第11話 本の虫


 「っ!? どわぁぁぁ!」


 「どうしたユーゴ!」


 朝早くから仲間の大声で目を覚まし、すぐさまシャベルを構えた。

 警戒したまま周囲を見回してみるが、どう見ても我が家。

 壁などに損傷も無ければ、毒気を放つ物が放り込まれた様なおかしな匂いもしない。


 「異常はないようだが……」


 「大有りですよ! 何ですかこの状況!」


 布団から飛び出して来たユーゴが、ガクンガクンと肩を揺らして来る。

 状況と言われても……仕方あるまい。

 二人共眠ってしまったのだから。

 少女が眠ったあと布団に潜り込むのなら問題があるが、二人共眠った後に布団に放り込んだのだ。

 これなら間違いが起きようがない。

 だから大丈夫、だと思ったんだが。


 「その色々考えた結果大丈夫だって判断しました、みたいな顔止めましょう?」


 「凄いな、まだ何も言葉にしていないのに」


 「顔に出てるんですよマジで! 表情豊かじゃないのにめっちゃ顔に書いてあるんですよ!」


 「……凄いな」


 「普通に関心しないで下さい!」


 そんな事を叫びあっていれば、当然うるさかったようで。

 ぐっすりと眠っていた少女の方もムクリと頭を上げた。


 「起きたか」


 「ん」


 「食事はどうする? 何か食べに行くか?」


 「本が読みたい」


 「本?」


 はて、と首を傾げた所で。

 彼女は俺の家に置いてある本に手を伸ばした。


 「変わった子ですね……」


 「まぁ、そういう奴も居る。 朝食を買いに行こう」


 「あぁ、はい。 ていうか、簡単なモノで良ければ作りましょうか?」


 「是非頼む」


 という訳で、本日は朝からユーゴの作った食事が食べられるらしい。

 玄関で眠った価値は十二分にあったというモノだ。


 ――――


 「美味しい……」


 「えと、口に合ったのなら良かったです」


 「コレが口に合わないというヤツが居たら、埋める」


 「墓守さんの方は少し自重しましょうか。 ご飯食べてる時だけはおかしな性格になってますからね?」


 ユーゴが作ってくれた朝食を食べながら、俺達はまったりとした時間を過ごしていた。

 鮭の塩焼、ご飯、大根と豆腐の味噌汁。

 これだけでもご馳走なのに、山野菜の漬物とシソ入りの卵焼き、更には海苔に納豆まで付いている。

 しかも、おかわり可。

 俺はパーティメンバーに恵まれた。

 今、朝食と共にその幸運を噛みしめる想いだった。


 「それで、結局話がうやむやになっちゃいましたけど。 貴女は……ルナさんでしたっけ? 今度二人お見合いするって話は両親から聞きましたが、その内の一人、という事でよろしいので?」


 「ん、よろしく」


 納豆を口に含み、みょーんと糸を伸ばしながら、少女は間抜けな感じで答えた。

 わかる、納豆は未だにどう食べるのが正解なのか分からない。


 「えぇっと……」


 どうしたものかとユーゴが頭を掻いているが、こちらとしてはどうにも別の所が引っかかる。

 なんだか、見た事がある気がするのだ。

 この銀髪の少女、この間抜けな態度。

 どこだったか、記憶の片隅に残っている気がする。


 「なに?」


 ジッと彼女を見ている事に気付いたのか、ルナは不思議そうにこちらを見つめ返して来た。

 真っ赤な瞳が、まるで猫の様にこちらを覗き込んでくる。

 この眼を、どこかで……。


 「あ」


 「ん?」


 「ルーか?」


 「ん、ルー」


 「俺を覚えているか?」


 「……フード取って」


 「あぁ」


 「あ、本の虫」


 「そうだ」


 「お願いですから、分かる様に会話してください二人共……」


 呆れた顔でユーゴには睨まれてしまったが。

 この子は、昔に一度だけあった事のある少女だったらしい。

 それだけは、はっきりと思い出したのであった。


 ――――


 お茶会、なんて言いながら将来の相手を探す場が設けられた。

 俺にとって、それは苦痛で仕方なかった訳だが。

 若すぎる男女が集まり、大人のフリをして言葉を交わす。

 喋る事が苦手な俺にとって、それは拷問に近いモノだった。

 だからこそ、逃げた。

 ひたすらに人目に付かない場所を捜し、相手からも使用人からさえも逃げた。

 見つけたのは、階段下の物置。

 そこに潜んで、ひっそりと本を読んで時間を潰そうと考えた。

 だというのに、先客がいたのだ。


 「なに?」


 「いや」


 「……貴方も、嫌なの?」


 「あぁ」


 短い会話だけして、俺は彼女の隣に腰を下ろした。

 彼女も拒んだ様子も無いし、ランタンは彼女も準備している御様子。

 俺と同じ、常習犯の様だ。


 「読み終わった」


 しばらくして、彼女はパタンと本を閉じる。

 随分と分厚い本だった気がするが、それでも読み終わってしまったらしい。


 「続きは、持って来ていないのか?」


 「ない」


 「……コレを読むか? まだ途中だが、とても面白い」


 「どんな話?」


 「英雄譚、しかし常識から外れてしまった男の話だ」


 「読む」


 「では、そちらの本を読ませてくれ」


 「ん」


 そんな短い会話を繰り広げながら、俺達は本を読み漁った。

 彼女が貸してくれた本に描かれていたのは、人魚の話。

 実際に人魚が居るのかと言われれば分からないが、似た魔獣は居る。

 ソレに焦点を合わせたのだろう。

 言葉を発せない人魚の魔獣が、言葉を手にして、それでも報われない話。

 哀しいとは思う。

 しかしもっと時間があれば、言葉を“人間”の様に巧みに使える様なっていれば、この物語の最後は変わっていたのだろう。

 だが、そうはならなかった。

 不器用だからこそ、環境が整っていなかったからこそ。

 物語の人魚は想いを遂げられず、最後には海の藻屑と変わる。

 コレが現実だ。

 夢物語など、現実にはありはしない。

 なんて事を思いながら、本を閉じてみれば。


 「面白かった?」


 いままで以上に目を見開いた少女が、こちらを向いていた。

 まるで猫の様だ。


 「そうだな、面白かった」


 「どの辺りが?」


 ズイズイと迫ってくる少女に思わず眉を顰めながら、ゆっくりと考える。


 「まずは歯痒さ。 こうしたら良いと思う思考は浮かんでも、実際にその場ですぐに行動出来る人間は少ない。 だからこそ、不完全でありミスを残す」


 「うん、うん」


 「その上で最善策を考えるも、結局は“世界”の括りで諦めてしまう。 一言で言えば、後味が悪い。 しかし、現代ではそういう判断になるのだろうと、考えさせられた」


 「この人魚が幸せになるにはどうしたら良いと思う?」


 今まで以上に眼前に迫って来る少女。

 狭い空間の中で、こんなにも身を寄せるのはあまり良くない事だと注意しようかとも思ったのだが。

 彼女の真剣な表情を見て、俺の口からは本の感想の方が先に漏れた。


 「生きれば、良かったと思う」


 「どういう事?」


 「生きていれば、他の幸せを見つけられたかもしれない。 例え好きな相手と結ばれなかったとしても、幸せにはなれたのかもしれない。 非常に、勿体ない終わり方だ」


 「面白い感想だね」


 そう言って、彼女はもう一度俺の貸した本を最初から開いた。


 「読み終わったんじゃないのか?」


 「何故、何、どうして? それら全てを考えながら、この人達の話を読みたくなった。 意味がない行動をしない人は居ない。 けど、きっと何かある」


 「そうか」


 「見つける、英雄になる前兆を」


 「頑張れ」


 短い会話を交わしながら、俺もまた少女に借りた本を見返していく。

 この登場人物は、何故こんな言葉を放ったのか。

 この人は、何故こんな事をしたのか。

 そんな事を考えながら読み返す物語は、“もしかしたら”という新しい情報をくれた。

 文字には描かれていない物語を、想像する事が出来た。


 「面白いね」


 「そうだな」


 二人して、ランタンの明かりで本を読みふけった。

 それこそ、何度も読み返す勢いで。


 「私、ルー」


 「そうか」


 「うん、ルーって呼ばれてる」


 「では、俺もルーと呼ぼう」


 「うん」


 本を読みながら、適当に言葉を返していると。


 「貴方の名前は?」


 ふいに、そんな事を聞かれてしまった。

 そうか、そうだった。

 今の今まで、俺は彼女に自分の名前を告げていない。


 「すまない、忘れていた。 俺の名前は――」


 ――――


 「“墓守”、さっきの本。 面白かった、続きは?」


 「まだだ、アレが一番新しいモノだ」


 「そう、残念」


 なんて事を呟きながら、少しだけ寝ぐせの付いた彼女の小さく頬を膨らませる。

 思い出してみれば、あの頃から変わっていない。

 何処までも自分勝手で、俺と同じ本の虫。

 だからこそ、自然と頬が緩んだ。


 「しかし、ユーゴとお見合いとは。 意外な所で縁が出来るものだな」


 「うん、びっくり。 私にとっての最後の勝負。 ラストチャンスって奴。 まさか貴方がパーティを組んでいるとは思ってなかった」


 「最後?」


 「うん。 私、コレで失敗したら多分売られるから」


 その言葉を聞いた瞬間、ズンッと目の奥が重くなった気がした。


 「あまり裕福な家ではないから、無用な子供は売る。 それが世界の常識」


 「あぁ、そうだな……しかし、お前が?」


 「私には兄弟も姉妹も居る。 みんな優秀。 だから、コレが駄目なら一番駄目な私はいらない」


 「そうか」


 「うん」


 「そうか……」


 俺よりも年下だった筈。

 それこそ、ユーゴと同い年だろうか?

 彼女もまた、俺と同じ人生を歩むらしい。

 いや、俺は勘当されただけで売られてはいない。

 だから、彼女よりずっと恵まれた人生を歩んでいるのだろう。

 なんて事を思っていれば。


 「なんかものっ凄く重い話してる所すみません……それってもしかして、俺が結婚断ったら奴隷堕ちって言ってます?」


 非常に気まずそうな雰囲気を放ちながら、ユーゴがゆっくりと手を上げる。

 まぁ、こんな話を聞けばユーゴなら同情してしまうだろう。

 例え、全く関係のない他人だったとしても。

 こればかりは世界の常識と言っても良いルールだったとしても。


 「お前が気にする事ではない」


 「いや、でも……」


 どう言葉にしたものか。

 気持ちは分かる、分かるが。

 そんな事を言い始めれば、収集がつかなくなるのだ。

 誰かを見限る事、見捨てる事。

 それが出来なければ、いつか自分を潰す事になりかねない。

 人の掌というのは、全てを掬いあげる程大きくはないのだ。

 だからこそ、救うべきを救い、関係のない他者は見捨てる。

 それが出来ない奴は、大体痛い目を見る。


 「結婚してくれるなら玉の輿。 でも、同情は嫌。 それで結婚するって言われても、多分私は貴方を嫌いになる」


 意外な事に、ルーからもそんな声が上がった。

 この機を逃せば奴隷人生まっしぐらだというのに。

 相変わらず、コイツは変な所で自分の意見をはっきり言うヤツの様だ。

 俺と同じで、言葉選びは苦手な様だが。


 「さっきも話した通り、私も本の虫。 常識も、恋愛も、価値観さえも本から学んだ。 だから、“結婚”というものに特別な感情を抱いている。 だからこそ、中途半端な気持ちで決めて欲しくない。 それくらい、特別」


 「そうは言っても……」


 そんなこんな話し合う訳だが、結局答えは出ず。

 その日はそのまま解散となった。

 見送りは居るかと聞いてみれば、“いらない”と答えられたのでそのまま帰した訳だが……大丈夫だろうか?


 「墓守さん、俺はどうしたら良いんですかね?」


 自信なさげに呟くユーゴに、ふむと考えてしまった。

 どう言えば納得させられるか、でない。

 今の彼に必要なのは、“コレも良くあることだ”と教える言葉だろう。

 だがどう言った所で、ユーゴがソレを受け入れる事はない様に思えた。


 「ルーも言っていたが、結婚というのは同情でするものではない……と思う」


 「そうかもしれませんが! ……すみません、墓守さんに当たっても仕方ないですよね」


 そう呟くユーゴは、仕事が始まるまでずっと暗い顔を浮かべているのであった。

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