第18話 心配事と増える仕事


 「大丈夫ですかねぇ……」


 「何度も言うが、他人の奴隷に手を出す馬鹿はほとんどいない。 しかも、人の多い場所しか歩かせていない。 大丈夫だ」


 「そうですけど……」


 「ユーゴォ! 手が止まってんぞぉ!」


 「はい! すみません!」


 ダリルの怒鳴り声を聞いて、再びテキパキと働き始めるユーゴ。

 まぁ、彼の心配も分かる。

 ルーは見た目の事もあって、相当な値段が付いた奴隷だ。

 それを一人でブラブラと歩かせ続けるのは、非常に危険な行為だとも言えよう。

 しかし、だ。


 「大丈夫だ。 森と海の若い連中が、見張ってくれているらしい」


 「そうなんですか?」


 「また貸し一つだ、と言われてしまったがな」


 「あはは、こりゃしばらく返しきれそうにないですね」


 そんなセリフを吐きながら、俺たちは今日も働く。

 本日は海の上。

 連日続く森と海のクランの手伝い。

 とはいっても、取り分は他の皆と変わらないが。


 「傾けるぞぉぉ! 全員捕まれぇ!」


 その号令に、俺たちは船の手すりに捕まって腰を低くした。


 「今日は使うのか? “称号”」


 「この状況じゃどう使って良いのか分かりませんよ。 そんな便利なモノじゃないです」


 「そうか。 なら、いつも通りだ」


 「はい」


 ズドンズドンと腹に響く音が鳴り響き、やがて船が通常の状態へと戻った瞬間。

 俺達は一斉に走り出す。


 「いきます!」


 「行ってくる」


 「怪我すんなよ若造ども!」


 腰にロープを巻いた状態で、海に向かって飛び降りた。

 今日も今日とて、似たような仕事。

 前と獲物は違うが、やる事は一緒だった。

 船の扱い方や、それぞれの仕事。

 色々な事を教えてもらってはいるが、やはりこの場面が一番動きやすい。


 「まず、一つ」


 「こっちもです! 引き上げお願いしまーす!」


 大砲の衝撃で浮かび上がって来た魔獣に対し、銛を突き立てていく。

 以前よりもスムーズに、更には多くの得物を確保できるようになった。

 コレも、過去の経験が生きているのだろう。

 なんて事を考えれば、思わず口元が上がってしまう。

 らしくない、と言えるのかも知れない。

 俺はウォーカーになってから、ずっと一人で生きて来たのだ。

 だというのに、今はこんなにも多くの人に囲まれている。

 そして仲間達と共に獲物を狩り、日々教えを乞う立場にある。

 昔では、考えられなかった事だ。


 「六、七。 これで八だ。 引き上げを頼む」


 「なんか、随分慣れましたね……他の人より早いじゃないですか」


 「そうか?」


 「そうですよ」


 そんな訳で、仕事は進んでいった。

 今日を生きる為に、明日を生きる為に。

 俺達は今も、獲物を狩るのだ。


 「コイツ等の墓も作ってやらなければな」


 「また浜辺に作るんですか? 漁師の人からも呆れられていましたよ? どうせ流されるのに良くやるって」


 「俺は、“墓守”だからな」


 「そうでした」


 こうして俺達は、今日も生きているのだ。


 ――――


 「そろそろかのぉ」


 「その台詞、何度目? まだまだ先だと何度も言っているじゃないの」


 王妃様に呆れたため息をつかれるこの国の王様は、落ち着きなく室内を歩き回っていた。

 その光景を眺めながら、私も苦笑いを溢してしまう。


 「気持ちはわかりますけどね。 私も彼等に久しぶりに会えると思うと、どこかソワソワしてしまいますし」


 「そうじゃろ!? わかるじゃろ!? ちゃんと“船”を使って来てくれておるじゃろうか……アレで相手国の代表が来てくれたら、かなり嬉しいんじゃが。 思わず船乗り場まで走って迎えに行ってしまいそうじゃ」


 「あの船、息子もかなり気に入っていましたからね。 見えた瞬間勇吾の奴も王様と一緒に走り出しそうですね」


 なんて事を言いながら笑って見せれば、王妃様から再びため息を吐かれてしまった。


 「物の価値というのは、見てくれだけではなく経緯や結果で大きく変わってくる。 それは分かるけど……皆好きねぇ、あの黒い船」


 「何故分からん! アレの良さが!」


 「形は良い、機能性も文句なし。 でも見た目が海賊船なのよ。 アレを王族が使うと色々と問題が起きるわ。 イージスのお偉いさんも流石に使わないでしょ」


 「何故じゃ!」


 「“常識”とやらを作った過去の人に言いなさいな」


 結構お歳を召されている夫婦だというのに、非常に仲睦まじそうで何より。

 とか何とか思いながら書類仕事を進めていれば、ヌッと王様が机の横から顔を出した。


 「なぁなぁケンジ殿。 今回の相手方の訪問、もし“黒船”でやってきた場合、何かイメージの払拭する機会に変えられないモノだろうか?」


 アンタはどういう体勢でこちらを覗き込んでいるだ。

 人の机に寝転がるみたいに覗き込んでこないでくれ、普通にびっくりする。


 「はぁ……相手国の王が“そういう船”でいらっしゃったとなれば、相当なインパクトです。 なので、外国では“黒いソレら”が不吉という認識ではない。 もっと言ってしまえば、そういう認識は古いと話を流せば。 まぁ、もしかしたら」


 「それで行こう! お土産として“黒船”の玩具などを作らせよう!」


 「発想が子供か!」


 「ウチの旦那、また秘書から怒られてる……」


 やれやれと首を振りながら、王妃様が私の席に酒の入ったグラスをソッと差し出した。

 そして、一枚の手紙も一緒に。


 「勤務中にお酒はちょっと……そして、コレは?」


 「飲んでおいた方が良いわよ? ケンジさん。 多分、貴方の仕事が増えるから。 読んだ後に飲んでも良いけど」


 そう言いながら、王妃様は手を振って「ヨウコの所に遊びに行ってくるわ~」なんて言いながら部屋を出て行った。

 今日もまた、私の妻の所へ遊びに行く様で。

 なんとも、ココの王族は自由だ。


 「それで、ケンジ殿」


 「はいはい何でしょう、お土産黒船はもうちょっと先送りですよ?」


 未だ人の仕事場の上でゴロゴロしているご老体は、長い髭を撫でながらニヤニヤとだらしない笑みを浮かべておられる。


 「ユウゴはお見合いでの話を断らなかったらしいな? 保留にしたいとか。 そして、もう一方の娘っ子は奴隷として売られた瞬間買い取ったとか」


 「その節は……大変に申し訳ありません。 優柔不断なのは、私に似たのでしょう。 しかし他人様にご迷惑をお掛けしながらも、ルナさんを買い取るとは思いませんでした。 全く、何を考えているのやら……」


 「ハッハッハ! 年頃の子供を持つと苦労するのぉ。 しかし、すぐさま見捨てる選択をせんだっただけ、見どころはある様に思えるが?」


 「まぁ、確かに。 しかし、私達に相談して欲しい事案ではありました。 今のあの子に私が協力出来るとしたら、お金関係くらいですから……」


 息子の勇吾は、“こちら側”に来てからずっと強くなった。

 昔は本ばかり読んでいる様な大人しい子供だったのに。

 “彼等”に憧れてからは、ひたすらに戦闘技術を学んだ。

 今では親子喧嘩などしたら数秒で私の方が叩き伏せられ仕舞いそうな程。

 それくらいに、“頑張って”いるのだ。

 それは親として非常に嬉しい事、誇らしい事。

 でも、私から見ても未熟なのだ。

 まだまだ、子供。

 向こう見ず、とまでは言わないが。

 ちゃんと先を見て行動している様には思えない。

 憧れたその背中を追って努力し、目の前の事をとにかく我武者羅にこなしている様に見える。

 その姿が、少しだけ不安になるのだ。

 親としては。


 「苦労するのぉ。 しかし、良い子じゃ。 そして、ユウゴと組んでいる相棒も。 だから、あまり心配し過ぎるのも良くないぞ?」


 「確かに過保護過ぎるのかもしれませんね……“こちら側”では特に。 しかし、やはり心配にはなりますよ」


 「それはまぁ仕方ないのぉ。 親とは、子を想うモノじゃ。 儂もそろそろ子供達に席を譲らんと」


 「全くその気がない癖に、良く言いますね」


 「カッカッカ! 王になりたければ儂を殺してみろ! なんて言ったら“長生きしてね”なんて言われてしもうた」


 「王座を継ぎたくないだけかもしれないですね。 貴方が適当な事ばかりするから、山の様に仕事が残っているんじゃないかと予想しているんじゃないですか?」


 「おい、止めろケンジ殿。 ソレは結構辛い」


 そんな軽口を交わしながら、こちらはこちらで先程頂いた手紙を開く。

 既に開封済みの非常に簡単な手紙。

 それこそ、近くの者同士でやり取りする様な、コレと言った特徴も無いモノ。

 だというのに、その封蝋には非常に見覚えがあった。


 「これは……」


 「どうした?」


 なんだなんだと、王様も姿勢を正して手紙を覗き込んでくるわけだが。

 その手紙を読んだ瞬間、思いっきりため息が零れた。

 隣からは、爆笑する声が響いたが。


 「今度の会合は非常に大変な事になりそうですね」


 「そうじゃのぉ、何たって三国の王が集まる事になったんじゃからな。 しかし二人共協力的な姿勢じゃ、というか協力関係は既に手紙のやり取りで済んでおる。 こりゃ非常に面白い事になってきたぞ! 海も陸も、ガンガン行き来しやすくするぞぉい!」


 ひゃっはー! とばかりに踊り狂う老人を眺めながら、こちらはため息が零れる。

 向こうの協力があるにしても、こちらもこちらでそれなりの誠意を見せなければ。

 たった数年で、随分と大事になったモノだ。

 そのお陰で、私の仕事も増える増える。

 まったく、本当にもう。


 「恨みますよ、北山さん」


 そんな事を言いながら、口元は緩めに吊り上がるのであった。


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