第13話沙羅×ハク【朝に降り注ぐ光の中で感じる幸せ】片想い番外編

◇◇◇◇◇


世間は年末。

でも沙羅は変わらずオープン前のBar Timeを訪れていた。

カウンター席に座る沙羅は

「てか、もうすぐ今年も終わりだね」

独り言のように呟いた。


「なんでそんなにしみじみしてるんだ?」

カウンターの中で開店準備の仕込みをしながらハクが苦笑する。

「……いや、なんていうか」

「うん?」

「この時期になると、時の流れの早さを実感するっていうか……」

「……はっ?」

「今年も終わると思うとなんか寂しくなるっていうか……」

「……お前……」

「なに?」

「本当に10代か?」

ハクの疑問に

「……はい?」

沙羅の眉間にしわが寄った。


「なんか言うことが年寄りくせぇと思って」

「……」

「冗談だって。そんなに睨むなよ」

「そんな冗談、全然面白くないし」

沙羅は小さな声で愚痴った。

その声がハクには聞こえていなかったらしく

「てか、本当にそうだな」

彼は突然納得したような口調で呟く。

「はっ?」

「今年ももう終わるな」

「うん」

「でも……」

「なに?」

「別に寂しくなる必要なんてねぇじゃん」

「なんで?」

「今年が終わってもまた新しい年は絶対にやってくるんだし」

「……」

「変わるのは年号ぐらいであとはたいしてなんも変わらねぇじゃん」

「……それはそうだけど」

「なんだ?」

「今年一年、たいして何もしてないって思ったらなんか無性に焦るし、喪失感っていうかなんか寂しくならない?」

「お前はこの1年なんもしてねぇのか?」

「うん。これといってなにもしてない気がするんだよね」

「ふ~ん」

「ハクは?」

「俺?」

「そう、なんかやり残したこととかないの?」

「……やり残したこと……」

「うん」

「俺は……ねぇな」

「えっ? ないの?」

「あぁ、俺はあとから後悔したくなんてねぇから常に全力で生きてるし」

「……」

「やりたいと思ったことは後回しになんかせずに即行動してるし」

「……」

「そんな感じだからやり残したと思うことはなんもねぇな」

ハクは自信満々にきっぱりと断言した。

自分でも気持ちがいいぐらいに断言したというのに

「ふ~ん、そうなんだ」

沙羅の反応は予想していたよりも遥かに薄かった。


「おいおい、自分から聞いといて、途中で興味なくすんじゃねぇよ」

「別に興味がなくなったわけじゃなくて、ハクにこんなことを相談したのが間違いだったって気が付いただけだし」

「……間違い?」

「うん、私のこの繊細な想いをハクに理解してもらおうと思ったのがそもそも大きな間違いだった」

「おい」

「なに?」

「人をがさつ人間みたいな言い方するんじゃねぇよ」

「あら、そこは気が付いたんだ」

「沙羅」

「なに?」

「来年はその性格の悪さを少しどうにかした方がいいぞ」

「はい? 私は別に性格なんて悪くないし。てか、ハクも来年こそはもう少し女心の繊細さを理解できるように頑張った方がいいと思うよ」

「なに言ってんだ? 女心なら熟知してるし」

ハクは相変わらず自信満々だ。

その自信をへし折ってやりたいと思った。

でもハクは実際のところかなりモテる。

仕事柄もあるがハクは女性受けする容姿と人懐っこい性格が最大の武器なのだ。

でもそれだけじゃこんなにモテることはない。

恐らく彼の言う通り繊細な女心を熟知しているからモテるのだということは沙羅も認めざるを得ない事実だった。

でも今だけはその事実をサラは認めたくなくて

「……ウザっ」

こんな憎まれ口を吐いてしまうのだ。

沙羅が暴言を吐いてもハクは絶対に怒ったりしない。

ただ笑って軽く受け流すだけ。

その行為さえ大人の余裕うを見せつけられてるような気がして、沙羅は距離を感じてしまう。

でもこればかりはどうしようもない。

ハクと沙羅の間にある10歳という歳の差は、沙羅がどんなにあがいたとしても縮まらないのだから。


「てか、この店って大晦日はオール営業なんでしょ?」

「あぁ、毎年そうだからな」

「ふ~ん」

「沙羅」

「なに?」

「ダメだぞ」

「なにが?」

「大晦日の日、ここに来ようとか企んでるだろ」

一体、なんの感が働いたのか、急にそんなことを言い出したハクに

「……ちっ」

沙羅は思わず舌を打ってしまった。

どうやら図星だったらしい。


「やっぱりな」

「……いいじゃん、大晦日ぐらい」

「ダメだ。大晦日は常連だけじゃなくて一見の客も多い。トラブルもあるから危ない」

「……それって心配しすぎじゃない?」

「あ?」

「どこの店だってそんな感じなんだからそこまで気にしなくてもいいと思うけど」

「沙羅」

急に真顔になったハクに

「……分かった」

沙羅は溜息を吐きながらも早々に諦めることにした。

こんな時のハクはサラがなにを言っても聞いてくれないことが分かっているから。

でも今日は違った。

「大晦日の日はいつもより早く営業を開始する。タクシーで帰るって言うなら22時までならここにいてもいい」

「えっ? 本当?」

「あぁ、大晦日だから特別だ。でもアルコールは絶対に禁止だからな」

「うん」

「あと親御さんにここに来ることをちゃんと話してくること」

「うん」

「約束できるか?」

「できる!!」

「それなら来てもいい」

「ハク、ありがとう!!」

「おう」


沙羅はこうしてBar Timeの大晦日年明けパーティーにほんの少しだけ参加することができることになった。


◇◇◇◇◇


大晦日当日。

Bar Timeの営業時間は18時から。

でも、沙羅は13時には店に来ていた。


「沙羅ちゃん、いらっしゃい。今日は一段と早いね」

「なんか嬉しくてジッとしていられなかった」

「うん、そんな感じ。ハクさんからお許しが出たんだって?」

「うん、今日は10時までいてもいいって」

「それは良かったね」

「うん、最高」

満面の笑みを浮かべる沙羅に、バイト店員のエイトもつられるように笑顔を浮かべた。


「エイト、なんか手伝うことない?」

「なに? 手伝ってくれるの?」

「いいよ。今日はものすごく気分が良いからなんでも手伝ってあげる」

「それは助かるな。てか、沙羅ちゃんって……」

「うん?」

「かなり単純だよね」

「……はい? 単純?」

「うん、良い意味でね」

「……良い意味で……単純?」

「うん」


……なにかが引っ掛かるような気がしないでもないけど……。

今日はあんまり気にしないでおこう。

沙羅はそういう結論に達した。


「で? なにを手伝えばいいの?」

「そうだな~」

「エイトは何してるの?」

「ツマミの仕込み」

「あぁ、忙しくなるだろうからいつも以上にいるよね」

「そうなんだよね。じゃあ、この豆を剥いてもらっていい?」

「了解」

「でも、ハクさんがよく許してくれたよね?」

「ん? それって今日のこと?」

「そう」

「だよね。私もぶっちゃっけびっくりしちゃった」

「俺もその話を聞いた時自分の耳を疑ったし」

沙羅とエイトがそんな話をしていると

「お~い、エイト。酒の仕入れ票って……うわっ」

2階からハクが降りてきて、沙羅の顔を見るなり驚いたように目を見開いた。

「……なに?」

「お前、もう来てたのか?」

「うん」

「で? 何をやってるんだ?」

「豆の皮むき」

答える沙羅の手元を覗き込み

「確かに豆の皮むきだな」

納得したようにハクは呟く。

「うん」

「それってウチに従業員の仕事じゃないのか?」

「そうだね。お客さんがやることではないね」

「沙羅、お前いつウチの店に就職したんだ?」

「えっ?雇ってくれるの?」

「そんなはずないだろ? うちの店は女は雇わねぇし」

「……知ってるし」

「だよな」


「すみません。俺が頼んだんです」

エイトが申し訳なさそうに口を挟んでくるから

「違うよ。私が手伝いたいって言ったの」

沙羅は慌てて事実を伝えた。

「……お前たちって……」

「なに?」

「なんでもねぇよ」

「……はっ?」

「……まぁ、今日は仕込みは一人じゃ大変だから、沙羅バイトするか?」

「いいの?」

「仕込みだけな」

「やる!! やりたい!!」

「エイト、いいか?」

「俺はものすごく助かりますけど」

「じゃあ、今日の仕込み限定で頼むわ」

「やった~、任せて」

「沙羅」

「なに? うわっ……」

ハクに呼ばれて振り返ると何かが飛んできた。

沙羅は反射的にそれを受け取った。

「それ付けろよ」

「エプロン?」

「あぁ、せっかくおめかししてんのに汚れたら台無しだろ?」

……ちゃんと気付いてくれたんだ。

「ありがとう」

「おう」

沙羅はハクが今日気合を入れておしゃれしたことにちゃんと気付いてくれたことが嬉しくてたまらなかった。


◇◇◇◇◇


「沙羅ちゃんって超面白い」

この店の常連客凛が腹を抱えて笑う。

「えへ、ありがとうございます」

「私、ここの常連なんだけど今まで会ったことないよね?」

「ですね。私、いつもは営業中ここには出入り禁止なんで」

「そうなの?」

「はい」

「なんで?」

凛のその質問に答えたのは

「まだ未成年なんだよ」

ハクだった。

「それだけ?」

「ん?」

「未成年って理由で営業中は出入り禁止なの?」

「十分な理由じゃね?」

「あんたがそんなこと気にするとは思わなかったわ」

「どういう意味だよ?」

「未成年の時から普通にお酒も飲んでたし、こういう店にも入り浸っていたじゃん」

さらりと暴露した凛に

「おい、凛。余計なことを暴露してんじゃねぇよ」

ハクは焦った表情を浮かべる。


「……え? それって本当ですか?」

「うん、本当」

「……うわっ、自分のことは棚に上げてマジで引くわ」

「ねぇ、マジで引くよね」

沙羅と凛にドン引きされて

「おい、凛。しばらく黙ってろ」

ハクは気まずそうだった。


「……まぁ、ハクは沙羅ちゃんのことがよほど大事なんじゃない」

凛に耳打ちされて

「えっ?」

沙羅は困惑した。


「ハクさ~ん、お代わり!!」

「はいよっ」


「てかなに? 沙羅ちゃんはハクの彼女なの?」

凛の疑問に

「違ぇよ」

「まだ違います」

ハクとサラはほぼ同時に答えた。


……むぅ、こんな時だけ即答しいなくてもいいじゃん。

沙羅は頬を膨らませたが

「そうなんだ」

凛は意味ありげな笑みを浮かべている。


「ハクさ~ん」

「ちょっと待って」

「おい、凛。沙羅に余計なこと言うなよ」

「は~い」

凛は右手をまっすぐに上げて模範的な返事をする。


ハクが離れてすぐ

「あれ、沙羅ちゃん飲み物空っぽじゃん」

凛はすぐに気が付いた。

「あっ、本当だ」

「それなに飲んでるの?」

「グレープフルーツジュースです」

「ジュース?」

「はい」

「アルコールは苦手なの?」

「苦手かどうか分からないんです」

「分からない?」

「はい、飲んだことないので」

「そうなの?」

「はい。ここでは絶対に飲ませてもらえないし」

「あ~、確かにそんな感じだよね」

「でしょ? 他に飲むような場所もないので」

「別の店に友達と一緒に行ったりしないの?」

「はい。お酒を飲むような場所に行くような友達はいないし。それに私も苦手なんです」

「苦手って、こういう店が?」

「そうですね」

「でもここには毎日来てるんだよね?」

「ここはハクがいるから来てるけど、他の店には興味がないっていうか……」

「へぇ~、そうなんだ。じゃあ、本当にハクに会いたくてここに来てるんだね」

「……そういうことに……なりますかね……」

「ハクは幸せ者だね」

「えっ?」

「沙羅ちゃんみたいな子に愛されていて」

「愛⁉」

「違うの?」

「……違わない……です」

「だよね」

凛は満足そうに頷いた。


「それじゃあ、アルコールにもあんまり興味はないんだ?」

「……いや、そうでもないですけど……」

「えっ? じゃあ、興味あるの?」

「……まぁ、どちらかと言えば……」

「じゃあ、飲んでみる?」

「えっ⁉」

「ハクが戻ってくる前に飲んじゃいなよ」

凛は自分のグラスとサラのグラスをひょいと入れ替える。


「でも……」

「これはお酒っていうよりもジュースみたいなものだから」

「そうなんですか?」

「そうなんです」

「じゃあ、ちょっとだけいただきます」

「どうぞ」

沙羅は恐る恐るグラスに口をつけた。

「あっ、美味しい」

「でしょ?」

「はい」

「ハクはあぁ見えてもカクテル作りだけは誰にも負けないからね」

「そうなんですか?」

「あれ? 知らなかった?この店ってカクテルが美味しいって有名で県外からもお客さんが来るんだよ」

「知りませんでした」

「そうなんだ。大人になったら思う存分ハクに飲ませてもらえるよ」

「……そうだといいんですけど」

「えっ?……って、沙羅ちゃん⁉」

「どうしたんですか?」

「顔がまっかだけど……大丈夫?」

「全然大丈夫ですよ」

確かに顔は熱いけど、それ以外は何ともない。

無性に楽しくて笑ってしまうけど、初めて酒を飲んだ沙羅は自分が酔っているという自覚は一切なかった。

「おい、凛」

「は……はい⁉」

「お前、沙羅に酒を飲ませただろ」

「……えっ?……そ……それは……」

「おい、沙羅。水、飲め」

ハクの声が遠くに聞こえる。

「沙羅ちゃん大丈夫?」

「エイト、水!!」

沙羅が最後に聞いたハクの声はなぜか焦っていた。


◇◇◇◇◇


目が覚めた沙羅は瞼を開けた瞬間

「……んっ……」

陽の光の眩しさに思わずすぐに目を閉じた。

……昨日、カーテンを閉め忘れたっけ?

そんなことを考えていると

「沙羅」

誰かの声が聞こえた。

聞き覚えのある声。

その声を聞くと無性に安心した。

「……ん?」

「大丈夫か?」

もう一度目を開くと、そこには心配そうなハクの顔があった。

「うん」

「気持ち悪くないか?」

「うん……大丈夫」

「……良かった」

ハクは安心したように息を吐いた。

「……あの……私……」

「俺がいないところで酒を飲んでるんじゃねぇよ」

ハクはそう言いながら沙羅の頬を摘まんだ。

「い……痛いっ」

「ごめんなさいは?」

「ご……ごめんなしゃい」

沙羅が謝ると摘ままれていた頬が解放され、沙羅はそこを手で摩る。

「……ったく。昨日のこと覚えてるか?」

「昨日のこと?……えっと……」

「……」

「……あれ?」

「どうした?」

「全然覚えてない」

「……やっぱりな」

凛に勧められてお酒を飲んだところまでは覚えてるけどその後の記憶は一切なかった。

「……ごめんなさい」

「沙羅の家には連絡しといたから」

「……えっ? どうやって?」

「お前のスマホからお袋さんに連絡を入れておいた」

「なんか言ってた?」

「すげぇ怒ってた」

「マジで?」

「冗談だ。笑って許してくれた」

「そっか。良かった」

沙羅は安堵の溜息を吐いた。


「もう飲むなよ」

「ずっと?」

「20歳の誕生日までだな」

「20歳の誕生日過ぎたら飲んでもいいの?」

「昨日飲んだカクテルは美味しかったか?」

「うん。とっても美味しかった」

「それならお前の20歳の誕生日には俺がスペシャルカクテルを作ってやるよ」

「本当?」

「あぁ」

「約束ね」

「約束だ」

眩い光の中で交わした幸せな未来の約束。


「よし、送っていく」

「え~、もう?」

「あ?」

「そうだ。初詣に行こうよ」

「今からか?」

「うん」

「……仕方ねぇな。初詣に行ったら帰るんだぞ」

「了解」


……今年はなんか出だしからかなりいい感じな気がする。

沙羅はとても幸せな新年を迎えていた。


沙羅×ハク【朝に降り注ぐ光の中で感じる幸せ】完結

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