第16話 改めまして初めまして ⅰ
「んぁっ、ふぅっふぅん……。んん?どこ、ここ?」
私はそう言って目を覚ました。
寝ぼけ眼を擦って見た景色は、見覚えのない乳白色の空間だった。
外からの日差しにぼんやり照らされた乳白色の壁面は、薄らと水のベールを纏っていてトクトクと水滴が伝っていくのがわかる。
触れてみた壁面は赤ちゃんの肌みたいにすべすべしていたが、確かな石の硬さを感じさせる。そして当たり一帯には、地面からはイノシシのキバみたいなものがニョキニョキ生えている。
こういうの、修道院の本にも載っていたっけ?確か名前は……。
「……鍾乳洞だっけ? え!?なんで私、鍾乳洞にいるの!?」
寝起きでポヤポヤしていた頭が急速に動き出した。
「えぇっと眠る前になにが……確か逃げてて、それで……は!?そうだ皆さんはどこに行ってしまったんですか!?」
そうだ思い出してきた。
そう、そう確かついさっきまで騎士から逃げてて、なんか彼女の力で上手くいって、それで逃げる途中で気が遠くなってそれで……ってあれ?
「皆さんがどこかに行ったんじゃなくて私が一人逸れてしまっただけか。そっか……よかった、皆さまは無事に逃げ延びたんですよね。なら問題ないですね。」
そうだ、私は皆さんを逃げ道まで送り届けてから気絶したんだ。それに私を掴んできた手の感覚も、完全に気を失う直前でちゃんとなくなったのも覚えている。
ということは、皆私を置いて逃げてくれたと言う事だろう。
良かった。
私のせいで誰かを不幸にすることがなくて、本当によかった。
バシャリ!
地面に溜まった水を顔に浴びせた。
「ヨシッ! こうなったら後は騎士団からどう逃げて、どう皇帝陛下と対談するのか考えるだけ!騎士団がなんぼのモンじゃい!こちとら帝国最強オスタラグ家の一人娘だぞ!」
いままでの鬱憤を吐き出すように叫ぶ。
私の叫び声が鍾乳洞を反響して、何度も何度も木霊した。
「ああ、思い出したらムカついてきた!
なんで人助けしたいだけなのに、騎士団に追われなきゃいけないのさ! ミュザウ侯爵も、修道院の人たちも、彼女が見えてから来るようになった変な人たちも、何でどいつもこいつも邪魔ばかりするの! 邪魔すんなら来んな!こっちは人助けで忙しいんだよバーーーカ!!」
口を開く度に鬱憤が湧き上がってくる。
我慢し通しだった修道院の生活に始まり、ミュザウ侯爵の執拗な接触、教団を名乗る者たちの登場、そして何より今回の逃亡劇。
何を思い出すにも怒りが湧いてきて仕方ない。
なんで!人助けだけで!こんな目に!会わなきゃ!いけないのさ!
「アァ! もうっ!」
怒りに任せて近くに生えていたニョキニョキを蹴っ飛ばした。
その軌道は半円を描きニョキニョキに吸い込まれていき、ニョキニョキの先端を蹴り砕いた。
自分でもびっくりするほど綺麗に蹴り砕かれたニョキニョキの破片がコロコロと転がっていき、誰かの足元へと転がっていった。
「あ、幽霊さん居たんですね。」
修道院で出会って以来私について来てくれる幽霊さんがそこに居た。
出会って以来私を優しく導いてくれた彼女は、何か怖がるようにこちらから距離をとっている。
「えっとなんでそんな怯えて……あ、今のは別に貴女を怯えさせようとしたわけじゃなくてですね?だからそんなに怖がらないで下さい、ね?ああ、逃げないで怖くありませんから!待って!」
貴女にまで離れられるのは傷心のこの身には流石にきついです!逃げないで!
彼女を追っかけて進んだ先で一人の男性が倒れていた。
「っ! 朝護様!どうしてここに!」
西都にて出会った異国の男性が鍾乳洞の奥地にて倒れていた。
彼は出会ってから一度も外さなかった左右の剣も背負っていた黄色の包みも持っておらず、衣服は水を吸って重く彼にしなだれかかっていた。
微かに息はあるもののひどく衰弱しているようだった。
「朝護様、聞こえていますか?朝護様?」
返答はない。
相当疲弊しているようだ。
「朝護様、衣服脱がしますね。っ!?」
濡れた衣服のままでは体力が奪われると判断して上半身を脱がせたところで衝撃に息を飲んだ。
その鍛えられた体に浮かぶ大小さまざまな古傷は、歴戦の兵でさえそう居ないだろうと言える程の数だった。それに何より半身に広がる青紫色の炎症が、ただでさえ痛々しいその身体を悲惨なまでに彩っていた。
「ひどい……今治しますね。」
私は教会の聖句を唱えた。
聖句を詠いきった頃には水溜り程度の水が溜まり、そこに彼の半身を浸した。
するとゆっくりと治癒の力が彼の半身を癒していき、しばらくしたら炎症はすっかり治っていた。
けれど彼の意識は戻らず、未だ浅い呼吸を続けていた。
「……ここでは十分に休息など取れませんよね。よしっ運ぶか。」
私はスクっと立ち上がると彼を半分背負って、半分引きずって目覚めた所まで連れていった。
想像以上に重たくて大変だけれど、ウンウンと唸りながら元の道を引き返して行く。
幽霊さんはその姿を優しく見守っていた。
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