第19話 改めまして初めまして ⅳ
私は気を取り直して彼の後を追った。
思い直してみれば別に減るもんじゃないんだし、見られたところでどうってことない。気の持ちようよ、気の持ちよう。
そんなことより、肌に張り付いて不愉快なこの服をどうにかしたい。
それに寒い。早く火に当たりたい。
その一心で私は洞窟をかけていく。クシュンッ!
乳白色の岩肌はやがて無機質なグレーへ変わっていき、足下にチラホラと枯れ葉が混じり始めた。
洞窟奥の足元を白い光が照らしている。
出口はすぐそこみたい。
「すごい……」
出口から見える景色は荒涼として、けれど美しい山嶺だった。
残雪を衣のように纏った山々はその荒々しい岩肌を露出させ、岩肌を覆い尽くさんとする苔たちが無骨な岩肌にわずかばかりの色彩を与えている。
岩肌のわずかな合間に身を寄せ合う木々は針のような葉で身を守り、その足元に小さな草たちの集団が細やかに暮らしている。
けれど生き物の息吹はその程度で、急な坂と岩肌に覆われたこの山は、まるで生き物の生存を許さないかのように冷やかで厳かだった。
命を拒絶するこの山に私は恐ろしさを感じた。
なのに何故だろうか。
この厳かさの中に美しさを感じてしまうのは……。
ビュウゥッ
クシュンッ!
いけないそんなこと考えてる場合じゃなかった。
山肌を撫でる寒風が洞窟になだれ込んできて、濡れた身体から熱を奪っていく。クシュンッ!
朝護さんを追ってここまできたけど逸れてしまって、彼がどこにいるのか分からない。どうしよう一旦洞窟に戻るべきかな? でも疲労困憊のはずの彼にばかり働かせて私が休むわけには、クシュンッ!
「おい! 嬢ちゃんこっちだ!」
洞窟の前で右往左往している私に、坂の下から声が掛けられる。
朝護さんだ。
小さな草むらから顔を出した彼が私に向けてそう叫んでいた。
その声に飛びつくように私は彼のもとへ駆け出した。クシュンッ!
「ズビバゼン、ダジダダダジバデ……クシュンッ!」
「礼はいいから、先ずは鼻拭け、な?」
「アジダドウゴザビバズ」
彼が手渡してくれたハンカチで鼻を拭った。
何から何まで彼に頼りっぱなしで申し訳ない。
私が合流した頃には朝護さんはもう風避けに丁度良い倒木を見つけていた。
彼はテキパキと無駄な枝葉やを剣で刈り取り、焚き火に使えそうな落ち枝や石をポンポンと集めてきた。そして小物から火打ち石を取り出してあっという間に火を起こしてしまった。
この時に私が出来たのは石を数個集めたことだけで、彼が場所探しに風避けに火起こしに何から何までやってくれた。私、全然役に立てなかった……。
「大丈夫か?」
「はい、ご心配おかけしました。それに何から何までほんt──」
「もういいからいいから、気持ちは充分伝わってるから。それに助かってるのはお互い様だって言ったろ?
今回は野営に慣れてる俺が今までの借りを返しただけで、また次の機会にその分の恩を返してくれればいいからさ。」
「……ですがここに来るまでもずっとご迷惑をお掛けしてばかりです。
私の問題に巻き込んでしまったのみならず、疲労を抱えるなかこうやって野営の準備までして頂いて、本当に申し訳なくて……。」
「嬢ちゃん、よく聞け。俺もな、そうやって恩を大事にしてそれに応えようとする姿勢は立派だし凄いことだと思う。
けど見ず知らずの得体の知れない人間にそうやって弱みを晒すのはやめろ。ただでさえアンタは逃亡者の身の上で立場が弱いんだから、少なくとも旅の間だけはそういうのは控えろ。いいな?」
「……はい、すみません」
彼の言っていることは正しくて、間違っているのは私の方なんだろう。
けれど、私の根っこがそれを受け入れようとしてくれない。
私は不承不承でそれを飲み込んだ。
「……はぁ、んじゃ代わりにさ、なんでこんな風に追われることになったのか教えてくれちゃくれないか?」
そんな私の心象を看破して彼はそんな気遣いをしてくれた。こんなことで釣り合うわけもないのに。
「そんなことでいいんですか? 巻き込んでしまった手前、いずれお話ししようと思っていたことですが……」
「どうせ服が乾くまで暇だしな。暇つぶしと言っちゃなんだか聞かせてくれないか?」
「……分かりました。では少し長くなりますがお付き合いください。」
そう言って私は話し出した。
風はまだ冷たいまんまだ。
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