第42話 連続テレビ小説


「はいカットぉー! いったん昼休憩入りまーす!」


 一話目冒頭のシーンを取り終わって一度昼休憩が入る。先ほどまで家族ごっこを演じていた演者さんたちも、当たり前というべきか各々バラバラにスタジオを去っていく。


 俺は次のシーンが初登場。台本はすでにばっちりだが、念のために何度か読み返しておく。


 すこしすると監督と話をしていた舞さんもこちらに戻ってきた。やはり冷静でいつもの舞さんよりも当たり前だけど集中しているようだった。そういえば、現場にいる舞さんをみるのは初めてだった気がする。


「どう? 大丈夫そうひー君?」


「あ、うん。一応。でも、ドラマは初めてだからちょっとっていうか、かなり緊張するかな」


「まぁ、そうよね。でもひー君なら大丈夫。自分を信じて」


「う、うん」


 どこか幻想的とも言えるような表情の舞さんは、俺にそう言ったあと、別のところへ行ってしまった。


 俺はそれを見送った後、台本を読み返した。




「はい、では凜の弟の初登場シーン行きまーす! よーいアクションっ!」


 監督の掛け声とともにカチンコが鳴る。


 それをトリガーにして演者たちは【別人】になる。大御所俳優は一人のおじいちゃんになったり、国民的な美貌を持つ女優はひ弱なヒロインになる。


 そして俺は——。


「は、はじめまして、姉の凜——」


「父親が同じだからって姉弟ぶるな。きもちわりぃ」


 という具合の、まぁ、ぐれている義理の弟というなんとも言えない役だ。


 簡単に物語を表すと、クズなお父さんの異母兄弟三人がいて、舞さん演じる長女の凜はおじいちゃんのおかげで比較的普通な生活をできていたが、他の二人は荒れに荒れている生活をしていた。そんな中、ひょんなことから一緒に生活するという物語。様々な人と出会い、関わることで起こる様々な心境の変化がこのドラマの主軸と言っても過言ではない。


「あ、ちょっと……そら君の部屋は二階の突き当りにあるから……自由に使ってね?」


「けっ」


 舞さんや、おじいちゃん役のテレビでよく見る大御所俳優の松谷さんに唾を吐くような態度をするのはすごく気まずいけれど、役なのだと振り切る。


「おい」


 地鳴りめいた低い声でおじいちゃんが俺を呼びとめる。演技とは分かっていても体がビクリと一瞬震える。それほどの熱意。


「おかえり」


 途端に柔らかくなった声色でおじいちゃんがそう言う。俺はそれを無視して階段を上る。


「…………カットぉ!」


 一応演技にひと段落がついたところで監督が終わりを告げる。階段から降りると早速次の現場に移動したり、おじいちゃんに至っては今日の演者は終わりのようでマネージャーらしき人と共に現場を後にしている。


 舞さんは相変わらずまだ出番があるのでメイクさんがメイクを直している。俺はというと……今日は終わりだ。


 この後月子の登場シーンだが、そもそも現場が変わるのでここでお別れだ。と言っても次の撮影は明日だし、今日とは比にならない忙しくなる。俺は英気を養うためにここで帰えることにする。


「舞さん、お疲れさまでした。残りの撮影頑張ってください」


「うん。お疲れ様。帰るの?」


「あ、はい一応」


「そっか。うん、お疲れ」


 一礼した後、メイクさんに囲まれる舞さんを尻目に俺も堀田さんがいる場所へと向かう。



『結城 舞』視点


 全く疲れる。夢の連続テレビ小説だからというのもあるだろうけれど、いつもより体力を持っていかれる気がする。


「次の舞台は学校か……」


 月子ちゃんとの出会いも学校で、新たに私に片思いする役の子の初登場が学校だからなぁ。私に片思いする子がいるって知ってるだろうけど、ひー君はどう思ってるのかなぁ。


 台本の後ろの方を見ながら私はにやけてしまう。いけないけない。撮影の時以外には体力を徹底して消費しないようにしているのに。


 楽しみに思う自分を胸の奥に押さえつけ、台本を閉じる。物語のクライマックス、最も大事なシーンに胸を馳せながら。


 ひー君が学校に入学してからの話。話数にして5、6話だけど、一番大事な場面。


「楽しみ」


 私は次の現場へと向かった。



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