第19話 [  ]


 「キタヤマ様。 もうそろそろでしょうか?」


 「あぁ~多分? もう結構経ちましたし、そろそろ“飯島”には着くんじゃないですかね?」


 「敬語、いらないです」


 「へいへい」


 なんて事をぼやきながら、船の先端に突っ立っている姫様に答える。

 なんともまぁ、偉い事になった。

 というか、こんな立場に立たされるとは思っていなかったので未だに緊張感がある。

 いや、どっちかって言うと場違い感というべきか?

 思わずガリガリと首元をかきながら、水平線を眺めて居ると。


 「こうちゃん、結構獲れたぜ? やっぱ小物ばっかりだけど」


 「干物にしちゃう? 色々と手を加えれば夜のおつまみにはなるしね」


 呑気な二人が、デカい網を引き吊りながら近寄って来た。

 止めろ止めろ、こっちには姫様が居るんだぞ。

 ドレスに匂いとか付いちゃったらどうすんのよ。

 コレから他所の国にご挨拶よ?

 生臭い姫様とか言われちゃったら可哀そうだろうに。


 「凄いですね! こんなに獲れるものなんですか!?」


 「姫様ー! ストーップ!」


 だというのに、姫様は西田と東が引っ張って来た網に向かって猛ダッシュ。

 お願い、気にして?

 仕事として依頼されたからにはちゃんと守るけどさ、一国の王と一緒に行動するって結構な事だよね?

 姫様からの依頼じゃなきゃ受けないよ? 俺ら。


 「凄いです! ビチビチしてます!」


 「姫様今アンタドレスだから! その恰好で生魚触らないの!」


 「キタヤマ様は過保護過ぎです、しっかりと“向こう”で着るドレスも用意してありますから問題ありません」


 「あ、そうなの? だったらいいのか?」


 「良い訳ねぇだろバカ」


 そう言って、やけに高そうな服に身を包む義手野郎から引っ叩かれてしまった。

 何しやがる。


 「いってぇな……ていうか、ギル。 騎士になったんならもっと護衛しろよ。 お前の給料も貰うぞ」


 「今だってちゃんと護衛してんだろ。 ただ、なんだ。 姫様が悪食マニアっつぅか……」


 「プークスクス、何だかんだ言って遠ざけられてやんの。 子供生まれたからって調子に乗って、姫様に馴れ馴れしくし過ぎたんじゃねぇの?」


 「あぁ!? 誰がするか! 俺はお前らと違って立場を弁えてんだよ!」


 「おぉ怖、騎士様ってのは気性が荒いねぇ。 ソフィーさーん! アンタの旦那、浮かれまくって姫様に避けられてるよー!」


 「て、てめぇ……」


 海に向かって叫んでみれば、額に青筋を浮かべたギルがビシッと中指を立てて来た。

 そして、いつもの如く。


 「勝負だ」


 「いいね、今日はなんにする?」


 ニヤニヤしながら返事を返してみれば、ギルはしばらく悩み、そして。


 「今日は、釣りだ。 釣りの気分だ」


 「乗った。 数と大きさ、どっちで行くよ」


 「両方だな、より多く晩飯に貢献できた方が勝ちだ」


 「金貨一枚」


 「上等」


 そんな訳で、俺たちは二人揃って甲板から釣り糸を垂らした。


 「あ、また何か始まりました」


 「おっ、今日は釣り勝負か? 俺も混ぜて混ぜて」


 「いいねぇ、釣りなら自信あるよ? 賭け金は?」


 そんな事を言いながら、皆揃って釣り糸を垂らし始める。

 クックック、俺には秘策があるのだよ。

 以前南が発見した、蟹の殻でタコが釣れるという必勝法。

 それを、コイツは知らない。

 だからこそ、俺の勝ちは決まったも同然――。


 「ご主人様、そろそろ飯島に到着します。 それから……情報によれば、この時期にタコは少ないそうです」


 「そんな馬鹿なぁぁぁ!?」


 マストの上から降りて来た南が、非常に残念な言葉を告げてくる。

 嘘だろ? マジで?

 だとしたら俺何も食いつかない餌を垂らしてただけの愚か者?

 ちょ、ちょっと待ってくれ。

 今すぐ普通の餌に変えるから。

 なんて、わちゃわちゃしている内に。


 「お、来た! が、小物か。 まぁ、一匹だな」


 「お、お? 何か結構デカいかも? 引いてる引いてる!」


 「やー、海は良いねぇ。 はい、三匹目ぇ」


 「なかなか釣れませんね……周りは皆釣れているのに、何故でしょうか……」


 「姫様、もう少し落ち着いて。 あまり動かしてはいけません、船の影響で結構な速度が出ていますから。 ですので、こう……」


 「あ、来ました! これ来ました! ミナミさん、コレどうすれば良いですか!?」


 なんか、皆楽しそう。

 俺は未だに餌を交換している最中な訳だが。


 「待って、お前ら待って!? 俺まだ釣るどころから糸さえ垂らしてない!」


 「ハッハー! 今日は俺の勝ちだなキタヤマ! 金貨一枚頂きだぜ」


 「うるっせぇギル! そんな小魚一匹釣って調子に乗るなよ!? 今からすっげぇの釣ってやるからな!? 見てろボケ! だぁぁもう絡まった!」


 「どうしたどうした、英雄が形無しじゃねぇか」


 「そういう呼び名で呼ぶなっつってんだろうがぁぁ!」


 そんな叫び声が響き合う中。

 俺達は“飯島”に到着するのであった。

 結局、ギルが四匹に西田が六匹。

 東が十三匹という驚愕のレコードを叩きだした。

 そして、姫様と南で特大の一匹。

 かなりのデカさだったので、勝者は姫様と南という事になった。

 素晴らしいね、せっかく釣れたけど今日の晩飯に早変わりする訳だが。

 そんでもって、俺は。

 その、なんだ。

 聞くな。


 「やっほー! 久しぶりー!」


 船乗り場から、やけにデカい声を上げる奴が一名。

 その周りには数多くの人々が集まり、こちらに向かって手を振っていた。


 「コレが、“飯島”。 美味しかったですか?」


 「そりゃもう」


 「確か滞在日数は……」


 チラッと姫様が振り返った先には、三本指を立てる初美が。


 「せ、せめて一週間とかにしませんか? とてもじゃないですけど、三日では回り切れそうにありません……」


 「姫様、駄目です。 観光ならまた今度です」


 ピシャリと言い放つ初美に、姫様がガックリと項垂れている。

 でも分かる。

 すっげぇのんびりと観光してみたい、この島は特に。


 「キタヤマ様……」


 「いや、俺に言われても」


 やれやれと首を振りながらも、俺たちは再び“飯島”に足を踏み入れるのであった。

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