第24話 立場
目が覚めた。
視線の先には見知らぬ天井があり、室内から知らない匂いが漂ってくる。
薬品の匂い。
ここは、病院か何かなのだろうか?
なんて事を思いながら上半身を起こしてみれば、ズキッと肋骨から痛みが伝わってくる。
やはり、折れたか?
とか何とか思いながら脇を擦り、周囲を見渡してみれば。
「ギルド……か?」
あまり立ち寄った事はないが、ギルドの医務室がこんな感じだった気がする。
周りにはいくつものベッドが並び、私物はベッド脇の机に置かれていた。
俺の場合には、マジックバッグが一つと着ていた服。
それから随分と汚れていた筈のローブが、洗濯された状態で畳まれていた。
些か不用心にも思えるが、周囲で俺以外に寝ている者はなし。
だからこそ、ここまで適当に放置されているのだろう。
あれから、どうなったんだ?
正直記憶が曖昧だ。
スピノクロコダイルに食われそうになった瞬間、黒い鎧が降って来て。
その後は黒鎧が増え、すぐさま周りの魔獣を狩りつくした。
今思い出しても、夢だとしか思えない光景。
しかし、俺はちゃんと生きている。
だとすれば……現実だったのだろう。
“あんなもの”が。
正直、自分の正気を疑うレベルだが。
「まぁ、いいか」
一人呟いてからいつもの服に着替えを済ませ、ローブを羽織る。
腰に愛用のバッグを吊るし、中身に変化が無いかを確かめた。
問題ない様だ。
備品も武器もしっかりと入っている。
金をくすねられたりもしていない。
と言う事で、病室を出た瞬間。
「うわっ!」
「む?」
俺の胸に、何かが突っ込んで来た。
視線を下ろしてみれば、そこには鼻を抑えているいつもの受付嬢の姿が。
「墓守さん! 目が覚めたんですね!」
ちょっとだけ赤くなった鼻を擦りながら、受付嬢は嬉しそうな声を上げる。
やはりまだ本調子ではない様だ。
扉の向こうの気配を読めなかった上に、ぶつかるまで気づかなかった。
「すまない、大丈夫か? 鼻を打ったのか?」
「大丈夫です! というか墓守さんの方こそ大丈夫ですか!?」
「問題ない」
そう答えてみれば受付嬢は大きなため息を吐いてから、ハハッと乾いた笑いを溢した。
呆れていると言うよりかは、どこか安心した様子で。
「本当に、勘弁してくださいよ……大型のスピノクロコダイルに一人で挑んだんですって? 何やっているんですか貴方は。救援が間に合わなかったらどうするつもりだったんですか!」
「あの状況ではどうすることも……」
「だとしてもです! ウォーカーにとって自己犠牲なんてクソ喰らえ、ですからね! 生き残ってなんぼのお仕事なんです! 手足の一本や二本失っても、生き残った方が偉いんです、強いんです。わかりましたか!?」
「肝に銘じておく」
「そうしてください!」
なんだか、凄く怒られてしまった。
プリプリと頬を膨らませた受付嬢に連れられ、いつものエントランスまで足を運んでみれば。
「お、墓守も目が覚めたか! お疲れさん。聞いてるぜぇ? 肋骨折ったんだってな?」
ニヤニヤとするダリルが、グラスを掲げ。
「墓守……お前には言いたい事が山ほどある」
随分と険しい顔のイズリー。
額の青筋が頭のてっぺんまで伸びていきそうな程、怒っている御様子だ。
不味い。
「墓守さん! ご無事で何よりです!」
「墓守! 馬鹿! 本当に馬鹿!」
レベッカとルーの二人が、誰よりも先に走り寄って来た。
しかし。
「ユーゴは、どこだ?」
俺の相棒の姿が見えない。
土砂に巻き込まれる中、アイツは無事だった様に見えた。
だというのに、その姿が見えない。
「あーその、なんだ。お前からしたらちとショックを受けるかもしれないが……」
口ごもるダリルが、ボリボリと頭を掻いている。
なんだか、嫌な空気になって来た。
周りの連中も気まずそうに視線を逸らしている。
これは、なんだ?
「無事なのか? 答えろ」
「無事は無事なんだが……」
呟くダリルに、思わず詰め寄ってしまった。
彼は妙な雰囲気で視線を逸らし、グラスを傾ける。
「答えろ!」
そう叫んでみれば、ギルド内は静寂に包まれた。
嘘だろ?
あの黒鎧達も、ユーゴから救援を求められたと言っていた。
だったら、街には戻って来た筈だ。
まさか、何かの怪我を負っていたとか?
そんな悪い予想ばかり頭に思い浮かび、血の気の引く思いで突っ立っていれば。
「多分、見た方が早いですわ。丁度これから始まる所ですし」
「ん、墓守が目覚めなければ参加しないつもりだったけど。皆で行こう」
「……何?」
レベッカとルーの二人が、俺を抑える様に肩を掴んで来た。
コレ以上暴れるなと、静かに諭す様に。
「大丈夫だ、墓守。アイツはちゃんと生きている。だがな、俺達とは立場が違うというか……その、なんだ。迎えが来ちまってな、今回は結構物々しい感じだったっつぅか」
的を射ない発言を繰り返すダリルに、舌打ちを溢してから思わず掴みかかる。
「さっきから何を言っている。結論を言え」
「墓守さん!」
今度は受付嬢までも間に入って来る始末。
結局何なんだ。
ユーゴは何処へ行った? 無事なのか?
分からない事だらけで、思わずイライラし始めた頃。
「その辺にしておけ、墓守。それこそ見た方が早い。行くぞ、コレから“祭り”だ」
なんて事を呟きながら、松葉杖をついたイズリーが立ち上がった。
ソレに合わせて、周りの連中も立ち上がる訳だが。
祭り?
「墓守さんはまだ安静にしているべきです。なんて言っても……寝ていろと言って聞く人ではないですよね。肩、貸しましょうか?」
思いっ切りため息を溢す受付嬢が、遠慮気味にそんな事を言ってくる訳だが。
「頼む」
「えぇ、まぁそうでしょうね。私になんて頼ってくれません……今なんて言いました?」
「肩を貸してくれ、俺はユーゴの無事をこの眼で確かめる必要がある」
「支部長ぉぉ! 午後休みを頂きまぁぁす!」
急に叫び出した受付嬢が、すぐさま脇に潜り込んで来た。
そして、折れた方の肋骨に負担を掛けない様に力を入れる。
「すまない」
「いえいえ、この程度」
そんな訳で、俺たちは随分とゆっくりとした歩調で街中を歩き始めた。
松葉杖をつくイズリーに、受付嬢に支えられる俺。
ソレに合わせる様に、周囲を歩くウォーカー達。
随分と妙な光景になってしまったが、それでも歩き続けた。
「とにかく、ユーゴは無事なんだな?」
「それだけは保証しますよ」
受付嬢から度々そんなお声を頂きながら、俺たちは歩き続けた。
何処に向かうかも知らず、足を進める。
相棒の無事な姿を見ない事には、おちおち寝ていられる筈も無い。
だからこそ。
「すぐに行く……待っていろ」
「その熱量が他の人にも向けられれば、また違った人生も歩めたでしょうに」
「何の事だ」
「何でもないです。初めて出来た仲間ですもんね、仕方ないってのは分かってますから」
そんな訳で、俺たちはゾロゾロに街中を歩いていくのであった。
見知った街並み、今日だけはやけに人の少ない道のりを歩く。
こんなにも多くのウォーカー達と練り歩いているというのに、周囲からの視線は驚くほど少ない。
何か、あったのだろうか?
――――
たどり着いたのは、いつか訪れた場所。
この国の中心にして、王族が住まう城。
だが、何故こんな所に?
やはりユーゴは王族だったのだろうか?
とかなんとか色々考えてしまう訳だが、結局答えは見つからない。
ただ、今日の王宮は前よりも随分と賑やかだった。
「人が多いな」
「まぁ、仕方ないですね。今日だけは市民の立ち入りも無条件に許されていますし」
受付嬢が俺の疑問に答えてくれるが、更に疑問が湧く。
イズリーが「これから祭りだ」と言っていたが、祭りの会場がココなのだろうか?
事態に付いていけぬまま、俺たちはゾロゾロと中庭に向かって歩いた。
大人数で歩いている訳だから、非常に迷惑そうな顔をされる……と思ったのだが。
誰も彼も笑いながら俺達と同じ方向に向かって歩いていく。
そして、大混雑の中皆の足が止まった。
「ココに何があるんだ?」
「見ていれば分かりますよ」
短い返事を頂きながら、俺は周囲に視線を投げる。
この中に、ユーゴが居るのか?
とはいえ、人が多すぎてとてもじゃないが見つけられる気がしない。
なんて思っていたその時。
「待たせたな、皆の衆」
いつか聞いたその声が、上から降って来た。
合わせて視線を上げれば、二階のテラスから現れる多くの人々。
その中に。
「ユーゴ? それに……」
俺を救ってくれた、黒鎧達。
何だ? コレはどういう集まりだ?
頭の中は疑問だらけになっていく。
だというのに、事態は進んだ。
「噂に聞いている者も多いとは思うが、我がシーラ国は二つの国と条約を結ぶことにした。その名も、平和条約。ま、簡単に言えばこの二国とは特に仲良くしましょうって話じゃな。何かが起きた時に手を取り合うのはもちろん、商業の発展や互いに技術提供を密に行い、皆そろって幸せになりましょうってな感じじゃ」
あまりのざっくりな説明に、周囲からは苦笑いが漏れている。
あの爺さん、国王だったのか……。
いや、本当に国王か?
こういう場で、普通あんな柄シャツを着て登場する国王がいるか?
「あの爺さん、国王なのか?」
「え? 今更ですか?」
小さな声で受付嬢に聞いてみれば、彼女は呆れた視線をこちらに投げてから一つ頷いて見せた。
そうなのか。
国王なのか、アレが。
ただの酒飲み爺さんのイメージしかなかった。
そして、彼を守る様に展開している国の兵士達。
その中に、緊張した面持ちのユーゴが立っていた。
王族でも貴族でもないとは聞いていた。
しかし、城に出入りするユーゴ。
まさか、王直属の騎士だったりするのだろうか?
だとすると、先程ダリルが言っていたのはこの事だったのか。
迎えに来た、というのは。
「凄いなユーゴは……あの歳で国王を守る騎士なのか? 王族を守護する立場にあったのか」
「あぁ~えっと」
どうしたもんかとばかりに頬を掻く受付嬢に変わり、レベッカとルーが口を開いた。
「違う、確かに“今は”王の守護をしているみたいだけど。普段の彼は、騎士でも何でもない」
では、何故あんな所に立っているというのか。
一般人が立てる場所じゃない筈だ。
「ユーゴ様は貴族でも平民でもありません。彼は数年前に召喚された“異世界人”。特別な称号を持ち、王に保護されている存在です。だから私やルーの様に、貴族の娘は彼にお見合いを申し込むんです。なんたって、一番王に近い位置に居る“手の出しやすい”存在ですから。嫌な言い方ですけど」
そんな事を言ってから顔を背けるレベッカは、どこか申し訳なさそうに下を向いてしまった。
異世界人。
話には聞いた事があったし、そういう物語も読んだ事があった。
しかし、実際には始めて見た。
本当に居るのか、というかあるのか。
“異世界”というモノが。
そんな未知の場所から来た、特別な存在。
それがユーゴ。
あまりの事に頭に驚愕を通り越して、真っ白になっていく。
俺が今まで肩を並べていたその人は、俺とは違う存在だった。
俺なんかでは、とてもじゃないが相棒を名乗るにはおこがましい。
国に保護され、国王さえも期待するとても遠い存在。
なるほど、ダリルの言っていた通りだ。
俺達とは、“立場”が違う。
「帰ろう、ユーゴの無事は確かめられた」
「良いんですか?」
「あぁ、俺はここに居るべきじゃない。アイツは相応しい場所に戻り、俺も前に戻るだけだ」
「そんなこと……いえ、今は何を言っても無駄ですね」
相変わらず受付嬢に支えられながら、俺は人波をかき分けるようにして出口へと足を向けた。
今は、この場に居たくなかった。
俺と彼は、とんでもなく遠い場所に立っているのだと、そう言われている気がして。
色々と教えてやれればと思っていた。
俺自身も、彼に追いつこうと思っていた。
しかし。
「最初から、手の届かない位置に居たんだな。アイツは」
「立場としては、でしょう? 貴方達は確かに並んで歩いていましたよ」
「しかし、ユーゴは“アチラ”に立つ事を選んだ」
もう、会う事もないのかもしれない。
王直属となれば、もう俺の様な平民と肩を並べる機会など無いだろう。
彼はこれから華やかな人生を歩み、物語の主人公の様に活躍していくはずだ。
そして俺は、その姿を遠くから眺めるんだろう。
「ショックですか?」
「少しな。しかし、良かったと思っている」
「どうして?」
「俺は、短い間でも凄い奴の隣に立てた。お伽噺の登場人物の様なその人に、出会う事が出来た」
それは、これから俺の人生の糧になる事だろう。
俺は、一時的とはいえ主人公の隣に立てたのだ。
むしろ“墓守”なんて呼ばれている存在がその物語に登場してしまったら、話の汚点にならないかが心配だが。
それでも。
「楽しかった。多分、人生で一番」
「なら、良かったです」
ヤレヤレと少しだけ呆れた笑みを浮かべながら、受付嬢だけは俺と一緒にギルドへと戻ってくれたのであった。
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