2章
第20話 ピクニック
「今週は結構深くまで潜るぞ、山の方まで足を延ばすことになる。 各々準備しておけ」
イズリーが差し出して来た依頼書を受け取りながら、山の専門家達が力強く頷いた。
スピノクロコダイルの討伐、以前突如として発生した大物。
その子供が生き残っていたらしい。
それらを討伐する依頼な訳だが……ちょっとばかり距離がある。
なので、何度も野営を挟みながら進行する事になりそうだが。
「あぁ~その、なんだ。 お嬢ちゃん達は、無理をするなよ? ちゃんと連れて行ってやるから、きつくなったらすぐに言え」
「わかった」
「了解です!」
ダリルが眉をしかめながら視線を向けてみれば、そこには返事を返すウチのメンバー二人が。
ルーと、レベッカ。
なんとこちらのレベッカ嬢、ルーと一緒に冒険したいと言い始め、両親にウォーカーになってみたいと相談したそうだ。
結構な位のお嬢様だ、普通なら即刻却下されるであろう事態だったのだが。
「君が“墓守”か」
「そう呼ばれている」
「娘の事を、よろしく頼む」
「正気か?」
「あぁ、人は様々な経験がないと成長しない生き物だ。 そして経験は嘘をつかない、どんなに辛くとも、その者の糧になってくれる」
「しかし、死の危険もある。 そして、ユーゴならともかく俺の様な奴に預けて良いのか?」
「信用しているさ、元貴族の坊や。 私は、以前から君の事を知っているからな」
そう言って、随分と厳つい父親は去っていた。
良いのかそれで、なんて呆れていると。
残された置き土産は元気よく声を上げるのであった。
「コレからよろしくお願いしますね! 墓守さん! ユーゴ様! それからルナも!」
おかしいな、こちらは了承した覚えがないんだが。
とかなんとか思っている間にも、彼女はルーと一緒にわちゃわちゃと遊び始め、もうお断り出来ない雰囲気になってしまった。
そんな事があったのが、それこそ数日前。
そして、今回の依頼だ。
今週は“森”のクランの手伝い。
二人は少しずつ慣らして行こう、なんて思っていた。
だというのに……コレだ。
「頑張りますわ!」
「山、楽しみ」
分かっているのかいないのか、二人はやけにウキウキした様子を見せている。
場違いな二人の様子を、森のメンバー達も心配そうな眼差しを向けてくるが。
「リーダー、大丈夫なんですか? いくら何でも、数日野営を挟む様な仕事にあの二人を連れて行ったら……」
「心配なのは分かる。 が、今はもうアイツ等のパーティメンバーだ。 判断は向こうに任せる」
「いや、でも……」
ヒソヒソと会話をしているが、俺とユーゴには丸聞こえだ。
女子二人は未だに楽しそうに依頼書を眺めている為、気付いていない御様子だが。
「墓守、どう思う?」
困り顔のイズリーが、ポリポリと頭を掻きながら言葉を向けて来るが。
正直、俺にも分からない。
レベッカに関しては特に。
一応彼女の家の方針で、元から体力づくりなどはさせていたらしいが……。
そしてここ連日体力づくりをさせていたルー、それでも街の中と森の中では違う。
だからこそ、今回は置いて行きたい所というのが正直な所。
「ルー、レベッカ。 お前達は、行きたいか?」
「行きたいです!」
「行く、もういっぱい歩ける様になった」
即決だった。
うん、何というか。
コレは置いて行った方が面倒な事になりそうだ。
特にルーの方が。
もうずっと体力づくりばかりさせているから、そろそろ我慢の限界だろう。
いい加減連れて行けと、毎日の様にうるさく言ってくるのだ。
「では、俺とユーゴの指示は絶対に従え。 屈辱だと感じる様な命令だったとしても、絶対に従え。 全ては、生きる為だ」
「「了解!」」
「まぁ、そのなんというか。 二人共無理だけはしない様にして下さいね?」
ユーゴも苦笑いを溢しながら、とりあえずは頷いてくれた。
なので、この四人で森メンツの依頼を手伝う事になる。
最悪、二人が動けなくなったら俺達が担ごう。
それで役に立たなかったと言われたら、今回の分け前を断る事にしよう。
向こうも入ったばかりの新人を連れて行くらしいから、彼等と共に学ばせるという意味合いで、悪くはない状況なのだろうが……。
色々と思う所があり、結局は大きなため息が零れた。
「そんじゃ、俺ら“森”と“守人”の合同依頼は明日から開始する。 いいな、お前ら」
「「「了解!」」」
「……わかった」
「未だ不満なんですか? 墓守さん」
俺達のパーティ名。
いつの間にか勝手に登録されていた。
パーティ“守人”。
コレで良いのか?
俺の見てくれと、印象が真逆になっている気がするんだが。
とはいえ、今から名前を変更するには一度解散手続きを伴う。
なので、諦めた。
しかし俺がパーティのリーダーとして登録されていたのは、些か不満だ。
「いや、このままで良い」
「なんか、諦めた様な反応ですね」
「良く分かったな」
「これでも相棒ですから」
そんな事を言い合いながら、そのまま会議へと突入する。
今回の相手はかなりの大物だ。
そして、道中の魔獣にだって警戒を怠る事は出来ない。
だからこそ入念な作戦が必要になる訳だが。
「これ、一週間で帰って来られますかね……」
「どうした?」
「あ、いえ。 何でもないです、仕事優先です」
どこか落ち着きがないユーゴを他所目に、話し合いは進んでいく。
俺達はしばらく国から離れる事になるのだ。
ならば、必要なモノをしっかりと考えておかなければ。
「道中は何を食べればよろしいのでしょうか?」
「多分、携帯食料か魔獣肉とか。 食材は持って行くけど、そこまで多くないから」
「魔獣肉! 初めてです!」
「美味しいよ」
「そうなのですか!? 楽しみです!」
どこまでもピクニック気分の二人に、思わず大きなため息が零れるのであった。
――――
「これは、予想外でしたわ」
「長距離移動、予想以上に厳しい」
荒い息を上げる二人が、スパイク付きのブーツで必死に後を付いて来る。
とはいえ、だいぶ遅れているが。
「墓守! 少しペースを落とすか!?」
「いや、それでは手伝いの意味がない。 このまま進んでくれ」
先頭から怒鳴り声を上げるダリルに対して声を返せば、彼はわかったとばかりに頷いて再び正面を向き直った。
致し方ない。
手伝いの筈の俺達が足を引っ張っては、元も子もない。
という事で。
「乗れ」
「「え?」」
その場でしゃがみ込み、二人に背を向けてみれば。
非常に困惑した声が上がってしまった。
「ユーゴもだ」
「え? 俺も乗るんですか?」
「違う、お前も背負えと言っている。 救助の依頼があった時の訓練だと思え」
「あぁ、なるほど。 納得です」
そう言って二人揃ってしゃがんでみれば。
「わ、私はまだまだ歩けます!」
「私も!」
二人から抗議の声が上がって来た。
俺達だけなら、それでも良かった。
この後戦闘になり、二人が全く使い物にならなくなったとしても。
基本的に戦闘は俺とユーゴでこなしているのだ。
だからこそ、問題は無かったかもしれない。
しかし、だ。
「ダメだ、コレ以上は“森”の連中に迷惑が掛かる。 俺達の遅れが、全体の遅れになる」
「ですね、墓守さんの言う通りです。 今俺達は“守人”だけではなく、他のクランと共に仕事をしている訳ですから。 恥ずかしくても我慢してください」
その言葉に、二人は渋々納得したのか。
俺達の背中に一人ずつ乗っかって来た。
「ユーゴ、練習だ」
「はいはい、なんでしょう」
「なるべく揺らさず、警戒も怠らず。 “森”の先頭集団に追いつく」
「それ、皆に見られる事になりますよ?」
俺の背中に乗ったレベッカが、声を抑えた悲鳴を洩らしながらポカポカと頭を殴って来た。
だが、仕方ないではないか。
俺達は、彼等を手伝う為に来たのだから。
「俺達は、本来先頭集団に混じり周囲を警戒するのが仕事だ。 大物よりも、小物の対処を期待されている」
「ですね、分かりました」
という訳で、俺たちは走り出した。
森の中を、確かに地面を踏みしめて。
「ちょ、ちょっと! 墓守さん! はやい!」
「慣れろ」
「ユーゴ、結構……その、揺れる。 ごめん」
「すみません! もうちょっと気を付けます!」
なんて事を言いながら、俺たちはイズリーの元まで一気に駆け抜けた。
列を成して歩いているウォーカー達からは何だなんだと視線を向けられ、先頭に向かってひた走る。
俺達が勢いよく着地したせいで、ビクッ! と妙な反応をされてしまったが。
「お前らは……どっちがサポーターか分からんな」
「「申し訳ない……」」
背中に背負った二人が頭を下げれば、イズリーはやれやれと首を振った。
「んで、このまま進んで良いんだな?」
「問題ない、この状態でも警戒は出来る」
「いざという時は、その場で放り出す事になると思うので。 二人共注意だけはしていて下さいね?」
「「了解……」」
そんな訳で、俺たちは先頭集団と合流して歩き出す。
無理のない速度で、全体を意識しながら。
コレが、集団行動というものか。
なんて事を思いながら、俺もまた周囲の木々を警戒する。
「大物が出た影響なのか、随分と静かだな」
「やはりお前もそう思うか? これはもしかしたら、本命は結構な相手かもしれねぇな」
イズリーとそんな会話を交わしながら、俺たちは歩き続けるのであった。
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