第8話ソラ×ソウタ【苦手な麗子さん】激愛スピンオフ
◇◇◇◇◇
12月31日。
今年も今日で終わり。
そんな日のお昼少し前。
ソラは自室の鏡の前で着物を着ていた。
悪戦苦闘しながらも帯を締めていると
「ソラ~!!」
大きな足音がこちらに近付いてくる。
「なぁに?」
鏡から視線を逸らさずにソラは、声を張り上げて答える。
ドアが開き、顔を覗かせた旦那のソウタが
「もうすぐ叔父さん達が着くってよ」
そう告げる。
「分かった。急ぐね」
ソラは今までよりも手を早く動かし始めた。
てっきりすぐに部屋を出ていくと思っていたソウタが、なぜか部屋に入って着てソファにドカッと腰をおろす。
そして着物をきているソラを観察するようにジッと見つめる。
「なんでそんなにジッと見てんの?」
ソウタの視線に気付いたソラが尋ねると
「いや、なんかずいぶん板に付いてきたなと思って」
ソウタは感心したように答えた。
「板に付く? なにが?」
「着物」
「着物?」
「そう、ここに着てすぐは着物を着るのも大事だったし、着てからも大変そうだったけどいつの間にか自分でも難なく着れるようになったんだなって思って」
「ねぇ、ソウタ」
「うん?」
「私がここに来てからどのくらい経ったか分かってる?」
「ん? 1年と半年……ぐらいか」
「そうだよ、1年6ヶ月。その間に着物を何回来たと思ってるの。私じゃなくても着物に慣れると思うけど」
そう、ソラが西園寺家に嫁いできてもう1年と半年が過ぎた。
今回はソラが嫁いできて2度目の正月を迎えることになるのだ。
「確かにそうだな」
ソウタがフッと笑みを零し
「そうだよ」
それにつられるようにソラも笑顔を浮かべた。
「今日は麗子さんも一緒なんだよね?」
「あぁ」
ソウタが頷くと
「だよね……」
ソラの表情が微かに曇った。
それをソウタは見逃さなかった。
「なんだ?」
「……ううん、別に」
「もしかして麗子さんが苦手なのか?」
ソウタの指摘に
「ち……違うって!! 苦手とかじゃなくて……」
ソラは明らかに動揺した。
それは過剰なものだった。
「ん?」
「ちょっと緊張するっていうか……」
いつもよりも小さな声で言葉を紡ぐソラは、どうやらこの話が言いにくいらしい。
「緊張?」
「うん」
「……あ~、なんか分かる気がする」
まさかソウタがそう言ってくれるとは思っていなかったらしく
「本当?」
ソラは彼の言葉に食いついてきた。
「麗子さんって全然悪い人じゃないけど、ちょっととっつきにくい感じはあるよな」
「そうなんだよね」
「まっ、ソラはまだ麗子さんとそんなに会ったことがないしもう少し話す機会が増えればその緊張感も薄れていくと思う」
ソウタの言葉はもっともだったけど
「う……うん。そうだよね」
ソラの表情は曇ったままで、不安感が滲んでいた。
“麗子さん”はソウタの父の弟の奥さん。
要はソウタの叔母さんにあたる人だ。
ソウタの父は西園寺組の長を務めているが、弟もまた隣の市で同系列の組の長を務めている。
長男であるソウタの父が家業である西園寺組を継ぐことが決まっていたので、弟は成人すると同時に子がいなかった恩人の養子となり“綾小路組”を継いだ。
養子になったけど、ソウタの父と弟の関係は良好で今でも交流は盛んである。
その綾小路組の組長の嫁である麗子は見た目も性格も“極妻”と呼ぶにふさわしい女性である。
普段はほんわかしているソウタの母とはまさに対照的な女性で、ソラは結婚式の時に一度だけ会ったことがあるがその時の緊張感は今でも鮮明に記憶に残っている。
それも手伝ってソラは麗子に対する苦手意識を拭えずにいた。
◇◇◇◇◇
昼過ぎ、ソウタの家である西園寺組の本部の前には続々と他県ナンバーの黒塗りの車がやってきた。
ソラはソウタとともに来客者の出迎えに駆り出されていた。
嫁いできて2度目の正月。
全く何も分からなかった去年に比べれば、なんとか笑顔を浮かべる余裕はあったが、内心ではかなりのストレスを感じていた。
それもそのはず、来客者は普通の人たちじゃない。
今日、西園寺組の本部を訪れるのは西園寺組と縁のある組の組長を含む幹部たちとその嫁達なのだ。
これは西園寺組では恒例行事のひとつで、大晦日から元旦にかけて縁のある組の幹部を招いてもてなし皆で一緒に年越しを迎えるのだ。
「よくいらっしゃいました」
綾小路組の組長の姿を見つけたソラはすかさず声を掛ける。
「やぁ、ソラさん。元気そうだね」
ソウタの叔父だけあって笑った時の目元がなんとなくソウタと似ている。
「はい。おかげさまで」
「ここでの生活に少しは慣れたかい?」
「はい。お義母さんにいろいろと教わりながらなんとか……」
「焦らなくても大丈夫だから頑張りなさい」
「はい。ありがとうございます」
ソラは深々と頭を下げた。
「ソラさん」
「麗子さん、ようこそいらっしゃいました」
「お久しぶりね」
「はい。ご無沙汰しています」
「こちらこそ。3日間、お世話になりますね」
「どうぞ、ゆっくりしていってください」
「ありがとう」
綾小路組の組長と麗子を見送っていると
「ソラ、顔が強張ってるぞ」
ソウタにこっそりと耳打ちをされた。
「本当⁉ 」
ソラは慌てたように両手で顔を覆う。
「あぁ、緊張しすぎ」
「……分かってる」
自分が緊張している自覚があったソラは、指先で頬の筋肉を揉み解した。
◇◇◇◇◇
出迎えを終えたソラは台所にいた。
そこでは女たちが慌ただしく動き回っていた。
彼女たちは西園寺組の組員の嫁や彼女達で手伝いに来ていた。
大人数の客を迎えるので食事の準備に猫の手も借りたい状態になってしまう。
組員からも手伝いは来るが、来客者の相手もあるのでそんなに人数は回せない。
そこで毎年年末年始は普段本部に立ち寄らない女たちが手伝いに来てくれるのだ。
この場を取り仕切るのは西園寺組の姐だ。
普段はほんわかしているのにこういう時はてきぱきと場を取り仕切り頼りになる存在だ。
将来は義母に代わってソラがこの役目をこなさないといけなくなる。
それを考えると不安は膨らむばかりだが、今はいいお手本がいるのだから少しでも多くのことを学ばなければいけない。
ソラは任された仕事をこなしながら、義母がしていることの観察も怠らなかった。
「ソラさん」
「はい、お義母さん」
「これを大広間に持って行ってくれる?」
義母から渡されたのはお銚子がのったトレー。
「分かりました」
それを笑顔で受け取ったソラは足早に台所を出た。
大広間では到着した人たちが宴会を始めていた。
ソラは襖の前で腰を落とし、一礼をしてから声を掛ける。
「失礼いたします。お酒のお代わりをお持ちしました」
向こうから襖を開けてくれたのは
「ありがとう」
ソウタだった。
偶然、近くにいたらしい。
「ほかに必要なものはある?」
トレーを手渡しながら尋ねる。
「いや、今のところ大丈夫だ」
「分かった」
頷いたソラは広間の中に一礼してその場を離れようとするが
「ソラ」
ソウタの声に引き留められた。
「なに?」
「いろいろ忙しいと思うけど飯だけはちゃんと食えよ」
「大丈夫。今、お節の準備をしててずっと味見をさせてもらってるから」
ソラが笑顔で答えると
「それならいいけど」
ソウタは安堵の表情を浮かべる。
その優しさがソラは嬉しかった。
「ソウタも頑張って」
「……俺、こういう堅苦しいのって苦手なんだよな」
「うん、知ってる。だから応援してるんでしょ」
「だな」
2人はお互いに微笑みあった。
◇◇◇◇◇
台所に戻ると
「姐さん、良いお嫁さんが来てくれてよかったですね」
そんな声が耳に飛び込んできてソラは思わず足を止めた。
「えぇ、ソラさんはソウタにはもったいないくらいに最高なお嫁さんだわ」
義母の声にソラは嬉しくて目頭が熱くなる。
義母はいつも自分に優しくていろいろなことを教えてくれる。
いたらないことも多いはずなのに嫌な顔をされたこともなければお小言や嫌味を言われたことも一度もない。
どんな時でも笑顔で『大丈夫よ』そう言ってくれる義母こそ最高のお姑さんだとソラは感じていた。
「なに言ってるんですか。若頭がいい男だからソラさんみたいないいお嫁さんが来てくれたんじゃないですか」
「そうだといいけど」
「あとはお孫さんの誕生を待つだけですね」
「そうね」
「結婚して1年ちょっとですよね。そろそろじゃないですか?」
「でも赤ちゃんは授かりものだからね」
「それはそうですけど……」
ソラはそのやりとりを聞いて申し訳なく感じた。
結婚して1年半。
ソラとソウタの間にはまだ赤ちゃんがいない。
……もし私が妊娠していれば、お義母さんはこんなこと言われなかったのかもしれない。
そう思うと嫁として落第点をつけられているような気がした。
動けなくて立ち尽くしていると
「……どうしたの?」
背後から声が聞こえた。
反射的に振り返るとそこには麗子が立っていた。
いつもと同じポーカーフェイスの麗子の表情からは彼女の感情を読み取ることはできなかった。
「……麗子さん……」
「入らないの?」
「い……いいえ」
そう答えながらもソラはその場から動くことができない。
すると麗子はソラの隣をすり抜け台所に入っていく。
「義姉さん、何か手伝うことはないですか?」
「麗子さん、あなたは来たばかりなんだから広間でゆっくりしていてもいいのよ」
「もう十分休ませていただきました。それに広間では物騒な話ばかりだからこちらの方が気も休まるわ」
「あぁ、男が集まると物騒な話になるのは仕方がないわね」
「でしょ?」
「えぇ、それにじっと座っているのは性に合わないから」
麗子が言うと義母は笑った。
「麗子さんは相変わらずね。じゃあ、ソラさんと一緒に今日の夕食で出すおいなりさんと巻き寿司を作ってもらえるかしら」
「任せてください」
「お願いね」
麗子と義母は笑顔で会話を終わらせたが
……お義母さん。
どうして?
ソラは内心焦っていた。
どうして義母が自分と麗子に同じ仕事を与えたのか……。
ソラは全く理解できなかった。
……麗子さんと一緒に作業なんて緊張しまくるんですけど。
ソウタから麗子さんは料理が上手だと聞いたことがある。
一方、ソラはそこまで料理が得意ではない。
……麗子さんに叱られたらどうしよう。
ソラはビクビクしていた。
「ソラさんよろしくね」
「よ……よろしくお願いします」
ソラは手に持っていたすしあげを置き、深々と頭を下げる。
「私は巻き寿司を作ればいい?」
「お願いしてもいいですか?」
「うん」
麗子は頷くと慣れた手付きで巻き寿司を作っていく。
あっという間に出来上がった巻きずしを麗子は包丁で切り、皿に載せた。
「……すごい。お上手ですね」
「そう?」
「はい。形がとてもきれいです」
「ソラさんも1本作ってみて」
「えっ?……あ、はい」
ソラは言われるがまま、巻きすにのりをのせ、その上にご飯を広げる。
「ご飯の量が多いわ。少し減らして」
「は……はい」
ご飯を減らし、具材を載せる。
「巻き寿司は一巻き目で形が決まるからもう少しぎゅっと巻いてみて」
「こ……こうですか?」
「そう。切ってみて」
麗子に言われた通り、ソラが包丁を動かすと
「あっ、きれいかも」
いつもよりもきれいに仕上がった巻き寿司がそこにはあった。
「でしょ?」
「はい。ありがとうございます」
「うん」
……ソウタが言う通り麗子さんって私が思っている以上に優しくていい人なのかもしれない。
よし、麗子さんがここにいる間に仲良くなれるように頑張ろう。
ソラはひそかにそんな目標を掲げた。
◇◇◇◇◇
なんとか必要な料理を作り終えると義母が声を掛ける。
「みんなお疲れ様」
「お疲れ様でした」
「さぁ、私たちも一休みしましょうか」
「は~い」
台所の横の広間に移動していると
「失礼します。酒のお代わりをいいですか?」
組員がやってきた。
「あっ、はい。私が持っていきます」
いちばんに反応したのはソラだった。
「ソラさん、いいですよ。私が行きます」
近くにいた女性が声を掛けてくれたけど
「大丈夫です。任せてください」
ソラは笑顔で言う。
「すみません。ありがとうございます」
ソラは今日、義母が誰よりも動いているのを見ていた。
酒を運ぶことは人に任せることもできるがこういう時にさっと動くのが西園寺家の女の役目。
ソラは義母を見てそれを学んだからこそ自分が動くべきだと思った。
「ソラさん、お酒を置いたらすぐに戻ってきなさいね」
「はい、お義母さん」
義母の言葉にソラは笑顔で答え、酒の準備に取り掛かった。
組員が言った通り、一升瓶の酒を2本持ってソラは大広間に向かう。
その途中
「おう、ソラさん」
大広間から出てきた男と鉢合わせた。
「お酒のお代わりをお持ちしました」
ソラは笑顔でそう告げながら、男の名を思い出しいていた。
男は西園寺組の枝にあたる松井組の組長だった。
松井は
「そんなこと下の者に任せればいいのに」
吐き捨てるように言った。
「……えっ?」
「あんたの仕事はそんなことじゃないだろ」
「……」
「あんたの仕事は跡取りを生むことだ」
「……あっ……」
「そのためにここに嫁いできたんじゃないのか?」
松井の言葉に
……違う。
私はそんなことだけのためにソウタのお嫁さんになったわけじゃない。
私がここに嫁いできたのはソウタのことが大好きだから。
ソラは咄嗟にそう思ったが、それを口に出すことはできなかった。
それは松井が言うことも一理あると思ったからだった。
ソラがソウタと結婚したのはソウタと一緒に人生を歩みたいと思ったからだ。
だけど西園寺家に嫁いできた以上、跡取りを生むことはソラにしかできないことであり、周囲もそれを強く望んでいることは事実なのだ。
それを思うと言い返すことができなかった。
ソラは俯いた。
両手に提げている一升瓶がやたらと重く感じる。
その時だった。
「松井さん」
凛とした女性の声が響いた。
「……これは綾小路の姐さん」
麗子はソラの前にスッと歩み出る。
そして淡々とした口調で言い放つ。
「あんたの言った言葉は聞き捨てならないね」
「はっ?」
「盗み聞きするつもりはなかったんだけどたまたま通りかかったら耳に入ってね」
「……なんのことですか?」
「あんた、さっきソラさんに『あんたの仕事は跡取りを生むことだ』って言ったでしょ?」
「……えぇ、確かに言いました」
「それはあんたの本心?」
「もちろん。だから口にしたんです」
「……そう」
「それがなにか?」
「……いや、だからかと思って」
「なにがですか?」
「あんたのところの息子。昨年離婚したらしいね」
「それがなにか?」
「離婚の原因はあんたみたいな義父がいたから嫁が嫌になって逃げたんじゃないかと思ってね」
麗子の言葉に
「……あ?」
松井の顔が分かりやすく変化した。
だけど麗子の表情は全く変わらない。
「なに?」
「姐さん、それはどういう意味ですか?」
「どういう意味ってそのままの意味だけど。嫁を跡取りを生む道具としか思ってない義父の元にいた嫁はさぞかし苦しんだだろうと思って」
「あんた何様のつもりだ?」
「はっ? 何様? そんなのあんたが一番知ってるだろ? 私は綾小路組の姐だよ」
「い……いくら綾小路組の姐でも言っていいことと悪いことの区別ぐらい……」
「その言葉、そのまんまあんたに返すよ」
「なっ⁉」
「ソラさんは跡取りを生むためにここに嫁いできた訳じゃない」
「……」
「ソラさんはソウタに惚れたからここに嫁いできたんだ。惚れた男の実家がたまたま極道稼業の家だった」
「……」
「ここに嫁ぐってことは普通に嫁に行くよりも覚悟が必要なんだ」
「……」
「極道に嫁ぐことにデメリットは多くあるがメリットはそんなにい多くない。堅気の世界で生きていた女なら尚更失うことの方が多い。それに加えてあんたみたいに嫁を子を生む道具としか思っていないヤツがいるなんて……そのうち極道稼業の男は結婚すらできなくなってしまうね」
「そ……それは……」
「違うか?」
「……いや……」
「それでも覚悟を決めて嫁ぐのはその伴侶を愛しているから。決して、跡取りを生むからじゃない」
「……」
「それにソラさんにそういうことを言うってことは私に対する当てつけかい?」
麗子の凄みのある言葉に
「……えっ?」
松井は顔をひきつらせた。
その顔はもう青を通り越して白い。
「私は跡取りを生むことができなかったし、これからもそれは望めない。そんな私は組長の嫁としては不合格か?」
そう問われた松井は明らかに狼狽し目が泳いでいる。
その時、閉まっていた襖が開いた。
「……松井」
出てきたのはソウタの父――西園寺組の組長だった。
「……組長……」
「お前の完敗だ。麗子とソラに謝れ」
西園寺組長は威厳のある声で松井に諭す。
「そ……それは……」
「お前がここできちっと2人に謝罪をしねぇなら綾小路とソウタはお前を黙って見逃すことはできねぇぞ」
「……」
襖の近くにはすでに綾小路とソウタが控えている。
松井を見る2人の目は怒りが含まれていた。
「それに俺もな」
西園寺組長にそこまで言われて松井は
「……すみませんでした」
松井は麗子とソラに向かって頭を下げた。
「分かってくれて嬉しいよ。ソラさんも松井の非礼を許してくれるかい?」
麗子に尋ねられ
「も……もちろんです」
ソラは何度も頷いた。
それを確認してから麗子は西園寺組長と広間に向かって頭を下げた。
「お騒がせしてしまって申し訳ありませんでした」
それに倣ってソラも深々と頭を下げた。
◇◇◇◇◇
広間に酒を届けて、麗子と戻っている時
「麗子さん、ありがとうございました」
ソラは思い切って切り出した。
「うん?」
「私の代わりに松井さんに話をしてくださって」
「うん……でもあれは私の気持ちでもあるから」
「……えっ?」
「組長の嫁なのに子が産めない。そのことでずっと心無いことを言われてきたからね」
「……そうだったんですね」
「何十年も不妊治療をしてきて、その挙句に病気で子宮を全部取ってしまった。主人は『子どもが欲しいから結婚したわけじゃない』って言ってくれたけど周りにはいろいろ言われてきた」
「辛かったですね」
「そうだね。辛くないと言ったら嘘になるね。まぁ、今は私が産んだ子はいないけど組にはたくさんの子がいる。それが救いになってる」
「そうですか」
「義姉さんが言ってたように子どもは授かりものだ。どんなに望んでいても生めない人間もいれば、望んでいない子を授かり悩む人間もいる」
「はい」
「授かればラッキー程度の気持ちでいていいんだよ」
「……もしかして……」
「うん?」
「麗子さんは気付いてたんですか?」
「なにに?」
「私が赤ちゃんを生むかどうかのことで悩んでるって」
「……まぁね。嫁いで1年ちょっとって言ったらいちばん周りがうるさい時期だから」
「はい」
「ソラさんはどう思ってるの?」
「私は、正直まだそんなに焦ってはいないんです」
「そうよね。結婚してまだ1年ちょっと。それにさっきソウタと話してるところをみたけどまだまだ新婚さんって感じで2人でも十分楽しくて幸せそうだったし」
「えぇ、赤ちゃんができたらきっと私もソウタも嬉しいとは思うんですけど、今すぐ積極的に子どもが欲しいという感じではないんです」
「うん」
「でも組のことを考えたら一刻も早い方がいいのかなとも思ったりして」
「ソラさんは誰と結婚したの?」
「えっ?」
「ソウタ? それとも組?」
「もちろんソウタです」
「そうよね。それならあなたたちのペースでいいと私は思うわ」
「……ありがとうございます」
「うん?」
「麗子さんに相談したら気持ちが軽くなりました」
「それは良かったわ」
「麗子さん」
「なに?」
「私、正直に言うと麗子さんのことちょっと苦手だったんです」
「えっ? そうなの?」
「はい。麗子さんに会うと緊張するっていうか……でも今日、その苦手意識はなくなりました」
「その緊張感って、もしかして私が取っつきにくいから」
「はい」
「やっぱり」
「麗子さん?」
「……私、こう見えても人見知りなのよ」
「そうなんですか?」
「うん。あまり慣れていない人と話す時は緊張するの」
「じゃあお互いに緊張してたんですね」
「そうね」
ソラはこの時初めて麗子の前で偽りなく笑うことができた。
◇◇◇◇◇
大晦日の深夜。
「ソラ」
「ソウタ。もう解放してもらえたの?」
「あぁ、新婚だから年越しは嫁さんとやれって」
「そうなんだ」
「今日は悪かったな」
「えっ? なにが?」
「嫌なことを言われただろ」
「あ~、松井さんのこと?」
「あぁ」
「別に気にしてないよ」
「本当に?」
「まぁ、確かに言われたときは『はっ?』って感じだったんだけど」
「うん」
「でも麗子さんに助けてもらえたから今は全然気にしてない」
「そっか」
「うん。それにあれがあったから麗子さんとたくさん話せたし」
「そうなのか?」
「そうだよ。ねぇ、ソウタ知ってる?」
「なにを?」
「麗子さんってね、人見知りなんだって。それで慣れてない人とはあまり話せないらしくて、そのせいで取っつきにくいと思われるのが実は悩みなんだって」
「そうか。そんな話を聞いたってことは麗子さんと仲良くなったんだ?」
「うん」
「嬉しそうだな」
「嬉しいに決まってるじゃん。麗子さんがこっちにいる間に少しでも仲良くなりたいと思ってたんだし」
「じゃあ、目標を達成できたんだな」
「うん!!」
「良かったな。てか、麗子さんってさ、あぁ見えて結構苦労してるんだ」
「そうなの?」
「ガキの頃から家に居場所がなくて、ずっと独りで生きてきて、叔父さんと出会ってようやく幸せになれると思ったら子どもができなくて」
「……うん」
「そのことで周囲からはかなりきついことを言われ続けてきたみたいなんだ。それもあって辛い不妊治療に弱音を吐くことなく続けていたらしいけど……」
「病気で子宮を取らないといけなかったんだよね?」
「そう。これは聞いた話なんだけど」
「うん?」
「麗子さんは手術が終わってすぐ叔父さんに離婚してほしいって言ったらしい」
「……えっ?」
「もちろん叔父さんはそれを許しりはしなかったらしいけど」
「……そうなんだ……」
「麗子さんは自分が辛い人生を歩んできた分、人にやさしくできる人だから」
「うん」
「これからはなにかあったら麗子さんに頼ったらいい」
「そうだね。そうする」
ソラは素直に頷くことができた。
「ところでソラ」
「うん?」
「子ども欲しいか?」
「なに? 急に……」
「いや、今日のことがあったからって訳じゃないけど、どう思ってるのか気になって」
「ソウタはどうなの? 子ども欲しいの?」
「俺?」
「うん」
「俺は、自然に任せていいかなって思ってる」
「うん、私も。麗子さんも言ってたけど赤ちゃんは授かりものだから焦らなくてもいいかなって」
「そっか」
「うん」
「ぶっちゃけると、俺はもうしばらくソラとの時間を楽しみたい」
「私もだよ」
広間の方か歓声のような声が聞こえてくる。
「あっ、年が明けたな」
「ソウタ、今年もどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「そうだ。明日……いや、もう今日か、2人で初詣に行こうか」
「無理」
「はっ? なんで?」
「麗子さんと一緒に行く約束をしてるから」
「……麗子さん、早く帰ってくれねぇかな」
いじけたように呟くソウタにソラは思わず吹き出した。
ソラ×ソウタ【苦手な麗子さん】完結
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