第12話 仲間


 ルーと再会から数日。

 いつも通りに依頼をこなし、日帰りで帰って来ていた訳だが。


 「すみません、明日はその……」


 「あぁ、分かっている」


 「あぁぁぁ! もう、墓守さんも来て下さいよ……」


 「それはどうなんだ?」


 「ですよね」


 明日は仕事を休む事を告げられ、俺一人で仕事をしようかも迷ったのだが。

 結局、来てしまった。


 「なんだお前は?」


 「“墓守”と呼ばれている。 ウォーカーだ」


 「あぁ、お前が……思ったよりも若いな」


 門番相手にギルドカードを差し出してみれば、カードより俺の事を見ている気がする。

 やはり、この格好では中に入るのは厳しいか?

 なんて事を思っていれば、遠くからご老体が走って来る姿が。


 「“墓守”が来たというのは本当か!?」


 「なっ!?」


 その老人に向かって兵士はすぐさま膝を折り、頭を下げるが。


 「良い良い、そういう固っ苦しいのは。 それで、そっちの若いのが“墓守”かの?」


 「あぁ」


 「噂通り、黒いな」


 「ダメか?」


 「いいや、非常に良い。 ホレ、ついてこい。 一緒に茶でも飲みながら話そう」


 「いいのか? 門番には止められたが」


 「ん? そうなのか? 別に通って良いぞ? ダメなのか?」


 「失礼しました! 開門!」


 チラッと老人が門番へと目配せしてみれば、すぐさま解放されるドデカイ門。

 良いのだろうか?

 あと、このご老体は何者だろう?


 「一応、目的があって来た訳だが」


 「どうせお前さんのパーティメンバーの件じゃろ? 分かっておる、皆まで言うな。 ジジィと一緒にチョロ~っと覗きに行こうじゃないか」


 「良いのだろうか」


 「よかろうて」


 「そうなのか」


 「そうじゃとも」


 そんな訳で、俺はこの国の“城”に踏み込んだ。

 何故こんな場所でお見合いを……とは思うが、俺の知らない事情があるのだろう。

 思い返してみれば、俺はユーゴの事をほとんど知らない。

 料理が上手い、いざという時にはしっかりと動ける新人ウォーカー。

 それくらいだ。


 「ユーゴは、王族なのか?」


 「まさか。 ユウゴは我が国の希望であると同時に、期待の星ではあるが。 それでも、王族でも貴族でも平民でもない。 だからこそ、行動を制限するつもりなどない」


 「よくわからないな」


 「まぁ、その内本人から説明してくれるじゃろうて。 ジジィが余計な事を吹き込むのもお節介じゃろ」


 「そういうものか」


 「そういうものじゃ、あの子にはとにかく自由に生きて欲しい。 そう思っておる。 もちろん悪い事をしたら叱るがな?」


 ヘヘヘッとばかりに意地悪な笑みを浮かべる爺様は、我が物顔で城の中を進んでいく。

 随分と軽い恰好をしているし、口調からしても王宮に居る人間とは思えない。

 ホント、何者なのだろう?

 この人は。


 ――――


 「は、はじめまして。 勇吾です……」


 「はじめましてユーゴ様!  私はレベッカ! レベッカ・ヴァーミリオンって言います!」


 「ルナ・トレヴァー。 ちょっとぶり……じゃなかった。 はじめまして」


 ガッチガチに緊張していた。

 お見合いとか初めてだし? 目の前には嘘だろって程の可愛い女の子が座っている訳だし。

 ルナさんに関しては以前にも会っているが、今日は一段と綺麗だった。

 そんな二人を前にしながら、左右には両親。

 もちろん向こうの両親も席についている。

 胃が痛い。

 非常に胃が痛い。


 「ユーゴ様は現在ウォーカーを生業にしているとお伺いしておりますが、そちらはいつまでのご予定で? 流石にウォーカー程度で使い潰すつもりは無いのでしょう?」


 「さぁ? どうですかね? 勇吾がウォーカーに飽きたとか、転職したいというのなら考えますが、今は充実した毎日を送っている様ですし」


 ルナさんの御両親がニコニコしながら話しかけて来れば、俺の母親がこれまたニコニコ笑顔で答えてくれる。

 その後もそんな親同士の話が続くが、非常に気まずい。

 とにかく、気まずい。

 視線だけは下ろすなと王様からアドバイスを受けて居るので、正面に視線を向けているが。

 目の前にはニコニコ笑顔の美少女二人。

 ダメだ、ダメージが大きすぎる。

 こちらも愛想笑いを返してはいるが、非常に気まずい。


 「ですが、この先もウォーカーなんて底辺な職業に就かせておいては、ユーゴ様の才能を潰してしまう可能性も――」


 「あら、ウォーカーというのは底辺な職業なんですの? あまり世間一般に詳しくありませんので、知りませんでしたわ。 私としては、“英雄”の称号を持ちながら息子を助けてくれたウォーカーが記憶にありますので。 そういうイメージはありませんでしたわ」


 「っ! しかし、世間体という事もありますから。 ユーゴ様は是非我がトレヴァー家に来て頂いて、ふさわしい仕事を――」


 「ふさわしい仕事? 貴方は何を言っておりますの?」


 何だか、空気が悪くなって来た。

 あぁもう嫌だ、母さんもイライラしているみたいだし。

 もう帰りたい……なんて思い始めた所で。

 ズドンッ! とテーブルを叩く“二つ”の音が聞こえた。

 一つは俺の父さんがテーブルを叩いた音。

 そしてもう一つは、ヴァーミリオン家のお父さん。

 立派な髭を生やした、厳つい顔の親父さんだった。


 「勇吾、こんなお話を聞いていても楽しくないだろう? お嬢さん二人を連れて外に出ておいで。 その方がきっとお二人も楽しめる筈だ」


 「レベッカ、ルナさんとユーゴ様を連れて花でも見ておいで。 ここの庭は凄いぞ、見ているだけでも心が躍る。 もしだったら庭師の方にご挨拶しておいで」


 二名の父親が、額に青筋を浮かべながら微笑んでいた。

 こちらの父親はそれなりに穏やかな表情をしているが、相手方の父親はもはや笑顔が凶器だ。

 反論を許さないレベルで、滅茶苦茶怖い。

 そんな“お父様”に向かって。


 「いいんですか!? 是非近くで見てみたいと思っていたんです! ユーゴ様! あと、ルナ……で良いんですよね? 行きましょう!」


 「ん、行く」


 お嬢様二人は立ち上がり、俺の腕を引いて来る。

 マジか。

 だいぶアグレッシブだなこの二人。

 この場から今すぐ撤退したい気持ち、というのなら分かるが。

 間違いなくレベッカと呼ばれていた赤毛の女の子は、すぐさま庭に出たくて仕方ない御様子。

 すごい、ここまで空気が読めないって凄い。


 「お嬢様方、そしてユーゴ様。 こんな老いぼれですが、お供致します」


 そういって、部屋の隅に立っていた執事風の老人まで名乗りを上げる事態。

 あぁ、えっと。

 これは退室してしまって良い流れなのかな?

 なんて視線を両親に送ってみれば。


 「行っておいで勇吾、お嬢さん達をしっかり守るんだよ?」


 「行ってらっしゃい、勇吾。 私達はちょ~っとこちらの方とお話があるから」


 口元が痙攣した笑みを浮かべる両親が送り出してくれた。

 いや、送り出されるってのも困るんだけど。

 確かにこの場に居るのは辛いね、でも女の子を楽しませる会話なんて出来ないよ。


 「さぁ行きましょうユーゴ様!」


 「行こうユーゴ、ココに居てもつまらない」


 「ハッハッハ。 最近の女性は強いですな」


 そんな言葉を貰いながら、俺は引きずられる様にして部屋を後にするのであった。

 満面の笑みの執事さんを最後に、パタンとドアも閉ざされる。

 あぁ、終った。

 どうすれば良いのか。

 花を見に行くの? なんの感想も残せないよ?

 毒草かどうかなら分かるけど、それ以外の言葉は残せないよ?

 こんなの、どうすれば良いのか。


 「は、墓守さぁぁん……助けて下さぁぁぃ……」


 情けなくも、この場にはいないパーティメンバーに助けを求めるのであった。


 ――――


 「それで?」


 「助けに行ってやれば良いだろうに。 お前の仲間なのだろう?」


 「適当に言ってくれる、これは戦闘ではない。 ユーゴの人生を決める程の重要なモノだ」


 「だからこそ、お前さんが関わるべきだと思うんじゃがな」


 「どういうことだ?」


 お茶を啜りながら、老人は緩やかに笑う。

 彼等が居るであろう隣の部屋で、二人して聞き耳を立てながら。


 「儂はウォーカーというものを経験したことがない。 しかし、大変なんじゃろ?」


 「まぁ、そうだな」


 「金だって相手の提示した金額以上にはほとんど稼げない、ドブさらいの様な仕事でも平気で受けられないと、ウォーカーは務まらない」


 「そうだな。 正直、ドブさらいの方がマシだと思える仕事もある」


 「なら、仲間はどうじゃ?」


 「どういうことだ?」


 会話の繋がりが分からなくて、思わず首を傾げてみれば。

 老人は非常に楽しそうな笑みを浮かべながら、お茶を喉の奥へと流しこんだ。

 そして。


 「例えドブさらいだとしても、仲間と共に文句を言いながら、愚痴を溢しながらであれば乗り切れるのであろう? そうでなければ、そういう仕事は失敗報告ばかりが届くはずじゃ。 しかし、そういう報告はない。 誰しも、嫌な仕事でも仲間達と一緒だからこそ乗り切れているんじゃないか? 以前のお前さんの様に、ソロであれば話は違うんだろうが」


 「……そうかもしれないな。 俺は、一人でも平気だが」


 「果たしていつまで持つかな?」


 「さっきから何を言っている?」


 何か、相手に試されている様で落ち着かない。

 このご老体は、何処までも俺の深い所を見ている。

 そんな気がするのだ。

 まっすぐに見つめてくる瞳は、俺の嘘を見抜いている様で。

 返して来る言葉は、俺の虚勢を見抜いている様で。

 非常に、落ち着かない。


 「いつまでも我慢するな、“墓守”。 お前さんは、誰かと共に歩きたいのじゃろう?」


 「……俺は、いつも一人だ」


 「独り“だった”、であろう。 今は違う。 だったらどうする? 今、お前の仲間は助けを求めておるぞ? ま、些か情けない救援だがの」


 カッカッカと笑いながら、老人はお茶ではなく酒を注ぎ始める。

 グラスに、並々と。

 そしてその酒をこちらに向け、ニカッと微笑みかけて来た。


 「この酒がお前の苦悩だとしよう、お前の経験して来た過去だとしよう。 今にも溢れそうじゃ、今にも零れてしまいそうな程、“揺れて”おる。 コレが、今までのお前じゃ」


 「何を言っている……」


 「だったら、こうして……かぁぁ、旨い。 儂が、他の人間が、お前の苦悩も飲み込んでやれる。 この“国”は、お前を受け入れてくれる。 そう肩肘張るでないわ。 そして、こっちがユーゴじゃ。 コイツを足してやると」


 半分減らした酒のグラスに、新しく用意した酒を並々と注ぐ老人。

 透明だった酒に、赤い色の酒が注ぎこまれる。

 ワインだろうか? 生憎と酒には詳しくない為、種類までは分からないが。


 「う~む、なんとも微妙じゃ。 香りも悪いし、味も良くない」


 「おい」


 グラスを少しだけ傾けた老人が、随分と渋い顔をしてケッ! とでも言いそうな勢いで顔をしかめた。


 「しかしな、こうして混ぜてやると、どうだろう? そうだな、氷も混ぜてみようか」


 クルクルと酒を混ぜ合わせながら、グラスに氷を放り込む老人。

 まるでジュースの様だ。

 酒というより、街中で子供達が呑んでいるジュースの様な見た目。

 それくらいに、明るい色になった杯。

 そして、その中では綺麗な氷が揺れ動いている。


 「焦るな、墓守。 ゆっくりで良いんじゃ。 お前達は、良く“合う”。 この酒の様に。 そして、他者を受け入れる事を恐れるな。 仲間を、家族を増やせ。 そうすればお前は、もっと強くなれる。 もっと輝ける。 ホレ、見て見ろ。 さっきまで淀んでいた酒が、今ではこの通りじゃ。 そして……うむ、旨い」


 混ぜ合わせた酒を一口飲みこんで、老人は非常に満足そうな笑みを浮かべる。

 確かに、先ほどよりずっと綺麗な色になっている。

 思わず目を奪われそうな、それこそ宝石の様な輝きを放っている。

 でも、だからこそ。


 「俺は、焦っているのだろうか?」


 「どうかな、儂には分からん。 だが、報告を受けていた“墓守”ならココには来なかっただろうよ。 相棒を得て、その婚約者が出来るかもと知ったらからこそ、心配だったんじゃないのか?」


 「俺は、ユーゴが幸せになるのなら祝福する」


 「だろうな。 しかし、相手がユウゴをしっかりと愛してくれる女性かどうか分からない。 本当に幸せになれるのかも分からない。 だから、確かめに来たのではないか? もしも相棒から助けを求められれば、すぐに助けられる場所に居たくて、ココに来たのではないのか?」


 「……気持ち悪いな、俺は」


 「そうかもしれんな。 しかし、友を心配する気持ち。 助けたいという想いは美徳じゃ。 お前達は、それだけ思い合えるだけの関係を築いておる。 頼り頼られ、信じ信じられる関係。 それは中々得難い関係じゃ。 そして人は、ソレを“親友”。 または“家族”と呼ぶ。 気持ち悪いくらい心配して何が悪い? 大切な相手の重要な案件じゃ、男女の云々ではないわ。 心配して、駆けつけたっておかしくないだろう」


 「そういうモノなんだろうか?」


 「そういうモノだよ、墓守。 お前は間違っておらん。 だから、助けてあげれば良いさ。 今さっき、ユウゴから助けを呼ぶ声が聞こえたからな」


 カカッと笑みを漏らしながら、老人は酒を呷る。

 随分と綺麗な色の酒を旨そうに飲みながら、彼は笑った。


 「見せてくれよ、墓守。 お前さん達がどこまで行くのか、何処まで行ってしまうのか。 儂は、楽しみで仕方ない。 この国から“英雄”が誕生するかもしれないんじゃからな」


 「俺は、英雄にはなれない」


 「バカタレ。 英雄なんてもんは、英雄を語る奴がなれるもんじゃないわ。 ふとした瞬間、周りから呼ばれている様なもんよ」


 「そういうモノか」


 「そういうもんよ。 だから、ホレ。 行ってやれ、相棒が困っておるぞ」


 「……感謝する」


 「今度は会う時は、もう少し土産話を持ってこいよ? 墓守」


 その台詞を最後に、俺は窓の外へと飛び出した。

 別に緊急という訳じゃない、命の危機がある訳じゃない。

 それでも、ユーゴが俺に「助けてくれ」と言ったのだ。

 なら、行かなければ。

 俺達は“パーティ”だ。

 常に背を預ける仲間なのだ。

 だから、行かなければ。


 「待っていろ、ユーゴ。 助けてやる」


 それだけ言って、随分と遠い位置にある地面を睨むのであった。

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