第6話 逃げ道 Ⅰ


 この世は全て父なる神の御業である。


 天も地も光も闇も、父の御業なのだ。

 そしてそれは我々の為すこと全ても同様である。


 故に神を崇めなさい。

 (北方協会 正聖典 第一章第一節より)


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「朝護さん大丈夫ですか?」


 先程放り投げたパウロ様がそう声をかけてくる。

 先程の衝撃か腰を痛めてしまったようで、左手で腰を摩っている。


「すまないパウロさんぶん投げちまって。怪我してないか。」


「いえそんな! 

 ただ私が転んでしまっただけですから朝護さんは何も悪くないですよ!


 それよりも彼女たちは大丈夫そうですか?」


 そう言ってパウロ様は少女と村娘を見る。

 取り分け、村娘を心配そうに見つめている。

 あんな倒れ方をしたなら無理もないだろう。


「あぁ二人とも怪我一つしていない。

 こっちも疲れて眠っているだけっぽな。」


 村娘は気絶するように眠っている。

 気絶する直前、絞り出すような声で少女の無事を確認すると、そのまま眠ってしまった。


 見知らぬ男の腕で眠ってしまうなんて無防備にも程があるがそれも仕方ない。

 疲労からか肌は青白く染まり、隈は深く刻まれている。

 息遣いさえなければ死体同然だ。




 はぁ、やっちまった。


 彼女の瞳に浮かぶ金の虹彩を思い出し、今更ながら大きくため息をついた。


 ここに来てからずっと、嫌な予感はしていたのだ。

 絶対に面倒ごとになるぞと。


 だが仕方ないだろう。

 パウロ様の手前、見殺しにするような事をしたら彼に失望されてしまう。

 それに御令嬢はムキムキの筋肉娘だとばかり思っていたのだ。

 それがこんな娘などと誰が想像できようか。


 朝護は改めて腕の中の少女を見る。




 些か埃で霞んでいるが、その艶やかな黒髪は肩まで伸ばされている。

 背は俺の肩くらいで、まぁこっちの大人の女性の平均ちょい下程度ってところか。

 それにあかぎれこそしているが張りのある白い肌。

 そこから合算すると15才程度と件の御令嬢の年齢にも合致する。

 

 だがなぁ、その年齢にしては出るとこ出てんだよなぁ。


 服の下からでもわかるその胸のたわわな膨らみ。

 そして骨盤が開かれているのか腰は広く丸みを帯びているが、グイッと締め上げるような強さも感じられる。


 そして何よりこの足よ!

 腰を支えるこの太もものなんて素晴らしいことか。

 成る程この足が夜通しの山中行を実現させた訳だな。

 この足で蹴られようものならタダでは済まないだろう。


 そう思うと、金的の彼は御愁傷様だな。南無。




「あのー朝護さん?

 いくらなんでも年頃の娘の身体をジロジロと見るなんてあまり感心できませんよ?」


「あぁすまない。いい身体をしていたもんでついな。」


 実に素晴らしい足をしているからつい見つめてしまった。

 この足で投げ技など覚えたらきっと化けるぞ。


 そんなことを考えていると横から不穏な視線がする。

 何事と思って見てみると、パウロ様が赤面しながらも軽蔑の眼差しを向けているのだ。


 そこでようやくはっと来た。


 いかん! 何やらパウロ様が勘違いをなされている様子!

 いい身体をとは申しましたが決して邪な気持ちなどなくてですね。


「いや今のはそう言った意味でなくてだな。ほらいい足しているからつい。」


「何自分の性癖宣言しているんですか!」


 だからそう言う意味ではなくて……あぁ少女を庇うように立たないでください!

 流石にそんな子供に欲情なんてしませんから!

 オイガキ!テメェも一丁前に足隠そうとしてんじゃねぇぞ!

 テメェの貧相な足など興味ないわ!


 そんなことなどつゆ知らず、御令嬢はスヤスヤと眠っていた。





「まぁ取り敢えず朝護さんの性癖の話は置いときましょう。」


「いやだから誤解で……。」


 結局誤解は解けなかった。

 パウロ様に「じゃあ女性に興味ないんですか?」と聞かれ「いやあるが?」と答えてしまったために性癖の話だと言うことにされてしまった。

 どう答えればよかったんだ……。男色家でもあるまいし。


「とにかく」


 パウロ様は無情にも陳情を打ち切った。そんなご無体な!


「朝護さんと村娘のおかげで事件は無事に解決しました。

 後は彼女たちをおうちに送り届けるだけです。」


 サラッと言っているが、パウロ様はこいつらの面倒を最後まで見通すつもりらしい。全く聖人っぷりは衰えませんね。素敵です。

 俺なら騎士団にでも引き継いじまうね。


「お家までねぇ……」


「何か気がかりなことでもありましたか?」


 大ありですパウロ様。

 第一にめんどくさいです。こんな奴らほっとくべきです。まぁこれを言ったら軽蔑されそうだから言わないが。

 第二にこのガキは信用できません。成り行きで救ってしまいましたが、男たちの仲間である可能性は残っています。

 そして第三に──


「この村娘、噂の邪教徒だぞ。」


「!? この娘が!? 一体どうしてわかったんですか!?」


「あぁ実はな──」


 パウロ様に牢屋であった出来事とこの御令嬢に金の虹彩があったことを話した。

 一通り聞き終えたパウロ様は何やらウンウンと唸っている。


「この娘が噂の? 噂では悪魔の角を生やした化け物のような見た目だって。いやでも朝護さんの情報だと確かに一致するし……」


 おい御令嬢、巷の噂だと悪魔のような化け物みたいなんだとさアンタ。


 御令嬢は静かに呼吸を続けている。




「違うおねぇちゃんは邪教徒なんかじゃない!

 悪い人に追われているだけなの!」


 ここに来てから初めてガキが話始めた。

 その拳は何かに縋るようにギュッと服こと襤褸布を掴んでおり、瞳には涙さえ浮かべている。

 おいおいどんだけ怖がられてんだよ、パウロ様。


「あぁいや別に彼女を悪く言うつもりはないんだ。ごめんね怖がらせて。」


 パウロ様は少女と目線を合わせるようにしゃがむと、優しい顔を浮かべてそう語りかけた。

 よかったな得体の知れないガキ、パウロ様にお言葉をいただくだけでも一生ものの思い出なのに笑顔も追加とかどんだけ前世で徳積んだんだお前?


「グスッ、でも騎士団にでも連れてっちゃうんでしょ?そんなのダメ!」


「いやでも邪教徒だし……でもこの方はこの子を救おうとしてたしそんな悪い人じゃ……いやでも……」


 なんだか雲行きが怪しくなってきたな。

 パウロ様の心優しさを利用しようとしやがってこいつ。

 だが真正面から騎士団に突き出しちまえって言うのもパウロ様の心象が悪くなりそうだしなぁ。

 ここは一つ妥協策としよう。


「何はともあれこの場所はまずいしよ、とにかくこの子だけでも騎士団のところに連れて行くのが筋じゃないか?

 俺たちだけで二人を守る事なんて難しいしな。

 この御令嬢のことは抜きにしてもそれが最善だろ?」


「確かにそれもそうですね……」

 

 そうすればガキは騎士団に押し付けられるし、どさくさに紛れて御令嬢も受け渡せれば御の字。

 これならパウロ様の心象も悪くせずに済むし、俺も面倒が解決して幸せだ。


 だが、それを快く思わない者がいた。




「騎士団はダメ!」


 少女がそう叫んだ。


「でも騎士団なら君を家まで連れてってくれるよ?」


「ダメなものはダメなの!」


 パウロ様の優しいさとしに対し、子供特有の無根拠理論で言い返してきた。

 やっぱ後ろ暗い連中だろこいつ。


「そう駄々をこねるな、俺たちだってお前らを守り切れるわけもないし、その義理もないんだからよ。」


「でもおじさん強いでしょ?

 さっきだって悪い人すぐに倒しちゃったし!」


 誰がおじさんだこのクソガキ。

 まだ元服からそう経ってないわ。


「ゴメンね、でも君だけでも騎士団に行った方が安全でしょ?

 だからホラ、ね? 騎士団までは連れてってあげるから?」


「だからそれがダメな──」


「オイ悲鳴が聞こえたと言うのはこちらから!」


「はいこの辺だったはずです。」


 鎧の金属音を響かせながら何者かが近づいてくる音が聞こえる。

 マイヤー騎士団だ。

 どうやら保育所があちらからやってきたらしい。なんと好都合な。このままこいつらを突き出しちまえば万事解決だな。


「お願い! 騎士団に捕まったら私たち殺されちゃう!

 だから逃して! お願いします!」


「っ!?」


 ガキが正体を表した。

 潤んだ瞳で不遜にも、パウロ様の袖を掴んだガキが上目遣いで懇願している。

 その瞳の必死さは真に迫っていた。

 なんて名演技だろう。


 その名演技の前にパウロ様も動揺なさっている様子。


「パウロさん」


 俺はそう言ってパウロ様を見つめる。


 コイツらは悪魔の化身です。貴方をたぶらかそうとしているのです。

 この誘惑に負けてはいけません。

 この誘惑に打ち勝って、コイツらを騎士団に突き出しましょう!


 俺はそんな思いを込めながらパウロ様の瞳を見つめる。

 察しの良い彼のことだ、この一言だけでも真意を汲み取ってくれるだろう。


 なんて言っても俺たちは固い絆で結ばれているのだから!


「そうですね、朝護さん。

 貴方の言う通りです。」


 ほら見ろ、俺たちは以心伝心なんだ。


「確かに彼女たちをこのまま、騎士団に突きつけるのは危険ですね。」


 ん? 今なんて?


「大丈夫、君たちを絶対におうちに送り返すから。

 それまでお家まで案内を頼めるかな?」


「本当! ありがとうパウロさん! 大好き!」


 そう言ってガキはパウロ様に抱きついた。




 俺たちの絆は悪魔の誘惑に負けてしまったようだ。

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