第6話萌×トーマ【意外な一面】Princess of B-BRAND

◆◆◆◆◆


その日、ハヤトは溜まり場にいた。

家にいても暇なので昼過ぎから溜まり場に来ていた。

溜まり場に来たからと言って暇なのには変わりがないが、最近はこの溜まり場がいちばん落ち着く場所になりつつある。

それはハヤトに限った話ではなく、B-BRANDのメンバーのほとんどがそうなので常に溜まり場には誰かがいる。

そもそもチームに所属している者は学校や家、それに社会にも居場所がないものが多い。

だから溜まり場が居場所になってしまうことはごく自然なことだった。


「なぁ、ハヤト」

ここに来る途中に買ってきたマンガを読んでいると近くにいたメンバーのカズトが話しかけてきた。

「ん?」

ハヤトは視線だけをカズトに向ける。

「お前も聞いたか?」

「なにを?」

「トーマに女ができたって」

……トーマに女ができた。

それって彼女ができたって話だよな。

「トーマの彼女?」

「そう」

それって――

「……あぁ、萌ちゃんだろ?」

ハヤトがその名を口にすると

「はっ?」

カズトは驚いたような声を発した。

……俺、なんかまずいことでも言ったか?

基本的に小心者のハヤトは内心焦っていた。

しかしそれを表情や態度に出さないように必死で冷静さを装っていた。

自分が小心者なのは自覚がある。

あるからこそ常にそれがバレないように装っているが、ちょっとしたことでも内心はかなり焦っていたりする。

今回もそうだった。

「なんだよ?」

ハヤトが尋ねると

「お前、会ったことあるのか?」

今度はそう尋ねられた。

「……まぁ、会ったことはある」

親しいとまでは言えないけど、トーマと一緒にいる時に数回会ったことがあるのは嘘じゃない。

今ではトーマがいない時でも会えばあいさつ程度の言葉を交わす仲ではある。

だから知っているというのも決して嘘じゃない。

「どんな子なんだ?」

「どんな子?」

「あのトーマの彼女だろ? どんな子なのかみんなが気になってるんだ」

「そうなのか?」

……なんで人の女にそんなに興味を持ってるんだ?

ハヤトは疑問に感じた。

萌ちゃんがフリーなら話は別だが、トーマと萌ちゃんはもう付き合っているはずだ。

トーマ本人に確認したことはないけど、2人が一緒にいるところを見た感じでは、あれは確実に付き合っている雰囲気だった。

……彼氏がいる女に興味を持つ理由が全く分からない。

ハヤトは首を傾げた。


するとカズトが

「あぁ、てかトーマってかなりの女嫌いだと思ってたんだけど」

ハヤトとの距離を詰め、声を潜める。

カズトのその意見には

「そうだな。トーマは女好きって感じじゃないな」

ハヤトも苦笑しつつ、同意した。

「だろ?」

「あぁ、でも女嫌いって訳でもないと思うけど」

「いやいや、大の女嫌いだろ」

「そうか?」

「そうだ」

カズトに強気で断言されると

「そうか……」

ハヤトは同意を示すしかなかった。

押し切られて納得したような形になってしまったが、ハヤトはトーマが大の女嫌いというイメージはなかった。

そりゃあ、女に対して厳しいことを言ったり、冷たくあしらったりする一面は確かにある。

でもだからって女嫌いかと言えば決してそんなことはないと思っている。

そもそも萌と一緒にいる時のトーマを見ていると絶対に女嫌いだなんて思えない。


「で? どんな子なんだ?」

「どんな子って……」

あの女嫌いのトーマと付き合ってるんだから絶世の美少女とか?」

「……」

……まぁ、普通にかわいい子ではあるけれど、美少女って感じじゃないような……。

「もしくは色気満載の年上女とか?」

「……」

……確か萌ちゃんの方がトーマより年下だった気がするけど……どうだったっけ?


やべぇ。

俺、萌ちゃんのことなんも知らねぇかも。

ここでようやくそれに気付いたハヤトは

……こんなことになるならもっと色んなことを萌ちゃんに聞いておけばよかった。

ハヤトはひそかに後悔してしまった。


「チームの中ですげぇ噂になっていて、いろんな憶測が飛び交ってるんだよ」

「……へぇ~」

「あんま興味なさそうな反応だな」

「興味ないってっていうか、ぶっちゃけ俺は萌ちゃんを見たことがあるから憶測なんてねぇし」

「会ったことがあるんなら確かに憶測は必要ねぇな」

「だろ?」

「あぁ」

「てか、そんなに気になるんなら本人に聞いてみればいいじゃん」

……萌ちゃんと会ったことがあるといった手前、これ以上いろいろと聞かれたらまずい。

そう考えたハヤトは、苦肉の策としてそう提案してみた。

そもそも第三者の俺にじゃなくて当事者であるトーマに聞けばいいじゃん。

そう思ってしまうハヤトの気持ちも分からなくはない。

トーマ本人に聞いてもらった方が確実なのだから。


しかしそう言われたカズトは

「聞く? なにを?」

怪訝そうに首を傾げる。


「萌ちゃんがどんな感じの女の子なのかって、俺なんかに聞くよりも付き合っている本人に聞いた方が確かじゃん」

「それはそうなんだけど……」

急に挙動不審気味に目を泳がせ始めたカズトを

「なんだよ?」

ハヤトは訝しげな眼差しを向ける。

「なんかトーマには聞きにくいっていうか」

「聞きにくい?」

「そう、今までだってトーマと女の話をしたことなんてねぇのに『彼女ってどんな感じ』とか聞けねぇっていうか」

……なるほど、そういうことか。

ハヤトはすべてを理解した。

カズトがトーマにじゃなくて自分に萌のことを聞いてきた理由。

それは単純にトーマには聞きづらいからだったのだ。


トーマはチームのメンバーとの間に適度な距離を作っている。

……とはいっても、トーマが嫌われているとか、チーム内で浮いているとか、仲間に馴染めていないとかそういうことではない。

あくまでも距離を作っているというのはいい意味である。

元々、トーマは人と馴れ合うことをあまりしない男なのだ。

でも必要な時はちゃんと話をするし、今では護衛班の責任者も務めているので的確な指示も出す。

コミュニケーションが取りにくいということもない。

だけど、普段は自分からあまり話しかけてくるようなことがないのでカズトが言うことも理解ができた。

聞かないのではなく聞けないのだ。

ハヤトが納得したところで

「よし、良いことを思いついた」

唐突にカズトが閃いたように声を上げた。


「な……なんだよ?」

「ハヤト、お前に重要任務を与えよう」

「……はっ? 重要任務!?」

急に与えられた任務にハヤトは嫌な予感しかしない。

「そうだ」

嫌な予感はするし、あまり深く探るべきではないと警告のようなものも感じるが

「因みにそれってどんな任務なんだ?」

聞かずにいられなかった。

「トーマが彼女とどんな感じなのか探ってこい」

「……はっ?」

「すげぇ重要な任務だろ?」

カズトは得意げだったけど、ハヤトは任務の内容を聞いてしまったことを強く後悔した。

「……ちょっと待て」

「なんだ?」

「その任務って拒否るのはありか?」

「なしに決まってるだろ」

「なんでだよ。てか、その任務って別に俺がやらなくてもいいんじゃないのか?」

「いや、この任務はお前にしか託せない」

「……なんで俺しかダメなんだよ?」

理不尽さを感じながら聞くと

「なんでってそんなの決まってるだろ」

「……?」

「トーマと仲が良いからだよ」

カズトは自信満々に言い放った。


「仲が良い?」

「そうだ。お前はトーマと普通に話せるだろ」

「お前は話せないのか?」

「話せないっていうかあんま話したことがない」

「…あ~、そうか」

カズトも親しくなれば、結構気さくに話せる奴ではある。

でも知らない人間には警戒心が強いので、自らフレンドリーに話しかけたりはしない。

一方、トーマも口数が多い方じゃない。

カズトとトーマが普通に違和感なく話すには、それなりに時間も必要だしお互いがスムーズに話すための盛り上げ役的な人間が不可欠だ。


そんなカズトがハヤトに重要任務を託す。

それは自然と言えば自然なことなのかもしれない。

ただ――

……そんなことをするほどトーマの彼女のことが気になるのか?

そんな疑問は残った。


「だからお前以外に適任者はいない」

「……」

「任せたぞ」


本音を言えば、この任務をハヤトは断りたかった。

引き受けたところでハヤトにはまったくメリットがないのだから……。

でも、ハヤトは超が付くほどのお人よしでもある。

頼みごとをされたら断ることができず引き受けてしまう。

その頼みごとにメリットがあろうがなかろうが、ハヤトが頼みごとを断る理由には特段関係しない。

なぜならば断ることができないのだから……。


「……分かった」

ハヤトは溜息交じりに答えてしまった。


◇◇◇◇◇


ハヤトが溜まり場を出たのは陽が傾き始めた頃だった。

溜まり場にいたものの、今日は非番なので夜になっても特に何もすることはないのだ。

しかしハヤトは家に帰るつもりは全くなかった。

ただ腹が減ったのでラーメンでも食べようと思って溜まり場を出ただけなのだ。

食事が終わったらまた溜まり場に戻るつもりだった。


繁華街のメインストリートを歩きながら

……なんで俺がこんなことをしないといけないんだよ。

ハヤトは盛大な溜息を零した。


それはもちろん先ほどカズトから託された“重要任務”のことだった。

つい断ることができず引き受けてしまったが

「……トーマと萌ちゃんがどんな感じなのかなんてどうやって確認すればいいんだよ?」

その任務をどうやって遂行すればいいのかもハヤトは分からずにいた。


一応、あの後にハヤトはカズトにあまり期待しないように伝えたのだ。

萌のことを聞くならトーマに聞くしかない。

しかし聞いたからと言って、トーマが話してくれるかもわからない。

だからハヤトはカズトに釘を刺すつもりで期待しないように言ったのだが

『おう、分かった』

カズトは確実に期待した顔で答えた。


そもそもハヤトはやりたくないのだから、やったフリをして『なにも分からなかった』と報告することもできる。

できるのだが、ハヤトは基本的に生真面目な男なのだ。

引き受けた以上行動を起こさなければいけない。

そう考えてしまう責任感の強い男でもある。


その生真面目さと責任感の強さが、今回は自分の首を完全に締める結果となってしまっている。

八方塞がり状態のハヤトが再び溜息を零した時だった。

……ん?

あれって……。

人混みの中、見覚えのある男の姿を見つけた。


「トーマ」

ハヤトは咄嗟に声をかけた。

その声に反応するように視線を向けたトーマが

「おう、ハヤト。見回り中か?」

ふと表情を緩めた。

お互いに向き合う形で足を止め

「いや、今日は“非番”だ」

ハヤトが答える。

「そうか。じゃあ、なにやってんだ?」

「暇だからブラブラしてる」

「そうか」

トーマが納得したように頷いたのを確認してから

「萌ちゃん、こんにちは」

ハヤトはトーマの隣にいる萌に視線を向ける。


「こんにちは」

「今日はデート?」

ハヤトが尋ねると

「そ……そんなんじゃなくて、ただご飯を食べに行くだけです」

萌は顔を真っ赤にしながら否定した。


……世間ではそれをデートって言うんじゃないのか?

ハヤトは内心そう思ったが、萌の照れっぷりが尋常ではなかったので

「そっか。いいな」

そう言うにとどめておくことにした。

ハヤトが発した言葉に

「なにがいいんだ?」

反応を示したのは意外にもトーマだった。

「楽しそうで」

ハヤトが答えると

「楽しそう?」

トーマは首を傾げる。


「うん、俺は一人寂しくラーメンでも食いに行こうかと思ってんだけど」

「……それなら一緒に行くか?」

「えっ?」

「なんか萌が行きたいっていう定食屋に行くんだけど、それでもいいなら一緒に来るか?」

思いがけないトーマからの提案。

その提案をハヤトは――

……いや、それはダメだろ。

てか、俺が行ったらお邪魔虫じゃん。

即座に断ろうとした。

しかし――

カズトから託された“重要任務”という言葉が脳裏を過った。

……ちょっと待てよ。

これってもしかしてチャンスじゃねぇか?

一緒に行けば2人がどんな感じなのか観察することができるんじゃね?

そんな下心が出てしまった。

その結果

「……いいのか?」

ハヤトはトーマの誘いに乗っかろうとしていた。


「いいよな?」

確認するようにトーマは萌に聞く。

すると

「もちろん。ぜひぜひ」

萌も快く頷いてくれる。


一人寂しくラーメンを食べるというハヤトを哀れに思い一緒にと誘ってくれたトーマと萌。

そんな2人に

「ありがとう」

ハヤトは少なからず罪悪感を感じていた。



◇◇◇◇◇


目的の店に入り、席に着くと

「なにを食うんだ?」

トーマがお品書きを萌に差し出す。

しかし萌はそれを受取ろうともせず

「サバの味噌煮定食」

即座に答える。

そのやり取りを見ていたハヤトが

「もう決まってるんだ」

驚いたように言う。

「うん、ここのサバの味噌煮が食べたくて来たから」

「そうなんだ」

ハヤトが納得すると

「おすすめはお魚料理だよ」

萌が教えてくれた。

「へぇ~、じゃあ……俺はブリの照り焼き定食にしようかな」

「いいね。トーマは?」

魚料理を選んだハヤトに萌は嬉しそうな笑顔を向けると、次にトーマに視線を移す。

「唐揚げ定食」

「……はっ?」

「なんだよ?」

「私、お魚料理がおすすめだって言ったよね?」

「おすすめは所詮おすすめだろ。俺は唐揚げな気分なんだよ」

「……」

「なんか言いたげだな」

「……別に」

「ハヤト、ブリの照り焼きでいいのか?」

「あ……あぁ」

ハヤトが頷くとトーマは店員のおばちゃんを呼んで注文をする。

トーマはいたっていつも通りだったけど、ハヤトは注文どころじゃなかった。

……やべぇ。

なんか雰囲気が悪くねぇか?

これってどうにかしないといけねぇんじゃないか?

明らかに不機嫌な萌を見てかなり焦っていた。


「も……萌ちゃんってこの店よく来るの?」

「うん。ここって私の家の近くだから結構来るかな」

「そうなんだ。こんな定食屋があるなんて知らなかった。これからは俺も利用させてもらおうっと」

「本当? ぜひぜひお願いします」

萌は嬉しそうな笑顔を浮かべる。

……よかった。なんとか危機は回避できた。

ハヤトが安堵した瞬間

「お前はこの定食屋の回し者かよ?」

注文を終えたトーマが口をはさんでくる。

「そんなんじゃないけど、このお店のおばちゃんはとっても優しいし」

「そうなのか?」

「うん、いつもお惣菜をおまけしてくれるの」

「……それって完全に食い物で餌付けされてるじゃん」

「……」

……おいおい、トーマ。

勘弁しろよ。

俺がせっかく仲裁に入ったのに、全部水の泡じゃねぇか。

てか、こいつらって本当に付き合ってんのか?

さっきからケンカに発展しそうな不穏な空気をまき散らしやがって。


こいつらには悪いけど、この2人あんまり長くは続かないな。

おそらく数ヶ月後には別れてるに違いない。


ハヤトは不吉な確信をしてしまった。


「はい、お待たせしました」

注文していた定食が次々と運ばれてくる。

「わっ、今日もおいしそう」

目の前に置かれた料理に萌の瞳が輝く。

「萌ちゃん、いつも来てくれてありがとうね」

そんな萌に店員のおばちゃんが声を掛けた。

「ううん、ここのお魚料理って定期的に食べたくなるんだよね」

萌の言葉に

「あと唐揚げもだろ」

すかさずトーマが突っ込む。

それに反応したのは

「えっ?」

ハヤトだった。


「こいつここの唐揚げも大好きなんだよ」

トーマがもたらした情報に

「そうなの?」

ハヤトは食い付き、萌を凝視した。

すると

「う……うん」

萌はすんなりと認めた。

「でも魚料理がおすすめって言ってたよね?」

「うん」

「唐揚げもおすすめなの?」

ハヤトの矢継ぎ早の質問。

「違ぇよ」

これに答えたのはトーマだった。

「はっ?」

「唐揚げはこいつの大好物なんだ」

「大好物?」

「そう。ぶっちゃけ、店とか関係なく唐揚げって聞いたら食いたくなるんだ」

「マジで?」

ハヤトが尋ねると

「……マジで」

萌はなんとなく気まずそうに頷いた。


そこでハヤトはある可能性に気が付いた。

「もしかして、だからトーマは唐揚げを頼んだのか?」

「いや、俺は唐揚げの気分だっただけだ」

「そっか」

トーマは否定したものの、その後さりげなく萌の皿に自分の唐揚げを2個入れていた。

それを見たハヤトは

……前言撤回。

この2人は長く続くわ。

密かに抱いていた予想を覆した。


“大の女嫌いと噂の立つ男は、彼女にだけはとろけるぐらい優しい。”

数日後B-BRANDのメンバー内にはそんな噂が駆け巡った。


萌×トーマ【意外な一面】完 

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