第35話 結果

 

  久しぶりに見たような気がする、月子のご飯をハムスターのように頬を膨らませながら食べる姿。


 今日はサンドイッチのようだが、庶民は食べたことのないようなよくわからない具材が入っていた。


「そういえば、最後あたりの自主練に来てなかったけど、忙しかったの?」


 ハムスターのような頬の膨らみが普通通りになったのを見計らって、話しかける。


「うん。最近、なんだか舞が無理矢理仕事を入れてて、大変なのよ。それこそ、自主練が始まってからすぐ忙しくなったわ」


 自主練が始まってからって言ったらお泊まり……いや、何も考えないでおこう。


「あ、でも、私舞の付き人、昨日で終わりなんだったわ」


「え!? もしかして、クビ?」


「なわけないじゃない!! ちょうど事務所に寄った時に賀久おじさんに言われたのよ、今日で終わりだって。理由は特に説明してもらえなかったけれど」


「へぇ、俺の公演も終わったし、何かしら関係があるのかもね」


 と、言い切った瞬間。


 ピロンッ、と俺と月子のスマホが鳴る。


「「あ、」」


 偶然にも声が揃い、月子はほんの少しだけ恥ずかしがっているのか、顔を赤く染める。


 せっせとスマホを取り出し、メッセージの内容を見ると、


『放課後。近くのコンビニにこい』


 とのこと。


 急な話だったが、学校の前に止まって待たれるるよりは幾分マシだ。


 月子の方のスマホを見ると賀久おじさんからのメッセージ。ということは、月子もきっとコンビニでの待ち合わせについて言われたのだろう。


 上から月子のスマホを見下ろしていた俺の瞳を下から上を向いた月子の宝石のような瞳が捉える。


「一夜も賀久おじ様から?」


「うん、コンビニにこいって」


「私もそう来てたわ。じゃあ、久しぶりに一緒に帰れるわね」


 上を向いていた月子の端正すぎる顔が幸せそうな笑みに変わる。


 その顔に少々見惚れながらも、見惚れていることがバレないようすぐに目の前の体育館の壁へと目線を戻す。


「じゃあ遅れないようにしよう」


「うん」


 月子は食べかけのサンドイッチを頬張り、まだ半分ほど残っているサンドイッチを高そうな装飾などが施された弁当箱へと戻す。


 俺はそれを確認し、先に体育館裏を出る。


 それに遅れてついてくる月子。まるで飼い主トコトコついてくる子猫のようで愛らしかった。





 放課後のベルが鳴り、廊下に生徒の波が出来始めた頃。


 俺と月子は久しぶりにこの放課後の雑談の時間を過ごしていた。


 隣同士の席をくっ付け、相手の顔を見つめながら話すこの穏やかな時間。


 ある日は科学の先生のカツラについての話だったり、ある時は演者らしくそういった話をしたり、好きな映画の話もしたり。とにかく緩やかに過ぎていくこの時間が楽しくて仕方がない。


 今日は久しぶりの雑談ということで、お互い今までできなかった話に花を咲かせていた。


「ーーあ、そういえば、見にきてくれて本当にありがとうね」


 ペットボトルを萌え袖なるものをしながら両手で持ち、自分の可愛さを熟知しているように紅茶を飲んでいる月子。


 ゴクリ、と一度喉を鳴らしペットボトルのキャップを閉める。


「何いってるのよ、一夜が出てる物語ならどんな手を使ってでも見るわよ?」


 さぞ当然の様に言う月子に若干引きながらも、そう言ってくれるほど仲が良くなってきていると思っていいのだろう。


 きっと朝はバグっていたんだろう。うん。最近距離が近いとはいえ、あれが続いてもらっても困るし。


「あ、ありがとう月子」


 お礼を伝えながら月子に吸い寄せられた視線を引き剥がし、後ろにある廊下を見る。


 すでに生徒の波は過ぎ去っており、人が疎らにちょこちょこと見えるだけだ。


 これならいけるだろう。


「月子、そろそろ行こうか」


 時計を見ると下校時間から20分ほど経ってはいるが、そこまで詳細な下校時間までは賀久おじさんも把握していないだろうし、きっとまた校門で待ち構えてるなんてことはないだろう。


 今日の授業数が少なかったおかげか、いつもの数倍軽い鞄を持ち教室を出る。


 そして少し物悲しくも感じる廊下を通り、階段を降り、靴箱で靴を履き替え、校門に出ると、あら不思議。既視感のある人溜りに、見覚えのある黒塗り(省略)に、その車の前に、その道の人のような風貌をした人が立っているではありませんか。


 コンビニって言ったじゃん。


 もはや、俺と月子はどうすることもせず、ただただ無言で体感的には光速を超えているスピードで車に乗り込むのだった。





「……コンビニって、言ったじゃないですか」


「待つのが面倒くさくなってきて、ついな」


「つい、じゃないですよ……」


 横を見ると、また先生たちから呼び出されることを考えて気が重くなっているのか、月子は無言で下を向いている。


 猫背になっていても主張をやめないそのたわわに、心の中で尊敬と感謝の念を送り、視線を前へと戻す。


「それで、俺と月子を呼んでどうしたんですか?」


「あぁ、そうだった。えーと、来月から連続テレビ小説の撮影が始まるから、色々と準備しとけよ。学校とも被るだろうからな」


「「……え?」」


 月子も突然すぎる衝撃情報に、丸めていた背を伸ばす。


「ん? どうした?」


 さぞかし当たり前かのように疑問系で返さないで欲しい。


「いや、いやいやいやいや!! 普通最初は結果からでしょ!? 結果報告されて、よし、頑張ろう! ってなるのに!! いきなり撮影がって!! それはちょっと世間は許してくれぇあーせんよ!?」


 つい素で某メイドインタビューニキが出てしまったが、そんな事はこの際どうでもいい。


「なんだよそれ……兎も角、一夜は主演の舞の弟役、月子は妹役だ。1話からずっと出演の予定らしいから、頑張れよ」


「「……はい」」


 もはや、何を言う事もなく、喜びよりも先に大きくでてしまった驚きを必死に

抑えながら、車に揺られる俺と月子であった。

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