第34話 休暇


「はぁ、なんだか昨日までが嘘みたいだ」


 今はというと、のんびり学校に登校中だ。公演と学校が被った日は休んでたから、久しぶりという感覚はないけど、なんだか通学路が新鮮だ。


 時間に余裕を持ちながら家を出たので、まだ始業の時間には程遠い。


 いつもは少し急ぎ気味で歩いている通学路も意外なところに花が植えてあったり、そんなところにベンチがあったのか! なんて発見もあったし、ついでに公園の前でソワソワしている月子らしき人影も見つけてしまった。


 うん、きっと見間違えだ。


 ただでさえ月子の最寄りは学校からもかなり遠い。それなのに俺の家近くの公園にわざわざ来るわけがない。


 そう判断した俺は、公園の前を素通りしようとしたのだが。


「あっ! 一夜! おはよう!」


 太陽の光を反射し返すようなキラキラとした笑みに、若干目を細めながらやはり見間違えでは無かったのだと思う。


 その高カロリーな挨拶に少々胸焼けを起こしながら、挨拶を返す。


「おはよう、月子。……それとなんでいるの?」


 月子呼びにも慣れてきたようで、今となってはお互い、恥ずかしがることはない。


 それよりも、だ。本当になんでここにいる。


「えーと、降りる駅間違っちゃって?」


「じゃあなんで駅から遠く離れたこの公園にいるんだい?」


「…………」


「はぁ、まあいいや」


 一言も発することなく、子猫のように擦り寄ってくる月子に、いつからこんなに距離が近くなったのだろうと考えながらも、のんびり改め急いで学校に向かう。


「あ、そういえば一夜」


 ふと、何かを思い出したかのように立ち止まる月子。


「どうした?」


「舞台、すごかった。やっぱり一夜は頭三つ以上抜けてる」


「うん。もはや悪口に聞こえてくるよそれ」


 褒めてはくれているのだろうが、なんとも反応に困る言葉に戸惑っていると、月子が唐突にニヤニヤし始める。


「……どうしたの月子。怖いんだけど」


「いーや? ちょっといいこと思いついちゃったの」


「な、何?」


「一夜、劇団頑張ったご褒美あげるわ!」


「えっ、ほんとーー」


 俺が全ての言葉を発するよりも先に、手下げ鞄を下ろし、これでもかというほどすごい勢いで俺に飛びついてくる月子。


 一瞬倒れそうにもなったが、なんとか体幹をフル活用して耐えた、ものの。


「えへへへ、ハグするの久しぶりだね」


 なんて言いながらその豊満すぎるものを遠慮なく押し付けてきている。


 やっぱり、なんだか距離が近くなっている。


「な、何がご褒美なんだよ!!」


 いや、実際はご褒美すぎるのだが、それを伝えられるわけがない。


「もー。素直になりなさいよー!!」


 素直になって仕舞えば、俺の息子まで素直に……なんでもないです。


 とかなんとかやっているうちに、本当に危なくなってきた。何がとは言わないが。


「ちょっと、ほんとに!! ありがたいけどそこまでで!!」


 俺はぎゅうぎゅうに締め付けられていた腕をなんとか解き、全力ダッシュで学校へと向かった。


 ちなみに、俺がついた3分後に息を切らしまくりながら着いた月子は「そんなに走ることないじゃない」なんて言いながら怒って、しばらく口を聞いてくれなかった。

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