第17話 足りないものは

「ありがとうございました」


 ウイングノーツがお礼を言ってトレーニング室を出ると、目の前に青葉が立っていた。


「あ、青葉さん」

 ノーツが思わず目をそらすと、青葉は困った顔をした。


「探したわ、ノーツ。……って、何申し訳なさそうな顔してるのよ」

「いや、あの」


 青葉は言いよどむノーツの肩をポン、と叩いて笑いかけた。

「ま、とにかく。トレーニング室の入り口で立ち話するのもなんだから、移動しましょ。たまには喫茶コーナーもいいかしらね」

「あ、はい」


 ウイングノーツは青葉に連れられるままに歩き出した。

 そろそろ次回トリ娘コンテストの出場当落結果が通知される時期なので、トレーニング室の周辺はなんだかそわそわした空気が漂っている。


「私はコーヒー注文するけど、それ以外が良ければ売店から何か飲みたいもの選んで」

 学園の売店横にある喫茶コーナーに着くと、青葉は早速レジに行ってホットコーヒーを注文し始めた。ウイングノーツはとりあえず冷えたものが飲みたくて冷蔵の陳列棚を眺めてみる。

 ここの売店にはカレーサイダーや八丁味噌コーラなど静岡ローカルの炭酸飲料も売られていて一部の好事家に人気を博しているが、ノーツは普通にライムフレーバーの炭酸水を手にとって青葉に渡した。


「学生時代だと、こんなときはよく『ジューじゃん』とか言ってジュースを賭けて皆でじゃんけん大会したものだけど」

「青葉さん……?」

 くっくと楽しそうに笑う青葉に怪訝な顔をするウイングノーツ。


「ごめんごめん。ここのところガル先輩と話すことが多くて。一緒にいると、ついつい大学時代のことを思い出しちゃうのよね」

「はあ」

 何だかよく分からないが、大学時代の仲間内の恒例行事だったのだろう。


「さて、本題に入りたいところだけどその前に」

 席に着くと、青葉が柔らかい表情で口火を切った。

「最近、あなたがいろいろな生徒のところに行ってトレーニングのやり方やコツなんかを聞いて回ってるのは私も気づいているわよ。でもね、それを悪いとかダメだとかは全然思ってないから安心して」


 その言葉を聞いて、直前まで少しドギマギしていたノーツの顔が少し明るくなった。

「良かったです。でもすみません、黙って自分だけで進めてて……」

 その言葉を払うように、青葉は片手を振った。


「まあ、そりゃね。一言貰えればこっちもやりやすくなるのはその通りだけど。でも、そうやって生徒間でもアドバイスしあって高めていくことって大事なのよ。トリ娘として共有できるところは何かしかあるはずだしね。でないと、こうして学園の形態をとってる意味がないわ。」

 そういって、青葉はコーヒーを口に運んだ。


「なるほど」

 ペットボトルのキャップを開けて、ウイングノーツもそれにならう。


「で、さっきトレーニング室でアドバイスもらってたのは誰?」

「ソ、ソラノセプシーさんです」

 そう言いながらニヤッと笑って詳細を聞き出そうとする青葉に、ノーツは少しむせながら応えた。

「なるほどソラノかぁ。彼女、寡黙そうに見えて面倒見いいでしょ」

「はい、いろいろと教えていただきました」


 ソラノセプシーは前々回トリ娘コンテストの優勝者、そしてウイングノーツが目標にしている琵琶湖対岸到達の唯一の達成者だ。もっとも、生徒会長のトーワと同様、その優勝後はトリ娘コンテストから引退し、他のことを模索しているようだ。


「ソラノは確か、前々回のあとも後輩たちを何人か呼んで勉強会的なことしてたはずよね」

「はい、実はアタシもそれに参加してました」

 ちょっと申し訳なさそうに舌を出すウイングノーツ。


「だから気にすることはないって」

 青葉は苦笑してコーヒーをすすった後、少し自分の考えをまとめるかのように話し始めた。


「……そうね、やっぱり学生同士の情報交換は学園の、ひいてはトリ娘コンテストの底上げにつながるわね。そのための勉強会……むしろ交流会とでも呼ぶべきかな、そういうのをできれば学生主体で持てるようになるといいわね」

「学生主体、ですか。トレーナーさんたちは?」

「もちろん皆のトレーニングはトレーナーの指示がベースにはなっているでしょうけど、セオリーは一緒でもアプローチは個人個人で違ってくるでしょう。そういうなまの情報も同時に身になるのよ。さらには、九重ここのえトレーナーのところのシャイニングスタァみたいに独力で技術を編み出してくるもいるじゃない」

「あ、なんでも、羽ばたきで生じる体のブレを軽減して体力の消耗を抑える技術とかなんとか。アタシには理論はさっぱり分かりませんでしたが、もうすぐ完成しそうとは言ってました」

 ウイングノーツが本人に聞いたうろおぼえの知識を披露すると、青葉は頷いた。


「ああ、そっか。あなたのルームメイトだったわね、シャイニングスタァ。他にも、例えばパルがあなたに教えたCBFトレーニングなんかも、別に秘密でもなんでもないから導入できそうな生徒には教えてもいいと思うしね」

「え?パルちゃんは秘密兵器って言ってましたけど」

「いや、やっている事自体は公知の技術だしね。まあ、彼女なりのカッコつけじゃないかしら。トリ娘トレーニング用にアレンジしているけど理論や技術そのものは既にあるものだし、私だって大学で関連技術を研究してて卒論もそのネタで出してるしね」


「もしかして青葉さんがトレーナーになったのって……」

「それも一つの要因。でも動機の全てではないわ。……そうそう、そういえばマエストロと行雲ゆくもトレーナーも、名前は少し違うけど同じような技術を体幹強化のために取り入れるそうよ」

「そうなんですね」

 動機のことはあまり話題にしたくなさそうな雰囲気だったので、ノーツは相槌を打つだけにとどめた。


 マエストロは次回大会出場に間に合うよう、右翼の治療に専念している。もう治りかけているので様子を見ながらリハビリも兼ねて新しいトレーニングを取り入れていくんだろう。


「いずれにせよ、私の方でもさっき言ったような交流会的なことを考えているくらいなんだから。勝手に聞きに行ったとか、私のトレーニングを信頼してないように思われたらヤダなとか、考えないこと。学べるものはどんな方法でも学んで吸収して活かす。いいわね」

「う、わかりました」

 図星を突かれたウイングノーツが返事をすると、青葉はウインクで返した。

「もちろん、耳寄りなノウハウをゲットしたらこっそり教えてくれるわよね」

 笑いながら小声で言う青葉に、この人には敵わないな、とウイングノーツは思った。


「さて!」

 グイッと残りのコーヒーを飲み干した青葉が、気を取り直すように大きな声を出した。


「ようやく本題よ。……コーヒー飲み終わっちゃったけど」

 そういいながら、青葉は封筒をウイングノーツに差し出した。

 長3タイプのいわゆる定形内封筒だ。宛先はウイングノーツ、そしてこの時期に渡されるこの大きさの封筒といえば……


「開けるまでもなく、落選通知ですね」

 と、言いながらも万が一のことを考えて封筒を開けてみるウイングノーツ。結果は……やはり落選通知だった。


「あなたがまずは飛ぶ経験を積みたいと考えていることはわかってるわ。でも、これで次回のトリ娘コンテスト出場の線は無くなった」

「はい……」


「でも、仮に次のトリコンに出場できたとしても、今のあなたには大きな課題があるの。……ちょうどいいわね。ソラノのフライトと、自分やマエストロのフライトの録画を思い出してみて。どこに違いがある?特に離陸のところで」


 青葉に言われて、ウイングノーツはこれまで何度も見た録画を思い返してみた。違いがあると言われればいっぱいあるのだが、あえて離陸と言われると……


「プラットフォームを離れたときの飛び出し方、というか飛び出す方向……ですか?」

 ソラノセプシーのフライト、特に対岸到達したときはまるでプラットフォームから地面が続いているかのように真っ直ぐ飛んでいた。一方で自分たちは湖に飛び込むように下向きに飛び出してしまっている。


「御名答!」

 青葉は満面の笑みで応えた。

「そしてそれは、プラットフォームの時点で十分な揚力が得られていないことを示しているの。もちろん、それをカバーするためにあえて一度ダイブしてスピードを得る戦法もあるけれど、本来の在り方ではないわ。あなたが前回足の先を引っ掛けてしまったのは、離陸の練習時間が絶対的に足りなかっただけじゃなくて、元はといえばそこが原因」


「分かりました。……でも、何を強化すれば解決できるんでしょうか?」

「単純に言ってしまうと、Powerパワーね」

「パワー」

 なんか『力こそパワー』みたいに身も蓋も無い方針のように聞こえてくる。


「もちろん、羽ばたきのための筋力というだけでなく、揚力を得るための推進力を得ること。そうすることで、高さ――位置エネルギーの力を借りず、自分自身だけの力で必要な推進力と揚力を生み出す。それがこの欠場を活かしてあなたが取り組むべき課題ね」


 そこまで言ったところで、何かを見つけたかのように青葉がふとノーツの後方に目をやった。立ち上がって笑顔で軽く手を振る。

 何だろうとノーツも振り返ると、こちらに向かって歩いてくるアクティブガル事務長が見えた。


「その課題克服のための目標設定と成果確認のために、ノーツ、あなたに一つのチャレンジを用意したわ」

 アクティブガルのために席を一つあけながら青葉が説明を続ける。

 その席に座って、アクティブガルがニコッと笑った。


「こんにちは、ウイングノーツさん。……お姉さんと一緒に、日本記録を目指さない?」

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