第31話 開幕


 静かなる熱量を確かに肌で感じる。


 観客席では続々と観客が席につき始めている。


 俺含め、メインキャストから脇役までがステージの裏に一同で集まる。


 集まった一同は大きな円陣を組み、そして俺の横、中心的な位置にいるレオさんが掛け声を出す。


「みんな! 準備はいいか!? 今回は色々なことがあったと思う! でも、俺たちはそれらを乗り越えてここにいるっ! だから自信を持て! あのキツい日々を思いだせ! いくぞ!!!」


「「「おう!!!!!」」」


 これほどの大人数が、心をここぞとばかりに一つにして、いいものを作り上げようとしている姿に、今更ながらに感動して潤んだ瞳を拭う。


「おい、一夜。ここで泣くのはまだ早いぞ? せめて一回目のここ夏花劇場が終わってからにしよう。それまでは自分の演技のことだけを考えていろ」


「っっ……はい!!」


 そうだ。こんな序盤で一杯一杯になってちゃダメだ。きっと今日は月子も、賀久おじさんも、それに舞さんだって見にきているはずだ。


 自分の頬を赤くならない程度に叩き、気合を入れ直す。


 大幕が開き、ビー、というブザーとともに第一部が開演したことを知らせる。


 十数分すると、第一部が終わりを迎え、それと共に忙しくなってゆく裏方。


 その波に飲まれそうになりながらも、俺は自分の待機位置にたどり着く。


 大幕が第一部の終わりを告げるかのようにゆっくりと閉じ始める。


 閉じ始めるとともに暗くなるステージ。そこに俺は待機場所から歩いて向かう。


 独特の雰囲気に呑まれながら、胃液が逆流しそうなほど緊張している自分の心を落ち着かせる。


 そして、再び開演を知らせるブザーとともに大幕が開き、薄暗かったステージに光が注がれる。

 

 そうして第二部、俺の出番が今、始まった。





観客 馬事三蔵は見た。



 何度目だろうか。ここに来るのは。


 慣れたようにも、新鮮なようにも感じる夏花劇場の椅子。


 初めて来たのが5年前。それから毎公演、とはいかないものの、行ける時であれば必ず来ていた。


 でも、そろそろ、潮時かな。


 最近は確かに脚本も面白い。演技や雰囲気、ここでしか味わえないものもある。


 だけど、ネットが普及してきた今、安くはないお金を払ってくる意味はあるのか。

 

 最近、ふと脳内によぎる事が多くなった。もしかしたらそろそろ潮時なのかもしれない。


 ビー、というブザーの開始の合図。


 大幕が開いてステージがあらわになってくる。


 今回のあらすじはなんとなく知っている。相変わらず面白そうだった。


 だけど……いや、雑念は払って、観ることに集中をしよう。


 僕は頭の中を空っぽにして、目の前で繰り広げられるであろう演技に意識を集中させた。





 第四部が終わり、大幕が閉まり始める。


 観客席に座っている人達全員がその終わりを悲しむように、大幕が閉まる最後の最後まで座ってその余韻に浸る。


 そして大幕が閉まり切った頃、誰からともなく始まるスタンディングオーベーション。


 僕もその一員になりながら思う。


 終わった。終わってしまった。


 一瞬にも感じられるひと時を、ゆっくりと、噛み締めていたつもりなのに。


 一体なんだったんだ。今日は。

 

 僕の様な、観ることしか出来ない者がどうこういうのもあれなのだが、ただただすごかった。一つ前の公演とはまるで別物だ。

 

 もちろん、脚本の違い、キャストの違いなどもあるかもしれない。


 だけど、これだけは自信を持って言える。今までの見てきた夏花の中で最も良かった。


 特に第二部。なぜだかわからない。だけど、ただひたすらに鳥肌が止まらなかった。


 まるで直接僕の心の中を覗きながら演技をしているような、そんな感覚に陥るほどだった。


 果たして、先程まで起きていた【奇跡】を言葉で表していいものなのだろうか。


 いや、だめだ。きっと僕の矮小な言葉で表してしまえば、あの素晴らしいものが汚れる気がする。


 ただ、ただただ、奇跡としか言いようのない今日を噛み締めよう。


 それだけが、きっと僕に唯一できることなのだから。

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