第41話 本格始動


 結局舞さんの家に着くまで、堀田さんと会話をすることもなく。舞さんの家に到着すると舞さんは、酔いもさめていたみたいで月子の時のような事故はなかった。


「それでは一夜君の家に向かいますね。シートベルトはちゃんと締めてくださいね」


 気まずい空気を払しょくするかのようにしゃべり始める堀田さん。これが社会人の余裕なのだろうか。


 なんて思っている間に車は夜の冷たい風を切り裂いて走り出した。




「そろそろつきますよ。荷物をまとめておいてください」


「は、はい」


 時間はもうすでに11時を回っている。いつもならとっくに睡魔に襲われている時間なのだが、この状況じゃ少しも眠たいとは思わない。


 特にまとめる荷物もないが、バッグの中を整理するふりをして時間を稼ぐ。


 そして、車は滑らかに減速し、ちょうど俺の家の前で止まった。


「今日はお疲れさまでした。ですが、これからは比にならないくらい忙しくなりますから、今日みたいにひょいひょい着いていかないこと。自分の体を守れるのは自分だけですからね。それではおやすみなさい」


 珍しく少しだけ堀田さんの口角が少し上がったような気がしたが、やはり厚化粧の下に表情は消えていた。


 厚化粧しなくてもきっと綺麗なのにな、なんて何度も考えたことはきっと失礼になるから今後もきっと言うことはないだろう。


「今日もありがとうございました堀田さん。おやすみなさい」


 俺はドアを開けて助手席から出る。それを確認した堀田さんは改めてエンジンをかけて行ってしまった。


 これから始まる忙しい生活が楽しみでもあり、怖くもあるが、とりあえず今日はゆっくり休むことにしよう。

 

 見るだけで安心する気がするドアに手を掛けて、ただいまーという掛け声とともに俺は家に入った。



 連続テレビ小説。それは平日の朝時に放送されるにも関わらず根強い人気を持ち、長年愛されてきたシリーズである。また、連続テレビ小説でヒロインを勝ち取った女優は主役を演じた後は必ずと言っても言ってもよいほどスターの座を得る。


 そんな連続テレビ小説の今回のヒロインは結城舞。もうすでにトップをかけ走っている女優であり、今回の連続テレビ小説でその地位はもはや完璧に確立したと言っても過言ではない。


 しかし、彼女が選ばれたのも一重に類まれなる演技力のおかげであり、過去作にもオファーは来ていたものの、奇跡的と言ってもよいほどに連続テレビ小説と同格レベルの仕事が入ってしまい、その座を逃していた。


 しかし、それも今回で終わり。超一流の脚本家に加え、一線級のベテラン俳優などをふんだんに投入した今作。もはや、外れる未来など見えなかったはずなのだが。


「すっ、すいません! 今回の撮影、少し押しているのでもう少ししっかりスケジュールどうり進行してほしいのですが——」


 初めてなので、何が普通なのかもわからないが、今はきっと普通ではないのがわかる。


 何せ、ありえないほどにざわついて、よくテレビで見るイカツめな男性俳優さんや、この道数十年のベテラン俳優さんは思い思いに談笑していて一向に進む気配はない。


「舞さん、これって普通なんですか……?」


「うーん、どうだろう。ここ連続テレビ小説は初めてだからねぇ。でも、他のドラマの現場でもこういう景色はよくあるよ、ここまで内輪ノリが激しくはないけどね」


 なんて言いながら紙パックの野菜ジュースを吸っている舞さん。


「まぁ、今回は特に制作陣も張り切ったみたいだし、そうやってすごい人たち呼んだらこうなっちゃうのもしょうがないのかもねー」


 なんて、心ここにあらず、といった様子で野菜ジュースを吸い終わり、くしゃりと潰してゴミ箱へと捨てる舞さん。


「まぁ、最初はこんなもんだよ。すごい人に限ってエンジンかかるの遅いから。まぁ、そんなことは気にせず私たちは私たちのするべきことをするだけよ」


「そ、そうだけど……」


 こんな状況でも至って冷静な舞さん。さすがだ。だけど今はなんだかいつもと違ってなんだか冷たい。まぁ、気のせいだろう。


 そんなこんなしている内に、いつの間にかさっきの雑談タイムは終わりを告げ、先ほどまで駄弁っていたキャストの人たちもある程度真剣な眼差しになっている。


 俺の出番は今日の撮影では比較的あと、というか、最後に少し出るくらいなので今日は見ているだけなのだが、それでも現場の雰囲気に慣れていくだけでも大変だ。


 目の前はキャストさんたちが最後の軽いリハをやっていてその中にもちろん舞さんもいる。


 それを見て、俺は本当にドラマが始まったのだと感じたのだった。

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