第21羽 FIRE BIRD
『――続いて、現在プラットフォーム上は、富士川スカイスポーツ学園、バートライアさんです』
バートライアの大きな体がプラットフォーム上に立つと、会場から少しざわめきが起きた。一回り大きい彼女の体躯はやはりトリ娘として異質なのだ。そのざわめきを払うように、大きな翼を横に広げる。
「ゲート、オープン!」
「3、2、1、ゴー!」
バートライアはその体を震わせながら走って、プラットフォームから飛び込んだ。頭が下になり湖面に突っ込む体勢となってしまったのだ。彼女は、そのままでは墜落してしまう。
「私だって!負けていられないんだから!」
バートライアが尾翼を捻じると、そのスピードと重さも手伝ってジェットコースターのように急上昇した。プラットフォームを超える高さまで一気に駆け上がる。
ダイナミックなフライトに会場から驚きの声があがった……が、それも次の一瞬には悲鳴混じりのどよめきとなった。
上昇がピタッと止まると、バートライアの背中は完全にプラットフォームの方を向いていたのだ。つまり、空中で垂直に立っているような形になっている。こうなってしまってはもう飛ぶことはできない。進む力を失った体はやがて、足からゆっくりと落下していく。
「いやああああぁぁぁぁぁぁっ!」
悲鳴を上げながら落ちていくバートライアの背中を見て、ウイングノーツは目を瞑った。これまでまともに飛べなかった記憶がどうしても蘇る。
ノーツは、それを振り払うように首を大きく振った。
記録飛行を思い出せ。ここまでの練習を思い出せ。青葉さんの言葉を、アクティブガル事務長の激を思い出せ。今の自分には、今の自分なら、プラットフォームから飛べる力があるはずだ。
目を開き、プラットフォームへのスロープを登っていく。上まで登り視界が開けたところで、大きく息を吐いた。
『現在、プラットフォーム上は、富士川スカイスポーツ学園、ウイングノーツさんです』
『さあ、プラットフォームに立つのは、ウイングノーツ選手。ディスタンス部門は2回目の出場です。数日前のテストフライトで負傷をしたとのことですが、なんとか本番に間に合わせてきました』
さっそく事前情報がネタにされている。ウイングノーツは苦笑いしながらも、翼を広げて軽く羽ばたいた。擦られてかえって気が楽になったかもしれない。
審判員が前に進み出て、赤い旗をあげる。しばらく風の様子を見た後、白い旗を振り上げた。
「ゲート、オープン!」
その声を受けて、フッと強く息を吐いて、大きく息を吸い込む。
「行きます!3!2!1!ゴー!」
羽ばたきながら走り、プラットフォームを蹴った。少し斜め下に向かって飛びだしてしまったが、先程のバートライアを思い出して少しだけ尾翼を動かす。引き起こした顔の正面に琵琶湖の水平線が見えた。
「「よし!」」
水平飛行に移って、インカム越しにウイングノーツと青葉の声が重なった。
羽ばたきのリズムも一定になり、真っ直ぐ進むことができている。ついに、トリ娘コンテストで定常飛行をすることができたのだ。
『見事なスタートを切りました。このままいけ、このままいけ』
実況の後押しを聞きながら、一心に、でも一定のリズムで翼を羽ばたかせる。
バサッ、バサッ、バサッ、バサッ
ちらっと右を見ると、ホテルレイクビュー彦根があった。何大会か前、ディスタンス部門の最初の目標だと言っていた場所だ。視線を前に戻したところで、ふっと体が何かに乗っかったような感覚を受けた。右に流されつつも、体が少し軽くなったような感じになる。
「よし、捕まえた!いけいけ!」
インカムから聞こえる青葉の言葉に、ああ、これが風を捕まえるという感覚なのか、とウイングノーツは思った。
レイクビュー前の岸を越えると、もう前にはほとんど空と水面しかない。
風に乗って少し楽になったのかもしれないが、結局やることはただひたすらに羽ばたき続けるだけだ。
「ハッ!……ハッ!……ハッ!……ハッ!」
しばらく羽ばたいても、一向に見える景色が変わらない。ひたすら湖、そして空。顔に受ける風や、横目に見えるボートの様子から前に進んでいることは分かっていても、先が見えてこないような途方も無さにウイングノーツは少し疲れを感じてきた。
だんだん、頭がボーッとしてきたようにも思える。
「ウイングノーツ〜、下がってきてるぞ〜上げろ上げろ〜」
「ノーツ!!湖面が近い!ピッチ上げて!」
青葉の叫びに、ウイングノーツはハッとした。
視界が湖面で埋め尽くされている。
しまった、と思ったと同時に、右足が水に浸かった。グッと足首を引っ張られるような感覚。
――琵琶湖が、アタシを引きずり下ろそうとしている。
青葉も、
「うあああああァァァァァァッ!」
頭が、体が、カッと熱くなる。
アタシは、まだ飛べる。翼だって、心だって――折れてない!
「ぁぁぁぁあああアアアアァァァァァァッッ!」
尾翼を思いっきりねじり、最大限の強さと速さで羽撃く。カラダが浮き上がり、バシャッと右足が水から離れた。
『なんと!着水したかと思いきや、復活しました!なんというパワーと根性!』
もはや実況の声も耳に入らない。
なんとか、少しでも、飛んで、前に進むんだ。
「ハア……ハア……ハア……ハア……」
着水からの急上昇は体力を予想以上に消耗していた。体が、羽が、重すぎる。足を水につけないようにするのがやっとだ。
『ウイングノーツ選手、1キロを通過しました!』
「ノーツ!1キロ超えたって!」
青葉の声に反応する余力もない。ひたすら、羽ばたいて、羽ばたいて、羽ばたくだけ。
『まだ粘る、まだ粘る。湖面スレスレを飛びながら落ちないウイングノーツ!ここまでの粘りは、根性は、どこから生まれてくるのでしょうか!?』
だんだん腕に、翼に、力が入らなくなってくる。それでも、少しでも飛び続けたい。それだけを考えてひたすら腕を振り続けた。
――やがて、もう尾翼を動かす力もなくなったところで、ウイングノーツはそのまま湖面の上を滑るように着水した。視界が水で覆われて、慌てて顔だけを水の上に出す。あっという間にボート数台に囲まれた。ライフセーバーが泳いで近づいてくるのが分かる。
担ぎ上げられて乗り込んだボートには、青葉が待っていた。
「よくやったわ!ノーツ!素晴らしいフライトだった!」
がばっと青葉が抱きついてくる。
「へ、へへへへ……。一回目の着水のときに思った以上に消耗しちゃいました……」
抱き返す余裕もなく、腕と翼をだらんとさせたままでウイングノーツは小声で答えた。
「……お疲れ様」
「……こちらこそ、ありがとうございます。青葉さんのおかげで、ここまで飛べました」
『――只今の、富士川スカイスポーツ学園、ウイングノーツさんの記録は、』
ボートに置かれた無線から、ウグイス嬢のアナウンスが聞こえる。
『――1709メートル50でした』
記録の発表に続いて、無線の先から観客席の歓声が聞こえる。
『こーれはいきなりの大ブレイク!2回目の挑戦にして史上10人目の1キロ超えを達成したー!ウイングノーツ!!』
ポンと、肩をたたかれると、そこに青葉の笑顔があった。やったんだ。ついに、飛べたんだ。しかも、最初の目標だった500メートルを超えて、1.7キロ!
叫びたいけどそんな体力もないウイングノーツは、上を見上げながやボートの縁に頭を預けた。
もっと飛べたかもしれない、という気持ちは正直ある。一度着水しなければ。もっと粘れていれば。
でも、この初めて湖上で眺める空と風と、そしてこの溢れ出る喜びにもう少しだけひたっていたいと思うウイングノーツだった。
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