第37話 顔合わせ

 

 今回の主役の舞さんから順に回ってくる自己紹介。ベテランらしき人たちはちょこちょこ会話を交わしていたりするが、大多数は自己紹介に真剣なまなざしを送っている。俺も例に漏れずにしっかりと聞いている。


 で、順番は周り、テレビで、というか歌番組でよく見る顔の人が自分の番だと立ち上がる。


 その人の周りがきらっきらして見えるほどに明るい雰囲気は見る者の心を自然と引き寄せる。


「どうも! 始めまして、アイドルグループ激坂イレブンの池永由良です! 役者さんのお仕事は初めてですが、何とか皆さんについていけるように頑張ります! よろしくお願いしますっ!」


 自己紹介を言えた達成感からだろうか、満面の笑みで席に着く池永さん。なんだか、自然と口角が上がってしまう。


「っ!?」


 突然、指すような視線を感じて俺は少し遠くに目を向けると、台本をじっと見つめている舞さんを横目にじーっと睨んでくる月子。やめてくれ。月子のその視線は誰よりも痛い。


 やめてくれないか、という意味も込めてにこやかな笑顔でその視線に応対すると、ふんっ、と鼻を鳴らして自己紹介をしている人の方へと視線を戻してくれた。


 ふぅ、と安堵をすると共に、目の前で行われている自己紹介に意識を戻す。


 意識を戻すと、茶髪のイケメンが自己紹介をしている途中だった。


 ……あれ、この人、どこかで……。


 周りをきょろきょろとしながら、まるで演説をするかのように自己紹介をする彼と、ふと視線がぶつかる。


 そして、彼は一瞬目を見開いた後、ふんっ、と軽蔑するようなまなざしをこちらに向けて自己紹介へと戻っていった。


 思い出したぞ。最近はいろいろなことがありすぎてすっかり忘れていたが、オーディションの一組目にいた俺を鼻で笑ったやつじゃないか。


 俺の怨念もむなしく受かっていたのか……まぁ、あんまり気にしないでおこう。


 おっと。そんなこんなしている内に俺の番がやってきたようだ。


 なんとなく、手に物がないのも寂しいと思い、台本を持ちながら自己紹介をするために軽く深呼吸をして心を落ち着かせる。


「どうも、初めまして。陣堂一夜と言います。ドラマは初挑戦ですが、皆さんの足を引っ張らないように頑張ります。どうぞよろしくお願いします」


 目の前の机に頭がぶつかってしまいそうなほどに頭を下げる。そして、次の人に目配せをして自分の席に座る。


 良かった。二人を除いてほかの人の反応は普通だった。よかった。


 あ、ちなみに二人とは、月子と舞さんですね、はい。お察しの通りです。


 ほかにも気だるげないつも刑事ドラマとかで見るベテラン俳優さんだったり、かなり年を取っているけど丁寧なおばあちゃんだったり。あとは脚本家の先生や、様々な人が自己紹介を終えて司会のプロデューサーが立ち上がる。


「はい、今日のところは終了です。お疲れさまでした。本読みやリハーサルの日程などは追ってこちらから送りますので宜しくお願いします」


 プロデューサーがそういうと、どこか張りつめていた空気が一気に弛緩する。俺も例に漏れず、背もたれに持たれながら、ふぅっと息を吐く。


 頭を重力に任せる。地球が反対に見えてなんだかおもしろいんだけど、どうしてこんなに速くこっちに来る必要があるのだろうか。


「ねぇ、舞さん、月子」


 反対に見える二人の整いすぎている顔は満面の笑みを浮かべていた。

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