第7話 琵琶湖ビジョン(後編)

「あれ、ノーツやないの」


 着いた先で待っていたのは、ノーツにとってよく見知った赤毛のトリ娘。シャイニングスタァだった。他にも二人の先輩、フーシェとナスカがいる。


「そしてその横におるんは、確かマエストロはんやったか」

 シャイニングスタァが続けてマエストロに声をかける。

「はい。覚えてて頂けて光栄です」

「お、このが一年のエースか!」

 返事をしたマエストロに、横にいたフーシェが顔をのぞかせた。


「明後日の大会、楽しみにしとるでぇ。出場2回目にして滑空部門準優勝したそのお手並み、ディスタンス部門でどうなるか拝見させてもらうわ」

「ありがとうございます。私はただ全力で飛ぶだけです」

 フーシェの煽りにも臆さず淡々と応えるマエストロ。


「せや。そして最後に勝負を決めるんは、気合や!」

貴女あなたは結局そればかりではないですか」

「事実やからなぁ。嵐が吹こうが槍が降ろうが最後はココが強いヤツが勝つ!」

 ナスカの指摘も物ともせずフーシェが胸を示しながら力説する。


「胸のあらへん人に言われてもなぁ」

「……なんか言うたか?」

 フーシェがジロリとシャイニングスタァを睨む。

「なーんも」


「あのー、先輩方はここで何を?」

 話が途切れたところで、バートライアが切り出した。


「ランニングの休憩ついでに、少々多景島たけしまを眺めていたのですわ」

「多景島?」

 ナスカの説明にノーツが聞き返す。


「ええ。今日は天気がいいから貴女にも見えるでしょう。あちらの沖の島影が」

 ノーツが沖に目を向けると、確かに木に囲まれた島影がプラットフォームの反対側の湖上に浮いて見える。

「あの島が、多景島?」


「ええ。ここからおおよそ7キロ先。わたくし達にとってまず到達すべき目標の一つ。前回はフーシェとソラノセプシー先輩だけがその横を通過して先に進んだのですわ」

 7キロ。先ほど部屋で話してた500メートル、1キロメートルのレベルからすると遥かに先だ。これがディスタンス部門で優勝を競っている先輩方がいるステージなのか。


「……せやけど、そこはまだウチらのゴールというわけやない」

 割って入ったフーシェの言葉に、ナスカも頷く。

「その通りですわ。わたくし達の最終目標は、琵琶湖横断。琵琶湖の対岸まで飛び切ることですの」


「琵琶湖の横断!?20キロ近くありますよ!」

 思わず叫んだノーツに、ナスカが微笑みながら真っ直ぐな眼差しを向けた。

「決して不可能ではありませんわ。アメリカの伝説のトリ娘、アルバトラスをご存知?数十年前、彼女は35キロあるドーバー海峡を横断しましたの。同じくアメリカBITのダイダラスは、ギリシャのクレタ島から114キロの距離を飛んだのですわ。同じトリ娘、彼女たちにできて私達にできないわけがありません」


 次元が違いすぎる……。先輩たちの話す目標にウイングノーツが目を白黒させていると、

「そないいうても、や」

 シャイニングスタァがいつもより大きめの声を投げかけてきた。


「うちらかてまだ10キロ飛べたんは誰もいーひん。そやから、まだまだこれからなんよ。それは一年のあんさん達も同じちゅうことや」


「……勉強になるお話、ありがとうございました。まずは明後日の大会を頑張ります」

 気を取り直したマエストロが四人を代表するように応える。


「そや。お気張りやす。……あ、ノーツは明日やったな。あんじょうやりや。応援してるさかいに」

「あ、ありがとうございます!」


 先輩三人と別れた後、四人は日の傾いてきた湖岸沿いを歩いて戻った。本番前にあまりにスケールの大きい話を聞いたせいか、ノーツ含め誰も口を開こうとはしない。


 プラットフォーム近くまで戻ってきたところで、自分たちを呼ぶ声がしてノーツは立ち止まった。


「青葉さん?」

 声の方を見ると、まさに青葉が手を振りながらプラットフォームの方から近づいてくるところだった。

「ノーツにパルちゃん!下見とランニングしてたのね」

「はい。ホテルに戻るところでした。どうかしましたか?」

「下見してたら見かけたから、ちょっと話をしておこうと思って。……なんか、みんなちょっと表情が固いけどどうしたの?緊張してる?」


 ノーツが先程の話をかいつまんで話すと、青葉は「なるほどね」と笑って話し始めた。

「気持ちは分からないでもないけど、あなた達はこれから初めての種目に挑むんでしょ。誰だって最初は初心者。ナスカのは忘れたけど、フーシェは51メートル、シャイニングスタァも20メートルが初出場の時の記録よ。それが今や5キロ超えの記録をバンバン出して対岸を狙おうってんだから、あなた達にも同じ素質とチャンスがあるということなのよ」


 青葉の解説に、ノーツだけでなく他の三人も少し表情が明るくなる。

「もちろん、今この時点では勝負にならないでしょう。でもこの大会を今の全力で望むことで、課題や気づきなどの何かが見えて彼女達に追い付くきっかけになると思うわ」

「はい!」

 知らず四人は同時に返事をしていた。


「オッケー。じゃあ、マエストロさんとバートライアさんはそれぞれ行雲ゆくもトレーナーと加賀谷かがやトレーナーが話がありそうだったから、ホテルに戻ったら声をかけてあげて。ノーツとパルちゃんはちょっとこっち。……まぁほとんど言いたい事は言っちゃったんだケド」

 マエストロとバートライアに別れを告げて、ウイングノーツとクラウドパルは青葉と共にプラットフォームの桟橋までやってきた。


 琵琶湖の向こうに傾き色付いた太陽が見える。その手前にそびえ立つプラットフォーム上で、大きなフラッグがはためいていた。


「上の方の風、ちょっと強そうだね〜」

 クラウドパルが手をかざしてつぶやく。

「あのくらいなら大丈夫よ」

 青葉が応えた。


「風は確かにフライトの邪魔をすることが多いけど、前方から来る風は翼に揚力、飛ぶ力を与えてくれる。だから大事なのは、風を読んでそれに合わせた対応をする、あわよくば利用すること。そうやって風を乗りこなすことができたトリ娘が、このトリコンを制することになるわ」


「風を、乗りこなす」

 ノーツはその言葉を噛みしめた。


「そう。琵琶湖、特に湖上の風は刻々と変わるの。だから、ついさっきまで緩い向かい風だったのに突然強い横風になることなんてザラにあるわ。トリ娘コンテストはそうした自然の中で行われる競技だから、前に飛んだ人と自分とで風の条件が変わることだってよくある。だから、前回優勝した人でもちょっとしたことでうまく飛べなかったりすることがあるの。連覇が難しい理由がそこにあるわ」

「なるほど……」

「でもね。だからこそ、初出場のノーツでも、2回目のパルちゃんでもチャンスがある。運と、風を味方につけて思いっきり飛んできなさい!」

「はい!」


「明日は滑空部門だからノーツの出番ね。変に気負わず練習の感覚を思い出せば、悪い結果にはならないはずよ。今日は無理せず温泉に浸かって体をしっかり休めなさい」

「はい!……温泉?」

 首をかしげたウイングノーツの腕を、クラウドパルががっしりつかんだ。

「そうそう、あのホテル、天然温泉ついてるんだよ〜!美人の湯なんだよ!マエストロとバートライアも呼んで一緒に入ろ〜!」


 苦笑する青葉を尻目に、ノーツは調子の戻ったクラウドパルに押されるようにホテルに戻ったのだった。


 温泉に浸かって、ベッドについて。そして滑空部門当日の日が昇った。

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