第8話 ファーストフライト(前編)
『現在プラットフォーム上は、富士川トリ娘スカイスポーツ学園所属、トーワさんです』
トリ娘コンテスト会場に、ウグイス嬢のアナウンスが響く。
早朝のメディカルチェックを無事終えて湖畔でウォーミングアップをしていたウイングノーツは、その声でプラットフォームを見上げた。
遠目にトーワがプラットフォーム上に立っているのが見える。ただ、今ノーツがいるところはプラットフォームの真後ろなので、彼女の背中しかみえない。
「ちょっと気をつけないといけないわね」
ノーツの横に立っていた青葉が腕を組みながら呟いた。
「どういうことですか?」
「風が全く無いのよ。本来この時間なら湖の方から風が吹いてきて向かい風になるはずなのに」
プラットフォームに設置された大きな旗を見ると、確かに微動だにせず垂れている。
「それが……」
何か、とノーツが聞こうとしたとき、歓声が上がってトーワがプラットフォームから飛び立った。
『さあ、前回覇者トーワがいったーーーっ!』
実況がアナウンスしている間にも、トーワは下向きの軌道から頭を上げて、滑らかに水平飛行に移っていく。
『安定姿勢に入って、ここからどこまで距離を伸ばすのかーー!?』
大きく翼を広げ、スーッと空中を滑るように飛んでいくトーワ。プラットフォームごしでは飛んでいる姿がよく見えないので、ノーツは湖畔に設置された中継モニターに目を移した。
サポートのボート数台に追いかけられながら、トーワは順調に飛距離を伸ばしている。しかし、徐々に徐々に高度が下がっていくのが見てとれた。
『さーあ、もう水面スレスレだ!どこまで粘れるのか!?』
トリ娘コンテストでは、選手が湖に落ちて動きが止まった地点を到達地点として飛距離を測定する。体の一部でも水に触れればその抵抗で一気に失速してしまうため、体を真っ直ぐに伸ばして極力湖面に触れまいとするトーワ。尾羽だけが小刻みに動いてバランスを取ろうとしていて、モニターには必死の表情が映し出されている。
ほんの数センチでも動いたら湖面に触れて止まってしまう。そんなギリギリの状態を、1メートルでも50センチでも飛距離を稼ぐために保ち続けているのだ。
1秒、2秒が永遠にも思えるかのような、集中と我慢の時間。
『「ああーーーーっ!」』
実況と観客席の悲鳴と共に、トーワの動きが湖面上で止まった。着水したのだ。
やがて、観客席からから拍手が沸き起こる。
『スカイスポーツ学園、トーワ!前人未到の4連覇に向けた見事なビックフライトでした!』
健闘を称える実況の中、ライフセーバーに引っ張り上げられたトーワがボートの上で一息をついている。
しばらくして、
『……只今の、富士川トリ娘スカイスポーツ学園、トーワさんの記録は、』
記録を告げるウグイス嬢のアナウンスに、会場全体が静まり返って固唾を飲む。
『……221メートル10、でした』
うおおおおという歓声が沸き起こる。前回の記録である300、自己最高記録で大会記録でもある329メートルには届かないものの現在1位、そして優勝を狙える飛距離だ。
「この条件であそこまで飛ぶのはさすがねぇ。引退しちゃうのが惜しいわ」
青葉が感慨深げに呟く。
「風が無いのがそこまで効くんですか?」
ノーツは先程聞きそびれた疑問を聞いてみた。
「風が少しでもあれば、翼や尾羽に力がかかって落下状態から体を水平方向に引き起こしやすくなるの。ノーツが学園で何回か引き起こしの練習したときも、少なからず風は吹いていたわ。
でも、今日は全くの無風。見ててご覧なさい。あそこまでうまく引き起こせる人はそうそういないはずよ」
促されて、ノーツはプラットフォームに目を向けた。
トーワに続いてトリ娘たちがプラットフォームに登り、飛んでいく。しかし。
『ああーっとぉ!ウェスティン、軌道修正できずに湖に叩き付けられたー!』
『タチーナ、真っ直ぐ琵琶湖に突っ込んでしまったー!』
『名手キューディもだめかー!?あえなく着水!』
初出場、常連に関わらず、飛んだ直後に湖面に落ちる選手が続出していた。どの選手も、飛び出した後に体を引き起こそうとするが、軌道を変えきれずに湖に突っ込んでいるのだ。
真っ逆さまに落ちた時のバッチャーンという水音が、意外に大きく響いて聞こえる。それは中継用マイクを通しているからではなく、ノーツ自身の中に直接響いていたからかもしれない。
「ノーツ、あと少しでアナタの番よ」
「……あ、はい」
青葉の言葉に、ノーツは自分が知らずに固まっていたことに気づいた。
ポン、とその肩に青葉の手が置かれる。
「こればっかりは経験とセンスがものをいってしまうから、初出場のアナタにとって厳しい状況なのは確かね。……でも。今までの練習を思い出して、体を引き起こすのを少し早くするイメージで飛んでみなさい。大丈夫、できると思うわ」
「……やってみます」
桟橋のたもとで青葉に見送られて、ノーツはパイプと板で作られたスロープを、プラットフォームに向かって一歩一歩登っていった。
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