第2話エピソード2

◇◇◇◇◇


当時マサトは高校3年生だった。

以前は仲の良い友人たちとチームを立ち上げ、そこでトップを張っていたマサト。

チームを作ってはいたけど、縄張り争いやチームの勢力拡大にはマサトもチームのメンバーも大して興味はなかった。

気心が知れた友人たちと、毎日楽しく過ごせればそれで十分だった。

でも、チームを立ち上げたら他のチームから狙われる。

特にマサトのチームのように人数が多くないチームは格好の標的にされてしまう。

しかしマサトたちはそんな状況も楽しんでいた。

チーム同士のいざこざで、しかも相手から吹っ掛けられたとなれば自分のチームを守るためという大儀名分ができる。

要は堂々とケンカができるのだ。

ちょうど血の気の多い年齢。

マサト達はケンカ三昧の日々を送り、充実した日々を送っていた。


そんなある日。

マサトは自分より年下の神宮蓮をはじめとするB-BRANDの創設メンバーに付きまとわれるようになってしまった。

彼らはマサトを自分達のチームへ来て欲しいと熱烈に口説いてくる。

最初は見向きもしなかったマサトだったが、そのしつこさと以外にもこの5人が面白いということもあってよく一緒にツルむようになっていた。

元々面倒見の良いマサトは、蓮たちが親し気に近付いて来るとそれを無碍にすることができなかった。

マサトのそんな性格を知ってか知らずか、日を追う毎に蓮たちはマサトの前によく現れるようになった。

挙句の果てには、別の高校の生徒である蓮達はマサトの高校に来るようになり、気が付いた時には我が物顔でマサトの教室にまで出入りするようになってしまった。

流石に度を過ぎていると考えたマサトは何度か注意もしたけど5人の少年は全く聞く耳を持たない。

しかも、なぜかこの五人は憎めないのだ。

マサトの通う高校は県下でも有名な不良の巣窟のような高校だった。

だからもちろん血の気が多い者しかいない。

そんな高校に蓮たちは臆することなく堂々と入ってくる。

しかも自分達が通う高校の制服を着て……。

当然目立つし浮くのに、当の本に達は全くお構いなしだった。

一方、別の高校の生徒に我が物顔で校内に侵入されたマサトの高校の生徒は

『おい。なんだ、あいつら?』

困惑しまくっていた。

しかし、困惑はすぐに怒りに変化した。

でもこの高校でマサトに立てつける人間はおらず、この闖入者達がそのマサトの客のようなので手を出すことも、ましてや行内から締め出すこともできずにいた。


最初こそ目立っていた5人だったが時間が経つにつれて、不思議なことに馴染んでいった。

そして最終的には、いて当たり前と思ってしまうくらいに馴染んでいた。

その間もマサトは熱心に口説かれ……結果的にマサトはB-BRANDに加入することを決めた。


幸いにもマサトはチームのトップを張っていたにも関わらず、友人でもあるメンバーたちはマサトの決断を快く受諾してくれた。

そしてマサトはB-BRANDの一員となった。

これはそれから数ヶ月が過ぎた頃の話である。


◇◇◇◇◇


東の空が明るくなり始めた夜明けごろ。

マサトは蓮やケンと一緒に溜まり場に戻っていた。

昨日の夕方から今までの間にチームをひとつ潰してきた3人に目立った傷はないものの全身にはかすり傷が無数にできている。

体中が疲労のせいかとても重くて怠い。

それでも相手が50人以上だったことを考えれば、3人でそのチームを壊滅状態にしたのだから圧勝といってよかった。

下手をすれば自分達が病院送りになっていてもおかしくない状況だった。

でも気分はとても清々しかった。


「マサト」

蓮に呼びかけられて

「ん?」

マサトは咥えていた煙草を地面に落とし、履いていたブーツで踏み火を消した。

「お前、今日は学校行くのか?」

そう聞かれてマサトは一瞬考えるような素振りを見せたあと

「そうだな。できれば行きたくねぇけど」

渋々といった感じで答える。

それに対してケンが

「行きたくねぇならサボればいいじゃん。てか、今からじゃ帰って寝る時間もそんなにねぇし明らかに寝不足じゃん」

もっともなことを言ってくる。

どうやら蓮とケンは今日は学校を休むつもりらしい。

できることならマサトだってこんな時に学校になんて行きたいとは思わない。

むしろ、このまま家に帰って寝たいとさえ思っている。

でもマサトにはそれができない理由があった。


「そうなんだけど……」

言いにくそうに頬を指先で掻くマサトに

「あ?」

ケンは不思議そうに首を傾げる。

するとそれまで黙っていた蓮が口を開いた。

「学校をサボると彼女に怒られるんだろ?」

まさしくその通りだった。

これがマサトが学校をサボることができない理由だった。


「あ~、ヒナちゃんか」

ケンが納得したように呟く。

「他のことはなにしてもそんなに言わねぇのに、学校をサボるとマジでキレられるんだ」

「でもヒナちゃんなら怒っても怖くねぇだろ?」

「いや、普通に怖い」

「……はっ?」

「ヒナはキレさせるとマジでやべぇ」

「そうなのか?」

「あぁ」

「どんな風にヤバいんだ?」

ケンは興味津々といった感じだだけど、マサトの表情は重い。

「全く話さなくなる」

「へっ?」

「無表情で黙り込む」

「それがヤバいのか? 普通女がキレたらヒステリックに感情をぶつけてきたりするじゃん」

「あぁ、確かにそういう女もいるな」

「ヒナちゃんはそういうところないのか?」

「ヒステリックなヒナを見たことはない」

それはヒナに気を遣ってそう言ったわけではなく、マサトは本当にヒステリックなヒナを見たことがなかった。

「へぇ~、そうなんだ。キレても感情的にならない女もいるんだな」

ケンは感心していた。

ケンには今現在、彼女はいない。

でも全く女性と縁がない訳じゃない。

その容姿と人たらしな性格のおかげでこっちから動かなくても女性の方から寄って来てくれる。

だからケンは女性に不自由したことがない。

彼女という存在に興味がないので特定の彼女こそ作らないが、遊ぶ相手には困らない。

そんなケンの周りには自己主張の強い女性が多い。

ケンは女性と遊ぶとき最初から『彼女を作るつもりはない』とはっきりと明言する。

それでもいいというなら遊ぶし、それが無理というならそこで終了にする。

それにも関わらず、定期的にモメる羽目になる。

その原因となるのは大抵同じで、『一晩、あたしの身体を弄んだくせになんの責任も取らないつもり⁉』と女性が言い出してしまうことがたまにあるのだ。

ケンは最初に彼女を作るつもりはないと明言していて、それに承諾して遊んだにも関わらずそう言って来る女性がいる。

こういう女性は大抵の場合、ケンの本命の彼女になりたいという強い願望を持っている。

だから最初はケンの言葉に同意を示し、いざ既成事実が完成したらそれをネタに恐喝まがいの主張をしてくるのだ。

そういう女性は、冷静に話ができない人が多い。

自分の思い通りに事が進まないと感情的になりヒステリックに喚き散らす。

経験上そういう女性ばかり見てきたケンにとって、ヒステリックになることがないらしいヒナは宇宙人のような存在に感じられた。

でも――

……もし彼女を作るならそんな女がいいな。

ケンは密かにそう思ってしまった。


「基本的にヒナって表情も豊かだし、よく喋るんだよ」

マサトの言葉にケンは数回会ったことのあるマサトの彼女の記憶を引っ張り出す。

「あぁ、そんな感じだな。いつもニコニコしてて人畜無害ってイメージがある」

「だろ? それがキレると無表情で一言も喋らないんだぞ」

「……それもある意味怖いな」

想像したケンは、顔を引き攣らせ何度も頷く。

「だろ? ヒナがキレるとマジでどうしていいか分からなくなる」

それはマサトの切実な本音だった。

マサトがヒナと付き合い始めてから、ヒナがキレたのは2度だけ。

でもその2回ともマサトはどうしていいのか分からず、ガラにもなくオロオロとしてしまった。

そしてヒナを2回キレさせてしまい、マサトが学んだのは

……ヒナがキレるようなことはできるだけしないでおこう。

ということだった。


「すげぇな」

蓮がポツリと呟いた。

一体、なにがすごいのか。

それが分からなかったマサトは

「なにが?」

蓮に尋ねた。


「なにがあっても冷静で、頭の回転も速くどんな状況にも対応できるマサトに白旗を上げさせる彼女はすげぇ」

蓮の言葉に

「確かに。ヒナちゃん最強説が生まれたんじゃね? てか、それならきょうも学校をサボれないな」

ケンが同意し

「そうだな」

マサトも頷いた。


◇◇◇◇◇


その日の昼過ぎ。

ヒナからメッセージが届いた。


“ちゃんと学校に行ってる?”


どうやらヒナは今起きたらしい。


“おはよう。今、昼休み。真面目に登校してる”


“おはよう。マサトがちゃんと学校に行っててよかった”


“ちゃんと行かないと怒られるからな。今日は休みだろ?”


“うん”


“学校が終わったら連絡する”


“了解”


やり取りを終えたマサトは無意識のうちに表情が緩んでいた。


Precious Memories エピソード2 【完】

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