第44話 池永由良

 あれから数日。初登場シーン以外は高校に入ってからしか出番はなかったので、しばらく何もない日が続いていた。


 しかし今日は久しぶりの現場。撮影だ。


 俺の入学するシーンでもあり、俺の幼馴染という役の『池永由良』も初登場シーンでもあるのだ。


 あのトップアイドルと幼馴染役なんてできるのだろうかという不安はあるが、まぁ、いつも舞さんや月子と関わっているいし、何とかなるだろう。


「つきましたよ」


 堀田さんは車のエンジンを止めながら言う。


「ありがとうございました。8時からの撮影であってますよね?」


「はい。……今日は頑張ってください。私は車を駐車してから現場には向かいますので。それではまた後で」


 珍しく、薄くにこやかな笑みを浮かべる堀田さん。


「はい! がんばります。じゃあ行って来ます!」

 

 一礼をして、車を後にする。


 入学しているシーンだけあって、いつ振りかの入学式を思い出す。あの時はあまり、というか、まったくうきうきもしなかったけど、今は演技の前だからなのか、それともこのセットだからなのか、すごく楽しみだ。


 はやる気持ちを抑えながら、各所に挨拶を交わしながら控室に移動する。高校が舞台なだけあって、控室は教室だった。


 そしてそこにはすでに到着しているキャストの面々。舞さんに、月子さんに、歌番組でも何度も見たことのある人気絶頂中のアイドルグループのセンター『池永由良』もいる。


 そして、チャラ男も。


 しかし、チャラ男がこちらを向く前に、池永由良さんと目が合う。池永由良さんはハッとした様子でひょこひょことこちらへ歩いてくる。


 な、なんだ。


 なにか気の触れるようなことでもしてしまったのだろうか……。近づいてくるトップアイドルにどうすることもできず、ただ立ち尽くす。


 そして、がっちりと固まっている俺の手を唐突につかむ池永由良さん。


「はっ、初めまして! 池永由良と言います! ドラマの撮影は今回が初めてなので、どうぞよろしくお願いします!」


「えっ、あっ、そ、え、こ、こちらこそよろしくお願いします!!」


 多分、俺の顔、今、照れでめちゃくちゃおかしくなっていると思う。


「あ、あの。それと、一夜君! 一夜君って、劇団夏花の一個前の公演に出てたよね!? 私、演技の勉強の為に見に行ったんだけど、すっごくて!」


「えっ、見に来てくれたんですね! ありがとうございます!」


「いえいえ! 今回共演できて、本当に嬉しいです! 宜しくお願いしますね! 一夜君!」


「あ、よ、よろしくお願いします、池永さん」


「はいっ! あ、それと、池永さん呼びじゃなくて、由良って呼んでください!」


「え、いや、そんな僕なんかがおこがましい……」


「由良って呼んでください!!」


「……わ、わかりました、由良、さん」


 うーん、と微妙な表情を浮かべたが、少しすると納得したように「うんっ」とつぶやいた。


「じゃあ幼馴染同士、よろしくお願いしますね!」


 『役』が抜けていることなんてどうでもよくなるほど、由良さんの笑みは太陽のように明るく、すごく眩しかった。

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