第30話 始まり

 

 舞さんのお泊まりから、何か変化があるわけでもなく。


 強いて言うならば、合わせ稽古が日を重ねていくにつれて確実に楽しくなっている、と言うことだろうか。


 あれから1ヶ月ほどが経ち、今日もハードな稽古は終わり優馬との自主練が始まろうとしていた。


「あれ? 今日は結城舞さんと輝夜さんはどうしたんだ?」


「あぁ、今日は撮影が長引いてるからパスだって」


「あ、そうなんだな。了解」


「うん。じゃあ、そろそろやろうか……って、優馬どうしたんだ?」


 優馬を見ると、準備を進めながらもこちらをジト目で見ている。


「俺が言うのも何なんだけど、あの稽古やった後によく自主練に付き合ってくれるよなぁ……」


「えぇ、本当に優馬が言うのも何だけどだな……。まぁ、最近は稽古もめっちゃ楽しいし、自主練も自主練で楽しいし……」


 もしかして今俺って順風満帆……? 初めて体感したかもしれない。


「うへぇー。確かに楽しいけど、こんなハードなのよくこなせるよな。でも、今日が最後だな」


 突然終了を言い渡され、俺は驚き優馬を二度見してしまう。


「え……何で……?」


「何でって、本公演が始まるまで後2週間切っただろ? あんまり感じないとしても、疲労を残して最高の演技ができなかった、なんてことになったら俺が申し訳なさすぎる」


「…………」


「……まぁ、お前は外部からの役者だ。だから、実質今日が最後になっちゃうな。まぁ、今日も変わらずお願いするよ、一夜」


 いつもと変わらないように準備をする優馬。悲しくも感じられるその後ろ姿は、前とは違う何かを纏っている気がした。


「……うん。気合い入れてこう」


 そうして優馬との最後の自主練が始まった。




「はぁ、はぁ」


「ふぅ、最初に比べたら俺も優馬も良くなった気がするね」


 俺は滴る汗を拭いながら座り込んでいる優馬に声をかける。


「あぁ。もっとも、お前の演技はもはや上手いかどうか俺にはわからないけどな」


「……どう言う意味だよそれ……」


「それだけレベルが違うってことだよ。いいかげん自覚持ってくれ、無自覚天才くん?」


「……何言ってんだよ。それに優馬もすごいだろ」


 実際優馬は、この1ヶ月で格段にレベルが上がっている。レオさんや他のメインキャストにも引けを取らないと言ってもいいくらいだ。


「お前に言われたら自信になるわ。まぁ、これからも頑張れよ、一夜」


「あぁ、ありがとう優馬」


 それから俺と優馬は手早く帰る準備を済ませ、部屋の電気を消す。


「ここもこれで最後か。なんだか感慨深いな」


 暗くて優馬の表情は見えないが、感慨に浸っているのか。珍しい。


「そうだね」


 俺も完全に暗くなった部屋を見てこの1ヶ月間を思い出す。初めての買い食いから急に自主練が始まって、それから舞さんと色々あったり、稽古も楽しくなってきたり。


「ありがとうね、優馬」


「何言ってんだ。こっちのセリフだよ。まぁ、頑張れよ。それじゃ」


 優馬は暗くなった部屋を後にして颯爽と出て行った。


 俺もしばらく暗くなった部屋を見てからそれに続く。


 ロビーを出ると、久しぶりのようにも感じる賀久おじさんが、相変わらず黒塗りの車の前で仁王立ちして待っていた。


「ごめんなさい賀久おじさん、待たせちゃって」


「いいや、全然構わん。自主練はどうだった?」


「うん、いつも通り。でも今日は最後だったから気合が自然と入ったかな」


「そうか。今日が最後だったのか。まぁ、本公演が2週間後だからな。そろそろ気合い入れていけよ一夜」


「うん、わかってるよ賀久おじさん」


「まぁ、冷えないうちに乗っとけ」


「はーい」


 俺は暖房が眠気を誘うほど効いた車内に入る。そして俺は珍しく車で眠ってしまった。


 そして、二週間が経ったーー。

 

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