チュンナク王の独白・3

 いま考えると、おおよそ兄貴の言う通りになったように思う。

 あの後、兄貴の「仕事」が終わる前に父が亡くなり、兄貴は王位を継いでアテュイス王の名を得たが、まもなくユーゴー帝国との戦が始まった。

 圧倒的な武力差の前に降伏と退位を余儀なくされた兄貴は、ニアーダの国情を乱した大罪人としてユーゴーへと移送された。つかの間の王位だった。

「チュンナク、後はよろしく頼みましたよ」

 ユーゴーへと向かう馬車に乗る前、兄貴は晴れやかな顔で、またも涙に暮れる私に言った。

「兄貴、どうか元気で……」

 それが、私たち兄弟が交わした最後の会話だった。


***


 そして、私が兄貴の王位を継いだ。

 我が国が戦争に敗れてもなお独立を保ち続けたことを、私の手腕だと賞賛してくれる人が多くいる。しかし実際には、北の大国キンドウとの同盟のおかげである。

 私が即位したときには悪徳の大臣は一掃され、出自にこだわらず登用された有能な臣下が集まっていたし、ユーゴーとの戦争を見据えて上げた税率を軽くすることもできた。兄貴の後を追うだけで、私はたいした苦労もせず国民に愛される王になった。

 ただひとつ兄貴が予想しなかったことは、「バライシュの乱」が起きたことだろう。

 ジュディミスとの面会を打診しても延期を繰り返す兄貴に、バライシュは苛立っていた。しかし兄貴は何も知らない。私が兄貴の代わりに返事をしていたからだ。

 だがバライシュが「ジュディミスは生きている」という噂を流し始めると、もうごまかしが利かなくなった。私は兄貴が面会を承諾したと偽ってバライシュとジュディミスを銀杏殿いちょうでんへ呼び出し――そして、乱は起きた。

 乱の後始末は、私の仕事だった。

 普段から芝居小屋に足しげく通っていた私は、庶民が好みそうな話をでっち上げるのは得意だった。恐らくはバライシュを説得しようとして命を落としたシシーバ将軍を利用して。そして、ジュディミスが再びセンリと名乗ってチェンマに現れぬように。

「バライシュはセンリという美女にそそのかされて野心を抱き、謀反を起こしたが友人だったシシーバ将軍と戦った末に相討ちになった」

 若くして死んだシシーバには、国民、とりわけチェンマ市民からの同情が集まり、救国の英雄としてもてはやされた。

 一方で、憎悪はバライシュへ向いた。ほかのニアーダ人とは違う「青い目」だった彼は、悪役として格好の素材だったのだ。

 ふたりの物語は演劇になり、旅芸人たちによって全国各地で演じられた。ついでに私も国を救った善玉として描かれ、敗戦で失われかけていた王家への尊敬を取り戻すことができた。

 けれども、私には何ひとつ忘れることができないのだ。

 王としての私の歴史は、兄貴がユーゴーに連れ去られてからの歴史である。

 私はもう長くはあるまい。最近は眩暈めまいや立っていられないほどの胸苦しさを覚えることが増えた。

 そんなとき私は日の沈む方角を見つめ、兄貴は息災だろうかと思う。どんな風に年老いているだろうかと思う――もしかしたら、もうこの世を去っているのではないかとも。あの兄貴が私と同じように爺さんになるとは、どうしても想像できない。

 兄貴の消息は、ニアーダ城には全く聞こえてこない。けれどもニアーダ国王たる私のことは、いくらか兄貴のもとに伝わっていると信じる。

 兄貴は私の仕事ぶりを褒めてくれるだろうか。ユーゴーの協力と干渉を受けながら、少しずつ豊かになっていくこの国を見て、喜んでくれるだろうか。あの泣き虫で軟弱な弟が、たくさんの秘密をひとつも漏らさずにいることを、誇りに思ってくれるだろうか。

 もし兄貴が生きているなら、ニアーダに連れ戻してほしい。兄貴はもとより大罪人ではないし、何より兄貴に、いまのこの国を見せたいのだ。私からも何度もユーゴーへ陳情したが、聞き入れられなかった。私がこの世を去った後に、息子たちがこの願いを叶えてくれれば良いのだが。

 つい遺言めいたことを書いてしまった。遺言は人に読ませるものだ。この文章を誰にも読ませるつもりではなかったのに、書いているうちに誰かに知ってほしいと思う気持ちが抑えきれなくなったようだ。

 そうだな、暖炉にくべるのはやめにしよう。私がこの世を去った後、誰かが見つけてくれればいい。見つけてほしい。

 そうしてしかるべき時が来たら、広く国民に公開してほしい。

 これは私の――チュンナク王の遺言だ。それまでこの帳面は、私の手元で眠らせておくことにする。(了)

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