第8話 目指すモノ


 「はい、お疲れさまでした。 今回の報酬と、前回の魔獣素材の買取り金です。 今回の“海”クランからの分け前は、また次回となりますけどよろしいですか?」


 「あぁ、構わない」


 そう言って、受付嬢から差し出された麻袋を受け取った。

 今までよりも少しだけ重い。

 前回は森鹿を三匹も討伐したし、今回の海の仕事は結構割りの良いモノだったらしい。

 これなら、しばらく食べる物にも困らないだろう。

 なんて事を考えながら帰ろうとした俺の腕は、ガシッと背後から掴まれてしまった。


 「墓守さん、まだやる事があるでしょう?」


 ユーゴが笑みを浮かべながらも、ギリギリと食い込むくらいに強い力で俺の腕を掴んでいる。

 ふむ、やはり気は変わらないのか。

 小さく溜息を溢しながら、再びカウンターへと振り返れば。

 いつもの受付嬢は不思議そうな顔を浮かべながら、俺の事を見上げていた。


 「ユーゴからのパーティ申請を受ける。 明日から、俺達は二人で行動する」


 だから書類を……なんて言葉を続けている訳だが、受付嬢の様子がおかしい。

 先程の状態から、ピクリとも動かないのだ。


 「聞いているか?」


 「聞いてます。 それで、なんと?」


 「聞いていないじゃないか……だから明日からはパーティを――」


 「おめでとうございます!」


 「……何?」


 急に動き始めた受付嬢は、これまた急に立ち上がり、俺の手を取ってブンブンと上下に振り回した。

 これは、どう反応すれば良いのだろうか?


 「おめでとうございます墓守さん! やっとソロ卒業ですね! この時を何年待ちわびた事か!」


 「俺はまだ三年くらいしかウォーカーとして働いていないが……」


 「三年も待たせやがりましたねって言っているんですよこのボッチ! 最初の頃なんて毎回ボロボロになって帰って来るし、ろくに喋らないし。 どれだけ心配したと思っているんですか貴方は!?」


 「そう、なのか? すまない、以後気を付ける」


 「それですよ! 周りには下手くそながら気を使うのに、自分には興味が無いってその態度! ものっ凄く心配になるんですからね!? 結構ハラハラしながら毎回送り出しているんですからね!? 反省しなさい!」


 「あぁ、気を付ける」


 何を言ったら良いのか分からず、とりあえず頷いて見せれば。

 目の前の受付嬢は盛大なため息を溢してから、ユーゴの方へと視線を向けた。


 「ユーゴ君。 この人本気でズレてるから、本当によろしくね? 出来れば私生活面でもサポートしてあげて? 見た目と二つ名から誤解される事も多いけど、本気でド直球な生き方している馬鹿ってだけだから。 露店で傷んだ魚の塩焼きとか平気で買っちゃう程、人を疑わないから。 見てる側がハラハラしちゃうから」


 「分かっていますよ。 私生活面では特に、そりゃもう“特に”気を付けますんで」


 なんだか、納得いかない会話がくり広げられている。

 何故だ、俺はこの数年間問題なく生きて来たはずなのに。


 「そこまで心配される様な行動を取ったつもりは無い。 食事だって、ちゃんとしたものを買っている」


 「「それはない、絶対無い」」


 「何故だ……」


 二人からおかしな視線を向けられたまま、俺はパーティ申請の書類にサインした。

 こうして、俺達は正式にパーティとなった。

 俺とユーゴの二人だけではあるが。

 それでも、俺にとっては大きな変化だったのであった。


 ――――


 受付嬢という仕事は、非常に忙しい。

 依頼されたモノが正当であり、正確なのかを調べたりだとか、報酬は適正なのかとか。

 そしてウォーカーの誰を仕事に向かわせるか、依頼を受けると名乗り出たウォーカーはその仕事に適しているのか、とか。

 まぁとにかく、調べる事と予想しなければいけない点が非常に多いのだ。

 更には街内部の情報や、周囲の村々の状況。

 それらも全て把握しておかないと、なかなか素早い決断が出来ずウォーカー達を待たせてしまったり、決断が出来なかったり、なんて事も有る。

 だからこそ、私達は毎日ひたすら資料と睨めっこするのだ。

 自分の判断に間違いが無かったか、依頼を受注したウォーカーで本当に大丈夫か、など。

 この判断を一つミスするだけで、人は簡単に死ぬ。

 依頼表の表記ミスなんて以ての外だ。

 ウォーカー達は私達の事を信じて、その命を掛けた仕事をこなしてくれているのだから。

 だからこそ、ずっと彼の事が心配だった。


 「終わった」


 小さく呟くその声がカウンターから聞こえる度、ビクッと体が震えるのだ。

 どんな経験をして来たのか、彼はいつだって気配を殺す様にして生きている。

 頭から真っ黒いローブを被り、灰色の髪は薄汚れ、その瞳は何も映していないかのように濁っていた。

 “墓守”。

 彼がそう呼ばれ始める前から、私は彼の専属の様な立場にあった。

 別にギルド内で決められた訳じゃない、普通は専属の受付など居る筈もない。

 だが彼の姿と行動を怖がり、他の受付嬢は墓守さんと関わりたがらないのだ。

 情けない。

 ウォーカーなんて変わり者が居て当たり前、荒くれ者の類だって星の数ほどいる。

 だというのに、他の受付嬢達は言うのだ。

 あの人は、死に近い匂いがすると。


 「お疲れ様でした、“墓守”さん。 今回はどんな具合でしたか?」


 「別に、いつもと変わりない」


 そう言って討伐証拠部位を並べる彼の腕には、いくつもの傷がある。

 こんな事、本当に“いつもの事”だ。

 私よりも若いのに、ずっと一人で戦って。

 そしてどんな怪我をしても、自分からは“痛い”と言ってくれないウォーカー。

 それが、“墓守”という人物だった。


 「怪我をされてますね。 ポーション、いりますか?」


 「いや」


 「お金の問題ですか? でしたらこちらの薬草を、使い方はこちらの本を読んで下さい。この薬草なら、ポーションよりずっと安価ですから。 それから本は私の私物ですから、お気になさらず」


 「……」


 「こちらも、いりませんか?」


 「貰う。 本は、必ず後で返す」


 本当に手の掛かる人物だった。

 でも、同い年のウォーカー達よりずっと素直で、口下手な真っすぐな男の子。

 それが、私の知る“墓守”という少年だったのだ。


 「“サリエ”、随分と嬉しそうじゃない。 何かあったの?」


 「あ、支部長。 お疲れ様です」


 書類整理をしていた私に声を掛けて来たのは、このギルドの支部長。

 ナタリー・アルクレイム。

 スタイルが良くて、美人で、しかも私達職員にも非常に気を配る。

 更には貴族という身でありながら、戦闘も魔法の腕もかなりのモノらしい。

 なんだこの完璧超人は。

 何故まだ結婚していないんだ。

 なんて事を思ってしまうが想い人はいるらしく、未だ求婚中なんだとか。


 「それで? ご機嫌なサリエさんは、何の書類を眺めてニヤニヤしているのかしら?」


 「実はですねぇ」


 未だ引っ込まないニヤけ面を晒しながら、彼女の今しがた作り終わった書類を渡してみれば。


 「へぇ……」


 と、随分と淡泊な返事が返って来た。

 とはいえ、ジッとその文字列を眺めている訳だが。


 「良かったじゃない、貴方のお気に入りに友達が出来たみたいで。 歳も近いし、良いんじゃない?」


 「なぁんか、反応が薄いですね……支部長だって墓守さんの事気にかけてたじゃないですか」


 ブスッと頬を膨らませてみれば、支部長からはやれやれと言いたげな笑みが返って来た。


 「立場上、この支部のウォーカーは全員気に掛けるわよ。 でもまぁ、何とも凄い組み合わせだって思っただけよ」


 「というと?」


 返された墓守さんとユーゴ君の書類をもう一度見直してみるが、これといっておかしい所は無い気がするが。

 確かにユーゴ君の方には未知の“称号”があり、墓守さんは空欄。

 しかし、この程度の違いで言えば他のパーティだって似たようなモノな気がするのだが。


 「少しだけ“ユーゴ”と関りがあってね、昔の彼を知っているって所よ。 だからこそ言えるのは、彼は“上”を目指してしまうでしょうね」


 「“上”ですか? でも彼は、“ただのウォーカー”になりたいと」


 「えぇ、そうね。 でも彼が目指している“ただのウォーカー”は、普通じゃないわ」


 はい? と首を傾げてしまう。

 普通じゃない“ただのウォーカー”ってなんだ。

 矛盾の塊じゃないか。

 なんて事を思いながら混乱していれば、支部長は楽しそうに笑い始めた


 「一度会えば分かるわよ。 どこまでも“上”を目指す少年と、どこまでも今しか見ない“墓守”。 この二人が組んだとなれば……どう転がるんでしょうね?」


 確かに、支部長の言う通りなら二人は対照的な存在だ。

 憧れたその人に向かって突き進むユーゴ君と、その日その日を生きる為に身を粉にして働き続ける墓守さん。

 印象としてはそのまま光と影。

 しかし、実力的には真逆なのだ。

 ウォーカーになったばかりのユーゴ君に、たった三年程度でベテランの域まで上り詰めた墓守さん。

 二人で良い方向へと向かってくれれば良いが、支部長の言葉の後では衝突も多そうなパーティにも見えてくる。


 「急に不安になっちゃった? なら、一つ良い情報を上げるわ」


 そんな言葉を紡ぎながら、支部長はスッと書類を指さした。


 「ユーゴ君が目指しているウォーカー達は、どちらかと言えば“墓守”に似ているのよ。 どこまでも目の前の事しか見ていない、無鉄砲で馬鹿で、そして強い人達。 そんな彼だからこそ、ユーゴ君は墓守を最初の仲間に選んだのかもしれないわね」


 「えっと、ユーゴ君が目指している人ってどんな人なんですか? 墓守さんに似ているとなると、その……孤独だったりしたのでしょうか?」


 誰に何を言われようと、全く気にしない。

 そして周囲から気味が悪いと言われても、魔獣の“墓”を作るのを止めない彼。

 どこまでも自分勝手で、周りに合わせる気など一切ない。

 それでも、彼は言っていたのだ。

 何故墓を作るのか、そう問いかけた時に。


 「俺も、死んだ時には墓で眠りたいから」


 いつも通りの無表情だったが、それでも。

 その言葉は何処か温かったのだ。

 魔獣だ人だ、獣だという括りを捨てて彼は命そのものを見ている気がする。

 全てを等価として見なし、その上で殺す事を選んでいる。

 そんな彼は、どこまでも孤独だった。

 理解されないから、真っ黒い見た目を気にしないから。

 でも話してみれば、触れてみれば。

 彼はしっかりと人間だと分かるのに。

 そう思う度に、グッと胸を締め付けられる様な想いが溢れてくるのだ。


 「何を考えてそんな顔をしているのか知らないけど、大体不正解よ。 “彼等”は家族に囲まれていた。 それどころか、周りも巻き込んで偉い事になっていたわ。 そして、墓守同様“命”をしっかりと認識している人物達だった。 墓までは作らなかったけどね?」


 「えっと、優しい人だった。 という事でしょうか?」


 「まさか、私の仕事を馬鹿みたいに増やしてくれる様な、勢いだけで動くバカ共よ。 でも、彼等は自分達の事を“ただのウォーカー”と語った。 そして彼や周りを救い、周りの厄介事を食い散らかして、嵐の様に去って行ったクランよ」


 「ちょっと想像が付かないんですが……」


 「そう、言葉だけじゃ想像も出来ない程意味の分からない奴等。 それがユーゴ君の憧れる“ただのウォーカー”。 称号でも、周りからも、彼等は“[  無名]の英雄”と呼ばれているくらいに強いのに、“ただのウォーカー”を名乗るのよ」


 「……は?」


 今、英雄と言っただろうか?

 しかも、称号まで?

 待て待て待て。

 そんなの全然“ただのウォーカー”ではないじゃないか。


 「未だ技術が足りない、経験がない。 しかし向上心は人一倍で珍しい称号を持つユーゴ。 逆に技術は人一倍あるけどまだ未熟、“結果”は残しても何も持っていない上に、向上心がない墓守。 ちょっと遊ばせておくには勿体ないパーティに思えてこない?」


 唖然としている私に、支部長は一枚の紙を手渡して来た。

 そこに書かれている内容に、思わず眉をしかめてしまったが。


 「“墓守”に指名依頼よ、だから様子を見ましょう? 二人がこの先、どう言った未来を選ぶのか」


 そんなセリフを残して、彼女は去って行った。

 この手に残されたのは指名のクエスト依頼書。

 “土蛇”の討伐。

 依頼した相手は、墓守さんがパーティを組んだなんて知らない筈。

 普通ソロで討伐するような相手じゃない。

 だというのに、コレだ。

 本当に“いつもの事”。

 獣狩りに特化したウォーカーが居て、しかもソロで。

 依頼料はパーティと比べれば安いし、達成率も高いから面倒事は彼に頼む。

 それなのに、“彼”の姿を見た依頼人は眉を顰めるのだ。

 こんな事ってあるだろうか?

 余りにも自分勝手で、相手の安全など考えていない様な依頼。

 こういうモノを、彼はいつだってこなしてきた。


 「本当に、無茶だけはしないで下さいよ……」


 ここの所少しだけ笑う様になったのだ。

 呆れた顔に混じって、ほんの少しだけ口元が緩むのだ。

 良かった、彼にも心を許せる仲間が出来たのかもしれない。

 そんな風に思っていた。

 だからこそ。


 「よし、土蛇の情報を徹底的に調べておこう。 あと準備する物のリストも作って、それから……」


 という訳で、今日も私は残業が確定するのであった。


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