第2話 邂逅 Ⅰ
西都 ハウベットは帝国建国初期から続く由緒正しき古都市である。
300年前の統一戦争の際に、現在の皇帝家がこの地を東部への足掛かりとて築城したのが始まりとされ、以来300年の間この地に君臨している。
軍事基地として定められたこの都市は、父なる川 フルッツ川に囲まれた崖の上に立っている。
城の南側に平原を見下ろすように聳え立ち、三方を崖に囲まれた城塞都市だ。
崖の下には清涼なるフルッツ川が流れている。
川からは上流で生産された果実やワイン、木材、金属製品が運び込まれる。
平原からも大量の物資が運び込まれる。
平原で収穫された小麦や大麦、近隣で作られた毛織物に麦酒、国境から運び込まれた香辛料や嗜好品などあらゆるものがこの都市に流れ込んでくるのだ。
ここまで色々なものが流れ込むと当然、色々なニンゲンがやってくる。
商人や職人のみならず、生き場所を求めて彷徨う生活困窮者、一旗上げようとする農民上がり、そう言った人間を騙して利用しようとする山師など。
善悪問わず、様々なニンゲンが集まってくるのだ。
そうなると当然治安は悪化する。
悪人が湧くのは大都市の宿命だが、そのまま放置していては治安が悪化する。
そこで領主は治安維持専用の騎士団を設立した。
その名もマイヤー騎士団。
マイヤー騎士団は城主の主人である大公家の庇護のもとに設立された国内でも有数の騎士団である。
「清廉・公正・寛容」を鉄の掟とし、設立以来250年に渡りこの地を守り続け、国の内外問わず名声を博している。
この都市に住んでいる者で彼らに感謝していないものはいないだろう。
まさに物語に出てくる理想の騎士団のように、皆から慕われている。
けれど古今東西どんな組織も、腐敗とは無縁ではいられない。
ましてや、250年もの歴史を持つ大都市の治安維持組織なんぞは、何処かしら腐ってしまっても仕方ないだろう。
現に目の前の騎士は公正さも寛容さも忘れてしまったようだ。
東洋風の衣服を纏った男 朝護 が固い石畳の上で目を覚ました。
「いっつつ、首が痛ぇ」
最悪の目覚めだ。
せめて最高級の羽毛の上に寝かせてほしかった。
ぐるりと周囲を見回すと、周りは灰色の石壁で覆われていた。岩を乱雑に削っただけの石壁は、過ごすものの快適さなど一切考えていないようだ。
それもそうだ。
なんてったってここは牢屋なのだから。
「あんの生臭騎士が、俺が何したっていうんだ。」
門番である騎士が舐めた口きいてくるからこっちも言い返しただけなのにこの様だ。
数人の騎士に囲まれ、抵抗したところ気絶され牢屋に送り込まれたのだ。
騎士たるもの、もう少し寛容さを身につけるべきだよな。
朝護はぼーっと牢屋の扉を見詰める
灰色の石壁は粗末すぎてなんの面白みもない。
牢屋は木製の扉で固く閉ざされており、外に通じているのは扉の小窓と壁上部に設けられた採光用の小窓だけで、外の様子などわからない。
そして贅沢にも独房をいただいた朝護は、絶賛一人ぼっち。
結果、暇を持て余した彼は、こうしてぼーっと寝っ転がる事しかできなかった。
「やっぱ『テメェの汚ねぇ尻の皮ひん剥いて女房に叩きつけてやろうか短小野郎!』は言い過ぎか?」
男は今更な反省をした。
しばらくボケーッと過ごしていると、廊下から何かを引きずるような音が聞こえてくる。
音からして引きずられているのはそこそこ鍛えられた男、それも金属製の装備を着けているようだ。
そして特段何の抵抗音も聞こえないことから、引きずられている相手は相当疲弊しているのか、あるいは死んでいるかのどちらかだろうとわかる。
何かを引きずる音が俺がいる独房の隣で止まった。
鍵が回る音と共に、ガシャンッという金属が叩きつけられる音が聞こえる。
引きずられていた人物が独房に放り込まれた音だろう。
再び鍵が回る音がした後、数名が石畳の廊下を去っていく足音が響いた。
これは一体どういう状況だ?
独房に入れられたということは、憔悴しているものの男は生きているということ。
そして相手に対する敬意など感じられないあの乱雑な対応。
ということは、男は罪人だろうか?
だが、男は装備を着けたままだ。
罪人なら装備など外される。
衰弱しているようだから装備を外すくらい簡単だろう。
にも関わらず装備を外さないということは、無罪の者かつ丁重に扱うべき貴人という推測が成り立つ。
たとえ無罪であっても武装したまま監禁するなどあり得ない。
反抗されかねないからだ。
だが、高貴な人間の衣服をみだりに剥がすことは、誇りを傷つけることであるから、貴人の場合は装備も剥がされない事もある。
そうなると、男は貴人かつ無罪であるにも関わらず、治療も施されず乱雑に扱われ、こうして独房に放り込まれたという構図が出来上がる。
意味が分からない。
情報がチグハグだ。
いかにも関わらない方がいい人種だろう。
厄介事の匂いがぷんぷんする。
だが、朝護は果敢にもその人物と接触を図ることにした。
暇は猫をも殺すのだ。いや好奇心だったか?
まぁいい。
兎に角、暇を潰せるものが欲しいのだ。
看守が居ないのを確認し、朝護は声を上げた。
「おい!生きてるかあんた!」
扉の小窓から忍び声を掛けた。
しかし何の反応も返って来ない。
「おい!聞こえてないのか!」
相変わらずなんの反応もない。
「おい!生きてるのか!死んでるなら死んでるって言え!」
「……死んでいたら返事などできないだろう。」
カチャリという金属が擦れる音と共に、ようやく隣から返答が聞こえてきた。
その声は弱々しく掠れている。相当疲弊しているのだろう。
一体何があったらここまで疲弊するのだろうか。
俄然興味が湧いてきたぞ!
「よかった、くたばってはいないみたいだな!」
「ああ、おかげさまでな。手足も満足に動かせんがね。」
道理で引きずられてたわけだ、ご愁傷様。
男は声を出すだけでも精一杯のようだ。
まぁ、気を遣って黙ってやる気など毛頭ないがな。
俺は死ぬほど暇なのだ!
「おいおい、大丈夫かよアンタ。そんなになるなんて、一体何があったんだよ。」
「それは……いや、お前には関係ない。」
むっ、なにやら深い事情がお有りのようで。
さっきまで友好的に話してきたというのに、「お前」って言ったあたりから声音に拒絶の意思が混ざったのが感じられた。
一体どんな事情なのやら。
断然興味が湧いてきたぞ!
「そう言うなって、同じく独房に放り込まれた者同士仲良くしようぜ。」
「同じにしないで貰いたい。こちらは忠義の結果だ。神に恥じる行為などでは断じて無い。」
あぁ、やっぱり騎士だったか。
それで装備を剥ぎ取られなかったと、成る程。
にしても、誰が神に恥ずべき人間だこの野郎!
全く、ひどいこと言いやがって。
「ヒデェな、俺だって門番にちょっと文句言っただけで一切悪いことなんてしてないぞ。」
「その程度で捕まる訳もなかろう。大方、門で暴れでもしたんじゃないか?」
「生憎と生まれが良いもんでね。その程度の良識は弁えてるよ。」
俺を蛮族かなんかとでも思っているのかコイツ。
生憎とこの都市では暴れていないぞ。
せいぜい、騎士に文句言っただけ。
俺は何も悪くないぞ! 多分。
「いやそれで捕まるわけが……いや待て、もしかして、この国の外から来たのか?」
「ん?そうだが?」
「あぁ、成る程。それならあの騎士団どももやりかねんか……」
なんだか勝手に納得しているようだが、どうやらここの騎士は部外者に対してそういう事をする連中らしい。
交易都市のくせに外国人を差別するとかどうなってんだよここ。よく交易続いてんな。
それにしても……やっぱ俺悪くねぇじゃねーか!
あんのクソ騎士、出所したら尻の皮ひん剥いてやる!
「そうか国の外からか。」
「おう。で、いざ到着したと思ったらこのザマよ。ほんとひどい話だぜ。」
「そうか。それなら一つ頼みご……いや一体何を考えているんだ俺は。
こんな所にいるような奴に頼もうなどと。こいつが真実を語っているとは限らないだろうに。だが、今は少しでも可能性を高めなければ。それにこのタイミングで外界への伝手などまさに天の思し召しのようなもの。だがこんな得体の知れない者にお嬢様を任せるなどと──。」
何やらブツブツと独り言を始めた。
小声でよく聞こえないが、こんな奴やら得体の知れないやら、好き勝手言ってくれているようだ。ぶっ殺すぞ。
にしても困ったな。コイツ、思った以上に会話が成り立たない。
疲れで頭がおかしくなったか?
「やむ終えない、か。」
小声でなにやら呟いている。
何独り合点してんだこいつ?
頭大丈夫か?
「お前は不当に捕まっただけ、と言うことだな?」
「おうともさ。だから一体何があったのか──」
「本当に何も悪いことはしていないんだな?」
「あぁ、だからそうだって言ってんだろ。」
「本当に本当か?嘘偽りを吐いてはいないだろうな?」
「だからそうだっつってんだろ。なんならテメェらの神にでも誓ってやろうか?」
なんだコイツ一方的に話しやがって。
さっきから様子もおかしいし、そろそろ引き際か?
だがなー、こんなのでも話し相手いないと暇なんだよなー。
……それもコレもあの生臭騎士のせいだ。
おのれあのクソ野郎、顔を思い出すだけでムカついてきた。
絶対報いを受けさせてやるからケツ洗って待っとけ。
「あぁクソッ!俺も焼きが回ったか!」
ナニが「あぁクソッ!」だよ。
それは隣人がうわごと言いだしたこっちのセリフだよ、クソが。
「なぁお前、俺の話を聞きたいんだよな?」
「お、ついに話してくれる気になったか。」
辛抱強く耐えた甲斐があったぜ。
やっぱ辛抱強く努力を続ける人の下には幸福が待っているものだな。
「あぁ、代わりに一つ頼まれごとをして欲しい。」
「え、断る」
思わず本音が口に出た。
折角話してくれそうになったがつい口走ってしまった。
だってこの口ぶりからして頼まれごとは十中八九、コイツが投獄されたことと関係があるだろう。
何が悲しくて、こんな顔も知らない奴の厄介ごとの片棒を担がなければならんのだ!
「頼む!どうせ聞いたら無関係では居られないのだから引き受けてくれ!」
「なら話さなくていい。」
「なんでだ!先程まであれほど聞きたがっていたではないか!」
「お前が面倒ごと押し付けようとするからだろ!」
なんだコイツ?馬鹿か?
初めて会った奴に面倒ごとを押し付けようとしてくるんじゃねよ!
それでも騎士か!そんなだから捕まったんじゃないのか!
「くっ!ならば仕方ない。こちらにも考えがある。」
考え、考えねぇ。
なんだか嫌な予感がした。
俺は咄嗟に手を耳に当てようと、腕に力を込める。
だが遅かった。
「我々はミュザウ家に邪教徒の濡れ衣を着せられ追われている!
この事件はミュザウ家がお嬢様を手込めにしようとする陰謀だ!
どうかお嬢様を救ってくれ!」
あーあ聞いちまった。
これで見事コイツらの仲間入りというわけだ、クソッタレめ。
この恨み、絶対に晴らしてやるからな。
待ってろよ生臭騎士め。
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