第10話 来客


 「そういえば、今日のお昼頃。 ユーゴ君にお客様がいらっしゃいましたよ? レベッカさんという、とても綺麗なお嬢さんでした」


 「ブフッ!」


 街に戻り、受付嬢に依頼達成の知らせを伝えた時。

 急にそんな話が上がり、ユーゴが盛大にむせ込み始めた。

 レベッカ……どこかで聞いた事がある気がする。

 どこだっただろうか?


 「ユーゴ君、お見合いするんですか? というか、貴族様だったんですねぇ」


 「違います! 俺は貴族でもなんでもありません!」


 「あれ? そうなんですか? でもそうすると、あんな大物貴族とお見合いって……どういうこと?」


 「色々ありまして……」


 そんな会話をしながら、受付嬢は討伐証拠部位を確かめていく。

 ついでに買い取りもお願いしたので、結構な量だ。


 「ユーゴ、結婚するのか? おめでとう」


 「墓守さんまでおかしな事言わないで下さい! 俺はまだまだ結婚するつもりなんてありませんよ! もっとウォーカーとして冒険がしたいんです!」


 ウガー! とばかりに噛みついて来るユーゴ。

 だが。


 「結婚したとしても、冒険は出来る。 家業を継げ、なんて言われない限りはな。 まぁ色々と縛りが発生するのは分かるが」


 「でも、貴族の娘さんと結婚したりなんかしたら……それこそこうしてウォーカーを続ける事だって」


 モゴモゴと言い訳を始めるユーゴは、指先を弄りながらそっぽを向き始めた。

 ふむ、俺の言いたい事が伝わっていない様子だ。


 「違う、ウォーカー云々はこれから話し合えば良い事だ。 今のお前は、相手の事を見ていない。 立場ばかり気にして、無下に扱うのは失礼だろ」


 そう言い放ってみれば、ユーゴはもちろん受付嬢からも「は?」と言いたげな眼差しを向けられてしまった。

 思いっ切り目を見開いて、二人してこちらを覗き込んでくる。

 何か、おかしな事を言っただろうか?


 「違うのか……?」


 「いえ、全くその通りです」


 「墓守さんがまともな事言ってる……え? そういう方向に人一倍鈍感なのが墓守さんじゃないの?」


 非常に失礼な言葉を残しながら、討伐証拠部位をカウンター下に取り落とす受付嬢。

 おい、今凄い音がしたが大丈夫か?


 「ちょちょちょ、ちょぉぉっと待ちましょう墓守さん。 貴方、恋愛相談とか出来る人だったんですか?」


 「出来る訳がない。 俺は婚約者どころか恋人も出来たことなどない」


 「だったら今の台詞はなんなんですか!」


 物凄い勢いで受付嬢がカウンターから身を乗り出して来る。

 何がそんなに気になるんだろうか?

 というか、俺はどう答えれば良い?


 「何が知りたい? 何が聞きたいのか分からん」


 「今の言葉を放つ気持ちと経緯! あと、貴方がどういう事をしたらそんな風に思えるようになったのか詳しく!」


 ガックンガックンと俺を揺らす受付嬢は、随分と興奮した様子だ。

 早く聞かせろとばかりに、鼻息を荒くしている。

 美人という部類に入るだろうに、今では非常に残念な感じになっている。

 はぁ、とため息を溢してからポツリと呟いた。


 「ロマンス小説だ」


 「「……」」


 「どうした?」


 再び、良くわからない眼差しを向けられてしまった。


 「墓守さん、ロマンス小説読むんですか? 確かに資料を読んだり覚えたりするの凄く早いですけど」


 「全くイメージ出来ない……え、ロマンス小説? 墓守さんが? は? え?」


 二人してブツブツと呟き始めるが、非常に失礼な態度を取っていないか? お前ら。

 とはいえ結局相手の意図が分からず、首を傾げてしまった訳だが。


 「本は好きだ、何でも読む。 小説から図鑑まで、本は知識を与えてくれる」


 そう言い放ってみれば、なるほどとばかりに頷かれた。

 良かった、二人が納得する答えが紡げた様だ。

 よしよし、とこちらも頷いてみれば。

 急に胸倉を掴まれてしまった。

 受付嬢に。


 「だったら何で貴方はそんなに不愛想なんですか! 最近は喋る様になりましたね、えぇ喋る様になりましたとも! でも短文なんですよ! ロマンス小説読むくらいなら、もう少し勉強できる所があったでしょうに!」


 「そう言われてもな……俺は物語の主人公ではない」


 「そういう所だぁぁぁ!」


 ウガー! と吠える受付嬢に困惑しながらも、とりあえず引き剥がして落ち着いてもらう。

 どうしたんだろうか、普段はこんなに暴力的な受付嬢ではないのだが。

 なんて事を思いながら首を傾げていると、盛大なため息を返されてしまった。


 「ま、いいです。 墓守さんは墓守さんですからね、どうせこんなもんだって思ってました」


 「そうか、なら良かった」


 「良くないんですよ、でもとりあえず良いです。 はい、討伐証拠部位確認終わりました! お疲れ様でした! 買い取り金は明日以降です!」


 叫び声と共に、ギルドを追い出されてしまった。

 報酬も受け取っていない気がするんだが、明日買い取り金と共にという事で良いのだろうか?

 まぁ、良いか。

 依頼によってはままある事だし、今日の今日で貯蓄が無くなるという訳ではない。

 という訳で。


 「帰るか」


 「いいんですかそれで……」


 ぼやきながら、俺達は並んで歩き始めた。

 今日の仕事は終了、あとは夕飯を買って帰るだけだ。

 チラチラと露店に視線をやって、本日の晩飯を捜しながら歩いていると。


 「よくそんなにキョロキョロしながら気配が殺せますね……俺からしても見失っちゃいそうなのに、視界に入れた時の違和感が半端じゃないです」


 「そうか?」


 「そうです。 想像してください、気配の薄い相手をやっと見つけたら、物凄く目立つ行動をしている姿を」


 「目立たない様にしている」


 「気づくと凄く目立つ動きしてるんですよ」


 そうなのか、今後は気を付けなければ。

 ちょっとだけショックを受けながら、静かに露店に視線をやる。

 たこ焼だ、たこ焼がある。

 今日はアレにしよう。

 そんな事を思いながら、スゥゥとそちらへと向かっていけば。


 「墓守さん、今日の夕飯は俺が作ります。 ね? そうしましょう。 海鮮お好み焼きとか作って上げますから。 今行ってもしばらく買えない上に、あの店朝にしか仕入れに来ません。 この意味がわかりますか?」


 「それだけ忙しいのだろう?」


 「悪くなっている可能性があるって言ってるんですよ……店主も時間停止の付いたマジックバッグとか持っている雰囲気はありませんし」


 「分かるのか?」


 「店の裏、木箱を見て下さい。 大量に材料が入っているのが見えるでしょう? マジックバッグがあるなら、あんなに散らかしておきません。 ソースやその他の匂いで誤魔化してはいますが、少しだけ傷んだ魚介の匂いがします」


 「鼻が良いんだな、ユーゴは」


 「そうですね、そういう事にしましょう。 だから夕飯は俺が作ります、いいですね?」


 「わかった」


 何だかまた呆れられた顔を向けられてしまったが、ユーゴが食事を作ってくれるというのなら断る理由はない。

 悪いとは思うがとにかく旨いのだ、ユーゴの料理は。

 船で食べた冷汁はいくらでも食べられてしまいそうな程だったし、昼に食べた土蛇の蒲焼きも非常に美味だった。

 どうしたらこんなにも旨くなるのかという程、いつも以上に食べてしまうのだ。

 ユーゴの料理は凄い、そこら辺の店よりずっと旨い。

 これだけは確かだ。


 「では、墓守さんの家……あれ? 墓守さんてどこに住んでいるんですか? 宿とかだと、庭を貸してもらわないと鉄板も出せないですけど」


 「大丈夫だ、家を持っている」


 「おぉ、意外にも裕福」


 驚いた様子のユーゴを、我が家へと案内するべく先行する。

 今日は海鮮お好み焼きだ。

 この前タコを大量に調達したからな、今から楽しみで仕方ない。


 「ユーゴ、タコは多めで頼む」


 「分かってますよ。 鉄板料理ですし、イカ焼きとかも作りましょうか」


 「とても良い案だ。 やはりユーゴは凄いな」


 「墓守さんの好みが分かりやすいだけですって……」


 そんな訳で、俺達は我が家に向かって歩きはじめるのであった。


 ――――


 「我が家だ、狭いが静かで良い」


 「ココが、墓守さんの“我が家”ですか」


 非常に慎ましい我が家だが、環境は良い。

 静かだし、外敵も居ない。

 例え何かが近づいて来ても、周囲は空き地の為足音が響く。

 しかし我が家に招くお客様第一号がユーゴになるとは思わなかった。

 しまった、お茶の準備がない。

 普段は水ばかり飲んでいるから、客用の茶葉など用意している筈も無く。

 今から買ってくるべきか?

 なんて事を思って街中に走り出そうとした俺を、ユーゴがガシッと掴んで来た。


 「なぜ止める。 お茶を買って来なくては」


 「お茶は大丈夫です、俺のバッグに入っているので。 あとコレは家とは言いません、小屋と言います」


 「良い場所だぞ?」


 「なら良かったです。 いくら派手にバーベキューやっても苦情が来なそうな所も良いですね。 でも小屋です、もしくは納屋と言います」


 俺の家は、小屋だったらしい。

 確かに布団を敷けば床はほとんど埋まるし、補強する前は嵐が来たら飛んでいきそうな程ボロボロだった。

 でも今はしっかりと手を加えてあるし、中には俺の道具が揃っているのだ。

 入口だってこうやって南京錠でしっかりと……。


 「わかりました、わかりましたから。 自信なさげに無言で南京錠アピールするの止めましょう? 鍵がかかるし、眠れる場所だってちゃんとわかりましたから」


 「あと、嵐が来ても倒壊しないように改造した」


 「凄いです、発想の最高傑作。 非常に強い我が家が完成した訳ですね。 素晴らしいです。 なので、とにかくご飯にしましょうか。 もう家の事は後回しにしましょう」


 「タコを沢山入れる約束だ」


 「もちろんです、イカ飯も作りましょう。 何だったら蟹も使いましょう。 いっぱい良いモノ作りますから、今日は贅沢しましょう。 ね?」


 「楽しみだ」


 会話をぶつ切りにされた気がするが、とりあえず旨いモノを沢山作ってくれるらしい。

 タコにイカ、更には蟹まで。

 コレは非常に期待できる。

 後でユーゴには多めの食費を渡さなくては、なんて事を思っていれば。


 「こんばんは」


 俺でもユーゴでもないその声が聞こえた瞬間、二人して武器を構えた。

 バッ! と動く勢いで、俺たちは長剣とシャベル構える。

 その先に居たのは、一人の少女だった。


 「どうも、今度そちらのユーゴ様とお見合いする予定になっているルナと申します」


 そう言って、突如現れた少女は頭を下げて来た。

 まるで足音が聞き取れなかった、それどころか声を掛けられるまで存在に気付かなかった。

 コレは、相当出来る相手なのでは……なんて考えた俺達の耳に。

 グゥゥと、情けない腹の虫が聞こえて来るのであった。


 「こう言えって言われた挨拶、済みました」


 「そうか」


 「街中で見かけたので、付いていけって言われました」


 「そうか」


 「お腹が空きました」


 「……一緒に食べるか?」


 「食べます」


 「なんだか、墓守さんが二人に増えた気分です」


 表情を一切変えない少女はテテテッと俺達の近くへと走り寄り、準備を始めたばかりの食べ物を覗き込んでいた。


 「……何処かで会ったか?」


 「さぁ、私は本以外にあまり興味がありませんので」


 「本当に墓守さんが二人になった気分だ……」


 ユーゴからそんな声を頂きながらも、我が家でパーティーが始まった。

 今日はお好み焼きと海鮮パーティーだ。

 変な客も増えてしまったが、今の所大人しくしているし敵意も無さそうなので問題は無いだろう。

 であれば、ユーゴの作る食事に集中するべきだ。


 「二人共……そんなに睨んでも料理はすぐに出来ませんからね?」


 呆れた声を頂きつつも、目の前でジュー! と音上げるお好み焼きから、目が離せなくなってしまった。

 ユーゴの飯は旨い。

 だからこそ、この不審者にどれ程の食料を与えるか迷う所だが。


 「美味しそう……」


 「分かるか? ユーゴの飯は非常に美味だ」


 「美味……とても楽しみ」


 「そうか、分かるか。 見どころがあるな、等分してやろう」


 「やったぜ」


 「もはや敬語でもなくなっちゃったし……」


 そんな訳で、我が家で行われたお好み焼き祭りは幕を上げた。

 若干部外者一名を含めて。

 銀髪赤目、ドレス姿の少女。

 年齢としては俺達とそう変わらない程度に見える。

 こんなにも若い少女が、何故わざわざ一人でこんな場所に?

 普通なら付き添いの一人でも居そうなモノ。

 とかなんとか、色々思う訳だが。


 「もう、なんでも良いです。 ほら、一枚目出来ましたよ」


 思いっ切り呆れ顔のユーゴが、海鮮お好み焼きをこちらに差し出して来るのであった。

 素晴らしい、非常に旨そうだ。

 涎を啜りながら箸を伸ばせば、隣の少女からベシッと叩かれてしまった。

 何なんだ一体。


 「食べる時は、“いただきます”を言うべき」


 「ほう?」


 「作ってくれた人に対してのお礼。 それから、“命を”頂きますという意味も含まれているらしい。 だから、手を合わせて、いただきます」


 「そうか」


 「そう」


 「では」


 「「いただきます」」


 二人揃って手を合わせ、食前の挨拶をしてから。


 「まて、海鮮お好み焼きを作って貰うと約束されたのは俺だ。 遠慮というモノを知れ」


 「無理、美味しそう。 私もご飯食べて良いって許可を貰った。 だから、私も食べる」


 二人してギリギリと箸をぶつけていれば。


 「行儀が悪いですよ、二人共」


 お好み焼きのど真ん中に、若干額に青筋を浮かべたユーゴがヘラを突き立てた。

 その一撃は見事に左右対称にお好み焼きを両断し、コレ以上喧嘩のしようもないくらいに二等分されていた。

 流石はユーゴ。

 料理に関して、彼は間違いなく天才だ。


 「「いただきます」」


 「どうぞ召し上がれ」


 そんな訳で、俺達はユーゴの焼いたお好み焼きをひたすらに喰らうのであった。

 旨い、非常に旨い。

 お好み焼き特有の、いくらでも入ってしまいそうなこの香りと味。

 そしてコリコリと奥歯に響くタコの触感。

 良い、非常に良い。

 なんて事を想いながら味わっていれば。


 「おかわり!」


 「なっ!? こちらもおかわりだユーゴ」


 「はいはい、すぐ焼けますから。 もう少し待ってくださいね」


 急遽始まったお好み焼きパーティーは、しばらく幕を下ろす事は無かった。

 それこそ、誰とも知らぬ娘っ子とユーゴがウチに泊まる事になるくらいには。

 コレも、注意しておかなければいけない点なのだろう。

 ウォーカーとは危険な仕事だ。

 魔獣だけではなく、人にも警戒しなければいけない。

 有名なウォーカーにでもなれば「酒と女と薬には気を付けろ」なんて言われるくらいには。

 だというのに、今こうして無防備に眠る二人に対してため息が漏れるというモノ。


 「全く……仕方ないな」


 それだけ言って、二人に毛布を掛ける。

 客用の布団など用意していなかったので、二人共一緒の布団に放り込んでしまったが。

 まぁ、こればかりは仕方のない事だろう。

 うんうんと一人頷きながら、入り口の近くで腰を下ろす。

 その腕に、愛用のシャベルを抱きながら。


 「おやすみ……なんて、声を掛けたのも随分と久しぶりだな」


 それだけ言って、俺もまた瞼を下ろすのであった。

 明日からも今日と似た日常が繰り返される。

 狩って、狩られて。

 そして墓を作って。

 この先も俺は変わらないのであろう。

 どこまでも“墓守”と呼ばれるウォーカーを貫き、いつまでも魔獣の墓を作り続けるのであろう。

 そんな事を思いながら、ゆっくりと意識を手放した。

 眠ろう、明日の為に。

 しっかりと睡眠を取っておかないと、明日の仕事に支障が出る。


 「だが、今日は楽しかった」


 その一言を最後に、俺は意識を手放した。

 深い深い眠りに落ちて行く感覚。

 普段なら、こんなにも深く眠る事などなかったのに。

 あぁ、やはり。

 “仲間”という存在は非常に大きいのだな。

 なんて事を、柄にも無く考えてしまったのであった。

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