第9話 元気なお嬢様


 「資料は読んだな?」


 「はいっ! 全部暗記しました」


 「油断するなよ」


 深い森の中、俺達は木の上で待ち続けていた。

 ソイツらが餌場に現れるその瞬間を。

 視線を向ける先には、“角兎”が多数。

 どこにでもいる様な魔獣。

 ソイツ等が掘り出した山野菜を齧っているのだが、皆何処か警戒した様に周囲を見回し始める。

 揺れているのだ、地面が。

 木の上に居ても、少しは分かる。


 「くるぞ」


 声を上げた少し後、一匹の角兎の足元が膨れ上がった。

 驚いた様子の角兎が飛び退こうとしたその瞬間。

 地面から茶色い物体が顔を覗かせ、兎たちに食らいついた。

 非常に大きい。

 身体は人の胴くらいの太さがある。


 「出て来た!」


 「待て、まだだ」


 飛び出そうとしたユーゴを押しとどめ、そのまま上から観察を続けていると。

 逃げ出した兎達の更に外側から、何匹もの茶色い蛇が現れ逃亡中の獲物に食らいつく。


 「“土蛇”は群れで行動する、書いてあっただろう」


 「書いてはありましたが……こんなにですか?」


 「だからこそ、集団で狩りをするには向かない相手だ。 足音が多ければその分気づかれる」


 「とは言っても……この数は」


 ユーゴが息をのむのも分かる。

 俺達の真下には、十数匹の“土蛇”が兎を喰らっているのだから。

 体に鎧の様な甲殻を纏い、頭には尖った兜としか言いようの無い固い殻。

 全身を細かく動かし、土の中を掘りながら前進するらしい。

 だからこそ、その身に触れるだけでも危険。

 まるで高速で動くやすりに触れた時の様に、安物の鎧では削られる事もあるらしい。


 「まだ土の中に居るかもしれんが、いくぞ」


 「了解です!」


 ユーゴの声を聞くと同時に太い木の枝から飛び降りる。

 奴等は“振動”に反応する。

 相手が地を踏みぬく音、大地の上で立てる音に反応して顔を出す。

 ならば、相当大きな声でも出さない限り空中に居る俺に反応を示す程ではない。


 「投げろ!」


 「吸い込まないで下さいね!」


 俺が着地するのと同じタイミングで、周囲でいくつもの瓶が割れる音が響く。

 毒草の水分を抜き、磨り潰して粉末に近い状態にした投擲武器。

 この状態にしても、かなりの毒素を含んでいる。

 直接吸い込んだり、目や鼻に入ればこちらにまで影響が出る。

 しかし鼻口を布で隠している今の状態なら、よほどの事がない限り心配する必要はないが。

 俺がよく使う武器の一つ。

 勿論、欠点もあるが。


 「ユーゴ、頼む」


 「はい!」


 それだけ言って目を閉じて、最後に映った光景を頼りにシャベルを振るった。

 真っ暗な世界の中、記憶と気配だけを頼りに武器を相手に突き立てる。

 8匹9匹。

 かなり良い調子で狩れている筈だ。


 「墓守さんから見て四時方向の一匹! 六時方向に向かって移動中です! 六時方向到着まで三、二、一。 今です!」


 指示通りに真後ろに向かってシャベルを突き刺せば、この手に確かな感触が返って来る。

 しかし、“決めた”感触では無かった。


 「浅いです! もっと踏み込んで! 少しだけ、シャベルの先端二枚分右にずらして穿ってください!」


 「了解した」


 すぐさま相手からシャベルを引っこ抜き、少しだけズラしてもう一撃。

 すると今度は、確かに“魔石”を砕いた感触が返って来た。


 「残り三! 徐々に動きを取り戻して来てます!」


 「“音袋”を使え!」


 上空から何かを投げる音が聞こえ、すぐさま両耳を塞ぐ。

 次の瞬間には地面に何かが衝突する音が聞こえ、キィィィン! と高い音を上げる。


 「残り三匹停止! 毒気は風に流れました! いけます!」


 その声に従い眼を開けてみれば、すぐ近くに悶えている“土蛇”達が。

 これならもう、敵ではない。

 相手はビクンビクンと痙攣しているだけだし、こちらの武器は固い甲殻さえも貫く威力を持っている。

 だからこそ。


 「スマン、眠れ」


 一匹ずつ着実に、相手の心臓を貫いた。

 これで十三匹。

 目に見えていた“土蛇”は全て討伐した事になる。

 すごいな……パーティとはココまで戦いやすいものなのか。

 なんて感心していると。


 「墓守さん! 足元!」


 ユーゴの声に従って視線を下げれば、地面が割れていた。

 俺の踏みしめた大地にヒビが入る様に、ソレはどんどんと大きさを拡げていく。


 「チッ!」


 飛び退いた瞬間に、すぐそこから土蛇が飛び出して来た。

 まだ居たか、なんて悪態を尽きそうになったその時。


 「ずあぁぁぁぁ!」


 木の上から飛び降りて来たユーゴが、土蛇の首に長剣を突き刺した。


 「墓守さん! とどめを!」


 「了解した!」


 剣を突き刺したまま必死に押さえつけるユーゴの声に答えてから、側面に回ってシャベルを突き刺した。

 ガリッ! と何かを傷付ける感触。

 そしてそのまま捻り、掬い出してみれば。


 「獲った」


 俺のシャベルには、血肉と混じった魔石が絡みついていた。

 魔獣は魔石を抜かれると死ぬ。

 ソレは心臓内部にあり、取り出すには心臓の破壊が不可欠。

 ならば、普通の生物なら死ぬ。

 少なくとも俺が今まで相手にして来た魔獣は、これで死ななかった奴は居なかった。


 「お、お見事です」


 未だ相手を押さえつけているユーゴが言葉を放った瞬間、蛇は力なく地面に頭を下ろした。

 討伐完了だ。

 依頼にあったのは五匹以上という事だから、これだけ持って帰れば文句はないだろう。


 「あまり無茶をするな、ユーゴ。 しかし、助かった」


 「これでも、ウォーカーですから」


 「そうだったな」


 フッと口元を緩めながら周囲を見渡してみれば、土蛇の死骸の山。

 さて、どうしたものか。

 なんて思っていた所に。


 「最後の一匹だけは、毒気を吸い込んでいませんから食べられますね。 固い甲殻を剥ぐと、なかなか美味しい柔らかいお肉が出て来るそうです」


 「……そうか」


 やはり、食うのか。

 という訳で最後の一匹だけはユーゴに任せ、俺は他の土蛇の甲殻は剥ぎにかかる。

 討伐証明部位はもちろんだが、コイツの殻はなかなか良い稼ぎになるのだ。

 一枚一枚が重なり合う様にして並んでいるので、普通の解体用ナイフなどではかなり苦戦するらしいが。

 生憎と、丁度良い武器を使っている為そんな心配など無用だった。


 「ふんっ!」


 「……なかなかアグレッシブな解体ですね」


 「この方が早い」


 甲殻の間にシャベルの切っ先を押し込んで、無理矢理剝がす。

 元から傷一つ残さず綺麗に解体する技術など持ち合わせていない。

 なので、少し欠けようが傷が付こうが関係ないとばかりにボコボコ剥がしていく。


 「とはいえ、結構な量ですね。 マジックバッグ、入ります?」


 全て剥がし終わってみれば、背面には山の様な土蛇の甲殻が積まれていた。

 殻を剥いだ土蛇は、先ほどユーゴが言っていた様に随分と柔らかい肉をしている様だ。

 顔は蛇だが、体はまるでミミズの様。

 少し食欲がなくなりそうな見た目をしているが、気にした様子もなく毒気を吸わなかった蛇を解体していくユーゴ。

 初めて見たと言っていたのに、良くもあんな綺麗に捌けるものだ。


 「俺のバッグでは無理だな。 縄と布を持って来た、ソレで運ぶ」


 「あ、でしたら俺のバッグを使ってください。 多分入ると思うので」


 そう言ってから、腰についていた黒皮のバッグを差し出して来た。

 普通、パーティとはいえ個人のマジックバッグを相手に預けたりはしない。

 それくらいに高価な代物なのだ。

 容量の少ない俺のバッグですら、数か月分の稼ぎが吹っ飛んでいく程。

 だというのに、かなり容量がある上に恐らく時間停止の機能が付いたユーゴのバッグとなれば……ちょっと金額が想像出来ない。

 信用されているのは分かるが、一応注意しておこう。

 こんな風に簡単にマジックバッグを人に渡すな、と。

 この場で俺が走り出してしまえば、このバッグはユーゴの元に戻る事はないのだから。

 非常に危険な行為だと教えてやらなければ。


 「ユーゴ、マジックバッグだがな――」


 「墓守さん、試しに少し食べてみましょうよ。 照り焼きか塩焼き、鰻の蒲焼きに使うタレで焼くの、どれが良いですか?」


 「鰻のヤツで頼む」


 そんな訳で、土蛇の試食会が開催されるのであった。


 ――――


 「失礼、こちらにユーゴ様はいらっしゃいますか?」


 「えぇっと、失礼ですがどちら様でしょうか? ギルドとしては、関係者以外の方にウォーカーの情報を提示する訳には参りませんので」


 ギルドのカウンターに、真っ赤なドレスを纏った少女が踏ん反り返りそうな勢いでやって来た。

 少しウェーブの掛かった、燃える様な赤髪。

 そして大きくて金色の瞳。

 彼女の隣にはこれまた身なりの良い執事のお爺様。

 どこからどう見てもお金持ちの貴族のお嬢さん、といった雰囲気だ。


 「貴女、貴族?」


 「……貴族ではありませんね」


 そう答えてみれば、目の前の少女は“フーン”とつまらなそうな反応を示す。

 あぁ、これは……面倒なお客さんが来たのかもしれない。


 「何故ユーゴ様はこんな野蛮な仕事を好まれるのかしら……男子だから、冒険を夢見るのは分かるけど……」


 「お嬢様、男というのはそういう生き物でございます。 冒険に夢を抱き、強くなる為に自身を磨く。 誰しも一度は憧れる道です。 立派なレディーになる為には、そういった点も理解を示した方が気に入られるというモノです」


 「へぇ、爺やもそういう時期があったの?」


 「それはもう。 それこそ今のユーゴ様くらいの歳の頃ですね」


 「なら、仕方ないのかしらね。 わかったわ、今はウォーカーをしている事に何も言わない様にする」


 「それがよろしいかと。 女性が良き妻となる為には、理解が必要。 男性が良き夫なる為には、感謝が必要。 互いが互いを想い合って、初めて良好な関係が生れるのです」


 「そうね! ウォーカーの事も色々調べてみるわ!」


 なんか、置いてけぼりにされてしまった。

 目の前ではお嬢さんと執事のお爺さんが楽しそうにお喋りを始めてしまった訳だが、結局何しに来たんだろうこの人達。


 「あぁごめんなさい、話が逸れてしまって。 私はレベッカ・ヴァーミリオン。 ユーゴ様とは今度お見合いする事になっているの、もしかしたら“未来の英雄”の妻になるかもしれないわ!」


 「は、はぁ……頑張ってください?」


 思い出したとばかりにこちらへ向き直った彼女が、急に自己紹介を始めた。

 ヴァーミリオン家と言えば、確かに有名な貴族。

 そこのお嬢さんとユーゴ君がお見合いかぁ……なんて思った所で、ピタッと思考が停止した。


 「お見合い!?」


 え、あれ!?

 ユーゴ君って貴族だっけ!?

 色々と混乱して来た所で、赤毛のお嬢さんがニコォっとだらしない笑みを浮かべた。


 「そうなの! ほとんどのお見合いを断っているって聞いていたけど、受けて貰えたの! 凄いでしょ!」


 そんな事を言いながらカウンターに身を乗り出して来る少女は、最初の印象とは打って変わって年相応。

 なんというか、どう反応して良いのか分からない。

 というか、結局ユーゴ君は一体何者なの。

 私としては、珍しい“称号”を持った新人くらいの認識なのだが。


 「ま、教えられないっていうのなら仕方ないわね。 元々居たらラッキーくらいだったし、今日は帰るわ。 あと、貴女」


 「は、はい?」


 「凄く綺麗ね、どこか名のある貴族のお姉さんかと思った。 多分また顔を出すから、その時はよろしくね!」


 「は、はぁ……」


 ブンブンと元気に手を振りながら、彼女は嵐の様に去って行った。

 それを唖然と眺める私に、周りのウォーカー達。

 結局何だったのだろう。

 面倒なお客さんが来たのかと思えば、普通に良い子だったし。


 「な、なんだったの……?」


 良く分からないけど、貴族の娘さんに褒められてしまった。

 嬉しくはあるが、驚きと戸惑いの方が大きい。

 あともう一つ。


 「ユーゴ君って、何者?」


 結局、謎は深まるばかりであった。


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