第3話エピソード3

◇◇◇◇◇


ヒナとメッセージのやり取りをしていると

「マサトくん。なにしてんの?」

望月四季【もちづきしき】がマサトの正面から顔を覗き込んできた。

マサトはわざわざ顔を見なくても声だけで誰だか分かるので視線をスマホに向けたまま

「別に」

そう答えた。

四季は近くの椅子を引き寄せるとそこに腰を降ろしながら言う。

「あ~、また彼女とやり取りしてるんだ」

大袈裟に大きな声を出す四季に

「うっせな。お前もするだろ」

マサトは淡々と対応する。

マサトは分かっていた。

ここで少しでも動揺する、すかさずそこを突っ込まれてしまうことを……。

マサトのその予想は正解だったらしく

「まぁね」

そう答えた四季はそれ以上騒ぎ立てるようなことはしなかった。


四季はマサトの友人である。

高校一年の時、同じクラスになったのをきっかけに二人はすぐに意気投合して親しくなった。

2年生では別のクラスになったが、四季は自分のクラスよりもマサトのクラスにいる時間の方が明らかに長かった。

それだけ仲が良かったのだ。

そして3年生になり、マサトと四季は同じクラスになった。

四季は以前、マサトがトップを張っていたチームのメンバーでもある。

マサトがB-BRANDへの加入を決め、メンバーに伝えた時もいちばんに賛成してくれたのは四季だった。

『お前がやりたいようにやるのがいちばんいい』

四季があの時言ってくれた言葉がとても嬉しかった。

おそらくその言葉はずっとマサトの心の中であたたかいぬくもりとともに残り続けるだろう。


マサトはふと思い出したように口を開いた。

「そう言えば、最近会ってねぇな」

「誰に?」

「星莉【あかり】」

マサトが四季の彼女の名前を出すと

「そうだっけ?」

四季は首を傾げた。

「あぁ」


杜若 星莉【かきつばた あかり】

それが四季の彼女の名前だった。

マサトが1年の時、四季は星莉と付き合い始めた。

近隣の女子高に通う星莉に四季が駅で一目惚れしたのが始まりだった。

四季の熱烈な猛アタックに二人が付き合い出すまでにそう時間はかからなかった。

二人が付き合いだしてからは、マサトも星莉とよく会っていた。

一緒にごはんを食べに行ったり、カラオケやゲームセンターに行ったりしていた。

星莉は大人しい雰囲気の女子だが、意外と芯は強い。

優しくてまっすぐな性格の四季とはお似合いだとマサトは二人を見る度に思っていた。


でもマサトはここ最近は星莉に会っていないことに気が付いた。


「マサトも彼女ができて忙しいからな」

意味ありげな笑みを浮かべる四季を軽くスルーして

「星莉は元気か?」

そう尋ねる。

「うん。普通に」

「そりゃ、良かった」


「てか、それより新しいチームはどうだ?」

どうやら四季が聞きたかったのはこれらしい。

「どうって?」

「いじめられたりしてね?」

「なんでいじめられるんだよ?」

「だって、マサトは元々別のチームだったわけじゃん。一応、幹部はマサトの加入を認めてるかもしれねぇけど、下の奴は『こいつは元々敵だ。こんな奴と仲良くなんてできねぇし』みたいなやつがいるんじゃね?」

期待を裏切るようで悪いけどマサトの周囲にはそんな人間は今のところいない。

だからマサトはきっぱりと断言した。

「いねぇよ」

「全然? ひとりも?」

「あぁ、今のB-BRANDには元々別のチームだったヤツがたくさんいる」

「あ~、そう言えばB-BRANDって勢力を拡大中のチームだもんね」

「そうだ。それにあそこのチームはトップの言うことは絶対だ。トップが下した結論に反論するような奴はいねぇよ」

「そうなんだ。じゃあ、居心地が悪いってことは?」

「ねぇな」

「いじめられたりも?」

「してないって」

「みんなと仲良く……」

「心配しなくても問題なく毎日過ごせてる」

マサトが被せ気味に答えると、四季は安堵の表情を浮かべた。

どうやら四季はマサトがB-BRAND内で気まずい思いをしていないかと心配してくれていたらしい。

「そっか、良かった。じゃあ、その傷は?」

四季はマサトの顔をマジマジと遠慮なく眺めてくる。

「毎日ケンカ三昧だからな」

「そうなんだ。別に俺が言うことじゃないけどヒナちゃんに心配かけないようにね」

「分かってる」

「てか、毎日ケンカ三昧なんて楽しそうだな」

「なに言ってんだ? お前はもう足を洗ったんだろ」

「そうなんだけど」

「もしかしてまだ未練があるのか?」

「未練はないよ。ただ、なんか楽しそうだと思っただけ」

「思うだけにしておけよ。お前は卒業して就職してぇんだろ?」

「そうそう。結婚したいからね」

そう。

四季は高校卒業後、星莉と結婚するために就職を希望している。

なんでも星莉の家に遊びに行った時に両親とも会い、四季は果敢にも将来星莉と結婚したいと思っていることを伝えたらしい。

もちろん星莉の両親は驚いていたが『それなら高校を卒業して、ちゃんと就職して星莉を養ってね』そう言われたらしい。


四季自身もその話をした時、高校を卒業したらとかはっきりとした時期を考えていたわけじゃない。

むしろ漠然と将来星莉と結婚出来たらいいなぐらいに考えていた。

でも星莉の親から予想外の言葉をもらった四季は、

高校を卒業し就職して生活していけるぐらいの収入を安定して得ることができるようになったら結婚する。

そんな目標を掲げた。

それがちょうどマサトがB-BRANDに加入を決めた時期だったので、四季はそのタイミングでチームを抜け、ケンカもしないようになったし、毎日真面目に学校にきて勉強も頑張っているのだ。

そんな四季をマサトは尊敬していた。

優しくてまっすぐな性格の四季。

だけどそれはあくまでも仲間内にみせる顔に過ぎない。

敵だと判断した相手には容赦がない。

マサトだってケンカの時、キレた四季を止めるのには苦労した。

そんな四季がケンカをしなくなったことだけでもすごいと感じていた。

それと同時に四季の目標が達成できるように応援もしている。


「星莉と結婚したいっていう立派な目標があるんだからお前は卒業することだけを考えて真面目にしとけ」

「そうだね。てか、マサトは?」

「俺がなんだ?」

「卒業のこと真面目に考えてんの?」

「……」

「てか、卒業できんの?」

四季の質問に

「……微妙」

マサトは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「ダメじゃん。またヒナちゃんに怒られるんじゃない?」

「……やべぇな」

「出席日数はギリセーフなんでしょ?」

「あぁ」

「じゃあ、問題は単位か。ヤバいってどの程度?」

「次のテストで平均が取れればギリセーフって感じ」

「頑張ればどうにかなるって感じか。……まぁ、頑張って」

「……冷てぇな」

「そう言われても、勉強はマサトの方が俺よりもできるじゃん。だから教えてやるとも言えないし。だから応援だけしてあげるよ」

「その気持ちだけありがたく受け取っとくわ」

「うん」

親友の応援は嬉しいが、その応援だけで単位が取れるかといったらそれは微妙で……。

……やっぱ、留年とかしたらヒナはキレるよな。

マサトの口からは思わず溜息が漏れた。


◇◇◇◇◇


その日の夕方。

マサトは学校が終わると、ヒナの家に直行した。

いつもはヒナがバイトの時間、B-BRANDの溜まり場に顔を出すのだがヒナのバイトが休みの時は自宅待機でいいと蓮から言われている。

それはもちろん蓮の気遣いだった。

その気遣いに素直に甘え、マサトは今日溜まり場に行くつもりはなかった。


ヒナの家に着くと、ヒナは夕食を作り待っていてくれた。

それを2人で食べ、作ってもらったお礼にとマサトは食器を洗った。


そして二人でテレビを眺めながらまったりと過ごしていると

「なんか元気なくない?」

急にヒナがそんなことを言いだした。

「そうか?」

「うん。さっきから溜息ばかりついてるよ」

「気付かなかった」

ヒナに言われるまでマサトは自覚すらしていなかった。


「言ってみなよ。なにか心配事があるんでしょ?」

「……まぁ」

「どうしたの?」

顔を覗き込まれて、マサトは意を決したように切り出した。

「もうすぐテストがあるんだけど」

「うん」

「苦手な教科があるんだよな」

「それって英語でしょ?」

「そう」

マサトは英語が苦手。

それはヒナもよく知っている事実だ。

他の教科はそんなに勉強しなくてもそれなりの点数が取れるのに英語だけはどうしても苦手なのだ。

「単位がヤバいの?」

「あぁ」

「そっか。英語か……」

ヒナは神妙な顔で「う~ん」と唸りだした。

そんな異常な反応に

「ヒナ?」

マサトは首を傾げた。


そしてヒナは大きな声を発した。

「そうだ!!」

「どうした?」

「今、英語の教科書とか持ってないよね?」

「持ってるけど」

「えっ? 持ってるの⁉」

……なんでこんなに驚かれてるんだ?

マサトは意味が分からなかった。


「マサトが教科書持ってるなんて明日は嵐かもしれないね」

真剣な表情のヒナはどうやら冗談を言っているわけではないらしい。

そこでようやくマサトはヒナが過剰に驚いた理由が分かった。

おそらくヒナはマサトが教科書なんて持ち歩いていないと思いつつも念の為の確認で聞いてみた。

そしたら意外なことにマサトが教科書を持っていると言ったので驚いたのだ。


ヒナが驚くのも無理はない。

いつもなら教科書は学校に置きっぱなしにしているのだから。

でも今日はたまたま持ち帰ってきていた。

卒業するための単位を取得するには英語の勉強をしないといけない。

そう思ってたまたま持っていただけだ。

「……嵐は勘弁してほしいな」

マサトが笑いながら言うと

「そうだよね」

ヒナも笑った。


「で、教科書をなにに使うんだ?」

「勉強するに決まってるじゃん」

「ヒナが?」

「私が今更、高校の英語を勉強してどうするの? マサトに教えてあげようと思って」

「教える? ヒナが?」

「あっ、教えれないと思ってるでしょ。こう見えても英語の成績は良かったんだよ。ほら、教科書出して」

「分かった」


この日、夜遅くまで勉強会が開催されており、ヒナの部屋の窓からは明るい光が漏れていた。


Precious Memories エピソード3 【完】


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