第25話 喧嘩するほど


 「パーティの解散申請って、どういうこと?」


 「そうですわ! 半数以上の同意が無ければ受理されないとはいえ、コレはあまりにも!」


 翌日、レベッカとルーの二人から噛みつく勢いで問い詰められてしまった。

 とはいえ、仕方あるまい。

 戦闘メンバーが俺一人になってしまったのだ。

 これでは、二人を守り切れない。

 どうしたって手が足りない。

 だからこそ、“守人”はここで解散するべきだ。


 「仕方あるまい」


 「何が? ちゃんと説明して」


 「本当にどうしてしまったんですの墓守さん!」


 どう説明したものか。

 昨日の演説に、彼女達も参加していたのだから少し考えれば分かる筈だ。

 というか、彼女達はユーゴが異世界人である事を知っていた。

 だったら、こういう時がいつか来ると予想出来ただろうに。


 「ユーゴは、“アチラ”に行った。俺一人では、お前達を守り切れない」


 そう呟いてみれば、彼女達はポカンと間抜けな表情を浮かべながら。


 「え? あの、墓守さんは何を言っておりますの?」


 「多分、最後まで居なかったから勘違いしてるのかと……」


 はぁぁ、と大きなため息を溢されてしまった。


 「何の事だ?」


 はて、と首を傾げてみれば二人は更に呆れた視線をこちらに向けて、立て続けに大きなため息を溢した。


 「墓守さん、もしかしてですけど。昨日のユーゴ様を見て、もうウォーカーは辞めるとか勘違いしてませんか?」


 「勘違いも何も、あんな場所に立っていたんだ。ただのウォーカーが立てる場所じゃない。なら、そういう事だろうが」


 何をおかしな事を言っているんだとばかりに反論してみれば、今度はルーが睨みつけてくる。


 「最後まで話を聞かないから、こういう事になる。私達は、絶対にこの書類サインしないから」


 ベシッと突き返されるパーティ解散申請書。

 同じように、レベッカからもスッと返されてしまった。


 「しかしな……」


 どうしたものか、なんて困り果てていたその時。


 「墓守さんの目が覚めたって本当ですか!?」


 勢いよくギルドの扉が開かれ、その先から現れたのは。

 間違いなく、見知ったその顔だった。

 ここに居る筈の無い彼が、キョロキョロとギルド内に視線を配っていた。


 「……ユーゴ?」


 「あ、居た! 墓守さん、大丈夫ですか!? 心配したんですよ!」


 嬉しそうな笑みを浮かべながら此方に向かって走って来るユーゴは、どう見てもいつもの皮鎧姿。

 昨日のような、豪華な装備を身に纏っていたりはしなかった。


 「何故、ココにいる?」


 「え? 何言ってるんですか? それより、もう大丈夫なんですか!? 治癒魔法を頼んでおきましたけど、もう肋骨くっ付きました!?」


 ペラペラと喋りながら、いつも通りの様子で話し続けるユーゴ。

 どういうことだ?


 「戻らなくて良いのか?」


 「どこにですか?」


 「王の元に、だ」


 「え? 何でですか?」


 ポカンとした表情を浮かべている彼は、本当に俺が何を言っているのか分からない様子だった。

 自覚していないのか?

 自らがどれ程特別な存在であるかを。


 「お前は、異世界人なのだろう?」


 「えっと……その」


 そう言葉にしてみれば、彼は気まずそうに視線を逸らしながらポリポリと頬を掻き始める。

 別に隠していた事をどうこう思っている訳ではない。

 単純に、心配だったのだ。


 「いいか、よく聞け。立場と言うのは、一晩で消えてなくなる事だってある。だからこそ、すぐ帰るべきだ。お前は王を守護する立場を選んだのだろう? なら、今すぐ仕事に戻るべきだ」


 過去の俺がそうだったように。

 立場に相応しい行動、態度を取らなければ人は人を簡単に切り捨てる。

 いくら“異世界人”として王に保護され、守護する立場にあったとしても、それを蔑ろにすればどうなるか分からない。

 それがこの世界だ。

 不要になればすぐに捨てられる。

 俺やルーが良い例じゃないか。

 だからこそ、彼にはそうなってほしくない。


 「すぐに戻れ、お前は物語の主人公にだってなれる人間だ。だから、ちゃんとした仕事に就いた以上、しっかりと――」


 「ちゃんとした仕事ってなんですか。ウォーカーは仕事じゃないとでも言いたいんですか?」


 「いや、そうは言わないが……」


 喋っている途中で、ユーゴから鋭い視線を向けられてしまった。

 何を怒っている?

 ウォーカーに比べれば、王族を守護する仕事なんてずっと“ちゃんとした職業”と言えるだろうに。

 それは、俺達の様な人間が逆立ちしても立つ事が出来ない場所なのだ。

 そこに今、ユーゴは立っていると言うのに。


 「確かに色々秘密にしていたのは悪いと思っています、すみませんでした。でも、さっきから何ですか? まるで俺の事をパーティから追い出すみたいに……それに、コレ何ですか?」


 「あっ、ユーゴ様。それは――」


 先程二人から突き返された“ソレ”を拾い上げたユーゴの額に、ビキリと一本の青筋が浮かんだ。


 「そっちこそ、どういうつもりですか? こんなモノまで拵えて。パーティの解散申請書って、どういう事ですか?」


 「仕方ないだろう。お前はもう」


 「お前はお前はって、さっきから聞いていれば何ですか! 何を勘違いしているのか知りませんけど、全部俺に原因があるんですか!? なんでこんな事、相談も無しに進めようとしてるんですか貴方は!」


 思い切り怒鳴られてしまった。

 こんな事は始めてだ。

 ユーゴが俺に本気の怒りをぶつけて来たのは。

 だが、何故そんなに怒っている。

 仕方ないじゃないか、俺だけではレベッカとルーの二人を守るには手が足りない。

 だからこそ――。


 「あぁもう、知りません。色々と説明してもらいたい所ですけど、今の墓守さんは冷静じゃないみたいなので」


 「俺がか? お前では無くて?」


 「貴方がです。普段の貴方なら、短いながらも言葉を紡いで来たはずです。これからどうするんだって、お前はどういう立場にあるんだって。ちゃんと聞いて来た筈です」


 「しかし、昨日の姿を見れば誰にだって理解出来るだろう」


 「その理解をしていないのが貴方だって言ってるんですよ! だから、もう良いです。ちょっと喧嘩しましょう」


 「なに?」


 おかしな事を言い始めたユーゴは、腰の長剣をベルトから鞘ごと外して近くに放り投げた。

 ソレに合わせて、周りウォーカー達がテーブルを退かして場所を作り始める。


 「本気か?」


 「本気です。なので墓守さんも本気で掛かって来て下さい。怪我人だったとしても、容赦しません。今の貴方は、誰から見ても暴走しているだけの馬鹿です。だから、頭を冷やしてもらいます」


 静かに言い放ってから、ユーゴは拳を構えて腰を落とした。

 ゾクリと小さな寒気が背筋に走った。

 間違いない、本気で戦おうとしている。


 「良く分からんが、俺が勝ったら大人しく城に戻ってもらう。それが正しい選択だ」


 「だったら俺が勝った場合、この下らない書類を目の前で引き裂いて貰います」


 「お前の為に言っているんだがな」


 「俺の事は、俺が決めます」


 「そうか」


 もう言葉はいらないとばかりに、こちらも腰を落として掌を緩く開いた。

 武器を持たない俺達の間に静かな緊張が走り、周りのウォーカー達も唾を飲み込んで見守っている。

 さて、どうしたものか。

 問題行動として、資格の剥奪なんて事にならなければ良いが……なんて、思った瞬間。


 「戦闘中に考え事とは、余裕ですね」


 音もなく目の前に迫ったユーゴの拳が、眼前に迫っていた。

 だが。


 「実際、そこまで切羽詰まっているという訳ではない」


 最低限の動きで拳を躱し、突き出された右腕を捻って拘束しようとした。

 しかし、そう上手くはいかないらしい。

 後ろ手に腕を回されながらも、彼はこちらのつま先を踏みぬいて来たのだ。


 「ぐっ!」


 「その余裕が命取りですよ! いつまでもルーキーだと思わないで下さい!」


 痛みに耐えた瞬間、俺の拘束から逃れたユーゴはその場で腰を落としてから勢いよくこちらの足を払ってくる。

 予想外の一撃から、更に追撃。

 思わず呆気に取られ、そのまま転倒してしまった。


 「これで……俺の勝ちです!」


 「まだまだだ」


 倒れた俺に対して拳を振り下ろして来たユーゴ。

 その拳がこちらに届く前に、こちらも同じような技で相手の足を払う。


 「どわっ!」


 「決めるぞ、歯を食いしばれ」


 寝そべった様な状態のまま、倒れてくるユーゴに向かって掌底の構えを取って待ち受けていたのだが。


 「そっちこそ!」


 俺が突き出した掌に先程の拳を叩き込み、その勢いのままユーゴは俺から距離を取ってすぐさま立ち上がった。

 凄い、少し前まで本当に新人だと思っていたのに。

 今では、瞬時にこんな芸当をやってのけるのか。

 驚愕の色を隠しながらも、静かに立ち上がってみれば。


 「ここからは、本気でいきますからね」


 「ほう? 今までは手を抜いていたと?」


 とてもではないが、そうは見えなかったが。

 なんて事を思いながらニッと口元を上げてみれば。


 「全部使います! “英雄の写身”!」


 「称号魔法か……いいだろう」


 「言っている暇があるとでも?」


 「は?」


 さっきまで、目の前に間違いなく居た。

 だと言うのに、その声はすぐ隣から聞こえて来たのだ。

 そして、振り返った先には彼の膝が見える。


 「まずは一発、です!」


 ユーゴの放った膝蹴りは、見事に俺の頬を打ち抜いた。

 当たる瞬間にどうにか下がりながら自ら後ろに飛んだ為、歯が折れる程には至らなかったが。

 それでも、見事な“一発”を貰ってしまった。


 「前に俺が見た“英雄”とは違うな。他の人間か?」


 「そういう事です。俺は少なくとも、五人の英雄を知っていますから」


 「厄介だ……と言いたい所だが、随分と負担が大きいようだな」


 「やはり、バレますか」


 明らかに優位に立っている筈のユーゴ。

 だというのに、膝が震えているのだ。

 間違いなく恐怖ではない、負担から来るものなのだろう。

 自らの限界以上に能力を引き延ばす能力、絞り出す魔法の様だ。

 もしかしたら、当人にはない“才能”さえも複製してしまう魔法なのかもしれない。

 厄介ではある、が。

 それ以上に危険な称号に思えて仕方がない。


 「もう、負けを認めたらどうだ?」


 「優位に立っているのは俺です。そちらこそ、負けを認めて頂けませんか?」


 「断る」


 「そうですか。なら……」


 また、彼の姿が消えた。

 しかし。


 「能力を真似しても、判断はお前のモノだ」


 「んなっ!?」


 今度は逆側から突如として現れたユーゴの蹴りを、その場で体を逸らしながら掴み取った。

 かなりの速さだ、正直目で追えない。

 だが、非常に単調。

 何よりも、気配と敵意を殺しきれていない。


 「いくら速くても、コレでは対処が可能だ」


 「ちょ、マジですかぁぁ!」


 叫ぶユーゴを振り回し、周囲に置いてあるテーブルに向かって放り投げた。

 バガンッ! と派手な音を立てながらテーブルは真っ二つに砕け、上に置いてあった酒が宙を舞う。

 そして、彼の頭に思い切りぶっ掛かった。


 「本気で行きますからね……」


 「掛かってこい」


 チョイチョイと指で手招きしてみれば彼は態勢を立て直し、低く低く腰を落とした。

 そして。


 「シャァァァ!」


 以前にも聞いた、獣の様な雄叫び。

 その声を上げながら、こちらに向かって突っ込んでくるユーゴ。

 間違いない、以前にも見た“カレ”だ。

 絶対に超えてはいけない一線を作るような、防衛ライン。

 それ程に強い、超えられないと感じる死線。

 そんな物が、目の前から迫って来る。

 コレは、俺も本気で覚悟しなければいけないだろう。


 「勝負だ」


 突っ込んでくる獣に対して、こちらも低く腰を落として拳を構えた。

 これはちょっと、お互いに少しの怪我では済まないかもしれないな。

 そんな事を考えながら、全力で地を蹴った。


 「あぁぁぁぁ!」


 「シャァァァ!」


 二人して拳を相手に向けて放ったその瞬間。

 “何か”が、来た。


 「「っ!」」


 二人してビタリと拳を止めてしまう程、圧倒的な気配がこの場を包んだ。

 不味い、こんな事をしている場合じゃない。

 すぐにでも対処しないと手遅れになる。

本来なら“戦う”相手ですらない、“逃げる”べき相手だ。

そう感じる程の、“捕食者”の気配。


 「全員警戒! 武器を構えろ!」


 「ユーゴ! 剣!」


 「ありがとうございますルナさん!」


 ユーゴがルーから剣を投げ渡され、俺たちは二人揃って玄関に向かって武器を抜いた。

 今まで殴り合っていたと言うのに、そんな事も忘れて長剣とシャベルを構えている。


 「警戒しろ、今までの相手とは比べ物にならない」


 「了解です墓守さん。合図を下さい」


 「分かった」


 スッと息を顰めて、“ソレ”の姿が現れる時を待った。

 そして、数秒後。

 両開きの扉が開かれたその瞬間。


 「行くぞ! 俺は右!」


 「左から行きます!」


 現れたのは複数の影。

 チッ、数が多い。

 一度では仕留め切れないか……なんて、思っていたと言うのに。


 「なはは、前と同じ感じで登場しようと思ったら勇吾君に斬りかかられちまった」


 「こっちはこの前助けた子かな? 久しぶり、相変わらず面白いモノで戦ってるね」


 は? なんて、間抜けな声が漏れてしまった。

 現れたソイツ等は、ユーゴの腕を掴んで剣を止め。

 こっちはシャベルそのものを掴んで止められてしまった。

 外そうとしても、びくりとも動かない。

 コイツ、どんな握力をしているんだ?


 「ったく、なんか随分元気な声が聞こえて来ると思えば。どうした? 喧嘩か? 喧嘩なら殴り合いくらいにしておけよ? 武器は禁止だ」


 そんなセリフを吐く先頭の人物が、ヒョイっと。

 それはもう簡単に俺達の武器を取り上げてしまった。


 「いや、え、は?」


 訳が分からず、その人物達を見上げてみれば。

 とてつもなく見覚えがある集団が立っていた。


 「黒鎧? どうしてこんな場所に……」


 「そりゃ俺達がウォーカーだからだろ。ウォーカーがギルドに来て、何がおかしいんだ?」


 ごもっとも、ごもっともなのだが。

 アンタら、王宮の庭では王族の後ろに控えていたじゃないか。

 だったら……。


 「もう一回名乗ろうか? 俺達はただのウォーカーの、“悪食”ってクランだ。今回はウチの姫様の護衛で来たんだよ」


 何でもない風に、そんな声を上げる黒鎧。

 いや、ありえないだろ。

 王族がウォーカーに護衛を任せるって、なんだそれ。


 「訳が分からない」


 「だよな、俺もそう思う」


 ガハハッと盛大に笑い始める男に頭をポンポンと叩かれた瞬間、緊張感が全て抜けた。

 ついでに、全身の力も。

 それはユーゴも一緒だったようで。


 「おいおいどうした若者共。もっと肉を食え肉を、そんなんじゃウォーカーは続かねぇぞ?」


 何処までも気の抜けた声が、ウォーカーギルドの中に響くのであった。


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