第36話 堀田


一か月後


 

 「それにしてもキャストが豪華ですよね、舞さんをはじめ、『池永由良』って、今人気絶頂アイドルグループのセンターじゃないですか。大丈夫かなぁ、おれ」


 少し前まで頻繁に乗っていた黒塗りのセダンではなく、灰色の普通車の助手席で流れる景色をぼうっと見ながら、隣に座るマネージャーの堀田さんに話しかける。


「えぇ。きっとあなたなら大丈夫ですよ」


「…………」


 それだけか。相変わらず塩対応を極めていらっしゃる。


 ちなみに連続テレビ小説に出演することが決定してから、もともとは賀久おじさんがそのままマネージャ―業を並行して行うつもりだったらしいが、なぜかマネージャーさんが付くことになり、結果堀田さんがついてくれることになったのだ。


 ちらりと運転席を横目で見ると、きりっとした顔立ちに、眼鏡をかけた、如何にもできる系の雰囲気を纏いながらハンドルを握っている堀田さんの姿。元の顔はきっとすごく良いはずなのに、なぜか毎日厚化粧をしてくるところも謎だ。


 スーツの下から程よく強調されている胸元が妙な妖艶さを醸し出しており、どうしてもそちらに視線が行ってしまう。


 どうにかしてその視線を剥がし、下を向くとかなり短めのスカートが目に入る。

 ただでさえ、現役JKよりも短いスカート丈なのに、運転席に座っていることによってさらに短くなっており、はっきり言って精神にすごく悪い。


 たとえるなら、そう。エ〇家庭教……ゴホンゴホン。気を取り直して。


 舞さんや、月子とはまた違った魅力を醸し出す堀田さんにどうしても向いてしまう己の視線を目の前に流れる景色に戻しながら、平常を装う。


 そして、沈黙が数秒通過したあと。


「思春期ですからそういう視線を向けてしまうのは致し方がないことだとは思いますが、ほかの女性にしてしまうとかなりやばい目で見られてしまうかと」


「えっ…………!?」


 ……気づいてたんですか。


 それと多分なんだけど、堀田さんの眼球は絶対に二つじゃないと思う。


「……すいません、以後気を付けます……」


「いえ、私は気にしてませんので」


 相変わらず顔色一つ変えずにはっきりと言い切る堀田さん。マネージャーが堀田さんになって、まだ一週間ほどだが、本当にこれからやっていけるのか心配である。

 

「あ、そういえば堀田さん。今日は何時からだっけ?」


「ええと、今日は11時から早速顔合わせなので、学校には休みの連絡を入れておいています」


「ありがとう堀田さん。ということは月子とも久しぶりに会えるのか、楽しみだなぁ」


 そう言った途端、隣にいる堀田さんのハンドルを握る手が若干ピクリと動いたが、きっと気のせいなのだろう。


 それにしても月子は舞さんの付き人をしてから爆発的に仕事が増えて、学校にも週一度来るか来ないかというほどだ。


 だけどそりゃまぁ、あのルックスであの演技力で、コミュ障も直したとあらば、仕事が来ないほうがおかしいことなんだもんなぁ。


「コホン、一夜君。月子さんって、誰かしら?」


「え?」


 相変わらずこっちを一ミリも視界に入れることなく目の前の運転に集中しているように見える堀田さん。しかし、いつもは塩対応で、まったく俺に興味がない堀田さんが、俺のことについて質問をしてきた……? 明日は雪かな?


「えぇと、月子は同じ事務所の輝夜月子のこと、です。もしかして、ご存じないですか?」


「……あぁ、ええ、知ってますよ。あの子ですよね、もちろん知ってますよ?」


 若干動揺しているようにも見えるが、わずかな表情のヒントも厚化粧の下に隠されて取りこぼしてしまう。


 でもまぁ、そんなわけないよね。曲がりなりにも同じ事務所なんだから……。


 ……なんだか堀田さんが怖くなってきたんだけど。



 ※


 

 周りの席を彩るのはどんなドラマでも主役クラスをしている大女優や、ベテランばかり。


 そんな中、少々遅刻して入ってくる二人組。


 一人は見慣れた黒髪ロングを後ろで結い、入ってくるだけでこの場の空気を自分色に染めてしまいそうな雰囲気すら纏う、今最も波に乗っている女優、結城舞。


 そして、一歩遅れて入ってきたのはいつ見てもその美しさに目を惹かれる銀髪の髪に、お人形のような目鼻立ち。誰しもがうらやむような顔に、類を見ないほどの抜群のスタイルを誇る、輝夜月子。


「すいませんね、前の現場がつい立て込んじゃって」


 そういった後、静かに椅子に座る舞さんと月子。


 二人の方を見ていると、少し周りをちらちらとみていた月子の瞳と目が合う。こちらに気づいた月子はぱぁっと目を輝かせ、小さくこちらに手を振ってきた。


 俺も目立たないよう小さく振り返す。それを見た月子は満足いったようで目の前に置かれた台本に視線を移す。


 そして、顔合わせが始まった。

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