第43話 天才はぶつかり合う

 

 今回の現場は学校。舞の演じる凜と月子の演じる怜が、お互いを姉妹とは知らず、仲が深まっていくシーン。


 常日頃仲の良い二人も、この時ばかりは、演技の直前ばかりは誰がどう見ても初対面に見えただろう。


 そうして始まる撮影。月子演じる怜の初登場シーンでもあり、舞の演じる凜との距離が縮まる場面。凜は二年、怜は一年生。たまたま図書委員で一緒になって、最初はどこか遠い距離感の二人がひょんなことから一気に距離が近づく。そのワンカット。




「……それ、村雨冬樹先生の、短編集ですよ……ね?」


 凜はカウンターに二人でいる気まずさに耐えられず、怜にそう言って話しかける。話しかける、と言ってももちろん無防備に話しかけたのでは無く、たまたま自分の読んだことのある本だったから話しかけたのだ。


「……これ、知ってるんですか……?」


「う、うん! 前に一度読んだことあるの!」


「そ、そうなんですね。珍しい……。面白いですよね。映画化もされたのに、中々周りに読んでる人が居なくって」


 どこか、足りないような。まだ、ほんの少ししか警戒心を解いていないような、繊細な月子の『演技』。


 南極の氷をゆっくりと肌で溶かすような、月子に適応した丁寧な舞の『演技』。


 二人の演技は化学反応を起こし、その場にいるエキストラですら肌で感じるほどの途轍もない緊張感が走る。


 あるエキストラはあまりの緊張感に、少しも動いていないのに汗を流し、あるエキストラはその撮影の限りで演技の道を外れてしまった。


 それほどまでに、お互いを尊重することのない、初共演の初演技だからこそできる強引な力比べ我儘。どちらが勝っているかなど、始まった時点で外野には到底判定できない。


 己に纏う空気を、己の口から出る言葉を、『演技』というフィルタ―に通してぶつけ合う。


 あくまで、穏やかな表情で。




「お疲れさまでしたー」


 舞はいつもの表情で各所に挨拶を済ませる。


「それじゃあ、いこっか月子ちゃん!」


「…………今日は自分で帰る」


「…………そっか。じゃあお気をつけてー!」


(珍しい)


 舞はそう思った。いつもなら、隠すのに。本心など出さずにすかして人当たりのよさそうなをしているのに。


(まぁ、やりすぎちゃったかな。でも——)


 少し、ほんの少しだけ舞はにやける。心の奥底の『本音』がこぼれ出るように。


(こうでもしないと、取られちゃうよね。それに、のは月子ちゃんだけじゃないんだし——)


「おっと」


 舞は無意識に上がっていた口角を下げ、出口へ向かう。その姿はやはり、『結城舞』ではなく、『理想の国民的女優』の姿だった。

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