第17話 改めまして初めまして ⅱ
「ヨイショっと。」
ドサっ。
ずっと引きずり続けていた朝護さんを背中から下ろした。
「ふぅ、疲れたぁ〜」
流石に男性を担ぐのは無理があった。
気絶した人というのは普通より重く感じるものだけど、たっぷり水を含んだ服がさらにその重さを倍増させていた。それに、普通の男性より背も高く逞しい身体をしている彼は、その分重たくって大変だった。
「眼が光ってくれれば力もモリモリ湧いて楽に運べたんだけどなあ……。」
今まで二回しか成ったことはないけれど、あの眼になると色々なことができるようになるのだ。元気も湧くし力も人一倍強くなるし、なんてったって癒しの水も使いたい放題で思うがままに動かせるのだ。
あの力さえあれば騎士たちを薙ぎ倒して皇帝陛下と話すこともきっと実現できる。
「だけど使い方わからないんだよねぇ〜。それにす〜ぐ疲れて倒れちゃうし。」
溝での一件もそうだが、アレを使うといつの間にか気絶してしまう。前に使った時はもうちょっと気絶するまで長かったと思うんだけど……。
「? 幽霊さんどうかしましたか?」
幽霊さんがどこかを指差している。確かあっちは朝護さんが倒れていた方だ。
彼女がこうするということは、その方向に行けば何か必要なことがあるということ。その導きに何度も助けられてきたのだから今回もきっとそうなのだろう。
私は「分かりました」とだけ彼女に伝え、彼女が指差した方向へと駆けて行った。
「綺麗……」
日の光も届かないはずの洞窟の奥深くには、満天の星空と美しい泉が広がっていた。
遥か遠くの天井には無数の小さな青い光の点が冷たく輝き、澄み切った泉の水底を青白い光が照らし出している。
その光景はまるで、夢のように幻想的で吸い込まれそうなほど美しかった。
ふと泉から視線を外すと泉から離れた壁の淵に、この空間には相応しくない銀色の輝きが見えた。
気になって近づいてみるとそれは二振りの抜き身の剣だった。
鋼の冷たい輝きを放つその剣は、鞘と黄色い包みと枕にして寝かせられており近くには朝護さんの身につけていた小物類が転がっていた。
一見乱雑に置かれているようなその様子からは、持ち物に対する敬意が感じられるような気がした。
「この荷物は彼が置いていったということですよね。そして、彼はここと私の目覚めたところを繋ぐ所で倒れていた。一体なんで?……いや待って、もしかして私をここから運ぶために置いていった荷物を取りに戻る途中で気絶したのでは?いやでもあのケガで動くのは無理が……。」
私たちがどうやって流れ着いたのか分からないから確証はないけれど、もしこの泉に流れ着いていたのであれば、きっとそういうことだろう。
そうじゃなければ、水流や泉のないあんな所で目覚めるわけもない。
けれどあのケガで動けば相当な痛みを伴うはず。
「なんでそこまで……?」
幽霊さんが「貴女が言うの?」という目で見てくるがそうじゃない。
私は人助けしたくなるような性分だから仕方ないし、私のことに巻き込んでしまった負い目もあるからああやって彼も助けたのだ。……なんだか自分で言っていて恥ずかしいな、このセリフ。
けれど彼は違う。彼は巻き込まれただけの異邦人で私たちを助ける筋なんてない。それに彼の性分は私とは違う気がする。なんと言うか、人に冷たいわけではないけれど、もっとこう、自分の足で立つのを好むような人に見える。あっても水から私を引き上げる程度だと思っていた。
それなのに彼は片時も離さなかった刀を下ろし、半身の激痛にも耐え、私を安静に休める場所に運んだと言うの?何故?なんでそこまで私に優しくしてくれるの?
──いや、余計な考えはよそう!今は彼の身の安全が第一!切り替え切り替え!
もし気になるんだったら彼が起きてから改めて聞けばいいんだもんね!
パンっ!
「ヨシッ!」
私は頬をバシッと叩いて気持ちを切り替えた。
取り敢えずこの剣と小物を持っていけばいいよね!
怖いから剣は鞘に戻してから、荷物をヒョヒョイっと背中に背負った。剣は多少重たいがそこは辺境伯の一人娘、この程度の重さどうってことない!
ただ彼の背負っていた黄色い包みは、予想外の重さに転びそうになった。
「え、うそ、こんな重たいのをずっと背負ってたんですか朝護さん? こわぁ〜。」
私はなんとか黄色い包みも背負い元の道を引き返していった。
そんなマルガレーテを幽霊さんは半開きの目で見つめていた。
きっと彼女はこう言いたかったのだろう。
「いや分けて持っていけばいいじゃん」
けれどそんな彼女の考えなどつゆ知らず、マルガレーテは重荷を背負って洞窟を進んでいった。
「ゼエ、ハア、ゼエ、ハア、疲れたぁ〜」
息を荒げながらもなんとか元の居場所に辿り着いた。
そのままドッと荷物を落としたいのを我慢して、一つ一つ丁寧に置いていく。
小物類は大きさごとに分けて、剣も鞘から取り出し元の状態へ慎重に戻していった。
道中で「分けて持っていけばよかった」と気づいたものの、途中で切り替えるのは自分に負けたような気がして意地を張り続けた結果この様だ。
せっかく乾きかけていた服は汗で元通りのグッチョリしている。
ああ、早く着替えたい。
「んん……」
「あ、朝護さん、眼が覚めましたか?」
ようやく全ての荷物を下ろした頃朝護さんが目覚めの声を上げた。
疲労からか目覚めは悪そうだけれど、体調はどうかな?
顔色を確認するためにグイッと顔を覗き込んだ。
うん、ちょっと血色は悪いけどこの分なら休んでいれば問題なさそう。
あれ? なんか違和感あるな?
ふと感じた違和感の正体を探すべく彼の顔をジロジロ覗き込んだ。
そしてその正体を、薄く開かれた瞳の中から見つけ出した。
「あら? 朝護さんも綺麗な金の瞳をしていたんですね?」
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