第4話 邂逅 Ⅲ


 騎士に連れられた俺は半日ぶりの娑婆の空気を存分に味わった。

 ずっとジメジメとした薄汚い空気に晒されていたので、久々の外の空気がとても美味い。

 若干道端のの匂いが鼻をつくが、独房と比べたら天国のようなものだ。


 風に混じって香ばしい獣脂の匂いが漂ってくる。この匂いはラム肉か?

 旅の途中の街で食ったラムの香草焼きは絶品だった。

 ラムの癖の強い独特な臭さを、香草が臭みを抑えながらパンチも効かせていて非常に美味だった。

 それに香草の匂いとあの塩っけがが食欲を刺激するものだから食っても食っても腹が減って仕方なかった。あの味は忘れられない。


 スンスン、こっちは魚か。海からも遠いし川魚、それもマスやコイといったところか?

 川魚は海のものより匂いが強い。そのおかげで香辛料を使っても主張が衰えることがないため、スパイスとの相性がいい。この匂いの主はすぐそこの川で水揚げされたばかりの川魚なのだろうか。じゅるり。


「おい、早く歩かんか!」


 俺を連行している騎士が命令してくる。

 うるせぇこっちは空気を堪能するので忙しいんだ。後にしろ。

 だが、そんな俺の気持ちなど気にもせず、騎士はぐいぐいと引っ張ってくる。はいはい歩けばいいんでしょ歩けば。


 そうしてしばらく歩かされた俺は、ようやく解放された。いや解放されたというよりほっぽり出されたという方が正しい。

 扉の前で立ち止まったと思ったら、そのまま背中をグイッと押されて外に追い出されたのだ。


「今回はお前の連れ添いの陳情もあって特別に早期に釈放することとなった。

 コレに懲りたら今後ああ言った行為は控えるように。」


 ああ言ったってなんだよ。お前らが勝手に連行してきただけじゃねえか。

 しかしそんなつまらない事を言って牢屋に逆戻りするのはごめんだ。流石に二回目は数日では済まされないだろう。


 騎士たちは気に食わないが、ここはにこやかに対応すべきだろう。

 仮にも半日お世話になったのだからな。


「はい、お世話になりました。(ニコッ)」


 バッチリの笑みを貼り付けて騎士に別れを告げる。やっぱ挨拶は大事だよな。


「っ! 気色悪い顔しやがって。とっとと立ち去れ!」


 ……やっぱ気に食わねぇぞコイツら!




「……別に気色悪くはないよなぁ。」


 すぐ側に置かれた水瓶を鏡がわりに顔を確認した。何度見ても水面に映るのは色男だ。気色悪くなんてない筈。そう思いながら、水瓶を覗き込み何度も笑顔を練習する。


「っ! どうしたんですか朝護さん、不気味な笑みなんて浮かべて。」


 横から慣れ親しんだ青年の声が聞こえる。パウロ青年だ。ここまで送り届けてくれた彼がこんな所までわざわざ迎えに来てくれたのだろうか。


「ああパウロさん、いろいろお世話になったみたいで申し訳ない。」


「いえいえ、そんな大したことしていないですよ! それにあっちが一方的に難癖付けてきただけなんですから気にしないでください!」


「いやそう言われても、俺が連行されたせいで色々迷惑かけただろ? それに釈放のために動いてくれたみたいだしよ。」


「それこそ大したことないですよ。知り合いのために行動することぐらい当然ですから!」


 なんだこの清々しい青年は、善良さが突き抜けすぎだろ。パウロじゃなくてパウロだな。いや、いっそパウロと呼ぶべきだ。


「それと、朝護さんの剣はこっちで預かっておきましたよ。騎士に接収されたらどんな扱い受けるか分かったものじゃないので、私の交易品だって押し通して確保しておきました。」


 そのくせ気も利くのだこの青年は。


 確かに接収されたものが乱雑に扱われるなんてことはよくある。釈放される頃には勝手に売り捌かれていたなんてことさえもあるのだ。特に異国からの刀剣など美術品として売られてもおかしくはない。


 そう言ったことを察して事前に手を回しておいてくれたのだ。本当素晴らしい青年だ。


「ありがとうございますパウロ様、なんとお礼を申し上げたら良いか」


 そう言って深々と頭を下げた。


「いえいえ、頭を上げて──あれ、なんか馬鹿にされていますか私? パウロと呼んでくださいって何度も言ってるじゃありませんか。」


「滅相もございませんパウロ様。大恩のあるお方をそのように呼ぶなど憚られますゆえ。」


「だからパウロでいいって言って、いやそもそも何で敬語なんですか? やっぱ馬鹿にしてませんか?」


「いやそんなつもりは毛頭ございません。色々お世話になった以上不遜な口調などもってのほかと思いまして。」


「だから気にしないでください。むしろ気にしているならその敬語とさん付けやめてください。それでこの件はチャラです。」


「何と寛大な。それでh……それじゃあお言葉に甘えさせて貰うわ、パウロさん。」


「だからさん付けもやめて下さいってば……。」


 いやいや、流石に申し訳ないですよ、パウロ様。






 そんな風にパウロ様とジャレつきながら、朝護はパウロの荷馬車が置いてあるところへと連れてってもらった。


 俺が投獄されていた牢屋は西都入り口すぐ脇に設けられていたらく、パウロ様は自身の用事を終えた後、入り口近くでずっと待ってくれていたとのこと。

 お陰で刀はすぐに戻ってきたし、なんて気が利くんでしょうパウロ様。


 彼に「どうしてそこまでしてくれるんだ?」と聞いたらところ「友人を待つのに理由なんて要りますか?」と返ってきた。

 知り合って間もないというのに、何とお優しい方なのでしょう。

 彼こそ真の聖人だ。騎士どもに彼の爪の垢を煎じてがぶ飲みさせたい。飲み過ぎて溺れ死んでしまえばもっといい。




「それにしても、今回は災難でしたね。」


 両手に沢山の食べ物を抱えた俺にパウロ様はそう話しかけてくる。

 川マスの串焼きにラムのチーズ包み、各地方から取り揃えられた腸詰のパンばさみなど、目につけた屋台飯を片っ端から買っていったらこのザマだ。

 どれも美味しそうだからついね。


「ふぉんふぉふぁふぃふぉふぁふぁっふぁ、ふぉふぉふぁふぃふぁふぃふふぉふぉんふぁふぁんふぃふぁふぉふぁ?」


「食べ終わってからでいいですよ。」


 いかん食い気に走りすぎた。口に残っていた腸詰をごくんと飲み込んむ。

 うむ、肉の甘味といい豪快な汁気といい非常に美味だ!買って正解だったな。


「ああ本当に参った、この街はいつもこんななのか?」


「いえ、確かにマイヤー騎士団は外国の方や他人種の方に厳しいですが、いつもは悪態をつかれた程度であのような横暴はしません。

 多分異教徒騒動に関係しているんじゃないですかね? なにせこの街に潜んでいるとの噂ですし、警戒を強化しているんだと思います。」


「ほー、異教徒騒動ねぇー。」


 なんだよファーガスのせいかよ。

 隣の独房に入れられていた男を思い出す。

 あの野郎、神の思し召しだ何だ言っていたが結局テメエの蒔いた種じゃねえか。ったく人様に迷惑かけやがって。




 そこでようやく朝護は思い出した。

 どうせしばらくはファーガスも口を割らないだろうと記憶の隅に押しやっていたが、そう言えば気になることを言っていたな。


「金の虹彩ね……」


 金の虹彩、金眼きんがんとも呼ばれる瞳を有するニンゲンは、この世界に稀に生まれる突然変異のようなものだ。その希少性からか、はたまた黄金への神聖視か、それとも純粋な美しさに惹かれてか、彼らは時に崇められ時に迫害された。

 そんな彼らの多くは実際に神や自然への共感性が高いものが多く、神官や巫女になるものが多いため、神のように崇められる事がある。

 だが一方、迫害されることもある。それは異質であるからという安直な場合もあるが、とある存在を認識しているからという場合がある。


「どうかしましたか朝護さん?」


「ん? ああ何でもない。それより異教徒の話だったっけ?」


「えぇ、なんでも辺境伯の娘さんだとかで。それが邪教に染まるなんて、良いお家に生まれながら一体何があったんでしょうね。」


 件の御令嬢は辺境伯の娘だったのか。それなら家に余裕があるっていうのも納得だ。なんせ辺境伯なんて国によって多少地位は上下すれども、どこの国でも相当な地位にあるのものだからだ。

 そんなところの御令嬢を手に入れるなんて、邪教だなんてでっち上げでもしない限り難しいだろう。

 それでここまでの事をやってのけたとは、ミュザウ侯爵は相当な筋肉娘好きらしい。


「さもその令嬢が邪教徒で確定みたいに言っているが、一応まだ嫌疑なんだよな?」


「何だ朝護さんもご存知だったんですね。

 一応、名目上はそうらしいですよ。

 でも国が動き出したって聞きましたし、それなら邪教って確定したようなもんですよね?

 ミュザウ侯爵が宣言した時は懐疑的な人もいましたが、国が正式にお触れを出したって話が出てからは、邪教徒だって噂で持ちきりですよ?」


 まあ当然の帰結か。

 邪教徒だって言われている相手の捕縛劇に、国まで参加してきたわけだし。俺もこの噂だけ聞いたら、国が辺境伯に気を遣って邪教徒だって明言しなかっただけって思うもんな。

 にしても金の虹彩だなんて目立つ特徴、すぐ捕まってしまいそうなものだが。


「なぁ、その令嬢はまだ捕まっていないのか?」


「えぇ巧みに変装しているようで、いまだ騎士団も足取りをつかめていないとか。」


「あ?令嬢は金の虹彩を持ってるんだろ? そんな目立つ特徴あったらすぐ捕まるだろ?」


「え?金の虹彩なんですか? そんな話聞きませんでしたけど……。」


「知らされていないのか?」


「えぇ、初耳です。むしろ朝護さんはどこでそんな情報手に入れたんですか?」


 なぜだ、なぜその情報を隠す。

 金の虹彩を持つ人間なんて希少だろうからその情報さえあれば捕縛も容易だろう。なのにその情報を隠すなんて、どういう意図がある?


「まぁ、そうですから持っていても不思議ではないですね。」


「何!? 今なんて言った!?」


「ですから、よ、金の虹彩を持っている人。それに特別公言していないってだけで、実際はもっと居るんじゃないですかね?」


 ここでまた衝撃的な情報が開示された。

 「貴族なら金の虹彩も珍しくない」

 これはあまりにも、俺の常識からはかけ離れた情報だった。


 金の虹彩を持つ人間は突然変異的に生まれ、その数は少数だ。

 金の虹彩を持つ子供を産みやすい血統というのもあるが、せいぜい数世代に一人いるかいないかの割合だ。たとえ国中から金の虹彩を持つものをかき集めたとしても、せいぜい一人か二人居るかいないか、大国であっても片手の指で足りるだろう。これは地域でも不変の法則だ。

 それに生み出しやすい血統があるとはいえ、基本的に金の虹彩を持つものは突然変異的に生まれる。貴族ばかりに偏るなどあり得ない話だ。

 仮にこの国では金の虹彩を持つ人間が多く生まれるから貴族にも多いという話だとしても、それはそれで一国が抱える人数としては多すぎる。


 この国は一体どうなっているんだ?

 余りにも世界の常識から外れすぎている。


「どうしました朝護さん?

 先程から様子がおかしいですけれど、何か気がかりなことでもありましたか?」

 

 パウロ様が心配そうに俺を覗き込んできた。

 おいおい今の仕草、俺が女だったらイチコロだぞ?パウロ様はもう少しご自身の魅力について理解すべきだな。


「いやなんでもない。邪教徒のことなんて俺たちが考えても意味ないことだもんな。

 それよりパウロさん、他のところにも連れてってくれよ。」


「はい良いですよ!次はそうですね、河川港なんてどうでしょうか?」


 まあ情報もない以上、これ以上金の虹彩について考えたところで進展なんてないだろうしない。

 それに国まで動き出したのだから、ほっとけばすぐに御令嬢も捕まるだろう。

 ファーガスには悪いがこちとら巻き込まれただけなんでね。

 それに、神の思し召しも単なる偶然だと分かった以上恐れることは何もない。


「いいな、ここの魚も美味かったし是非水揚げしているところこの目に──。」


「キャーッ!」


 近くの路地裏の奥の方から少女の甲高い悲鳴が聞こえる。

 おいおい、神の思し召しは偶然じゃないのかよ。


「聞こえましたか朝護さん!助けに行かなきゃ!」


「待てパウロさん!まずは騎士団を呼ぶのがーー」


 パウロ様は俺の静止も聞かずに裏路地に走っていった。

 お待ちをパウロ様!

 コレ絶対厄介ごとだから!

 少女救ったら絶対面倒ごとに巻き込まれるから!

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