第15話 領主会談


〈ミッティリヒ帝国宮殿 一室〉




「──以上が報告になります。」

「宜しい下がれ。卿らの中に何か異論のある者はいるか?」


 文官の言葉を継ぐようにして男が質問を投げかけた。

 その男の名はフリードリヒ・フォン・オイニス。若くして帝国14代目皇帝として帝位を戴き、以来30年に渡りこの地に君臨する帝国の主である。


「いいえ陛下、委細お聞きおよびの通りに御座います。しかれば、我が領から如様な奸賊を出した責を取るべくも、この一件を我が領に一任して頂きたく存じます。」


 そう語るのはオスカル・フォン・ミュザウ。カラザリア修道院を有するクファバーグ侯爵領領主にして、マルガレーテを密告した邪教徒騒動の元凶である。

 水袋のような腹を震わせながら話すその姿には、かつて色男として名を馳せていた頃の面影など残っていなかった。


「お待ちを陛下!此度の騒動で我が騎士団は耐え難き汚辱を蒙りました。つきましてはこの恥辱を雪がねば措かぬと考える次第であり、本騒動の解決を御任せいただけませぬでしょうか。必ずやご期待に添える結果を挙げてみせますゆえ。」


 そう語るのはエルンスト・フォン・マイヤー。西都ハウベットとマイヤー騎士団を有するマイヤー伯爵領領主にして、邪教徒騒動によって最も被害を蒙った人物の一人である。


「伯爵風情がでしゃばる出ない。我は領主として自らの領で起こった問題に対処しているに過ぎるのだ。貴様のように無駄なメンツのために言っているのではない。身分を弁えよ。」


「身分を弁えるのは貴様だミュザウ侯爵。マイヤー騎士団が大公家の庇護のもとに成り立っておるのは知っておろう。これは我が家名のみならず大公家にも関わる事業なのだ。それに此度の出兵に際しては大公家の許しも得ている。貴様は大公家に逆らうと言うのか?」


「フン、大公家の威信どうこうを語っておるが、そも貴様の抱えるマイヤー騎士団が数名に返り討ちにされてしまう程に惰弱であっただけだろうが。己が騎士の貧弱さを棚に上げ、盟主の威光に縋るとは情けないと思わないのか?」


「貴様もう一度申してみよ!その侮蔑、我が家に対する宣戦布告と受け取っても良いのだな!」


「馬鹿にしているのは貴様だ伯爵。この程度でカッカしよってからに、よほどオスリーグ家の懲罰が恐ろしいと見える。地位の低き者は大変だのう?」


「きっさま!いm━━」


「その辺にしとけよマイヤー。これ以上見苦しい姿を晒すようなら貴様といえど看過し得ぬぞ。そもそも此度の許しも貴様の恥辱を注ぐためのものに過ぎぬ、その事をゆめゆめ忘れぬ事だな。」

「ミュザウ侯爵、ここは御前ですよ。斯様に頭に血を上らせるなど貴方らしくもない、落ち着いて下さい。これ以上は貴方の立場を悪くするだけです。」


 二人の貴族の紛議を止めたのもまた、二人の貴族だった。


 ミュザウ侯爵を諌めたのははグテムット・フォン・オスリーグ。大公家次期当主にして、大公家の表の仕事を取り仕切る次代の大貴族である。

 未だ壮健な父が君主を戴いているが、既にその風格・実力共に大貴族の当主に相応しいものを持ち合わせている。


 もう一人はアルブレヒト・フォン・ラウブ。ミュザウ侯爵領に隣接するブオハタル侯爵領領主であり、帝国の叡智の一角である。

 その長身に細身の体から些か頼りなさを感じさせる彼だが、その質実剛健さと深い知識から貴族内でも一目置かれている。


 彼らは西都という一大都市を抱える伯爵家と盟主の一人である侯爵家を諌められる数少ない存在である。

 これによりマイヤーは顔を蒼くして口をつぐみ、ミュザウは不機嫌そうに腹を揺らした。


「おや、その口ぶりだとラウブ侯爵はミュザウ侯爵派閥なのかな?君たちは特別仲が良かったわけではないと思っていたけど一体二人の間で何があったのかな?おっとそういう仲だったならすまない、どんな感情で歳をとって醜く老けた人間に対し劣情を抱くものか伺っても良いかな?何、私も気遣いくらい出来る。ここで言いづらいというのならばまた後で話を聞く機会を設けよう。安心したまえ君たちの秘密を政略に使おうなどとは思っていないよ。ただの後学のためさ、必要とあらば誓約書だって書いてやろう。何なら領地の一部でも担保にしようか?」


 饒舌に妄言を吐いているのはアーデルハイト・フォン・ナーガリンゲン。女人ながら大公家に並びうる名門ナーガリンゲン家の当主となった女傑である。

 その姿は到底50歳を越しているとは思えないほど若く美しいが、その金の虹彩を有する瞳には偏屈さが滲み出ている。因みに彼女もまた帝国の叡智の一角である。


「……ナーガリンゲン女史、我々はそのような関係ではありません。」

「では家族の誰かがそう言う関係なのかな?だとしても安心したまえ私は誰が相手でも差別はしn──」

「そう言うわけでもありませんよ。ただ、彼の抱える修道院にマルガレーテ嬢を紹介した者としての責任を取るために、今回はミュザウ侯爵に力を貸すと言うだけです。」


「!?」


「おんやぁ?今まで仏頂面で黙りこくっていたと言うのにようやく反応を見せたね、ループレヒト・フォン・オスタラグ辺境伯殿。それほどラウブ侯爵がミュザウに与するのが意外だったかい?ん?どうなんだい?」


「……いえなんでもない。我々は皇帝陛下の御心のままに行動するまで。」


 こうして口を開いたのはループレヒト・フォン・オスタラグ。侯爵よりも高い地位である辺境伯を冠するものにして、邪教徒騒動の中心人物であり、この物語の主人公マルガレーテ・フォン・オスタラグの実の父である。

 会議の間、重く閉ざしていたその口をようやく開いた瞬間である。


「それはいくらなんでも冷たすぎるんじゃないか?実の娘を殺す算段について話し合っていると言うのに反論もしないなんて、君に親の情というのはないのかい?全く邪教徒とはいえ娘さんが可哀想になってきたよ。」


「我々は皇帝陛下の臣下だ。ならば、皇帝陛下の御心に従うのが最優先であろう。」


「うわぁそんなこと言っちゃうんだ〜。とんだ人でなしだね現辺境伯殿は、前辺境伯とは大違いだ。本当にあれの血を継いでいるのかい?」


「なんとでも好きに言えば良い。我々はただ使命を全うするのみ。」


「はぁ、聞いたかい君たち聞いたよね?ほんとどうおm──」

「し、失礼致します!只今緊急の連絡が入りました!」


 会議場に一人の兵士が乱入してきた。その兵士は鎧の下を滂沱の如く汗で濡らし、如何に火急の要件であるかを物語っていた。


「貴様、兵隊風情が我々の話を打ち切るなどなんたるb──」

「黙れマイヤー、おいさっさと話せ。詰まらなかったらその首叩き切ってやるからな。」


「ヒィ、は、はい申し上げます!た、ただいま件の邪教徒騒動の犯人であるマルガレーテ・フォン・オスタラグと異人がここ首都クリュウスタッツェに向けて侵攻中とのことです!」


「……は?」


 この報告を耳にした者たちは皆、衝撃に理解を置き去りにしていた。諸侯は勿論次期大公であるグテムット、先程までのニヤケ面すら抜け落ちた女傑アーデルハイト、そしてこの会議中でさえ仏頂面を崩さなかったマルガレーテの実の父、ループレヒトでさえ驚きに眼を見開いていた。

 ただ一人、皇帝フリードリヒ・フォン・オイニスだけが面白そうにほぅ、と呟いた。

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