第22羽 インタビュア

「「テレビ取材ー!?」」


 S定食のおむすびハンバーグを囲む昼の食堂に、マエストロとバートライアの声が響いた。


「何でなのよ!わたしだって今回初優勝したのにトリコン関係者と学内新聞以外の取材が来たことなんかないわ!」

 マエストロが不満気にハンバーグをナイフで両断する。


「優勝とかそういうんじゃなくて、地元のトリ娘ってことで宮城のテレビ局が興味をもってくれたみたいなんだ」

 予想していた通りの反応に苦笑いしてウイングノーツは経緯を説明した。


 先日のトリ娘コンテストでは彼女自身が触れたようにマエストロが初優勝を果たした。2位は一般参加のコロモ、そして常連のナスカ、フーシェと続き、ウイングノーツは5位という最終成績となったのだ。


 実はその順位だけでなくテレビ放映も話題になった。ウイングノーツが一瞬着水した直後に舞い上がった瞬間が、驚く観客や実況席と共にスローモーションで繰り返し再生されるという演出で放映されたのだ。ウイングノーツは自分や知り合いがバラエティーでよく見る絵面になっているのを笑いながら観ていたのだが、なりふり構わず大口を開けて叫ぶ姿をスローモーションで放映されてしまった青葉は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 後からばぁちゃんに聞いてみると、沢城の店のテレビを使って合同放映鑑賞会をしていた地元のみんなも、一時着水の瞬間は青葉と同じ顔をして固まったらしい。でもそこからの復活劇には拍手喝采で盛り上がったとのこと。

 その演出もあってか、宮城県でトリ娘コンテストの放映を担当する系列ローカル局が「がんばって苦難を乗り越える姿が地元に希望を与える」として、自局の情報番組で取り上げてくれることになったのだ。


「ローカル局の情報番組ってことは、全国放送はされないのよね?」

「そのはずだよ。ほら、静岡でも平日の夕方はニュースとセットで地元密着型の番組やってるじゃない。あれと同じようなやつだよ。あくまで宮城限定。」


「宮城県の中では有名な番組なの?」

 マエストロに加えてバートライアも興味津々で質問してくる。


「うーん、多分宮城のローカル番組の中では全時間帯でも一番なんじゃないかな?『こんばんTV』っていってね、『青葉城ラプソディー』って曲で有名な宗里幸むねさとゆきさんって人がパーソナリティーやってて人気なんだよ」

「聞いたことあるような名前だけど……」

「♪青葉城〜注ぐ木漏こも〜れ日〜♪って出だしで有名な昔の歌なんだけど、知ってる?」

「「いや知らない」」

 二人の素早い反応に、おばあちゃん子の自分と他の同世代で昔の歌謡曲についての常識が違うという事実をウイングノーツはまじまじと思い知った。仙台駅の発車メロディにも使われてるくらいだから、もしかしたらジェネレーションギャップというよりも地域差なのかもしれないが。


「いずれにせよ、ローカルなら別にどうでもいいわ」

 気を取り直したように、マエストロがハンバーグをカチャカチャと一口サイズに切って口に運んだ。

「マエストロのポイントはそこなの?」

 バートライアが笑いながらつっこむ。

「出るからには全国区でしょ。次は連覇して、トリコン中継以外の番組やCMなんかで全国放送されたいわね」

「全国放送ねぇ。あたしはむしろ映画とかにでてみたいなぁ。」

「バートライアは前々からそれが夢だって言ってたもんね〜」

 クラウドパルがつけあわせのポテトを頬張りながら言う。


「そういやパル、さっきアンタやけに静かだったじゃない」

 普通なら私達以上に騒ぎそうなのに、とマエストロが不思議がる。

「パルちゃんはもう知ってたからね。でもきっちり騒いでたよ、今朝青葉さんからこの話を聞いたときには」

 ウイングノーツが種明かしをすると、クラウドパルはニヤッと笑った。

「あたしはチームメイトだからね〜。トレーニングでもインタビューでも違和感なく一緒に映ることができるし〜。ううん、普通の場面でも一背景として映り込んでみせるよ〜。番組の録画も貰えることになったから、気合入れていくよ〜」


「……はぁ。アンタも青葉トレーナーも大変ね」

 ウイングノーツをチラッとみて、マエストロがハンバーグを口に運ぶ。

「大変かもしれないけど〜、1秒でも長く映るように頑張るよ!」

「だからパルアンタのことじゃない!」

 アハハハハ、とカフェテリアに笑い声が響いた。


 ◆


『次のコーナーは、特集です』


 メインキャスターの女子アナに代わってテレビに映し出されたのはスーツの男性アナウンサー。

 画面に『飛べ!もっと遠くへ』というタイトルが映し出された。


 午後のトレーニングを終えた後の青葉トレーナー室。ばぁちゃんが商店街の人に頼んでくれた『こんばんTV』の録画が昨日届いたので、早速みんなで一緒に観ることになったのだ。


『空を飛びたいという夢を叶えるために宮城を飛び出したトリ娘が、トリ娘コンテストという全国の大舞台に挑戦しています』


 タイトルが消えて自分の姿が映ると、ウイングノーツは思わず背筋を正した。隣で観ている青葉とクラウドパルも固唾を呑む。


『――ウイングノーツさんは岩沼市生まれ。おばあちゃんと商店街の人たちに囲まれ愛されながら育ちました。トリ娘に生まれたからには空を飛びたい、その思いでトリ娘コンテストに挑戦し、去年の春からは静岡県にあるトリ娘専門の学校、富士川トリ娘スカイスポーツ学園に進学しました』


 ナレーションに合わせて地元の商店街や、学校の校舎、トレーニング室が紹介されていく。ウイングノーツの隣でトレーニングしていたクラウドパルもばっちり映っていて、観ている本人は満面の笑みを浮かべている。


『こちらが、前回大会のフライトです』

 ウイングノーツがプラットフォームから飛び出していくVTRが流れる。走り出すウイングノーツを追うようにカメラも走っている。


「この映像、大会のテレビ放送のものとは違うよね」

 バートライアの声が後ろから聞こえた。その横にはしっかりマエストロもいる。ランチのときにビデオが届いたことを話したら、結局なんだかんだ言いながらも気になって観に来たのだ。


「あ、この映像はね。時々うちを手伝ってもらってる技術専攻のにプラットフォームの上から撮ってもらったものなのよ」

 画面からは一瞬たりとも目をそらさずに青葉が答えたところで、

『キャー!!』

その撮影者の歓声がハウリングギリギリで入りこんだ。ウイングノーツが軌道修正に成功して真っ直ぐ飛び始めたところで、撮っていることも忘れて叫んでしまったのだろう。

 ハンディで撮った単なる記録用だったんだけど、まさかテレビでそのまま使われるとはね……と青葉は肩をすくめた。


『前回大会は堂々の5位入賞。さらなる高みを目指して昼夜を問わずトレーニングに励みます。今日は学校の横にある航空機用の滑走路を借りてテストフライトです』

 川岸に敷設されたアスファルトの滑走路と、そこに立つウイングノーツが画面に映し出される。


「あ、ノーツもついに附属のグライダー滑走路使い始めたんだ」

「うん。これまではグラウンドでしか練習してなかったけど、飛べる距離が伸びてきたから」

 テストフライトの映像には、飛んでいるウイングノーツの横をなぜか並走するクラウドパルが映っている。その映像に本人が腕を組んで満足気に何度も頷いているのが気配で分かる。


『今回ウイングノーツは、筋力や持久力は維持したまま前回よりもウェイトをさらに絞り込みました』

 青葉のインタビューの音声がフライトの映像に被される。

『体の軽さと強さを同時に得るための特殊なトレーニングに加え、空気抵抗を少しでも減らすために羽ばたきのフォームも改造しながら練習しています』

「へぇ」

 マエストロがその言葉に少し反応した。


『チームワークで目指す、トリ娘コンテスト優勝。最後にウイングノーツさんの意気込みを聞いてみました』

 トレーニング室のベンチに座ってインタビューを受ける自分の姿が映ると、ウイングノーツは思わず顔を伏せた。大会中の自然なスナップショット的な映像ではなく、大写しで改まった顔が映るとやはり気恥ずかしい。しかもこれは明らかにカメラを意識して緊張している顔だ。


『羽ばたいていると、やっぱり苦しくなってくるんです。でも、チームや協力してくれる学園の仲間、応援してくれている地元のみんなのことを考えるとやめるわけにはいかない。1秒でも長く飛びたいって思っています』


『――飛べ!少しでも長く、遠くまで――ウイングノーツさんの挑戦はこれからも続きます』

 ナレーションでVTRが終わると、スタジオのキャスターたちが映し出された。


『いやー、僕このトリ娘コンテスト大好きでね。大会が始まったころから観てるのよ』

 パーソナリティーの宗里幸――通称「むねさん」――が口火を切ってコメントした。

『このウイングノーツさんもそうだけど、最近は見ごたえのある凄いフライトがバンバン出てきてるんだよね。毎回ワクワクしながら観てるんだよ』


 口元が緩んでくるのを抑えられない。小さい頃から知っていた地元の有名人に名前を上げて褒められて、嬉しくない人などいるわけがない。きっと、ばぁちゃんや商店街のみんなもこれを観て喜んでくれたに違いなかった。


 ……でも、浮かれてばかりはいられない。


『――さて、このウイングノーツさん。今月末に行われる次回のトリ娘コンテストにも出場します。ビッグフライトに期待しましょう!大会の模様はこのチャンネルで放送いたしますので是非ご覧ください』


 そう。次の大会がもう間近に迫っていたのだ。


『――お楽しみに!』

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