第3話 邂逅 Ⅱ
この厄介ごとを持ってきた男の名前は、ファーガスと言うらしい。
何でも、さる貴族の御令嬢に仕える騎士らしい。
その御令嬢は父に疎まれ、西都から北西に位置する森の中に立つカラザリア修道院というところへと押し込まれていたとのこと。
この時代、貴族の娘が口減らしのために修道院に送られることなどよくあった。
だから彼女もそう言った手合いかと思ったが、違うとのこと。
彼女は帝国でも有数の名門貴族の一人娘であり、家は金銭面の余裕はあるらしい。
そのような場合、他の貴族と結婚するまでは親元で大事に育てられるのが通例だ。そうやって深窓の令嬢として育て上げるのだ。
それに、教養を身につけるために修道院に送られるとしても、首都近くにある修道院に送られるのが通例らしい。首都から程遠い山中にあるカラザリア修道院など、通常ではあり得ない選択肢とのこと。
だからこそ、ファーガスは御令嬢が父から疎まれていると考えているのだそうだ。
長旅で色々なものを見てきた朝護は、口減らしに殺されない分優しい方だろうなんて考えていた。庶民の間では口減らしはそれほど珍しくないからだ。
だが、相手は帝国の貴族の娘だ。
貴族が己の子供を口減らしに殺すなど、己の家には子供1人養う余裕もありませんと宣言するようなもの。
そんなことがあっては家の存亡に関わる大スキャンダルになることだろう。
それに、そもそも御令嬢の家は裕福なようだし口減らしなど行うわけがない。
そう考えると、「お前は目障りだし政略結婚としての価値もない醜女だ。だがお前を殺すわけにもいかないからせめて俺の目の届かないところに消えてくれ」と彼女の父親が言外に伝えているようにも受け取れる。騎士たちが憤るのも無理はない。
こうして修道院に放り込まれた彼女は、側近であるファーガスたちからも引き離され修道女としての厳しい日々を過ごしたとのこと。
騎士である彼も御令嬢から引き離されていたため伝聞でしかないとのことだが、そんな厳しい日々の中でも彼女は神への厚い信仰心と慈悲の心を絶やさなかったとのこと。
俺も伝聞でしかないが、修道院の生活は聞いたことがある。
曰く「とてつもなくつまらない場所」らしい。どの仕事も味気ないものばかり食べ物も質素、娯楽もない、もちろん出会いもない。生活が安定するとはいえ逃げ出すものも多いとか。
場所によっては貴族の妾育成場みたいになっているところもあると聞くが、山奥の僻地とのことだから彼女がいたのは前者の、只管つまらない場所なのだろう。こうやって暇を持て余して厄介ごとに首を突っ込んでしまうような俺には耐えられそうもない場所だ。素直に尊敬する。
そんな日々の中、彼女が暮らすカラザリア修道院に一人の貴族が来た。
修道院が位置する一帯を治める領主 オスカル・フォン・ミュザウ侯爵だ。
精力旺盛で知られるミュザウ侯爵は、身分を隠して暮らしていた御令嬢に一目惚れしたそうだ。彼女を手に入れようと彼は修道院に何度も働きかけたらしいがそこは厳格な修道院、正面から拒絶された。
それでも彼女を手に入れようとするミュザウ侯爵に、修道院は彼女がさる名門貴族の嬢であることを明かして、
「たとえこの地を治める領主様であろうと、神の身元に仕える者を売ることはできない。」と堂々と宣言したそうだ。
正面から領主に刃向かうとはいい度胸している。
だがミュザウ侯爵の執着は衰えることなく、かえって強まったとの事。
何度も何度も修道院に押しかけた結果、ミュザウ侯爵は教会の本部から正式に注意を受けた。
修道院の力ではミュザウ侯爵の要求を跳ね除けきれないと考えた修道院の院長が、古い伝手を辿って教会本部から圧力をかけたらしい。昔から品性に関して教会から反感を買っていたミュザウ侯爵は、これを機に教会からケチをつけられることとなった。
教会に目をつけられた以上、ミュザウ侯爵とて簡単には動けない。実際、それによりミュザウ侯爵の圧力は治まったとのこと。
これにてミュザウ侯爵の接触も終わると考えられた。
だが、コレで元の修道院生活が戻ってめでたしめでたしとはならない。
ミュザウ侯爵は次の手を打ってきた。
ミュザウ侯爵は、御令嬢が邪教徒であると告発したのだ。
ミュザウ侯爵は、何処から用意したのか、幾人も密告者を連れてきた。彼らは口々に邪教の神に祈りを捧げていただの、邪法を行使しているのを見ただの宣ったそうだ。
その中にはカラザリア修道院の者も含まれていたという。
民の生活の為にも、邪教徒は取り除かなければならない。その大義名分の下ミュザウ侯爵は修道院に兵を差し向けた。
どこからどう見てもミュザウ侯爵のでっち上げだが、修道院の者も密告している以上修道院側も表立って抗議できない。それに、神の僕たる修道院が邪教徒を庇い立てする訳にもいかなかった。
そこに追い討ちをかけるように、皇室が捕縛命令を出した。
御令嬢を捕らえるべく、とうとう国の中枢までもが動き出したのだ。
これにより、御令嬢の嫌疑はもはや事実同然となった。
晴れて国中から狙われる身となった御令嬢。
彼女の窮地を救うべく、御令嬢お付きのファーガスら騎士たちは救出作戦を計画した。
ファーガスたちは最初、御令嬢を故郷に帰還させる計画を立てたそうだ。だが彼女の家がコレを拒否した。
代わりに彼女の父は、国外への脱出を提案してきた。騎士たちは己の娘を匿おうとしない姿勢に憤りを覚えたものの、他に活路はないとしてこの提案に乗った。
こうして作られた御令嬢脱出計画の大筋はこうだ。
まず、修道院の協力者の手を借りて真夜中に修道院から脱出する。
その後、荷馬車に偽装し御令嬢を西都まで護送し、用意していた協力者と合流。
騎士が囮として彼女の御令嬢の家へと向かう間に、御令嬢を帝国中央の穀倉地帯を経由し国境の要塞まで逃すというもの。
国境の関所は協力者が密出国させるのだそうだ。
随分と協力者とやらに頼りきりの計画。
そんなので大丈夫かと思ったが、御令嬢の家曰く協力者は信用に足る人物のため心配はいらないと言われたらしい。
不安はあったものの、この計画に御令嬢も同意した以上、ファーガスら騎士たちも同意せざるを得なかった。
こうして実行された御令嬢救出作戦だが、ハナから問題が発生したらしい。
修道院から脱出してすぐに、彼女の逃亡がバレたのだ。
修道院にいる協力者がしばらく時間を稼ぐ手立てだったが失敗したらしい。
それに彼らを西都まで運ぶ手筈だった荷馬車の御者が、騎士と何やら話し込んでいた。
大方、騎士に引き渡すつもりだったのだろう。
そのため彼らは真夜中の鬱蒼とした山林を降って逃げてきたという。
全く無茶なことをするものだと思った。
夜間の山中を動くなど、熟練者であっても忌避する。
ましてやそれを運動にも慣れていなさそうな貴族の娘にさせるなど無茶振りもすぎるというもの。逃げている間に力尽きてもおかしくはなかろうに。
だが御令嬢は逃避行の中でも苦言を言わないどころか、騎士たちに対する労りの言葉をかけたという。
「なんとお優しいことか」とファーガスは語る。
実際朝護も感心した。
ただでさえ夜間の山中を下るのは大変だというのに、追われているという焦燥感を駆り立てる状況が加われば、体力の消耗は相当だろう。
にも関わらず他人を気にかける余裕があるとは、よっぽど体力があるのだろう。
貴族の娘ながらそれほどの鍛錬を積んでいたとは称賛に値すべきだ。
朝護は想像上の御令嬢像を、ムキムキの筋肉娘へと塗り変えた。
夜通し山中を進み続けて、一行は西都あと一歩のところまで逃げ延びたらしい。
だがそこで追手に追いつかれてしまった。
このままでは今までの全てが水の泡となると考えたファーガスは、足止めとして一人その場に残った。
そこで追手にボコボコにされ、こうして牢屋に放り込まれたということらしい。
成る程、それであのチグハグな対応だったのか。
名門貴族の騎士であり、一応御令嬢への邪教徒の嫌疑も確定していない以上、コイツは貴人として扱わねばならない。けれど御令嬢が邪教徒であるのが事実上確定している現状、そんな奴を丁重に扱うのは癪だろう。
「貴人として接さなければならないが、邪教に与するものに慈悲などない。」
そう言った考えの結果が、装備をつけたまま独房にポイッというあの乱雑な対応だったのだろう。
「協力者にあちらに与するものが紛れ込んでいた以上、宗家が用意した協力者も信用しきれない。それに、完全に部外者であるお前ならどこぞの勢力に与しているということもなかろう。だから頼む、協力してくれ。」
「おいおい、そんな簡単に信用していいのかよ?
それに俺が金を積まれて裏切るかもしれないんだぞ?」
「あぁ、そこは問題ない。貴族のほとんどは外国との関わりはないし、そもそも異人が嫌いだしあちらの手のものということもなかろう。
それに、お前に頼みたいのはお嬢様の護衛ではなく囮役だ。」
コイツ堂々と言いやがって……、だが仕方ないか。
協力者が信用ならない以上、誰がどの勢力に属するかなどわかったもんじゃない。
その点、この国に来たばかりの異国の民というのはどこの勢力にも染まりきっていないという点で、信用に足る人間ということになるだろう。
そもそも見ず知らずの相手と言うだけで普通は警戒すべきところだろうが、コイツらの状況を考えるとコレすらもマシな選択というわけだ。
お気の毒なこって。
「それに計画を知ってしまった以上タダで返すわけにもいかない。もし逃げ出そうものならお前も我々に与する者として密告するまで。
そうせずともミュゼウ家から情報目当てに追われることとなるだろうがな。」
くそ、コイツ悪辣な考えしやがって。
さっきの同情返しやがれ悪徳騎士が!
閻魔王に代わって地獄に送ってやろうか!
すうぅはあ、すうぅはあ、落ち着け深呼吸しろ。
逃げ道を抑えられて頭に血が昇ってしまったが、コイツは重要なことを見逃している。
「とは言ってもよ、俺がいつ独房から出られるかも分からないんだぜ?
俺が出所する頃にはもう御令嬢もどこかに行っている可能性もあるしよ。」
そう、ここは独房。いつ出られるかも分かったもんじゃない。
わざわざこんな場所に突っ込んでいる以上、守護の騎士団もしばらくは閉じ込めておく可能性もある。
大した罪ではないだろうが、最低でも丸一日は牢屋に放置される可能性は高い。その頃には、御令嬢も逃げ出すか捕まるかしているだろう。
つまり、独房にいる限り俺は安全ということだ。
「いやその心配は要るまい。聞くところによるとお前は大した罪を犯していないようだしな。せいぜい一日以内だろう。
それに、きっとこれは神の思し召しだ。神がいいように取り計らってくれるだろう。」
はぁ、神のご意志とやらですか。なんとも曖昧な根拠だこって。
さしもの神も、まさかこんな独房で運命など差し向けないだろうに。
「まさか、外からの流れ者にまでは神の手だって届かないだろうさ。」
「いや、そうでもなさそうだぞ。」
奥から石畳を踏みしめる数名の靴音が聞こえる。
神の意志を感じさせるような絶妙なタイミングだ。
どうやらここの神様は、どうしても俺を巻き込みたいらしい。
クソッタレが、自分のケツくらい自分で拭きやがれ!
「すまない、これが騎士道に悖る非道なのは承知している。無関係なものを巻き込んでおいて戦いに巻き込むなど人として軽蔑されても仕方がないだろう。もし次に出会う機会が在れば好きなだけ殴ってくれても構わない。だからこの通りだ!彼女の命を救って欲しい!」
何がこの通りだよ見えねえよ。
それに俺には人を殴って喜ぶ性癖なんてないぞマゾ野郎。
めんどくせぇ、ミュザウ家とやらにこの情報売っ払えば見逃してもらえないだろうか?
そんなことを考えている間に、足音はすぐ近くまで迫っていた。
「おい異人、釈放だ」
ガチャンという音と共に独房の扉が開くと、俺は騎士に両脇を抱えられ廊下に連れ出された。
「すまないが頼む!お嬢様は変装しておられるだろうが、金の虹彩をしているからすぐわかる筈だ!街に出たら、金の虹彩を探してくれ!」
「ん? おい今金の虹彩っつたか!?どういう事かくわs──。」
「おい!貴様ら何を話している!釈放を取り消されたいのか!」
ああクソ、それどころじゃないと言うのに。
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