した。
「昨日もまたケンカか?」
「あぁ」
「青春って感じだね」
四季はしみじみと呟いたが、マサトは鼻で笑った。
「意味分かんねぇ。てか、お前はまだ帰らなくていいのか?」
「うん?」
「星莉を迎えに行くんじゃねぇのか?」
四季はほぼ毎日学校が終わったら他校に通っている星莉を迎えに行く。
それを知っているマサトは聞いたのだが
「いや、今日は迎えは要らないらしい」
今日は珍しい答えが返ってきた。
「そうなのか?」
「あぁ、友達と約束があるんだって」
「そうか」
四季が星莉を迎えに行かないことは珍しいことであるが、星莉にも友達付き合いはあるし必要だと考えたマサトは納得した。
どうやらそれは四季も同じ意見らしく
「たまには友達との時間も大事だよな」
ほんわかとした口調で言葉を紡ぐ。
「そうだな。てか、腹減った。ラーメンでも食いに行かね?」
ようやく机に突っ伏していた身体を起こしたマサトが身体を伸ばしながら欠伸をする。
「お前、寝起きでよくラーメンとか食えるな」
四季に呆れた眼差しを向けられても
「余裕」
マサトは飄々と答える。
そんなマサトにつられたのか
「でも、俺もラーメン食いてぇかも」
四季がポツリと呟く。
マサトは口端を引き上げニヤリと笑う。
「行こうぜ」
「そうだな」
こうして意見はまとまり、マサトと四季はラーメンを食べに行くことになった。
◇◇◇◇◇
繁華街の裏路地にあるラーメン屋。
この店はマサトのお気に入りでヒナともよく一緒に来ている。
お気に入り過ぎて最低週3回は来ているので、店のスタッフにも顔を覚えてもらっている。
以前は四季もマサトと一緒によく来ていたのだが
「なんかラーメンとか久しぶりに食った気がする」
最近はすっかり足が遠のいていた。
「そうなのか?」
確かに2人揃って来るのは久しぶりだが、四季もこの店のラーメンが好きなのでちょくちょくは来ているだろうと思っていた。
だから四季の言葉にマサトはびっくりし、思わず聞き返してしまった。
「あぁ、ラーメンを食いに行こうって言っても星莉が嫌がるんだよ」
「星莉はラーメンが嫌いなのか?」
「いや、ラーメンは嫌いじゃねぇけど店に入りづらいらしい」
「へぇ~、それってお前と一緒でもダメなのか?」
「うん。ラーメンやだけじゃなくて牛丼屋もダメらしい」
「牛丼屋も入りづらいのか?」
「らしいぞ。俺にはよく分かんねぇけど」
苦笑いしている四季にマサトはキョトンとした。
ラーメンや牛丼が嫌いというなら納得できるが、店に入りづらいという理由で嫌がるということがマサトには理解できなかった。
でもよく考えてみれば、マサトの周りにもそういう女子がいたような気がする。
まだヒナと付き合う前、友達が一緒に遊ぼうと連れてきた女子の中にもそう言う子がいたような気がする。
それを思い出したマサトは
「……女って結構店の雰囲気とかで好き嫌いを決めたりするよな」
苦々しい表情を浮かべる。
そんなマサトに
「そうそう。味が一番重要なのにな」
四季も同意を示す。
「そうだよな」
マサトは何度も頷いた。
すると――
「ヒナちゃんは?」
四季が質問をぶつけてきた。
「ヒナがなんだ?」
「一緒にラーメンとか食いに行ったりする?」
「ラーメン屋も行くし牛丼屋も行く」
「マジで?」
「あぁ。でも俺らが行くのはヒナのバイトが終わってからが多いから深夜だけどな」
「深夜か。確かに遅い時間は客も少ないし入りやすいかもしれないな」
「そうだな。昼間よりも入りやすいかもな」
……とはいえ、ヒナはもし昼間にラーメンや牛丼を食べに行こうと誘っても普通に頷いて付き合ってくれる。
ヒナは店に入りづらいからという理由で拒否することはないとマサトは断言できる。
なぜなら、バイト終わりに行くことが多いが昼間にラーメンや牛丼を食べに行ったことが何度もあるのだから。
でも、マサトはその事実を四季に伝えようとはしなかった。
もしこれを四季に言ったら自慢になってしまうことをマサトは分かっていた。
確かにヒナはマサトにとって自慢の彼女だ。
ヒナ以上の女はいない。
そう思っているからマサトはヒナと付き合っているのだ。
でもヒナの良さは自分だけが知っていればいいとマサトは思っている。
それにこの場で『ヒナは昼間でも普通にラーメン屋にも牛丼屋にも付き合ってくれるけどな』そう言うのは何の問題もない。
嘘を吐いているわけでもなければ、、過大しているわけでもない。
でもそう言うと、星莉の立場が悪くなってしまうような気がしたし、わざわざ言う必要もないと判断した。
だがマサトが言わなかったので、ヒナがラーメンや牛丼を食べに行くことを拒否らないのは深夜だからだと思い込んだ四季はよほど星莉とラーメンや牛丼を食べに行きたいらしいく
「だよな。でも、星莉は門限があるから深夜は無理だな」
残念さを隠さない。
「そう言えば門限があるって言ってたな。何時だっけ?」
「19時」
星莉の門限の時刻を聞いたマサトは
「……はっ⁉ 19時⁉」
びっくりしすぎて手に持っていたグラスを思わず落としそうになってしまった。
「そう」
「……それって早過ぎねぇか?」
それはマサトの正直な本音だった。
「だよな。やっぱ、普通にそう思うよな?」
「あぁ」
深夜徘徊が得意なマサトや四季にしてみれば19時はまだ夕方寄りの昼間という感覚だった。
……そんな早い時間が門限だったら、なんにもできねぇじゃん。
マサトはそう思ってしまった。
だけど――。
「でも、一般的な女子高校生の門限はそのぐらいらしい」
四季はマサトに一般的な女子高生事情をレクチャーしてくれる。
「そうなのか?」
「そうらしいぞ」
「へぇ~、でも星莉って塾と行ってなかったっけ?」
「うん、行ってる」
「だったら、門限を過ぎるんじゃねぇのか?」
「そうだな。塾が終わるのは21時とか22時だからな」
「塾の時は例外なのか?」
「例外っていうか、、塾の送迎は基本親がしてから」
「毎回?」
「そう、毎回」
「そうか。じゃあ、お前も門限に間にあうように送って帰ってるのか?」
「うん、そうだよ。門限を過ぎると最低でも一週間学校と塾以外の外出が禁止になっちゃうから、絶対に1分も遅れないようにしないといけないんだ」
「星莉んちって厳しいんだな」
「そうだな。付き合い始めた頃は過保護じゃね?とも思ったんだけど……でも、最近は星莉が親にそれだけ大事にされてるってことだと思うようになったんだ」
「なるほどな。確かにそうかもな」
「うん」
「今日、星莉はどこに行ってるんだ?」
「友達とカラオケだって」
「ふ~ん」
聞いた割にマサトは興味なさそうに見える。
でもこれがマサトの通常モードなのだ。
これは興味がなさそうに見えるけど、実際はそんなことない。
そもそもマサトは興味がなかったら聞いたりしない。
それを知っている四季はこんなマサトの反応を見ても特別気にしたりはしない。
気にしていないからこそ
「てかさ、ずっと聞きたいことがあったんだけど」
四季は話題を変えた。
「なんだ?」
「マサトってヒナちゃんと毎日会ってるんだよな?」
「あぁ、バイト先に迎えに行くからな」
「だよな」
「それが聞きたいことなのか?」
「いや」
「じゃあ、なにが聞きたいんだ」
「えっと、ヒナちゃんって独り暮らしだったよな?」
「そうだけど」
マサトがそれがなんだ?的な表情を浮かべると四季は聞きにくそうに尋ねてきた。
「その……泊まったりしてんの?」
「たまに」
「たまにってどういうタイミングで?」
「どういうタイミング……休みの前の日とか」
「そっか」
四季は納得したのか小さく頷く。
でもマサトは四季がどうしてこんなことを聞いてくるのか全く意味が分からない。
だから
「なんでそんなこと聞くんだ?」
マサトがこう質問するのは当然と言えば当然のことだった。
聞かれた四季は
「俺も星莉とお泊りしたいなと思って」
本音を晒した。
ここでようやくマサトは四季の意味不明な質問の数々の意図を理解することができた。
「でも星莉には門限があるから泊りは無理だろ」
「そう思ってたんだけど」
なぜか嬉しそうな四季にマサトは怪訝そうに眉を潜める。
「なんだよ?」
「卒業旅行には行けることになったんだ」
「卒業旅行?」
「そう。高校を卒業したら旅行に行っていいって星莉のお父さんとお母さんに許可を貰ってるんだ」
「そうなのか?」
「うん」
四季は卒業旅行に行けるのがよほど嬉しいらしく、顔が緩みまくっている。
でもマサトは式がそれだけ喜ぶのも無理はないと思った。
四季が星莉と付き合い始めて、決して短くな年月が経っている。
四季だって健全な男子学生だ。
健全なんだからそれなりの欲求だってある。
しかも男子高校生といえばその欲求がかなり強い時期だ。
その時期に、四季はよく我慢しているとマサトは思った。
どうしてそう思ったのか。
それは星莉の門限の時刻を知れば、そう思わずにはいられない。
星莉の門限は19時。
学校が終わって星莉を迎えに行き門限の時間まではわずかしかない。
そのわずかな時間に四季が湧き上がる欲求を解消したり、満たしているとは考えにくい。
……ということは、四季はかなり我慢しているということになる。
四季の過去を知っているマサトは、彼が相当な我慢を強いられていることは容易に想像ができた。
Precious Memories エピソード4 完
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